東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3064号 判決 1967年3月30日
原告 金承奎
右訴訟代理人弁護士 竹原茂雄
被告 株式会社山西屋商店
右代表者代表取締役 山西義雄
右訴訟代理人弁護士 山分栄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五一万六四〇〇円及びこれに対する昭和四〇年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「一、訴外大栄鉄工株式会社は昭和三九年八月三一日被告より東京都大田区大森南四丁目一五番地二号に軽量鉄骨二階建倉庫一棟四一六、五二平方メートルを建築する工事を、代金五〇〇万円を契約成立時一〇〇万円、鉄骨組立完了上棟時二〇〇万円、中間金一〇〇万円、工事完成引渡時一〇〇万円に分割して支払を受ける約で請負う契約をした。
二、原告は右大栄鉄工株式会社に対する東京法務局所属公証人川井寛次郎作成昭和三九年第三二七七号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き、右訴外会社が被告に対して有する前記工事代金債権五〇〇万円中五一万六四〇〇円について、東京地方裁判所に債権差押命令及び取立命令の申請をしてその命令を得、右命令正本は昭和三九年一一月二七日被告に送達され、更に原告はその取立権を放棄し同時に右債権につき転付命令の申請をしてその命令を得、右命令正本は同年一二月九日被告に送達された。
三、従って前記債権五一万六四〇〇円は原告に移転し、そして訴外会社はその後前記請負工事を完成して建物を被告に引渡したにもかかわらず、被告はその支払をしない。
四、よって被告に対し右転付金五一万六四〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四〇年四月一九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」
と述べ、被告の抗弁に対し、
「被告主張の事実はすべて知らない。」と述べた。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実をすべて認め、抗弁として、
「一、被告は訴外大栄鉄工株式会社に対する工事代金五〇〇万円の債務について、別紙一覧表記載のとおり、昭和三九年八月三一日から同年一〇月三一日までの間に、現金を支払い又はその支払のために小切手ないし約束手形を訴外会社に宛てて振出し小切手はいずれも振出の直後約束手形はいずれも満期にそれぞれ支払われている。
二、すなわち、右工事代金債務五〇〇万円中四二〇万円は、原告主張の差押命令が被告に送達された昭和三九年一一月二七日までに、現金の支払及び支払のために振出した小切手約束手形が支払われたことにより消滅し、当時残存した債務八〇万円についても、被告は既に満期がいずれも同月三〇日である別紙一覧表の(五)の(イ)、(ロ)、(ハ)の約束手形及び満期が同年一二月一〇日である同(ニ)の約束手形を振出しており、その後被告は右(五)の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)の各約束手形を、それぞれその所持人である文京信用金庫、上杉与志栄、村樫建材興業株式会社、東京菓業信用組合より満期に呈示を受けたため、その支払をした。
三、ところで、或る債権の支払のために手形が振出されている場合、その債権の差押の効力は手形金には及ばず、一方かかる手形の支払がなされたときは原因関係に基く債権も消滅するものであり、換言すれば、かかる原因関係に基く債権の差押は手形が満期に支払れたときは消滅する、いわば解除条件附の債権の差押であるから、原告の差押えた債権は被告がその支払のために振出した手形の支払をしたことにより消滅した。
四、かりに右の主張が認められないとしても、原因関係に基く債務の支払のために手形が振出された場合においては、原因関係に基く債務の弁済は手形の返還と同時履行の関係にあるから、被告は別紙一覧表の(五)の(イ)ないし(ニ)の手形と引換でなければ原告が転付を受けた本件工事代金の支払に応ぜられない。」
と述べた。
立証≪省略≫
理由
一、訴外大栄鉄工株式会社が、昭和三九年八月三一日被告より東京都大田区大森南四丁目二五番地二号に軽量鉄骨二階建倉庫一棟四一六、五二平方メートルを建築する工事を、代金五〇〇万円を契約成立時一〇〇万円、鉄骨組立完了上棟時二〇〇万円、中間金一〇〇万円、工事完成引渡時一〇〇万円に分割して支払を受ける約で請負う契約をしたこと、原告が訴外会社に対する原告主張の公正証書の執行力ある正本に基き、訴外会社の被告に対する前記工事代金債権中五一万六四〇〇円につき、東京地方裁判所に債権差押命令、及び取立命令の申請をしてその命令を得、右命令が同年一一月二七日被告に送達され、更に原告がその取立権を放棄した上転付命令の申請をしてその命令を得、右命令が同年一二月九日被告に送達されたこと、はいずれも当事者間に争いがない。
二、よって被告の抗弁について判断するに、≪証拠省略≫によれば被告が訴外会社に対する前記工事代金債務五〇〇万円の支払のため昭和三九年八月三一日から同年一〇月三一日までの間に別紙一覧表記載のとおり(ただし現金とある分も実は小切手を振出したものである)小切手ないし約束手形を振出したこと、右小切手はいずれも法定の呈示期間内に支払がなされ、また約束手形もすべて満期に支払がなされたこと、従って右工事代金五〇〇万円中四二〇万円については、その支払のために振出された小切手及び約束手形が、本件差押命令が被告に送達された昭和三九年一一月二七日までに既に支払われていたこと、残額八〇万円の支払のために振出された手形は、いずれも金額一〇万円満期昭和三九年一一月三〇日振出日同年一〇月三〇日の別紙一覧表記載の(五)の(イ)、(ロ)、(ハ)の約束手形、及び金額五〇万円満期昭和三九年一二月一〇日振出日同年一〇月三〇日の別紙一覧表記載の(五)の(ニ)の約束手形であるが、訴外大栄鉄工株式会社代表取締役岩見末吉は右各手形をいずれも被告から振出を受けた直後に他に裏書譲渡し、被告は右各手形の各満期に、(イ)の手形については訴外会社より豊玉建設株式会社、真部武徳を経て裏書を受けた所持人文京信用金庫より、(ロ)の手形については訴外会社より裏書を受けた所持人上杉与志栄より、(ハ)の手形については同様の所持人村樫建材興業株式会社より、(ニ)の手形についても同様の所持人東京菓業信用組合よりそれぞれ手形の呈示を受けて手形金の支払をしたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
してみれば、訴外会社の被告に対する本件工事代金債権五〇〇万円中四二〇万円は、その支払のために振出された小切手及び手形が支払われたことにより、本件差押命令が被告に送達される以前に既に消滅しており、残額八〇万円はその当時残存してはいたが、(従って右金額の範囲内である五一万六四〇〇円の債権についてなされた本件差押命令は有効である)、これについても当時既にその支払のために別紙一覧表の(五)の(イ)ないし(ニ)の約束手形が振出されかつ第三者に裏書されていたのであり、そしてこのように差押を受けた債権につき差押前にその支払のために約束手形が振出されかつその手形が第三者に譲渡されていた場合には、手形振出の原因関係に基く債権の差押の効力は手形金債権には及ばず、しかも手形金の支払によって原因関係に基く債権も消滅すると解するのが相当であるから、右八〇万円の債権も亦被告がその支払のために振出した約束手形の所持人に対してその支払をしたことにより消滅したものということができる。
三、よって被告の抗弁は理由があり、原告が差押命令及び転付命令を得た債権五一万六四〇〇円は、その一部は差押後転付前に、残余は転付後に消滅したものであるから、右債権の弁済を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものと認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 今村三郎)
<以下省略>