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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)242号 判決 1965年12月21日

原告 大東京信用組合

右代表者代表理事 森下長平

右訴訟代理人弁護士 河和松雄

同 松代隆

同 平野智嘉義

被告 今井義啓

<外二名>

右三名訴訟代理人弁護士 三谷穣

主文

1、被告今井義啓は原告に対し別紙物件目録記載の土地建物につき昭和三九年一一月六日代物弁済を登記原因として、東京法務局台東出張所昭和三六年九月五日受付第二〇一九二号所有権移転仮登記に基づく所有権移転登記手続をなし、且つ別紙物件目録記載建物のうち赤斜線部分を明渡せ。

2、前項の所有権移転登記がなされたときは、原告に対し被告吉岡知江は前記建物のうち赤線をもって囲んだ(ロ)の部分および一階の赤斜線部分を、被告石橋康三は前記建物のうち赤線をもって囲んだ(イ)(ロ)の部分および赤斜線部分を明渡せ。

3、原告の被告今井義啓、同吉岡知江に対するその余の請求を棄却する。

4、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

「被告今井義啓は原告に対し別紙物件目録記載の土地建物につき昭和三九年一一月六日代物弁済を登記原因として東京法務局台東出張所昭和三六年九月五日受付第二〇一九二号所有権移転仮登記に基づく所有権移転登記手続をなし、且つ別紙物件目録記載建物のうち赤線をもって囲んだ(イ)の部分および赤斜線部分を明渡せ、

前項の所有権移転登記がなされたときは、原告に対し、被告吉岡知江は別紙物件目録記載建物のうち赤線をもって囲んだ(ロ)の部分及び赤斜線部分を、被告石橋康三は、右建物のうち赤線をもって囲んだ(イ)(ロ)の部分および赤斜線部分を明渡せ、

訴訟費用は被告らの負担とする、」

との判決を求め、請求原因として、

「一、原告は昭和三三年七月五日訴外株式会社今井商店と手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越等の取引契約を締結したが、被告今井義啓は昭和三六年九月五日原告と右取引契約から生ずる訴外会社の債務が履行されないときは、原告が任意に一方的意思表示をなすことにより、右債務の弁済に代えて被告所有の別紙物件目録記載の土地建物(以下本件土地建物もしくは建物のみの場合本件建物という。)を原告の適正に評価した価格により代物弁済として取得しうるとの代物弁済予約をし、本件土地建物につき東京法務局台東出張所昭和三六年九月五日受付第二〇一九二号をもって所有権移転仮登記を経由した。

二、原告は昭和三九年八月三〇日右取引契約に基づき前記訴外会社に対し、金五、六〇〇、〇〇〇円を、弁済期同年九月三〇日利息日歩二銭七厘、損害金日歩七銭の約束で交付し貸与した。

三、訴外会社は利息全額を支払ったが、元金を弁済しなかった。そこで原告は被告今井義啓に対し、昭和三九年一一月六日到達の内容証明郵便をもって、本件土地建物の価格を金五、一一九、二〇〇円と評価し、右貸付金の元金のうち金五、一一九、二〇〇円の弁済に代えて本件土地建物の所有権を取得する旨の意思表示をなし、その所有権を取得した。

四、本件建物のうち、別紙図面の赤線をもって囲んだ(イ)の部分は被告今井義啓が、同じく(ロ)の部分は被告吉岡知江が、同じく(イ)(ハ)(以下単に(イ)、(ロ)、(ハ)の部分という。)の部分は被告石橋康三が、それぞれ占有し、別紙図面の赤斜線部分(以下単に赤斜線部分という。)は被告ら全員が共同占有している。

五、よって、原告は、被告今井義啓に対し、本件土地建物につき代物弁済を原因とする所有権移転仮登記の本登記手続をなすこと、および本件建物のうち、(イ)の部分および赤斜線部分の明渡を、被告吉岡知江に対し、同じく(ロ)の部分および赤斜線部分の明渡を、被告石橋康三に対し、同じく(イ)(ハ)の部分および赤斜線部分の明渡を、それぞれ求めるものである。」

と述べ、

被告等の主張および抗弁に対し、「一、予約締結当時代物弁済の対象となる債権の額がたとえ確定していなくても、予約の解釈上、予約完結権行使の時にこれを確定し得るものであれば予約は有効であり、また本件代物弁済予約は目的不動産を原告の評価した価格により代物弁済となし得るとはいっても、これを合理的に解釈すれば、原告の懇意的評価を許したものではなくその評価は、適正なものでなければならないと解されるから、本件代物弁済予約は有効である。

二、被告等主張の根抵当権設定契約締結の事実を認め、その余は争う。

三、被告吉岡知江、同石橋康三の抗弁事実はすべて否認する。」と述べ、再抗弁として、

「仮に、訴外手島三知男から被告石橋康三への賃借権の譲渡があったとしても、右賃借権の譲渡および承諾は前記所有権移転仮登記後のことであるから、所有権移転の本登記がなされた後は被告石橋康三は賃借権をもって原告に対抗し得ない。」と述べた。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、」との判決を求め、答弁として、

「被告今井義啓は、原告請求原因一ないし三の事実は認める。四の事実中その主張のような内容証明郵便が被告今井義啓に到達したことは認めるが、本件建物の所有権を原告が取得したことは否認する、五の事実中被告今井義啓が一階赤斜線部分を共同占有している事実は認めるが、本件建物中(イ)の部分および二階赤斜線部分を占有しているとの事実は否認する。被告吉岡知江、同石橋康三は、被告吉岡知江が本件建物中、(ロ)の部分を占有し、被告石橋康三が(イ)(ハ)の部分および二階赤斜線部分を占有し、被告ら三名が本件建物中一階赤斜線部分を共同占有している事実は認め、その余は不知。」と述べ、主張および抗弁として次のように述べた。

「一、本件代物弁済予約は、予約締結の際代物弁済をなす債権の額が確定しておらず、原告が一方的に評価した価格により代物弁済として目的物の所有権を取得し得るものであるから、無効である。

二、本件代物弁済予約の締結の際、本件土地建物について、原告と被告今井義啓との間で前記取引契約より生ずる債務を担保する為債権極度額金三、五〇〇、〇〇〇円の根抵当権設定契約が締結されたが、仮に本件代物弁済予約が、右三、五〇〇、〇〇〇円の不履行を条件とするものとすれば、金三、五〇〇、〇〇〇円あるいは、その範囲内の債権に対する予約完結の意思表示によって代物弁済が効力を生じるに過ぎない。しかるに原告の意思表示は三、五〇〇、〇〇〇円を超過した五、六〇〇、〇〇〇円の債権について代物弁済予約完結をしたのであるから、その効力を生じない。

三、(一) 被告吉岡知江は本件建物中(ロ)の部分を昭和三六年九月一日被告今井義啓から、賃料一ヶ月金一、五〇〇円の約で賃借し、居室として使用している。

(二) 訴外手島三知男は昭和三五年七月一日被告今井義啓から本件建物の二階を賃料一か月五、〇〇〇円の約束で賃借し、被告石橋康三は、昭和三八年八月一日訴外手島から右賃借権の譲渡を受け、同日被告今井義啓の承諾を得て居室として使用しているものである。

(三) 本件建物中の共同占有部分は、それぞれ右各賃借権にもとずいて占有使用している。」と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

第一、被告今井義啓に対する請求についての判断

一、請求原因一ないし三の事実および四の事実中原告主張の内容証明郵便が被告今井に到達した事実は当事者間に争いがない。

二、被告今井は代物弁済予約は無効である、と主張するが本件代物弁済予約において予約締結の際債権額が確定していなくとも、債権の発生原因は特定しているのであり、しかも予約完結権行使の時には債権額も確定し得るのであるから、予約当時債権額が確定していなかったからといって、代物弁済予約を無効とすることはできない。又被告今井は原告の一方的に評価した価格により代物弁済としうる契約は無効であると主張するが、原告の評価する価格といっても債権者の恣意にまかされるものではなく、本件予約は適正に評価した価格により代物弁済として、本件土地建物の所有権を取得できる旨の代物弁済の予約であるから、本件予約が無効であるとはいえない。しかして、本件土地建物について原告のした評価額が適正でないことについて被告今井は何等主張立証しないところであるしこれを適正でないと認めるに足りる証拠は存在しない。

次に被告今井は主張のとおりの根抵当権設定契約が締結された事実は当事者間に争いがないが、代物弁済予約は根抵当権設定契約とは別個の契約であり、根抵当権の極度額以上の債権の代物弁済として本件土地建物の所有権を取得したからといって、債務者の利益にこそなれ、何等不利益をもたらすものではないから、本件代物弁済予約完結の意思表示を無効ということはできない。

してみると原告は代物弁済により本件土地建物の所有権を取得したものといわなければならない。

三、本件建物のうち赤斜線部分のうち、階下を被告ら三名が共同占有している事実は当事者間に争いがない。被告今井義啓が、本件建物の(イ)の部分を占有している事実を認めるに足りる証拠はなく、却て被告今井義啓、同石橋康三の各供述によれば、右(イ)の部分は被告石橋康三が単独で占有し、被告今井義啓は占有していない事実が認められるが被告今井義啓本人尋問の結果によれば、二階の板の間には被告今井義啓がベッドを置いており、しばしば泊まりに来ている事実が認められ右事実によれば、被告今井義啓が本件建物の二階赤斜線部分を同石橋康三と共同占有している事実を認めるに十分である。

四、してみると、被告今井義啓は原告に対し本件土地建物について原告主張の仮登記の本登記手続をするとともに本件建物中二階赤斜線部分を明渡す義務があることは明らかであって、原告の請求は右義務の履行を求める限度において正当として認容し、その余を棄却すべきものである。

第二、被告吉岡知江、同石橋康三に対する請求についての判断。

一、≪証拠省略≫を総合すれば、原告が昭和三三年七月五日、訴外株式会社今井商店と、原告主張の取引契約を締結した事実が認められ、≪証拠省略≫を総合すれば、原告が昭和三六年九月五日被告今井義啓と本件建物について原告主張の代物弁済予約を締結し本件建物について原告主張のとおり所有権移転仮登記がなされた事実が認められ、右認定に反する被告今井義啓の供述は前記各証拠に照らし信用しない。また≪証拠省略≫を総合すれば、原告が昭和三九年八月三〇日前記訴外会社に対し、金五、六〇〇、〇〇〇円を原告主張の約定で貸付けたことが認められる。さらに、≪証拠省略≫によれば、原告が被告今井義啓に対し、昭和三九年一一月六日到達の内容証明郵便をもって、原告主張のとおりの趣旨の代物弁済予約完結の意思表示をなした事実が認められる。被告ら主張する代物弁済予約ないし代物弁済予約完結の意思表示が無効であるとの主張が理由のないことは第一において説明したとおりである。従って、本件土地建物は原告と被告今井間では原告の所有となったものといわなければならない。

二、次に本件建物のうち(イ)(ハ)の部分および二階赤斜線部分を被告石橋康三が、(ロ)の部分を被告吉岡知江が各占有し、一階赤斜線部分を被告ら三者が共同占有していることは当事者間に争いがない。被告吉岡知江が二階赤斜線部分を占有している事実を認めるに足りる証拠はない。

三、そこでまず被告吉岡の抗弁について考えるに、≪中略≫乙第一号証(昭和三六年九月一日付賃室契約書)、被告吉岡知江が本件建物中の階下四畳半(前記(ロ)の部分)を昭和三六年九月一日に被告今井義啓から賃料一ヶ月金一、五〇〇円の約束で賃借したとの記載があり被告今井義啓、同吉岡知江本人は乙第一号証に符合する供述をしているが右賃貸借契約の日については次のように幾多の疑問がある。すなわち、(1)≪証拠省略≫によれば昭和三六年九月一日当時同被告は一六才か一七才になったばかりであることが認められるが、同被告および被告今井義啓本人は、被告吉岡が本件建物の一部を賃借するようになったのは被告吉岡が花嫁修行のため、東京に出るについて両被告の母親が、同郷の関係で被告吉岡の母親が近所の人を介して被告今井の母親に頼んだ結果であると供述しているが、(イ)、一六才か一七才そこそこで花嫁修行というのは、一般に婚期が遅れて戦後の社会では余りに早過ぎること、(≪証拠省略≫によれば同被告の実家は千葉県山武郡芝山町であるが芝山町は、千葉県の中央部に位置し、千葉市から、バスの便もよく、農村地帯であるが山間僻地というわけではないから、それほど早婚の風習があるとは考られない。現に同被告は昭和四〇年五月現在既に二〇才であるがいまだに未婚である。((このことは同被告本人尋問の結果によって認められる。)))(ロ)、僅か一六才か一七才そこそこの娘を、本件建物に一人で生活させたということは通常考えられないこと、特に≪証拠省略≫によれば、昭和三六年九月当時本件建物の二階には当時大学生であった手島三知男が起居しており、他には誰も居住していなかったというのであるが、そうだとすると、本件建物には被告吉岡と訴外手島二人だけが起居していたことになり、一六、七才の娘が一人で間借りするには最も不適当な環境であって、普通の親であればかかる危険な状態に娘を置いたとは到底考えられないこと、(2)乙第一号証によればその作成日付は昭和三六年九月一日となっており賃貸借期間は昭和三六年九月一日から昭和四三年二月末日までとなっているが、花嫁修行をするために東京に居住する娘の賃貸借期間として、八年六か月は不必要に長期であること。(賃貸借期間満了の時には被告吉岡は二五、六才になり、一六、七才から花嫁修行を思い立つ女性にしては花嫁修行期間が長過ぎる。)(3)賃貸借契約証書が立派に出来すぎているのに反し、被告今井同吉岡間の賃料領収書が証拠として本件訴訟に提出されず、全証拠によっても、作成された形跡がないこと、(4)被告吉岡本人は、毎月賃料を被告今井の母親の家に持参した、と述べながら、被告今井の母親の家附近の状況を原告訴訟代理人に尋問され、しどろもどろの供述をしており四年以上も長期間毎月賃料を持参した者の供述とは考えられないこと、(5)乙第一号証の作成日付が本件建物について原告のため所有権移転仮登記のなされた昭和三六年九月五日の僅か五日前であること。(6)≪証拠省略≫によれば乙第二号証の日付は昭和三五年七月一日となっているが実際に作成されたのは昭和三八年八月一日であって三年も遡らせて記載されていること。乙第一号証も乙第二号証も被告今井義啓の作成したものであることは同被告本人尋問の結果によって認められるから乙第二号証も日付を遡らせたものでないとはいえないこと。以上(1)ないし(6)の諸点を考え合わせると、乙第一号証の作成日付や、賃貸借契約の日の記載はその真実性に疑問があり、後日、作成日付を遡らせて作成した疑いが濃厚である。これを証人石井正雄の証言と対照して考えると乙第一号証および被告今井同吉岡本人尋問の結果は被告吉岡が原告の仮登記より前に本件建物の一部を賃借し、引渡しを受けたものと認定するには不充分であり、たかだか被告吉岡は仮登記後相当経過してから本件建物の一部を被告今井から賃借したものと認めうるに止まる。従って、原告が所有権移転の本登記をした後は被告吉岡は原告に対し、本件建物中その占有部分を原告に明渡す義務があることは明らかである。

三、次に被告石橋の抗弁について考えるに≪証拠省略≫を総合すれば、被告石橋康三が昭和三八年八月一日、訴外手島三知男から本件建物の二階(前記(イ)(ハ)の部分)の賃借権の譲渡を受け、同日被告今井義啓の承諾を得たことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら前記賃借権の譲渡日たる昭和三八年八月一日より前の、昭和三六年九月五日受付で、本件建物について、原告が所有権移転の仮登記を得ている事実が認められるから、訴外手島の賃借した日がいつであったかを問わず、原告のため所有権移転の本登記がなされた後においては、被告石橋康三は本件建物二階の賃借権をもって原告に対抗し得ない。

よって原告の被告吉岡に対し、二階赤斜線部分の明渡しを求める部分は理由がないから棄却すべきものであるが同被告に対するその余の請求および同石橋に対する請求はいずれも正当であるからこれを認容する。

第三、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、同第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

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