東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2163号 判決 1968年6月29日
申請人
(甲)
右代理人
芦田浩志
外二名
被申請人
学校法人上智学院
右代表者
ジノ・ビオヴエザーナ
右代理人
和田良一
外二名
主文
申請人の申請を棄却する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実<省略>
理由
一、被申請人が上智大学を設置する学校法人であり、申請人が昭和三二年四月一日被申請人より上智大学法学部教授(産業経済法担当)に採用されたことは、当事者間に争がない。
二、そこで、申請人が被申請人の主張するように定年により右の地位を失つたかどうかについて判断する。
<証拠>を綜合すると、
被申請人学院には所謂就業規則に該当するものとして就務規則があつて、これは昭和二九年五月六日から施行されているのであるが、被申請人は、右の頃就務規則の作成に際し、寺田四郎(同人は、当時上智大学の教授であつて、被申請人学院の教職員によりその親睦団体として組織された互助会の副会長をしていた)をして、当時教職員に対する通達ないし公示をするのに使用するのが例とされていた掲示板に右の就務規則を掲示してこれに対する教職員の意見を徴せしめたところ、所定の期日迄に別段異議の申出もなかつたので、同月一二日上智大学就職者一同代表者寺田四郎の「右規則に異議ない」旨の意見書を添付して右の就務規則を中央労働基準監督署に届出たこと、ところが、同監督署から右就務規則につき二、三の点で訂正、追加を求められたので、被申請人はその指示に従つてこれを修正のうえ、同年六月一六日再度届出をして受理されたこと、そこで被申請人はその頃右の就務規則を謄写版刷りにして被申請人学院の教職員一同に配布したこと、その後被申請人は、多数の老令教職員を年功序列的な賃金体系の下でその儘雇傭を続けることが被申請人の財政上許されない状態にあつたこと、新進気鋭の後進に道を譲つて貰う必要があつたこと等の理由から、昭和三五年四月二〇日の理事会の議決を経て就務規則を改正し定年制を採用することとして、同日行われた組合(なお、組合は被申請人学院の教職員の過半数によつて組織されていた)との団体交渉の席上右の改正に係る就務規則を組合に提示したこと、組合は、同月二七日頃右の就務規則を印刷のうえ組合員に配布し、同年六月二日及び同月一五日に行われた各団体交渉の席上被申請人に対し意見を開陳していること、被申請人は、その担当職員の事務の不馴れから右の就務規則の改正につき所轄の労働基準監督署に対する変更の届出を怠つていたが、その後右手続の必要に気付き、漸やく昭和三八年八月六日組合委員会大林多吉の「右変更に異議ない」旨の意見書を添付して、中央労働基準監督署に対し右就務規則変更の届出をしたこと(もつとも、被申請人が右のように組合委員長大林多吉の意見書を添付して就務規則変更の届出をしたことについては当事者間に争がない)、而して、右の定年制は、改正就務規則第二四条第四号において「就務者が満年令六五才に達した場合は退職とする」旨規定されているのであるが、被申請人学院の内規である定年規程には「就務者の定年は満六五才とし、満年令に達した日の属する年度末に退職するものとする」旨規定されていて(第二条)、結局、被申請人学院においては、就務者は満年令六五才に達した日の属する年度末すなわち、この満年令に達した日の後に最初に来るべき三月三一日の経過とともに、何らの意思表示を要せず当然退職となるところもの(従つて、所謂定年退職制であつて、所謂定年解雇制といわれるものではない)であること、なお、この定年制の施行により、昭和三六年三月三一日限りで一六名、昭和三七年三月三一日限りで二名、昭和三八年三月三一日限りで六名、昭和三九年三月三一日限りで五名、昭和四〇年三月三一日限りで四名の各教職員が定年退職の取扱を受けているのであるが、申請人外一名の者を除いては何人からも異議が申し述べられていないこと、
が一応認められ、<証拠判断省略>
三、ところで、申請人が昭和三八年九月二八日満六五才に達したことは当事者間に争がない。してみると、申請人は、就務規則第二四条第四号、定年規定第二条に規定する定年制により昭和三八年の年度末すなわち昭和三九年三月三一日の経過とともに定年退職となり、冒頭記載の地位を失つたものであるといわなければならない。
しかるに、申請人は、本件定年制の無効を主張して種々の理由を挙げているので、順次これにつき判断を加える。
(1) 先ず、前記認定によれば、被申請人は昭和二九年五月本件就務規則を作成した当時これを所定の掲示板に掲示して教職員一同の意見を徴したというのであつて、このような場合は労働基準法第九〇条に規定された労働者(本件では教職員)の過半数を代表する者の意見聴取という要請を十分満たしているものというべく(けだし、労働者の意見をその代表者を通じて聴かないで、直接に聴くという方法によつたに過ぎないからである)、また、同法第八九条の行政官庁に対する届出の要求は単なる取締規定に過ぎないから、この届出を欠いても就業規則の効力には影響がないと解するのが相当であるのみならず、本件就務規則が昭和二九年六月一六日所轄の労働基準監督署に届出られていることは前記認定のとおりであり、なお、申請人の主張するように、所轄労働基準監督署が、右の届出書の保管方法を誤つたため、その届出がないものとしていたとか、被申請人が届出受理の認証のある正本を紛失していた等の事情があつたとしても、届出がなかつた状態と同視すべき法律上の根拠は毫もない。
(2) 次に、被申請人が、昭和三五年四月二〇日に行われた団体交渉の席上本件定年制を採用した改正就務規則を組合に提示し、これにつき、同年六月二日及び同月一五日に行われ各団体交渉の席上組合より被申請人に対し意見の開陳がなされていることは既に認定しているところである。
(3) 更に、前述のように、就業規則の作成、変更についての届出を欠いても就業規則の効力には影響がないと解すべきであるから、申請人の主張するように本件定年制採用に伴う就務規則の変更届に添付された組合の意見書がかりに無効であるとしても、(これが組合の意思に反して代表者によつて擅に作成したものと認められる何らの証拠もない)、そのことは、せいぜい、適法な届出がなされなかつたというに過ぎず、直ちに就務規則の変更を無効ならしめるものでないことは明らかである。
(4) また、前記認定によれば、被申請人は、昭和二九年本件就務規則を作成した当時これを所定の掲示板に掲示し、また、その謄写物を教職員に配布したというのであり、そして、昭和三五年定年制採用の改正就務規則については、当時行われた団体交渉において組合にこれを提示し、組合はこれを謄写して組合員に配布しているというのであつて、このような場合には、労働基準法第一〇六条第一項所定の周知方法を尽くしていない点があつても、これがため本件就務規則の効力を否定すべきものとはなし得ない。
(5) 最後に、如上認定の事実によると、被申請人は、年功序列的な賃金体系の下で多数の老令教職員の雇傭をその儘続けることが財政上許されない状態にあつたこと、新進気鋭の後進に道を譲つて貰うこと等の理由から本件定年制を採用したというのであるから、本件定年制の採用については一応合理的理由の存在を首肯できないことはなく、被申請人が申請人の主張するような不当不法な意図から本件定年制を採用したと認めうべき資料はない。
以上、要するに、本件定年制が無効であるとの申請人の主張はすべて理由のないものである。(後略)
四、(省略)
五、以上のとおり、申請人と被申請人間の雇傭関係は昭和四〇年三月三一日限り終了し、申請人は被申請人学院上智大学法学部教授の地位を失つているのであるから、同人が同年四月一日以降なお、右の地位にあることを前提とする本件申請は、その余の点についての判断を俟つまでもなく、理由のないことが明らかである。
よつて、本件申請を棄却することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(浅賀栄 真船孝允 森真樹)