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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3350号 判決 1966年10月20日

原告 田辺多一

右訴訟代理人弁護士 小室金之助

同 湯本岩夫

被告 滝柾

<ほか五名>

右訴訟代理人弁護士 鈴木政行

被告 松岡徳保

右訴訟代理人弁護士 林利男

主文

一、原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告松岡徳保は原告に対し別紙目録第二記載の建物より退去し、被告滝柾は原告に対し右建物を収去し別紙目録第三記載の土地(以下「本件土地」という)を明渡せ。原告に対し被告滝柾は別紙目録第一記載建物より退去し、被告滝三千恵、同正明、同千津江、同佐知子、同裕臣は右建物を収去し本件土地を明渡せ。被告滝柾は原告に対し金一八、四一〇円およびこれに対する昭和三九年四月一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員ならびに右同日より土地明渡に至るまで一ヶ月金二、六二六円の金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求めその請求原因として

(一)  原告はその所有にかかる東京都葛飾区高砂町九三七番地所在の宅地一四七一、八六平方メートルのうち本件土地一七一、九〇平方メートルを昭和三二年九月二一日訴外滝哲明に、賃料一ヶ月金一、五六〇円、毎月二八日払の約で賃貸し、同人は右土地上に別紙目録第一記載建物を所有していた。

(二)  昭和三六年二月五日滝哲明死亡により、その長男鍬一郎(同年一月二日死亡)の妻被告滝柾が被告ら間で協議のうえ前記賃借権を承継したというので、同年九月二一日本件土地につき被告滝柾との間に賃貸借契約を締結したが、昭和三七年六月四日本件土地のうち四一、三二平方メートルにつき合意解除をなし改めて該部分につき期限を昭和五七年六月三日、賃料は該部分を含めて本件土地全部につき一ヶ月二六二六円の約で賃貸することにし、被告滝柾は同地上に別紙目録第二記載建物を新築、所有し右建物を被告松岡徳保が占有しており、別紙目録第一記載建物は被告滝柾の子滝三千恵、同正明、同千津江、同佐知子、同裕臣が共同所有し、同人ら及び滝柾が占有している。

(三)  原告は被告滝柾に対し昭和三八年九月以降同三九年三月まで七ヶ月分の賃料合計一八、四一〇円を同三九年四月七日まで支払うよう請求し、右通知は同月五日同人に到達したが、同人は右期日までにこれを支払わなかった。そこで原告は滝柾に対し同月二三日右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたので、右契約は同日をもって終了した。

(四)  よって被告らに対し請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

と述べ、被告らの各抗弁事実を否認して

滝哲明が死亡し、原告は被告滝柾に本件賃借権の承継人を誰にするか確定してほしい旨を申入れたところ、被告滝柾から同人が承継人となる旨の申入れがあったので昭和三六年九月二一日本件土地につき滝柾と賃貸借契約を締結したものである、

と述べ≪以下証拠省略≫。

被告ら訴訟代理人はいずれも主文同旨の判決を求め答弁として被告滝らにおいて

第一項、賃貸借契約の締結年月日賃料及びその支払期の点を除きその余は認める。

第二項、被告滝柾が本件土地の賃貸借を承継したことを除きその余は認める。

第三項、本件土地賃貸借契約が昭和三九年四月二三日に終了したことは否認する。延滞賃料額は争う。その余は認める

と述べ抗弁として

本件土地、賃貸借契約解除は無効である。

即ち

(一)  本件土地は昭和一六年五月三〇日より亡滝哲明が賃借してきたが同人は同三六年二月五日死亡し、その長男鍬一郎(被告滝柾の夫)が相続すべきところ右鍬一郎はこれよりさきの同年一月二日死亡していたので別紙目録第一記載建物及び本件土地の賃借権は被告滝三千恵、同正明、同千津江、同佐知子、同裕臣が代襲相続したが、同人らは当時いずれも未成年者であったため、その母である被告滝柾が親権者となった。従って滝柾が本件土地の賃借権を取得するには、子等と利害相反するため、特別代理人を選任し、同人の承認を得なければならないのに、このような手続を経ていないから原告と被告滝柾間の賃貸借契約及び被告滝柾を直接名宛人としてなした延滞賃料支払の催告並びに賃貸借契約解除の意思表示は何れも効力を生じない。

(二)  仮りに被告滝柾が賃借権を承継したとしても、本件解除の意思表示は権利の濫用であり、信義則にも反するから効力を生じない。

すなわち本件土地の賃貸借契約は二二年間も継続し、その間賃料は常に完納し、従来三ヶ月ないし六ヶ月分の賃料を期限に遅れて支払っても原告は異議なく受領していたこと。別紙目録第二記載建物新築に際し、原告に権利金五〇万円を支払ったが、これは地代家賃統制令に違反するものであり、これが権利金は一部地代の前納的性質を有すること、契約の残在期間が一八年もあるのに二万円弱の延滞にすぎず、かつその延滞の原因は生活の困窮と不時の出費を余儀なくされたためであること、契約が解除されれば被告らの生活の安定は一挙にくつがえされること、一方原告は他にも多くの土地を有し、本件の場合、被告の法律的無知に乗じ一儲けを企んで明渡要求しているむきもあり、そのような自己本位的態度は許しがたい。従ってこれらの事実からみると本件契約解除は権利濫用として許されないと述べた。

被告松岡徳保訴訟代理人は答弁として本件土地を原告が所有し、被告滝柾がこれを賃借し、物件目録第二記載の建物を所有していることは認める。但し右建物は石川津が滝柾から賃借したものであって被告松岡はその店員にすぎず、独立の占有を有するものではない。その余の事実は争うと述べ抗弁として被告滝らと同様の抗弁を提出し≪以下証拠省略≫

理由

本件土地はもと滝哲明が原告より賃借し別紙目録第一記載建物を所有していたところ、同人は昭和三六年二月五日死亡し、その長男鍬一郎もこれよりさきの同年一月二日妻の柾と外子五名(いずれも被告)を遺して死亡したこと及び原告が昭和三九年四月二三日賃料延滞を理由に被告滝柾に対し本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、滝柾本人尋問の結果によれば、子ら五名のうち少なくとも四名は未だ成年に達していないことが認められる。

従って亡哲明所有の前記建物及びその敷地の借地権は亡鍬一郎の子供である被告三千恵、正明、千津江、佐知子、裕臣の五人が代襲相続したものであることは明らかである。

ところで原告の主張によれば被告ら協議のうえ被告滝柾が本件土地の賃借権を承継することになったというので、同人を賃借人として昭和三六年九月二一日改めて賃貸借契約を締結し更に同三七年六月四日その一部につき合意解除し、新たに貸付けたというのであるが、かかる行為は親権を行なう母である被告滝柾とその子たる他の被告との利益が相反する行為であるから民法八二六条第一項所定の特別代理人の選任をえた上、これらの行為をしなければならないのに本件の場合このような手続を経たことについては、なんら認むべき資料は存しない。

従って被告滝柾は本件土地の賃借権を取得するに由なく賃借権は依然被告三千恵外四名の共有するところであるから、原告が被告滝柾を賃借人として同人に対し本件賃貸借解除の意思表示をしたとしても、その解除はなんら効力を生ずる余地はない。

そしてこのことは原告において被告滝柾を賃借人として取扱うにつき善意であったとしても異るものではない。よってその余の判断をするまでもなく原告の被告らに対する建物収去及び退去を求める請求はいずれも失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤宏)

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