大判例

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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6947号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕そこで、まず、民事、刑事を問わずある具体的訴訟事件における裁判官の判断(事実認定および法令の解釈適用)が違法であるかどうかを国家賠償請求事件において審判しうるかについて考える。

憲法第一七条にもとづく国家賠償法はその第一条第一項において「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行なうについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」旨規定し、右公権力の行使に当る公務員から特に裁判官を除外してはいない。

一方、憲法第七六条第一項は「すべて司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」旨規定し、これをうけて裁判所法その他の法律により法律上の争訟を裁判する機関としての裁判所、それを構成する裁判官の制度が確立されている。裁判所は、民事訴訟が提起された時は民事訴訟法の定める手続に従い、刑事訴訟が提起された時は刑事訴訟法の定める手続に従い、人事、行政その他の訴訟が提起された時はそれぞれの法律の定める手続に従つてその訴訟の裁判にあたることになつている。そして、右裁判の適正を図るため、一方では除斥、忌避、回避の制度により裁判官が事件あるいはその当事者と一定の関係にある場合にその裁判官をその事件の審判から排除する途を設け他方では合議制や審級制度により出来るかぎり裁判官の主観的な誤謬を排除しようと努めているのである。しかし、裁判は公権的強行的な争訟解決の手段であるから、一たん裁判がその手続内で確定すれば、何人もそこに示された判断を尊重すること(つまり法的安定性)を要求するに至る。

裁判に覊束力(自縛性)や一事不再理の効力既判力があるのはそのためである。そして、確定した裁判は再審あるいは非常上告の手続によるのでなければこれを覆えすことはできないものとされている。

確定裁判において示された判断(事実認定および法令の解釈適用)につき法的安定性が要求されるということは、とりもなおさずその判断が適法になされたものと推定されているからにほかならない。

右適法の推定が働くのは、確定裁判に示された判断についてであり、またその推定は再審事由が発生したとき(たとえば、裁判に関与した裁判官が事件につき職務に関する罪を犯したことにより有罪の判決を受けてそれが確定したときなど)には覆えされるものと考えるのが相当である。

もつとも、刑事裁判は検察官と被告人、民事裁判は原告と被告という対立当事者間の争訟の解決という形をとるのが原則であり、そこにおいては申立や主張の内容、証拠の提出認否等は当事者の自由に委ねられているのが原則であるから、右に述べた判断の適法の推定が働くのもその裁判における対立当事者間に限られるものといわなければならない。

たとえば、有罪の刑事判決が確定した後、そこに認定された犯罪事実をめぐる私的紛争につき民事訴訟が提起されても、民事裁判所としては右刑事判決に示された刑事裁判所の判断に拘束されることなく、民事訴訟において提出された証拠にもとづき原告主張の請求原因事実の存否、被告主張の抗弁事実の存否等を判断すべきであるといわれるのは、そのためである。

それでは、ある確定判決に不満を抱くもの(たとえば有罪判決を受けた刑事被告人や請求棄却の判決を受けた原告など)が右確定判決をした裁判官の判断には違法な誤謬があるとして国家賠償法第一条第一項にもとづき国家賠償請求の訴を提起した場合にはどうであろうか。

国家賠償請求事件の審理も特別の定がないから一般の民事事件と同じく民事訴訟法等にもとづいて行なわれ、したがつていわゆる弁論主義の下に原告の主張は原告の、被告の主張は被告の自由になし得る立前になつている。

しかし、結局、右国家賠償請求事件(以下後訴という)において審理の対象とされるのは、ある刑事あるいは民事事件(以下前訴という)につきなされた確定判決における裁判官の判断の当否そのもの(たとえば、本件のように前訴における裁判官の法令の解釈適用のみに不満がある場合には右裁判官の法的価値判断の当否が審理の対象とされ、また前訴における裁判官の事実認定に不満がある場合には前訴においてその申出が採用され証拠調がなされた証拠に対する右裁判官の評価の当否やその申出を採用しなかつた右裁判官の判断の当否等が審理の対象とされる。

なお、前訴において申出でなかつた新証拠にもとづき前訴における裁判官の事実認定を攻撃することは国家賠償請求事件においては原則として許されない。)なのである。

前に述べたように、ある事件につきなされた確定判決に示された裁判官の判断は、再審あるいは非常上告手続によりその判断の違法であることが確定された場合あるいは右確定判決につき再審事由が発生した場合を除き、その事件に関する限り適法になされたものと推定されるのである。

したがつて、右前訴につきなされた確定判決中の裁判官の判断はその前訴に関する限り適法になされたものと推定され、右前訴における裁判官の判断の当否が直接後訴において審理の対象となつた場合にも右適法の推定はいぜん働くものといわなければならない。

そうでなければ、右後訴において、原告の請求が認容されそれが確定すれば、前訴の確定判決における裁判官の判断の誤りであつたことがその確定判決の再審ないし非常上告手続以外の他の判決(訴訟制度的にみれば前の確定判決に較べてより正しい解決がなされるという保障は何もない)により直接示されることとなり、また原告の請求が棄却され、それが確定すれば、これに不服な原告はその請求を棄却した裁判官(すなわち国家賠償請求事件につき判決をした裁判官)の判断が誤りであるとしていわば第二次の国家賠償請求の訴を提起し、その請求が棄却されて確定すれば右第二次の国家賠償請求事件につき判決をした裁判官の判断は誤りであるとしてさらに第三次の国家賠償請求の訴を起すという具合に限りのない訴訟の繰返しも理論的には不可能ではなくなり、その度毎にはたして原告の主張にかかる裁判官の判断に誤りがあつたかどうか、誤りがあつたならその誤りは裁判官の故意または過失にもとづくものかどうかを常に前訴の訴訟記録等にもとづいて検討しなければならなくなり、いずれにしても訴訟制度における法的安定性を著しく傷つけることになる。

このようにみてくれば、国家賠償請求事件において、他の訴訟事件における裁判官の判断(事実認定および法令の解釈適用)が違法であるかどうか、あるいは違法であるとしてその裁判官に故意または過失があつたかどうかを審判しうるのは右判断の違法であることが上訴審を含めたその訴訟手続あるいは再審ないし非常上告手続によつてすでに確定されている場合および再審事由の発生した場合に限られるものというべきである。

これを本件についてみるに、原告の主張は要するに昭和三八年(あ)第五二七号たばこ専売法違反被告事件における最高裁判所第一小法廷裁判官四名の右専売法第二九条第二項の解釈に誤りがあることを前提とするものであるところ、その解釈の誤りであることが再審ないし非常上告手続によつて確定されたこと、あるいは右事件につき再審事由が発生したことを何ら主張立証しないから、右裁判官四名の右解釈は適法になされたものと推定すべきであり、したがつて、原告の本訴請求はこの点においてすでに失当たるを免れない。(西山要 西川豊長 上田豊三)

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