東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)87号 判決 1965年11月24日
原告 丸山弘
被告 建設大臣
訴訟代理人 板井俊雄 外五名
主文
被告が原告に対して昭和三九年六月一七日建設省三七東都第五二五号をもつてした訴願却下の裁決は、これを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として「(一)原告は、東京都品川区西大崎一丁目三〇八番地の一宅地六五坪六勺(以下「従前の宅地」という。)につき借地権を有する者であるが、従前の宅地をその施行地区に含む土地区画整理事業として東京都市計画事業西大崎一丁目付近土地区画整理事業施行地区(第二工区)につき施行者たる東京都知事が昭和三四年二月七日事業計画決定の公告をしたので、同年三月七日東京都知事に対して右借地権の申告をした。(二)東京都知事は、原告に対して、同年六月一二日付書面をもつて右借地権につき仮りに権利の目的となるべき宅地として「街区番号七仮換地符号三〇八の一」と表示した宅地約五二坪を指定する旨(以下「本件仮借地指定」という。)を通知し(この通知書は同月一四日に原告に到達した。)、ついで同年六月一八日付書面をもつて従前の宅地についてその仮換地となるべき土地として右施行地区及び工区内の他の宅地を指定する旨(以下「本件仮換地指定」という。)を通知し(この通知書は同月二〇日に原告に到達し)た。(三)原告は、同年六月一九日東京都知事に対して本件仮借地指定を不服として受諾することができない旨を記載した「仮換地指定拒絶通知書」と題する書面を発し(この書面はその頃東京都知事に到着した。)、ついで同年七月一七日被告にあてて本件仮地指定を不服とする旨の訴願書を郵送し(この書面は同日被告に到達し)た。(四)被告は昭和三九年六月一七日原告に対して原告の訴願は法定の訴願期間一月を経過した後に提起された不適法のものとしてこれを却下する旨の裁決をし、右裁決は同年七月九日原告に到達した。(五)しかし、右裁決は違法である。すなわち、(イ)原告の東京都知事に対する「仮換地指定拒絶通知書」と題する書面は、さきに述べたとおり、昭和三四年六月一九日頃東京都知事に到達し、かつ、記載内容において本件仮換地指定に対する不服申立を含むものであるから、そのあて先を被告とすべきであるに誤まつて東京都知事とした限度においてその補正の機会を与えられてしかるべき実質上の訴願書と解すべきところ、あらためて原告において同年七月一七日所定の方式に従つた訴願提起の手続をしている以上訴願期間の遵守に欠けるところはないといわなければならない。(ロ)かりに、右主張が理由がないとしても、被告庁係官は原告の質問に応えて本件仮借地指定についての訴願期間が昭和三七年七月一七日である旨を原告に教示したので、前記のとおり原告は同日訴願を提起した。したがつて原告において訴願期間を遵守しなかつたとしても、右不遵守はもつぱら被告庁係官の誤まつた教示によつて生じたものというべきであるから、原告にその責はなく、したがつて訴願期間の徒過を理由とする訴願却下の裁決は違法である。(ハ) 右(イ)及び(ロ)の主張がいずれも理由がないとしても、原告は、施行者たる東京都知事の原告に対する昭和三七年六月一二日付指定すなわち本件仮借地指定の通知と同月一八日付指定すなわち本件仮換地指定の通知とでどのように異なるかを弁別するだけの法律的素養がなかつたので、両者の指定通知を混同して理解したまま、あとの本件仮換地指定の通知があつた同月二〇日から一月以内である同年七月一七日に被告にあてて訴願書を郵送して訴願を提起し、これで足りるとした。したがつて以上の(イ)、(ロ)及び(ハ)の諸事情について考えると、右は訴願法八条三項にいう宥恕すべき事由に当るというべきである。右事由があるにもかかわらず、かえて原告の訴願をその期間徒過を理由に却下した本件裁決は違法たるを免れない。そこで、原告は被告に対して本件裁決の取消を求める」と述べ、立証として、甲第一号証の一から五まで、第二号証から第五号証まで、第六号証の一、二を提出し、証人角田春義、同松浦基之の各証言及び原告の本人尋問の結果を援用した。
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張事実(一)から(四)までは認める。同(五)は争う」と述べ、立証として、甲第一号証の一から五までは不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
原告主張事実(一)から(四)までは当事者間に争がない。
そこで本件裁決が違法であるかどうかという争点について判断する。
まず、原告主張(五)の(イ)の違法事由については、本件仮借地指定についての訴願裁決庁が被告建設大臣であつて、東京都知事でない(このことは土地区画整理法一二七条の規定にてらして明らかである。)のであるから、その主張自体理由がないものというべく、同(五)の(ロ)については、被告行政庁の係員が原告に対して原告主張のような誤つた教示をした事実を認めるに足りる的確な証拠がない(この点に関する原告の本人供述は措信しがたい。)から、これもまた採用のかぎりでない。
つぎに、訴願期間の不遵守につき宥恕事由がある旨の原告主張について考察を進める。前記認定(事実)原告主張事実(一)から(三)まで)に、成立に争のない甲第二号証、第三号証、第六号証の一、二の各記載及び原告の本人尋問の結果をあわせると、つぎのように認めることができる。すなわち、「原告は、本件土地区画整理事業施行地区第二工区内については、その工区にある従前の宅地につき借地権を有する関係人として、はやくから関心を寄せていたところ、昭和三六年一二月二三日頃地元の土地区画整理審議会委員から換地計画設計図を見せられて、原告の借地の替地となるべき土地が原告の経営するアパートの敷地として不適当であることを知るに及んで、昭和三七年一月二二日に所管の東京第二区画整理事務所長にあててその旨の意見書を提出しておいたが、同年六月一四日に到達した東京都知事からの通知書によれば、原告の借地権について仮りに権利の目的となるべき土地としては、やはり当初の設計図のとおりの替地約五二坪を「街区番号七仮換地符号三〇八の一」と表示して指定(すなわち本件仮借地指定)するということであつて、これでは従前の宅地と照応しないばかりでなく、減歩率が高すぎるなど、まつたく原告の意向を無視したものであると考えたので、同月一九日東京都知事に対して本件仮借地を原告の借地の替地として受諾するわけにいかない旨を詳細に記述した「仮換地指定拒絶通知書」と題する書面を提出して、その再考を求めるにいたつた。ところが、あくる二〇日にかさねて東京都知事から原告あての、原告の賃借に係る従前の宅地を同一施行工区内の他の宅地のための仮換地として指定(すなわち本件仮換地指定)する旨の通知書を受けたが、さきの本件仮借地指定といい、あとの本件仮換地指定といい、いずれも、原告の借地権の目的たる従前の宅地について原告を名あて人とする指定処分であつて両指定処分がその様式、内容ともに酷似している(このことはさらに後述する。)ことから、原告は原告の借地権につき仮りに権利の目的となるべき土地の指定についての訴願を提起するにあたつて、従前の宅地についてその仮換地となるべき土地を特定する旨の本件仮換地指定の通知があつた六月二〇日から一月以内に訴願を提起すれば足りるものと誤解して本件訴願を同年七月一七日に提起した。かように認めることができ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。しかも、本仮借地指定と本件仮換地指定との各原告あての通知書が、その記載事項中わずか表記該当欄の一部において、前者が原告の借地のいわゆる替地として「従前の宅地について仮に権利の目的となるべき土地」約五二坪を、後者が「従前の宅地につきその仮換地となるべき土地」約二八二坪をそれぞれ特定する点を除いて、その様式・内容ともにまつたく同一であり、かつ当時においてその記載が要求されていなかつたことによるにせよ、不服申立についての教示文言を欠いていたことが前記甲第二号証及び第三号証の記載によつて認められるから、本件仮借地指定と相前後して到達した本件仮換地指定をどのように理解すべきかについて、原告において最初は混乱を覚え、やがては右両者の指定を合わせて一本の処分が施行者東京都知事から関係人原告に対しておこなわれたものと観念するにいたつたとしても、原告のこのような理解のしかたは首肯しうべきことであつて、原告における前記認定の誤解は無理からぬものといわなければならない。そして、原告が本件仮借地指定の通知に接した直後に施行者たる東京都知事に対して仮「換地指定拒絶通知書」と題する書面を郵送してはやくから処分に対する強い不服を表明したこと、及び本件訴願期間の徒過がわずか三日であることは、まえに認定したところによつて明らかである。そうすると、原告が本件訴願期間を遵守しなかつたことについては、訴願法八条三項にいわゆる宥恕すべき事由があると認めるべきである。」
もとより、訴願裁決庁は、訴願期間の不遵守につき宥恕すべき事由があると認められるかぎり、その訴願を受理して実体的判断を示すべきであると解するのを相当とするところ、本件訴願提起の日から一年一一月も無為に経過した被告が昭和三九年六月一七日いたつてようやく被告が本件訴願をその期間経過後に提起された不適法のものとして却下する旨の裁決をし、右裁決が同年七月九日に原告に到達したことは当事者間に争がなく、原告の本件訴願期間経過につき宥恕すべき事由があることさきに認定したとおりであるから、被告の右却下裁決は違法処分として取り消しを免れないといわなければならない。
そこで、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中川幹郎 浜秀和 前川鉄郎)