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東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)12号 決定 1965年1月14日

主文

本件申立を棄却する。

理由

本件申立の趣旨および理由は検察官提出の「準抗告及び裁判の執行停止申立書」記載のとおりであるからここにこれを引用する。

記録によると、本件被疑事件につき、昭和四十年一月十三日東京地方裁判所裁判官佐藤文哉は、「共謀の疎明資料不十分。幇助の事実は優に認められるが、従前の供述態度からみて、本犯及び被疑者自身の罪証を隠滅する行為に出るであろうとの具体的事実を見出せない。逃亡のおそれはない。」との理由で検察官の勾留請求を却下したことが明らかである。

そこで、記録を検討するに、

一まず、送致書記載の犯罪事実が認められるか否かであるが、被疑者および共犯者渡部外一名が、レストラン「トムス」の店舗を出たところすでに被害者の殺害を共謀したとの点は、これを認めるに足るだけの証拠が十分でないけれども共犯者渡部が本件犯行現場において被害者を刺殺する直前の段階においては被疑者を含めた三者の間にいわゆる殺人の現場共謀が成立したと疑うに足りる相当な理由はあると認められるので、結局本件においては、送致被疑事実と基本的に同一な事実については罪を犯したことを疑うに足る相当な理由があると認められる。

二、そこで、以下刑事訴訟法第六十条第一項第二、第三号に該当するが否かを検討する。

記録によると、被疑者および共犯者とされている二名の者の各供述はまちまちであり、渡部は単独犯行を主張し、戸簾は犯行に関係ないと抗争しているのであるが、被疑者嶋原は逮捕以来客観的事実についての供述は一貫しており、しかも一件証拠資料と比較検討してみてもその供述は大筋においてほぼ誤りがないものとうかがわれる。そしてその供述内容、当裁判所に対する供述態度から考えて、これまでの供述を全面的に、または重要な点において変更し、あるいは共犯者その他の関係者に積極的に働きかける等して本件に関する証拠のねつ造、隠ぺいその他の隠めつ工作に出るであろうと疑うに足る具体状況は見出し難い。(検察官は本件が多数の者の関与した複雑困難な事案のように主張するのであるが事案自体はそれほど複雑なものとは思われない。)特に被疑者の住吉会との関係は検察官主張のような深いものでないことは後記のとおりであるうえ、本件関与の態様がかなり明瞭である点から考えると、検察官主張のような影響力を理由として罪証隠めつのおそれを肯定することは出来ない。

次に逃亡のおそれの点を検討すると、被疑者にはこれまで道路交通法違反による罰金刑を除き前科なく、父母兄弟のいる自宅(肩書住居地)を生活の本拠としているものであつて、前記住吉会との関係も日時的にもそれ程深いものではなく、自動車運転以外の面で活動している形跡もなく、すでに退職しようと考えていたと認められ、運転技術を生かして生活の転換の可能性を十分有している二十才の若年者であり、本人、実兄ともども取調についての出頭を確約しているうえ、本件関与の態様、程度等を考えると、あえて逃亡の危険をおかすおそれはきわめて少ないものと認められるので、逃亡のおそれあるものとすることも困難と思われる。

以上のとおり、被疑者は本件につき刑事訴訟法第六十条第一項第二、三号に該当せず、結局原裁判は相当である。

よつて、本件申立はその理由がないから刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第一項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。(裁判長裁判官吉沢潤三 裁判官佐野昭一 小川英明)

準抗告及び裁判の執行停止申立書(申)(罪名)殺人 (被疑者氏名)嶋原 勇

右被疑者に対する頭書被疑事件につき、昭和四十年一月十三日東京地方裁判所裁判官佐藤文哉がした勾留請求却下の裁判に対し、左記のとおり準抗告を申し立て、あわせて右裁判の執行停止を求める。

第一、申立ての趣旨

一、被疑者は、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由があるのみならず、刑事訴訟法第六十条第一項第二、三号に該当することが顕著であるのに、これらの理由なしとして勾留請求を却下したことは、判断を誤つたものであるから、右裁判を取消したうえ、勾留状の発付を求める。

二、右勾留請求却下の裁判によりただちに被疑者を釈放するときは、本件準抗告が認容されても罪証隠滅のおそれがあり且つ逃亡するおそれがあるので、本件準抗告の裁判があるまで勾留請求却下の裁判の執行停止を求める。

第二、理由

一、被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある。

本件は暴力団員或いは準構成員の多数が相互に関連する殺人事件であつて、早急に真相を究明することが困難な事案であるが、はたして、共犯者渡部親武同戸簾俊隆及び被疑者嶋原勇の各自供は区々に食い違い(各被疑者の検察官及び警察官調書参照)いずれが真相を供述しているのか判然としない現状である。

暴力団構員の犯罪については一人が刑事責任をかぶる身代り犯人など種々の工作をする場合が往々にして見られるところであり、その自供は一般的にたやすく措信し難い場合が多いのである。しかも本件被害者側には暴力団北星会の構成員四名が関与しているところこれまた被疑者等の供述と著るしく異る供述をなしおり(小笠原順一、田村弘美、纐纈正志、新橋敏夫の各警察官調書参照)その究明は今後の取調べにまつほかはない。更に目撃者等広域な範囲の参考人の捜査もつくさなければならず、それでなければ被疑者等の共謀の事実についても具体的な犯行についても真相を把握し得ないところである。

被疑者嶋原は住吉会常任理事浜本政吉の使用人であり本件犯行現場の近くにある住吉会理事金子幸一の寝泊りしている長尾利明の家屋(クラブ二十一)にしばば出入りしてこの種構成員と行動を共にしている者であつて(被疑者嶋原の警察官調書参照)準構成員と認められるものであり(共犯者渡部、戸簾も右クラブ二十一に同居している)被疑者嶋原が釈放されるときは前記本件関係者その他背後の暴力団関係者と通ずるなど罪証隠減のおそれ十分といわななければならない。

二被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある。

前記の如く被疑者は住吉会の準構成員と認められ、しかも共犯者は、住吉会構成員であり、犯行について真相を述べていない疑いがある、かつ本件は暴力団同志の争いに絡む殺人事件であり極めて悪質重大な犯罪であるからその刑事責任の重大さに思いを致せば、被疑者を釈放するにおいては逃亡を計る虞が極めて大といわねばならず、単に形式上住居があるというだけで逃亡の虞なしとするのは早計である。

三、原裁判官は却下理由において共謀の疎明資料不十分との判断を示しているがこれは被疑者嶋原の自供が真相であるとの前提に立つた判断とみられ、これまた当を得ない。即ち被疑者嶋原は本件闘争に際し、前記クラブ二十一に電話をして、兇器を持つて加勢することを求めておりその後自から現場に赴き、現場においてはその自供する状況によつても共犯者渡部が庖丁で被害者を刺した際、すぐ傍に居たことが明らかであり本件発生の状況、共犯者渡部等との関係などを考え合わせればいわゆる現場共謀の十分認めうる事案である。しかるに疎明資料不十分と判断したことは極めて軽卒である。

以上の理由で本件勾留請求は刑事訴訟法第六十条第一項第二号第三号に該当し身柄を拘束して取調べをする必要性の存することは顕著であるのにこれを却下したことは、はなはだしく不当であるから準抗告を申立てた次第である。

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