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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2949号 判決 1970年7月06日

原告 全末男

<ほか二名>

右原告三名

訴訟代理人弁護士 野田宗典

同復代理人弁護士 望月千世子

被告 三東工事株式会社

右代表者代表取締役 柿沢晋作

<ほか一名>

右両名

訴訟代理人弁護士 田辺哲夫

同 荒井素佐夫

主文

被告三東工事株式会社は原告全末男に対し金一〇〇万円その余の原告に対し各金五〇万円を各支払え。

原告の被告三東工事株式会社に対するその余の請求、被告有限会社座間工業所に対する請求は全部これを棄却する。

訴訟費用中原告らと被告三東工事株式会社間に生じた分は五分しその三を被告三東工事株式会社の負担とし、その二および原告らと被告有限会社座間工業所間に生じた分はすべて原告らの負担とする。

本判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、原告ら訴訟代理人は「被告両名は各自原告全末男に対し金一五〇万円同鄭千春、同鄭千浪に対し各金七五万円を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めその請求の原因として次のとおり陳述し、被告らの抗弁事実を否認した。

(一)  訴外鄭淋鐘は被告有限会社座間工業所(以下被告座間と略称する)の鉸鋲工として被告三東工事株式会社(以下被告三東と略称する)の静岡県磐田郡豊田村七蔵新田地先天竜川東名高速道路天竜川橋架設工事現場において鉸鋲作業に従事していたのであるが、昭和四三年一月九日午後三時頃被告三東が同社従業員をして組立てさせた鉸鋲用足場丸太が折れ、これがため当時右足場を利用して作業していた訴外鄭は足場板もろとも約七米下の河原にたたきつけられ脳挫創頭蓋内出血頭蓋骨骨折等の重傷を受けて同日午後五時四五分頃死亡するに至った。

(二)  右の足場丸太の折損は被告三東の鉸鋲用足場の設置保存に瑕疵があったことに基因するものであるから、被告三東は土地の工作物の所有者兼占有者として民法第七一七条により本件事故により生じた損害について賠償義務がある。また、本件事故は被告三東の事業の執行につき同社の被用者の過失により発生したものであるから民法第七一五条によっても右損害を賠償する義務がある。

(三)  被告座間は被告三東に代って本件工事現場における事業の執行を監督する立場にあったものであるから民法第七一五条第二項により右損害を賠償すべき義務がある。

(四)  原告全末男は右亡鄭の妻であり、その余の原告両名は子であり、右鄭の死亡により精神的損害を蒙ったところ、右損害に対する慰藉は原告全末男については金一五〇万円その余の原告らについては各金七五万円が相当である。

よって原告らは被告らに対し右慰藉料の賠償支払を求める。

二、被告ら訴訟代理人は「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり陳述した。

(一)  請求原因(一)の事実を認める。

(二)  同(二)の原告らの主張は争う。

本件鉸鋲用足場はその強度において安全衛生規則上要請される規定安全度より大であって、前記折損した丸太も長さ四・一米、元口径一五糎末口径五糎折損部分の口径一〇糎の檜材で、本件事故後の外面、内面の検査においても特にこれといった瑕疵部分がなかったことが確認されており本件足場の設置保存には何ら瑕疵が存在しなかったものである。

また、本件事故の発生は亡鄭の過失によって発生したものである。即ち、被告三東は事故防止のため現場安全十則(1現場においては服装を整え必ず安全帽を正しく着用すること、2足場丸太板は必ず両端を固定してから作業を行うこと、3転落防止設備のない高所作業は使用可能な限り必ず命綱を用いること等)というものを定め、その遵守を強く要求し、もし従業員がこれに三回違反するときは工事現場から帰す制度を実施していたものであり、亡鄭に対しても、本件事故発生現場における作業開始前被告三東の現場主任から右安全十則を明示し、現場安全管理実施表に押印させて確認させていたのであるに拘らず、右鄭はこれに違反して命綱を着用していただけで使用せず、かつ安全帽のアゴヒモを締めていなかったために本件のごとき死亡事故が発生するに至ったのである。

(三)  同(三)の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実中原告らと右亡鄭との身分関係が原告主張のとおりであることは認めるもその余の主張は争う。

(五)  仮に被告らに損害賠償の義務があるとしても原告らに対し慰藉料支払の義務はない。被告三東の定める就業規則四六条によれば、従業員の過失による死亡等の場合はその事実について行政官庁の認定を受け労災保険による補償の全部又は一部をしないことができるに拘らず本件事故については原告らは既に労災保険による遺族補償一時金一一万七〇二八円、一時前払金一一四万円葬祭料一二万〇五〇〇円の支給を受けたほか年金四六万八一一六円の支給を受け得ることになっており、(なお葬儀費用一六万円は被告三東において別途支払った。)これによって十分に鄭死亡による精神的苦痛を慰藉されている。

仮に右が理由ないとしても、前記亡鄭の本件事故発生についての過失は慰藉料算定につき斟酌されるべきである。

三、立証≪省略≫

理由

一、被告三東に対する請求について

(一)  請求原因(一)の事実は当事者間に争いがないので、本件足場丸太の折損による事故が本件鉸鋲用足場の設置保存の瑕疵に基因するものかどうかについて次に判断する。

≪証拠省略≫によると右丸太の折損は亡鄭らにおいて足場を利用しての作業中突然起ったものであることが認められるところ、本件全証拠によっても当時右折損をもたらすについて原因を与えたと考えられる特段の事情の存したことは何ら窺い得ないのであるから、この折損は足場特に折損した当該丸太自体に瑕疵があったことによるものと推認せざるを得ない。なる程≪証拠省略≫を綜合すると、被告三東の主張するように本件鉸鋲用足場は安全衛生規則上の規格に適合した強度をもち、本件折損丸太も被告三東主張の長さ口径の新しい檜材で事故の検査においても特にこれといった瑕疵は発見されなかったことが認められるのであるが、このことは、本件足場が取締規定である安全衛生規則上の規格に合致していたというだけのことであって、右折損が亡鄭らが通常の方法以外の方法でこれを利用して作業していたかまたは作業をしていたということ以外の何らかの外力が作用して起ったということの窺われない以上前記のとおり推認せざるを得ない。

(三)  してみれば亡鄭が本件足場上から転落した本件事故は本件鉸鋲用足場に瑕疵があったことに基づくものといわなければならないところ、本件足場は土地の工作物とみるべきであるから、被告三東は工作物の占有者兼所有者として民法第七一七条による損害賠償の責に任ずべきである。

(四)  しかるところ、本件事故発生については亡鄭にも過失があったと主張するので次に判断する。

≪証拠省略≫によれば、被告三東は従前から作業現場における事故防止のために被告主張の内容の現場安全十則なるものを定めて作業員の遵守を強く要求しており、亡鄭も、本件事故発生時の作業開始前被告三東の現場主任戸川敏雄から右安全十則を示され、現場安全管理実施表に拇印して確認させられておるに拘らず、右安全十則の要請する命綱の使用を怠っていた(着用していたのみ)事実が認められ、本件事故発生殊に死亡の結果招来については右認定の被告の不注意は相当の影響を与えたとみるべきである。したがって、亡鄭の右過失は賠償額の算定について斟酌されねばならない。

(五)  しかして、原告らが亡鄭と原告ら主張の身分関係にあることは当事者間に争いがないのであるから、原告らは被告三東に対し民法第七一一条により慰藉料の支払を求め得べきところ、右身分関係亡鄭の前記過失、本件事故の態様その他の事情を斟酌すれば慰藉料の額は原告全については金一〇〇万円その余の原告らについては各五〇万円をもって相当と認める。

(六)  しかるところ、被告三東は精神的苦痛を慰藉されるべき代償を得ていると主張するのであるが、労災保険法上の給付は精神的損害を加味してなされるものではないと解するのが相当であるから、右給付がなされているからといって慰藉料支払義務を免れるものではない。この点の被告三東の主張は採用できない。

(七)  よって原告全末男が金一〇〇万円、その余の原告が各金五〇万円の支払を被告三東に求める限度においては本訴請求は理由あるをもって認容すべきも、その余の請求は理由なく失当として棄却すべきである。

二、被告座間に対する請求

原告らは被告座間が被告三東に代って本件工事現場における事業の執行を監督すべき地位にあることを前提として本訴請求をなすものであるところ、右前提事実は本件全立証によってもこれを認めることはできないからその余の点の判断を要せず理由ないこと明らかで失当として棄却すべきである。

三、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男)

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