東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3472号 判決 1968年5月10日
原告(選定当事者) 山田真澄 外二名
被告 南伊豆観光株式会社
主文
原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、原告ら
(一) 原告らと被告との間において被告が別紙物件目録<省略>記載の土地につき賃借権を有しないことを確認する。
(二) 被告は別紙物件目録記載の土地に立ち入つてはならない。
(三) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二、被告
主文同旨の判決
第二、原告の主張
一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)を含む通称「弓ケ浜」と称する浜一帯の土地(以下単に浜という)は古くから静岡県賀茂郡南伊豆町湊地区の住民が(イ)松等の管理処分、(ロ)地曳網のために要する土地、(ハ)船掲場、荷掲場、水産物、農作物の干場等として使用収益して来た入会地であり、これに入会うことのできる権利を有する住民は「湊区」という入会団体を構成し、湊区は浜以外にも湊地区の周辺に大耕地、白坂、大山、新道洞と呼ばれる入会山や、分け畑、共同磯を有している。
二、本件土地は昭和六年七月一〇日大蔵省名義で所有権移転登記がなされ、同日売買を原因として湊地区を管轄する静岡県賀茂郡竹麻村に所有権移転登記がなされた。
しかし前項記載のとおり従来から竹麻村のうち、町村制施行以前の旧湊村村民即ち、湊地区の住民のみが本件土地を入会地として使用収益してきた実情に鑑み、昭和一五年五月七日竹麻村村会においてあらためて湊区に対し売渡すことが決議され、湊区は昭和一七年頃までに代金九、〇〇〇円を支払つて竹麻村から本件土地を買受け、昭和二一年三月二五日その旨所有権移転登記を了した。ところが、昭和二二年五月三日施行された政令第一五号第二条第一項によつて部落会等が財産を有することが許されなくなつたので、湊区は右政令違反を免れる便法として昭和二二年七月一日、当時存在した竹麻村湊漁業会に対し贈与名義で本件土地の所有権移転登記手続を了したが、実際に所有権を移転したわけではない。
三、原告らおよび別紙選定人目録記載の選定者はいずれも前記入会団体としての湊区の構成員であり、浜に入会う権利を有するものである。
四、湊区はまた湊地区居住者全員によつて構成されるいわゆる町内会的性格を有する団体も兼ねており、古くは湊地区居住者全員が入会団体としての湊区の構成員であつたが、現在は湊地区に居住していても新たに分家した者、他地区から移転してきた者は入会団体としての湊区の構成員ではなく、浜や共同山に入会うことを認められていない。
五、湊区にはその運営および入会地の管理処分に関する明文の内部規約は存在せず、従来すべて慣習によつて処理されてきた。そして従来の慣習によれば、湊区には区長を頂点とする入会団体および町内会共通の職務執行機関と、意思決定機関として湊区構成員全員によつて構成される総会があり、区長は総会の決議にしたがつて職務を執行してきた。総会は毎年一月一五日に開かれ吉例と呼ぶ定期総会のほか必要なときに招集される臨時総会があつたが、臨時総会の招集方法は開催日の四、五日前までに議題を記した案内状が構成員全員に配布されるか、または世話人が各戸に触れて廻るというのが慣例であつた。また総会の決議方法は全員の意思が一致するまで話し合いが続けられ、全員の意見一致によりはじめて決議が成立することになつていた。
六、被告は昭和四〇年一月一三日湊区長木下新作から本件土地をホテル等の施設所有の目的で有効に賃借したと主張する。しかし右契約は木下新作が左のとおり無権限で締結したものであり、入会団体湊区およびその構成員に対して何ら効力を有するものではない。
(一) 右のような目的のためにする賃貸借は前記のように構成員各自が入会つて来た浜についての入会権の内容を全く異質なものに変更することに他ならない。そして入会権の内容の変更は入会権の性質上入会権者総員の合意なくしてはできないものである。
(二) 仮りにそうでないとしても前項記載のとおり湊区においては団体としての意思決定は構成員総員の合意によつて成立するのが慣例であつた。しかるに木下新作は本件賃貸借につき入会権者総員の承諾を得ていない。
(三) また仮りに湊区の意思決定が総会における構成員の多数決によつて成立しうるとしても、被告の主張する昭和三九年一一月二一日の臨時総会および昭和四〇年一月一五日の吉例では、いずれも本件賃貸借を承認する旨の議決は有効になされていない。右臨時総会は総会当日世話人が各戸に触れ廻つて招集したが入会権者全員に伝達されていなかつたし、そもそもこのような招集方法は前項記載の湊区の慣例にもとるものである。したがつて当日全入会権者もわずか三分の一の出席者によつて多数決による議決が成立したとしても右議決は無効である。
七、しかるに被告は前記賃貸借が有効であるとの前提に立つて本件土地をホテル建設等観光事業等に使用するための準備をすすめている。よつて原告らは被告に対し被告が本件土地につき賃借権を有しないことの確認を求め、かつ、入会権にもとづいて、被告は本件土地に立ち入つてはならない、との判決を求める。
第三、被告の主張
一、湊地区の住民によつて構成される湊区という団体が存在することは認めるが、湊区が原告ら主張のような入会団体であること、湊地区の住民が古くから浜に入会つて原告ら主張のように使用収益していたこと、原告らおよびその選定者が浜の入会権者であることはいずれも否認する。
二、本件土地につき登記簿上の名義が原告ら主張のとおり変遷したことは認める。
三、本件土地はその登記簿上の記載のとおり湊漁業会に属するものであり、前記湊地区の住民全員によつて構成される湊区にその管理権が与えられていたところ、被告は昭和四〇年一月一三日湊区長木下新作から本件土地をホテルおよびこれに関連した施設の建築用地として賃借した。
四、木下新作が右賃貸借契約を締結するについては昭和三九年一一月二一日に開かれた湊区の最高議決機関である臨時総会において被告に本件土地を賃貸することが圧倒的多数決で決壊され、昭和四〇年一月一五日に開かれた吉例と呼ばれる定期総会において木下の締結した賃貸借は異議なく承認された。湊区における総会の決議は原告ら主張のように全会員一致によつてではなく、出席者の過半数による議決で成立する慣らわしであつた。
五、仮りに湊区が原告ら主張の入会団体であるとしても、被告は前記のとおり、有効に本件土地を賃借したから原告らの本訴請求はいずれも理由がない。
第四、証拠<省略>
理由
一、本件土地が昭和六年七月一〇日大蔵省名義で所有権保存登記がなされ、同日売買を原因として湊地区を管轄する静岡県賀茂郡竹麻村に所有権移転登記がなされ、昭和二一年三月二五日賀茂郡竹麻村湊区に払下による所有権移転登記がなされ、昭和二二年七月一日竹麻村湊漁業会に贈与を原因とする所有権移転登記が経由されていること、昭和三九年一一月二九日本件土地の賃貸借に関し湊区の臨時総会が開かれ、貸付の決議がなされたこと、被告が湊区長木下新作と昭和四〇年一月一三日本件土地につき被告とホテル建設を目的とする賃貸借契約を締結したこと、同年一月一五日の湊区通常総会においてこれが議題とされたことは、当事者間に争いがない。
二、原告ら主張の入会権について判断する。
(一) いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、同第一〇ないし第一三号証に証人渡辺源、同臼井十郎、同臼井長二の各証言を総合すれば、明治年代初期まで湊村があつたこと、その村民が本件土地を含む原告主張の浜に入会い、漁網、かじめ、籾、わら等の干場や甘藷の貯蔵場として使用し、また、防風砂防のための松林の植裁管理をしてきたこと、その後のいわゆる市制町村制の施行により湊村は手石村、青市村と合併されて竹麻村となつたこと、旧湊村の住民によつて湊区という団体が作られ、湊区は右浜の入会を管理規制し、また、浜の松林の補植手入れ等の賦役を構成員にさせていたこと、湊区は浜のほかにも湊地区の住民が古くはかやの刈り場として使用してきた共同山と呼ばれる山野を管理していることが認められ、右認定に反する証人臼井友吉、同木下新作の各証言の一部は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠ない。
(二) いずれも成立に争いのない甲第二一、第二二号証、同第二三号証の一、二に証人渡辺源、同臼井十郎、同臼井長二、同佐藤米夫の各証言ならびに原告山田真澄本人の尋問の結果を総合すれば、浜や共同山を使用できる湊地区住民は、家単位で湊区の構成員になつていること、分家して湊地区に新らたに家を構えた住民や他地区から移住してきた住民は浜や共同山については使用収益したり区の意思決定に参加する構成員としての権利が認められず、一〇年以上在住して浜や共同山に関する区の賦役を果し、場合によつては加入金を支払つてはじめて権利者として扱われ右湊区の構成員となつたこと、他方従来からの権利者であつても他地区に移住して賦役が果せなくなつた住民は当然に浜や共同山の権利が消滅し、これに対しては対価が与えられなかつたこと、昭和三七年頃湊地区住民のうち浜に権利を有していたのは約一五〇余戸であつたが、同年から翌三八年にかけて、湊地区に長期間居住して家を構え浜に関する賦役を果し加入金を納めた者九三名(その中には共同山についてはすでに権利を認められている者もいた。)が浜に関する権利者の仲間入りしたこと、しかしなお湊地区に居住しながら浜に関する権利が認められていない者は約二、三〇戸あることが認められ、これに反する証拠はない。
(三) 前記争いない事実に、いずれも成立に争いのない甲第七、ないし第一二号証証人佐藤米夫、同木下幸雄の各証言および弁論の全趣旨を総合すれば、本件土地が国から竹麻村に譲渡され、湊区が竹麻村に対し払下げを申請していたところ、竹麻村村会の払下げ議決を経て、昭和一七年二月一六日竹麻村は湊区に本件土地およびその他の土地を代金九、〇〇〇円で売渡したこと、湊区は、右代金を浜や共同山を使用して来た住民から特別徴収することにしたが、その後同区の管理する共同山の立木を売却し、その売却代金を、右土地買受け代金の大半に充てたこと、湊区は、昭和二二年に施行された政令第一五号により、湊区のような部落団体が土地を所有することは許されなくなつたと考え右政令違反を免れるため湊区と殆んどその構成員を同じくする竹麻村湊漁業会に本件土地所有名義を変更することとして前記所有権移転登記を了したが、湊区と右漁業会との間で本件土地の所有権を実質的に移転させるものではなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。
(四) 以上の事実によれば、湊区のなかで、従来から浜を使用し、かつ使用することを許されてきた住民の集団は本件土地に入会権を有し、かつその地盤も所有しているというべきである。
三、原告らは本件土地の入会権者であると主張する。
原告山田真澄、同木下啓久、同稲葉保の各本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告山田、および同木下はいずれも先祖代々湊地区に居住し、古くから入会団体としての湊区の構成員として浜を使用することが許されてきたこと、原告稲葉は父親の代から約四五年湊地区に居住し、昭和三八年区に加入金を納めて浜についての権利者集団に加入したこと別紙目録の選定者がすべて入会権を有し右湊区の構成員であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
四、原告らは本件賃貸借は従来の湊区の入会の内容を全く異質なものに変更してしまうから入会権者すなわち湊区の構成員全員の同意がなければ効力を有しないと主張する。しかし入会権を全く消滅させてしまうのでない限り、入会団体が入会地の利用形態を変更するについては入会権の性質上当然にその構成員全員の同意を要すると解すべきではなく、当該入会団体の管理処分についての慣習にもとずいてなされた団体の意思決定によつて有効にその利用形態を変更できるというべきである。証人渡辺源、同臼井十郎、同山田仁太郎、同木下幸雄、同臼井友吉、同木下新作、同松本正の各証言および検証の結果によれば、湊区が浜の一部を分家した二、三男のために住宅の敷地として賃貸していること、夏期はキヤンプ場を開設して収益をあげていること、本件土地の隣接地を昭和三二年に店舗の敷地として東海バスに賃貸していること、本件土地の約半分は右住宅敷地の部分であること、東海バスに賃貸したときも本件賃貸についても反対者があつたが、その人達も本件土地に従前どおり入会うことを目的として反対しているのではなく、本件土地の利用方法の変更は当然であるが、これを利用して構成員の利益を増進するについて他によりよい方法があるとして反対しているものであることが認められる。右事実ならびに弁論の全趣旨によれば、時勢の進展にともない湊区の構成員は右浜を従前どおり入会う必要を認めず構成員の利益を増進するためその利用方法を変更し、その利益を構成員において亨受することゝなつたと認められるから、その利用方法の決定は慣行による意思決定によるべきである。右主張は理由がない。
五、原告は、湊区総会の決議は全会一致によるのを慣習としていた、と主張する。証人木下幸雄、同臼井友吉、同臼井十郎(一部)の各証言によれば、湊区には最高の意思決定機関として総会があり、毎年一月一五日に開かれる総会は特に吉例総会と呼ばれる通常総会であり、このほか適宜に臨時総会が開かれること、構成員は全員議決権があること、総会は区長を選出し、区長が執行機関として事務を処理すること、総会には定足数の定めはなく、また、出席者の過半数の多数決により決定していたことが認められ、右認定に反する証人臼井十郎、原告山田真澄、木下啓久の各供述は措信しない。同各供述によれば、昭和三二年レストハウス建設用地として浜の一部を東海バスに賃貸したとき総会終了後区の執行部が反対者一〇名余に対し個別的に説得したことが認められるが、弁論の全趣旨によれば、これは総会の決議とは関係なく部落内の意思連絡をはかつたものと認められる。
六、原告は、昭和三九年一一月二一日の臨時総会の開催の通知が慣例に反しており、また、全員に届いていないと主張するが、証人佐藤米夫、同木下幸雄の各証言および原告木下啓久尋問の結果によれば、湊区の常使が各班長に連絡し、班長から各戸に連絡されたことが認められ、また、これが慣行に反していると認めるべき証拠はない。
七、原告は、右総会において本件土地の賃貸の議決は有効になされていないと主張するが、証人木下新作の証言により成立の認められる乙第三号証、同証人佐藤米夫、同臼井友吉、同山田仁太郎の各証言によれば、右総会には一六五名出席し、賛成者一五二名、反対者一三名により賃貸を可とする案が議決されたことが認められ、右認定に反する原告らの供述は措信しない。
八、原告は、昭和四〇年一月一五日の吉例総会において本件賃貸借契約に関する議決は有効になされていないと主張する。
証人木下新作、同木下幸雄、同臼井友吉の各証言ならびに原告山田真澄、同木下啓久の各本人尋問の結果の一部によれば、湊区の当時の区長木下新作は昭和四〇年一月一五日に開かれた吉例総会において被告との本件土地賃貸借契約を締結したことを報告したこと、出席者の一部にはなお右契約締結を承認しない旨の意見が出されたが、大多数の出席者はこれを承認する旨の意見であつたこと、総会の議長をしていた木下幸雄は特に決を取る必要を認めず総会が右契約締結を承認したものとみなしたことが認められ、右認定に反する前記原告山田真澄、同木下啓久の供述の一部は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
九、以上の認定のとおり、湊区には浜の利用および管理に関する事項は総会の出席者の過半数の多数決による議決にもとずいて区長が執行する慣わしがあり、湊区長木下新作と被告との間の本件賃貸借契約については、総会の過半数の出席者によつて議決および承認されたのであるから、被告は入会団体としての湊区から本件土地を有効に賃借したことになり、この賃借権は湊区の構成員である原告らにも主張し得るものである。
よつてその余について判断するまでもなく原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺一雄 宇佐美初男 広田富男)