東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4471号 判決
原告 盛徳寺
右代表役員 中島良光
右訴訟代理人弁護士 河村範男
被告 蔦谷きゑ
右訴訟代理人弁護士 加藤康夫
第一、主文
一、被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、東京法務局昭和三九年一月二〇日受付第一五九三七号によりなされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
第二、本訴請求
「主文同旨」
第三、争いない事実
一、原告は別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)の所有者である。
二、本件土地については被告のために左の契約を内容とした主文一項掲記の抵当権設定登記がなされている。
原因 昭和三九年六月二一日金銭消費貸借の同日設定契約
債務額 金二五〇万円
利率 年一割五分
損害金 年三割
債務者 今井貞一
抵当権者 蔦谷亀太郎
なお蔦谷亀太郎は昭和四二年九月七日死亡し、その妻である被告が相続により本件に関する権利を承継したものである。
三、原告は訴外今井貞一に対し昭和三九年四月前後頃本件土地の保証書、原告の印鑑証明書、資格証明書、白紙委任状各一通を、その後同年七月前後頃、同じく印鑑証明書、資格証明書各一通を交付したことがある。
第四、争点
一、代理に基く本件抵当権設定契約の存否
(一) 被告の主張
亡亀太郎は昭和三九年六月二二日金二五〇万円を弁済期三ヶ月後の約で訴外今井貞一に貸付けたが、その際、原告は訴外今井を代理人として右債務担保のため前掲第三の二のような本件土地に対する抵当権設定を約し、右約旨に基き同年一〇月二〇日本件登記に及んだものである。
(二) 原告の主張
原告は訴外今井に抵当権設定契約の代理権を授与したことはなく本件登記は登記原因を欠く無効な登記で抹消されねばならない。
二、抵当権設定についての表見代理の成否
(一) 被告の主張
かりに原告が訴外人に右代理権を授与していなかったとしても、前示第三の三の行為により原告は亡亀太郎をふくむ第三者に対し、金員借受、抵当権設定の代理権を訴外今井に与えた旨を表示したものである。そして亡亀太郎は右訴外人から関係書類を呈示され、しかもその子である蔦谷和延に本件土地を調査させたところ、その際訴外今井より原告代表者中島を紹介されたところから本件物上担保の設定に及んだものであって、右代理権を有すると信ずるについて正当事由があった。従って民法第一〇九条により表見代理が成立し、原告は本件土地の抵当権設定の義務を負わねばならない。
(二) 原告の主張
原告は訴外今井から昭和三九年四月三〇日金一〇万円、同年五月二一日金五万円、同月二五日金一五万円合計金三〇万円を借受けるに際し前示第三の三の書類の交付に及んだが、これは右書類を使用して登記をしないという約束で単に預けておいたにすぎず、抵当権設定に関する代理権を与えたものではない。ちなみに原告が借受けた右金員は同年一〇月一九日、訴外今井に対し元利合計三八万円を支払って決済ずみである。
しかも被告は訴外今井が抵当権設定について代理権を授与されていないことを知りながら登記に及んだものである。仮に善意であるとしても原告に何らの照会もしないなどの事情から訴外人に代理権があると信じたことにつき過失があるから、何れにしても表見代理は成立しない。
三、宗教法人法第二四条による無効の成否
(一) 原告の主張
仮りに表見代理が成立して抵当権設定契約が認められるとしても、本件土地は宗教法人法第三条に規定する境内地であるから抵当権設定については同法第二三条に定める手続を経なければならないのに、これを欠くから、同法第二四条により無効である。
仮に被告がその点に関し善意であるとしても、何らの照会をすることもなく、事をすすめた被告に重大な過失があるから無効である。
(二) 被告の主張
仮に本件土地が境内地に当り、本件抵当権設定につき宗教法人法第二三条所定の手続を欠いていたとしてもそれは原告の代表者が内部的な手続を懈怠したまでのことであって、善意の相手方である被告に対しては、その無効を主張できないものである。
第五、争点に対する判断
一、代理の成否
訴外今井が原告から本件土地に抵当権を設定する代理権を授与されていたと認めるに足る証拠はない。
二、表見代理の成否
被告主張のとおり、原告の自陳する金融依頼の際の前示第三の三の行為により原告は第三者に対し抵当権設定の代理権を訴外今井に与えた旨表示したものというべく、しかも亡亀太郎は抵当権設定に関しその子蔦谷和延に本件土地を見分させた時同和延が訴外今井から原告代表者である中島を紹介されたことなどがあって、亡亀太郎は代理権ありと信ずるにつき善意無過失だったというべく、民法第一〇九条の表見代理が成立し、第三の二の内容の抵当権設定が認められる。(≪証拠表示省略≫)
三、宗教法人法第二四条による無効の成否
本件土地は境内地であり、本件抵当権設定に関し、宗教法人法二三条に定める責任役員の過半数の承認及び公告の手続を欠いていたことが認められる。ところで亡蔦谷亀太郎がこの点に関し善意であったことも認められるが、本件土地は原告寺院の本堂直前の参道を含む土地の範囲に属し、一見寺院の運営、信徒の礼拝にとって必須な境内地であることが明かであり、その点を子の和延に見分させているのであるから、本件土地の抵当権設定に関し、宗教法人法第二三条所定の手続違反の有無についての調査、少くとも原告代表者または訴外今井に対して容易にその点を確かめる機会があったのに、これらを怠っていたことが認められ、善意の亡亀太郎に重大な過失があったというべきであり、原告は宗教法人法第二四条により本件抵当権設定の無効を対抗できる。
もっとも、宗教法人法第二四条但書には旧宗教法人令第一一条にあった無過失の要件を明文から外してあるが、信教の自由を保障した現行憲法の施行に従い、旧宗教法人令に代って、改めて宗教団体の自主的な運営発展と宗教行為の保護を目して整備された宗教法人法成立の経緯にてらすと、特に右点に関し法意の変更があり、無効の要件を厳格にしたものとは考えられず、むしろ明文から外したことによりこれを解釈に委ねたものとするのが相当であり、民法上の諸解釈、社会の推移などからもなお現行法においても善意者に重大な過失がある場合には前記無効を対抗できるものとすべきである。(≪証拠表示省略≫)
四、結論
そうすると、原告の本訴請求は理由があり、認容すべきである。訴訟費用は敗訴者である被告の負担とした。
(裁判官 舟本信光)
<以下省略>