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東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2168号 決定 1965年6月04日

申請人 化学産業労動組合同盟関東地区本部エスエス製薬支部

被申請人 エスエス製薬株式会社

主文

申請人が被申請人のため金二〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として、

1、被申請人は別紙物件目録および図面表示の建物ならびに木造掲示板の現状を変更してはならない。

2、被申請人は、別紙図面表示の出入口および扉を施錠閉鎖する等実力をもつて右出入口から右建物に至る申請人の通行を妨害してはならない。

ただし、休日および午後七時三〇分から正午までの間は、この限りでない。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一、争のない事実

1  被申請人は、肩書地に本店、大阪に支店、東京都品川区に荏原工場(以下「工場」という。)千葉県成田市に成田工場を設けて薬品の製造販売を営む株式会社である。

2  申請人は、工場従業員百余名の一部をもつて組織する労働組合である。

3  申請人は昭和三八年六月二四日以降別紙物件目録および図面表示の建物および掲示板(以下「本件建物」、「本件掲示板」という。)を組合事務所および組合文書の掲示板として組合活動のため使用占有していた。

4  被申請人は、昭和三八年二月一二日付覚書により申請人に対し組合事務所および掲示板を貸与すべき義務を有していたところ、同年六月二四日被申請人と申請人は本件建物および掲示板につき各使用貸借契約を締結し、申請人の上記3の占有は右契約に基いてはじめられたものである。

5  被申請人は、同年一一月六日申請人の組合員が同月三日(休日)に本件建物に立入つたことを前記契約に定める使用条件の違反として申請人に対し右契約の解除を通告し本件建物の明渡を求めた。

6  申請人は、同月一五日本件建物から一部物品を搬出し、その後は本件建物を使用していないが、なお一部物品を存置し申請人所有の鍵を施して現在に至つている。

7  被申請人は、昭和三九年一二月二九日申請組合員たる工場従業員佐藤由紀子外八名を解雇し、それ以降別紙図面表示の出入口(以下「本件出入口」という。)を閉鎖し現在に至つている。

二、当裁判所の判断

(一)  占有権

1  甲第七、第八、第一〇、第一一号証、乙第三、第五、第一一号証の一、二によれば、申請人は、昭和三八年一一月一五日前述のとおり本件建物から一部物品を搬出した後においても、なお本件建物の扉に申請人所有の鍵を施しているほか、右扉の脇に申請人の表札を掲げガラス戸内側等にビラ数枚を貼付し、その内部には申請人所有の椅子、棚、箱類、掃除道具等も残したまま現在に至つており、被申請人側は現状のままでは右建物に立入ることのできないことはもとより、窓ガラス越しにのぞき見るほか内部の状態を窺い知ることさえできない状態にあること、本件掲示板には現在も申請人の貼布したビラや申請人設置の投書箱の存することが認められる。

2  乙第三、第四、第五、第一〇号証によれば、昭和三八年一一月一五日に申請人が本件建物から搬出した物件は机、アンプ・プレヤー、謄写板、裁断機各一、戸棚二、箱三その他で、右物件は当時本件建物内にあつた物件の大半であると認められる。

3  さらに乙第四、第五号証によれば申請人が同月二九日被申請人にあてた文書には「申請人は本件建物を同月一六日以降使用せず、大部分の荷物も搬出したことにより、事実上明渡したものと考える」旨の記載があり、同月三〇日および同年一二月一四日申請人委員長日比野が、また同月五日申請人執行委員石川・田中が被申請人総務課長樫村、同課員落合に向つて右文書記載と同旨のことを述べていることが認められる。

4  しかし乙第二の二、第五、第六、甲第一八号証によれば、昭和三八年一一月六日被申請人は本件建物使用貸借契約の解除を通告するとともに、同月三日の右建物立入に関連して、工場従業員である申請人委員長日比野ら三役を解雇し、その後再三にわたつて申請人に対し文書および口頭で本件建物の施錠を解き、残置物品を搬出してこれを明け渡すよう求めたけれども、申請人側は上記3に述べた趣旨の回答を繰返すだけで、被申請人の要求に対しなんらの措置も講じなかつたことが認められる。

5  被申請人は申請人が昭和三八年一一月一五日限りで本件建物の占有意思を放棄したと主張するけれども、叙上の事実によれば、申請人が同日以後右建物に一部物品を残置して施錠したままにとどめ、右状態をもつて「事実上明渡したものと考える」と述べたのは、本件建物の使用・明渡をめぐつて、さらに残余の組合員らに解雇等の処分がなされることを危惧し、被申請人との摩擦を避けながら、とにかく本件建物の占有を継続確保しておくための表面をつくろつた修辞上の態度に過ぎないとみるのが相当であり、この一事をもつて占有意思の放棄を表明したものとはとうてい認められない。

6  また、被申請人は本件掲示板についても昭和三九年六月二三日使用貸借契約期間の満了により申請人が使用権を失つた後も何の申出もなく、申請人はその占有喪失を自認していたと主張し、甲第五号証によれば、昭和三八年六月二四日に結ばれた契約には、貸与期間は同日から一ケ年とする旨の定めがあつたことが認められ、右期間満了後申請人から何の申出もなかつたと推測されるけれども、右事実はなんら占有の得喪に影響しない。

7  却つて前記1の事実によれば、申請人の本件建物および掲示板に対する所持の事実および排他的支配の意思が現在に至るもなお継続しているものと認められるのであつて、申請人はこれらに対し占有権を有するものといわなければならない。

(二)  占有侵害

1  甲第一九号証によれば、前記出入口の閉鎖は本件建物および掲示板に至る唯一の通路を閉鎖したこととなり、申請人の右物件に対する事実支配の機能を著しく減殺するものであつて、申請人の本件建物、掲示板に対する占有を妨害するものといわなければならない。

2  甲第六号証によれば、被申請人は申請人に対し昭和四〇年五月二五日午後四時までに本件建物の施錠を解いて、右建物中の申請人の物品を搬出しないときは被申請人において右物品を適当な場所に保管したい旨および本件掲示板についても申請人の占有は喪失していると考える旨を通告したことが認められる。右文言の内容および双方審尋の全趣旨によつて窺われる被申請人側の強硬な態度からみれば、被申請人は本件建物に施された鍵の破壊その他実力をもつて右建物、掲示板に対する申請人の占有を侵奪する挙に出る虞が大きいものとみなければならない。

3  以上の点からみて、申請人は前記占有権に基いて被申請人に対し占有妨害の停止および予防を請求する権利がある。

(三)  仮処分の必要性

1  甲第一三ないし第一五、第二四ないし第二八号証によれば、昭和三九年一二月二九日の組合員九名の解雇によつて、工場に就業する申請人組合員は皆無になつたこと、申請人は組合員らの解雇を不当として関係団体の支援を求め一般世論に訴え、かつ、被申請人に対して抗議するとともに、工場従業員らに対し労働条件の改善のための行動を呼びかけていること(申請人組合員らの右解雇無効を理由とする地位保全の仮処分事件が当庁に係属していることは当裁判所に顕著である。)、申請人は前記のとおり本件出入口が閉鎖されたので、昭和四〇年一月初から右工場に接着する公園にテントを設けて前述のような組合活動の本拠として使用していたが、同年五月一八日公園管理者たる品川区の要求により余儀なく右テントを収去したことが認められる。

2  申請人の主張する申請人はその組合員全員が解雇されたため各人の生活すら困難であつて、他所に事務所、掲示板を借受けることは経済上ほとんど不可能であるとの点は、特段の反対疎明がない限り、一応首肯できる。

3  もつとも、申請人が昭和三八年一一月一五日以降前記のように物品を残置する以外には右建物を使用していないことは争のない事実であるが、甲第一七、第一八号証によれば、同年末組合員全員が解雇されるまでは、なお申請人組合三役を除く残余の組合員らが工場に勤務していたので、昼休み、終業後に職場を組合活動に利用することが可能であつたほか、右組合員の全員解雇を惧れて本件建物、掲示板の使用を上記の程度に差しひかえておくことについて相当な理由があつたけれども、全員解雇後は組合員の団結を保持し前記のような組合活動を行うため、右建物、掲示板を使用する必要性はかえつて増大したものと認められるから、上記争のない事実は右使用の必要性を否定する資料とならない(申請人が別に被申請人との間に電話連絡先を有するという事実があつたとしても、右必要性を左右しない。)。

4  甲第四、乙第二号証の一、二によれば、申請人は昭和三八年一一月以前においても本件建物の使用は休日を除く午前八時二〇分から午後七時三〇分に限られていたものと認められ、組合員らが全員解雇され就業時間の拘束から免れたことを考慮すれば、申請人が本件建物、掲示板を使用すべき必要性は、主文掲記の時間の範囲内を超えては存しないものと認められる。

5  叙上の点からいえば、申請人は組合員が全員解雇され、労働組合としての存立にかかわる状態にあるとみることができ、組合活動の本拠として4に述べた時間の範囲内において本件建物、掲示板を直ちに使用できなければ組合の存立運営について回復し難い損害を蒙るものといわなければならない。

(四)  結語

よつて、本件仮処分申請は、保証を条件としてこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 橘喬 高山晨 田中康久)

(別紙)

物件目録

東京都品川区小山台町二丁目五番地所在

(一) 木造トタン葺事務所

面積 約五、三平方米

同所

(二) 木造掲示板

横約一米 縦約八十センチ

(以上何れも添附見取図のとおり)

エスエス労働組合事務所 見取図<省略>

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