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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2822号 判決 1965年7月19日

原告 大和ラーメン販売株式会社

右代表者代表取締役 山元健一郎

右訴訟代理人弁護士 遠藤薫

被告 北町産業株式会社

右代表者代表取締役 嶋崎秋蔵

右訴訟代理人弁護士 高木新二郎

主文

当裁判所が昭和四〇年三月二九日言渡した昭和四〇年(手ワ)第四二四号約束手形金請求事件の手形判決を認可する。

(但し右判決の主文第一項は、請求の一部減縮により、次のとおり、変更された。

被告は原告に対し、金七八六万二、四九〇円とこれに対する昭和四〇年三月二日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。)

異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

請求の原因事実を全部認めることができることは手形判決の理由に説明してあるところと同一であるからここに引用する。

そこで被告の原因関係の主張について順次検討するに、≪証拠省略≫を綜合すると、本件各手形は、原告から被告に対し、原告主張のとおりのラーメンの売買がなされ原告から原告主張の数量のラーメンが現実に被告に引き渡されて、その売買代金支払のために被告から原告に対して振出されたものであることが認められるところ、証人金子実の証言によってもこの認定を動かすに足りないし、他にはこの認定に反する証拠はない。

一、被告は本件手形の原因関係について右認定のラーメンの売買は原告と訴外保科栄一個人または同人の主宰している株式会社「ほしいな」との間で行われたものであって、被告は保科個人または右「ほしいな」の代金債務を引受けてその支払のため本件各手形を振出したものであるという事実を前提として、債務の引受はこれについての被告の取締役会の決議がないから無効であり、したがって本件各手形は振出の原因関係を欠くものであると主張するけれども、右認定のように本件各手形振出の原因となったラーメンの売買は原告と被告との間に行われたものであるから、被告の右主張はその前提が異るので、その余の点の判断をするまでもなく採用できない。

二、次に被告は原、被告間のラーメンの売買は通謀による虚偽の意思表示で無効であり、本件各手形はやはり振出の原因関係を欠くものであると主張するけれども、前認定のように右売買により原告から被告に対し現実に原告主張のラーメンが引き渡され、なお証人保科栄一の証言によれば、被告は右売買により原告から受取ったラーメンを他に売却し、その売却代金をもって被告の手形の決済資金等に振り当てていたことが認められるのであるから、これらの事実からみれば、原、被告間の右ラーメンの売買は仮装の売買ではなく、当事者双方の真意に基いて行われた売買であることは明らかであり、被告のこの点の主張も採用できない。

三、次に被告は原、被告間の右ラーメンの売買は被告の会社の目的の範囲外の行為であり、無効であると云い、本件各手形の振出の原因を争うのであるが、成立に争のない乙第四号証(被告の会社登記簿謄本)によると、被告会社の営業の目的として、不動産の売買賃貸借並に斡旋及管理等の外、日用品雑貨の製造並に販売を掲げていることが認められるから、被告は前記ラーメンの販売のような日用品雑貨の販売事実をも会社の営業目的としていたことは明らかであり、したがって、そのために必要なラーメンの仕入事業もまた被告会社の営業目的の範囲に属することは多言を要しない。

尤も証人保科栄一の証言によれば、被告は会社設立以来ビルの賃貸事業を専ら行って来ており、前記認定のラーメンの取引を行うまでは、ビルの賃貸以外の事業を経営したことは一度もなかったことが認められるけれども、これは事実上、会社の営業目的の一部である事業に専念し、営業の目的のうちの他の事業を手掛けなかったまでのことであって、このことから、前記ラーメン等の仕入、販売事業が会社の営業目的の範囲に属しないものということはできない。

のみならず、仮りに被告がビルの賃貸事業だけを会社の営業目的としていたものとしても、元来営利を目的とする会社は事業の不振に際し企業の存続のために必要ならば、それが営業の目的として特に掲げていなくても、何人も容易に出来る日用品の売買事業を臨時に兼営して事業の不振を乗り切るようなことは当然営業の目的の範囲に属するものと解すべきものである。しかして、本件では、前記証人の証言によれば被告はビルの賃貸による経営が好ましくなく、その不況打開の方策として、新規にラーメンの販売事業を手掛け、原告から買い入れたラーメンを他に売却して、その売却代金をもって手形の決済資金等に振り向けていたことが認められるのであるから、このような観点からみても、右ラーメンの仕入、販売の事業が被告会社の営業目的の範囲に属することは明らかである。

四、次に被告は、ビルの賃貸事業を唯一の事業としているのであり、ラーメンの仕入、販売事業を行うについては取締役会の決議を要すべき事務執行に関する重要事項であるのにその決議を経ていないとして、前記ラーメンの売買は無効であると主張している。

証人保科栄一の証言によれば、右ラーメンの売買が行われた当時の被告の代表取締役であった保科栄一は、右ラーメンの仕入、販売事業を行うについて独断専行し、取締役会の決議を経なかったことが認められるところ、前記のように、被告はそれまでは会社の設立以来専らビルの賃貸事業を経営して来たのであるから、これに新規事業としてかなりの規模に達するラーメンの販売事業をも兼営するとすれば、これがいかに会社の営業目的の範囲であるとはいうものの、やはり業務執行の基本的事項であって、取締役会の決議を要すべき事項と解されるから、被告が原告から前記ラーメンを買い入れるについては、取締役会の決議を要する筈のものであったということができる。

しかしながら、取締役会の決議は、会社の内部的な意思決定として、会社の内部の問題に過ぎないのであるから、代表取締役が取締役会の決議がないのに拘らず、会社と第三者との間で取締役会の決議を要すべき内容の取引をしたとすれば、このような場合には内部的な事情による会社の利益の保護は、対外的な取引の安全のために後退を余儀なくされるものと解すべきであり、したがって取締役会の決議を経ないという一事によっては、取引の相手方が悪意であったような場合は格別として一般に、取引の効力に影響がないものといわなくてはならない。そして、このことは、商法第二六一条第三項、第七八条、民法第五四条の趣旨から推しても正当な解釈であると思われるのである。

しかして、右ラーメンの売買について、被告の取締役会の決議がなかったことにつき、原告がそのような事情を知って取引をしたものかどうかについて考察を進めると、証人保科栄一の証言には原告が悪意であった旨の供述があるけれども、同証人の証言は単なる推測に過ぎないものであることが、その証言の全趣旨から明らかであって採用できないし、他にはこれを認めるに足りる証拠はない。

むしろ、証人吉田三朗、同林松星の各証言によれば、原告は右の事情を知らずに取引した善意の相手方であることが認められるのであるから、被告が前記ラーメンの仕入につき取締役会の決議を経なかったとしても、このことによっては前記取引の効力に影響がないものというべきであり、この点の被告の主張も採用できない。

五、最後に、被告は前記ラーメンの売買代金の額を争い、また訴外林松星において五〇万円を代位弁済したうえ、原告が残代金債務のうち二〇〇万円を免除したと主張するけれども、前記認定のとおり、原、被告間に行われたラーメンの売買は、その数量、単価とも原告主張のとおりであったのであるから、その合計金額も原告主張のとおりの金額になることは計算上明らかであって、なお弁論の全趣旨によれば、被告が右訴外人において代位弁済したと主張する五〇万円は原告が弁済を受けたと自ら陳述する五〇万円と同一の事実を指しているものと認められるところ、本件各手形は右弁済のあった五〇万円を差し引いた残代金債務の支払のために振出されたものであることは、残代金債務額と本件各手形の合計金額が全く一致することによって明白であるから、本件各手形の原因関係である前記代金債務から、被告主張の代位弁済金額を更に控除するわけにはいかない。

また、被告主張の債務免除の事実については、証人保科栄一の証言によってはこれを認めるに十分ではないし、他にはこの事実を認めるべき証拠がない。

したがって、この点の被告の主張もまた採用できない。

以上に説明したとおりであって、被告の抗弁はいずれも採用できないところ、前記認定の請求原因事実によれば原告の請求は理由があり、したがって手形判決はこれと符合するから民事訴訟法第四五七条に従いこれを認可し(但し請求の一部減縮により手形判決の主文第一項はこの判決の主文第一項但書のとおり変更された。)異議申立後の訴訟費用の負担につき同法八九条、第四五八条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤豊治)

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