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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3060号 判決 1965年6月30日

原告 羅慶章

被告 陳金旺

主文

被告は原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四〇年四月二二日から完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

被告において金三〇万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は訴外羅錦郷に対し左記約束手形一通を振出した。

金額 金一五〇円

満期 昭和四〇年三月一六日

支払地 東京都新宿区

支払場所 帝都信用金庫本店

振出地 東京都新宿区

振出日 昭和三九年九月三〇日

受取人 白地

二、訴外人は原告に対し右手形を引渡により譲渡し、原告は右手形の受取人欄に原告の名を補充記載し、現にその所持人である。

三、ところで右手形の金額は文字で一五〇円と記載してあるが、その下欄には算用数字で一五〇万円の趣旨の記載があるから文字で記載した金額一五〇円は一五〇万円の明らかな誤記であり、右手形の金額は一五〇万円であるというべきである。

四、よつて、被告に対し右手形金一五〇万円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四〇年四月二二日から完済まで法定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり陳述した。

一、被告が原告主張の約束手形を振出したことは否認する。

被告は、訴外羅錦郷から昭和三八年一一月三〇日頃一〇〇万円を利息を月六分と定め、弁済期の定めなく借り受け、昭和三九年九月三〇日まで毎月六分に当る六万円ずつ利息を支払つて来たが、その後昭和三九年九月三〇日更に同人から五〇万円を弁済期の定めなく借り受け先の借受金との合計金一五〇万円の借受金債務についてその後の利息を月四分と定めた。しかして、昭和三九年九月三〇日被告は原告の求めにより右借金の借用証として約束手形の用紙に満期を白地とし、受取人も白地として訴外人に交付したのが本件手形である。したがつて、右手形は被告に手形振出の意思のないものであり、単に借用証であるに過ぎない。

二、また原告は右手形の正当な所持人ではない。

即ち、訴外羅錦郷は本訴提起後の昭和四〇年四月二四日被告に対し、「元金は後でもよいが利息と弁護士費用として二〇万円程支払えば民事も刑事も訴を取下げて和解してやる、その後は利息を支払えば元金は同年五月一一日まで待つてやるが、それ以上は待てない、差押えし、競売してやる。」等と強要し、その後も二〇万円の支払を要求していたのであり、原告は羅錦郷の子でまだ二七才の青年であること等からみると、原告が訴外羅錦郷から右手形を譲り受けたものとは考えられない。

三、右手形の金額は文字で一五〇円と記載され、算用数字で一五〇万円の趣旨の記載がなされているから、手形法の規定に従い、文字で記載された一五〇円が手形の金額であるというべきである。

四、仮りに、被告が右手形を振出し、原告が正当な所持人であるとしても、被告は訴外羅錦郷に対し、前記借金の弁済として昭和三八年一二月一日から昭和三九年九月三〇日までの一〇ケ月分の利息を月六分の割合により合計六〇万円(元金一〇〇万円につき)、昭和三九年一〇月から同年一二月までの三ケ月分の利息を月四分の割合により合計一八万円(元金一五〇万円につき)を各支払つており、これは利息制限法の制限を超過するから、その超過分の利息は元本の弁済に充当され、その限度で右手形の原因関係の債務は消滅したものである。

しかして、原告は訴外羅錦郷の子であり、右の事情を知悉して悪意で右手形を取得したものであるから、被告は右の事由を原告に対抗しうるものである。

原告訴訟代理人は被告の抗弁事実を否認すると述べた。

立証<省略>

理由

先ず、原告主張の約束手形の振出行為の成否について考えると、原告本人尋問の結果により、同人が満期と受取人とを各記載し、裏面に裏書をしたものであることが認められ、その余の表面および裏面の記載部分の成立について争いのない甲第一号証と原告本人尋問の結果によれば、被告は原告主張の手形を満期と受取人とを白地としたほかは全ての手形要件を原告主張のとおり記載したうえで原告主張の手形を訴外羅錦郷に交付したものであることが認められる(このうち、被告が右手形の用紙に満期と受取人とを白地とし、被告が振出人欄に住所氏名を記載して訴外人にこれを交付したことは被告が認めるところである。)。

右事実からみれば、被告は一見して白地手形であることの明らかな外観の手形を作成してこれを他人に交付したものであるから、このような場合は内心の意思はともかくとして表示されたところに従い手形の振出行為は成立したものというべきである。

被告は右手形は借用証代りに作成し訴外人に交付されたものであるとして右手形の振出行為の成立を争うけれども、このような事情は心裡留保ないしは虚偽表示の問題たるに止まり、手形の振出行為の成立を否定することができないことはもとよりであるし、被告主張のような事情を認めるに足りる証拠もないのであるから、心裡留保ないしは虚偽表示の点もこれを認めることはできない。

しかして、前記各証拠によると、原告は訴外羅錦郷から右手形を引渡により譲り受け、満期と受取人とを各原告主張のとおり補充記載し(被告が白地手形を訴外人に振出した以上は、反証のない限りその補充権を与えたものというべきである。)、原告が現にこれを所持していることが認められるのであるから、この事実関係からすれば他に反証のない限り原告は右手形の正当な所持人であることは明らかである。

被告はその主張のような事情を理由として原告が右手形の正当な所持人であることを争うけれども、原告と訴外羅錦郷とが親子であることが原告本人尋問の結果によつて認められるほかには、被告主張のその余の事情については何の立証もないし、原告と訴外人との右のような身分関係があるとしても、このことだけによつては右の認定を動かすに足りない。

次に、右手形の金額について検討すると、右手形の金額が文字で一五〇円と記載され、その下段に算用数字で一五〇万円の趣旨の記載がなされていることは当事者間に争いがない。このような場合にいずれの金額を手形金額とするかについては手形法第六条第一項、第七七条第二項に文字で記載した金額を手形金額とする旨を規定するところであるけれども、本件の場合においては文字および算用数字で記載した双方の金額を対比すれば一見して文字でした金額の記載が誤記であり、算用数字で記載した金額が振出人の意欲した手形金額であることが明瞭に推察されるのであるから、このように手形の外観解釈だけからしても直ちに文字で記載した金額が誤りであり、算用数字で記載した金額が振出人の意欲した金額であることが明白である場合には手形法の右規定にかかわらず算用数字で記載した金額を手形金額とすべきものと解するのが相当である。

そこで被告の抗弁について考えるに、被告主張の利息制限法の制限超過の利息を支払つたとの点、および原告が悪意の手形取得者であるとの点についてはいずれも立証がなく、被告の抗弁は採用できない。

したがつて、原告は被告に対し、右手形金一五〇万円およびこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかである昭和四〇年四月二二日から完済までの商事法定利率の年六分の割合による利息の債権を有するから、原告の請求は理由がある。

よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言およびその免脱宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤豊治)

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