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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)8405号 判決 1966年10月11日

原告 大河内伊一郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木義広

同右 鈴木由彦

被告 高瀬輝男

右訴訟代理人弁護士 吉田勇之助

被告 大西政博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、双方の申立

原告訴訟代理人は、「被告高瀬輝男は、原告に対し別紙物件目録第一記載の建物を収去して同目録第二記載の土地を明渡せ。被告大西政博は、原告に対し別紙物件目録第一記載の建物のうち、東側作業所約四坪(別紙図面斜線部分)から退去してその敷地部分を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決及び仮執行の宣言を求めた。

被告高瀬訴訟代理人及び被告大西は、いずれも主文同旨の判決を求めた。

二、原告の請求原因

(一)  原告は、昭和三六年七月一一日訴外金子秀雄からその所有にかかる別紙物件目録第二記載の土地(以下本件土地という)を買受け、同日所有権取得登記を了してこれを所有している。

(二)  被告高瀬は、本件土地上に別紙物件目録第一記載の建物(以下本件建物という)を所有して右土地を占有し、また、被告大西は、本件建物のうち請求趣旨記載の部分を使用してその敷地を占有している。

(三)  よって、原告は、本件土地の所有権に基き、被告高瀬に対しては本件建物を収去して本件土地を明渡すことを、被告大西に対しては、本件建物のうち同被告の使用部分から退去してその敷地部分を明渡すことをそれぞれ求める。

三、被告らの答弁

請求原因事実はいずれも認める。

四、被告らの抗弁

(一)  被告高瀬の抗弁

原告が被告高瀬に対し本件土地の明渡を求めることは次に述べるとおり所有権の濫用である。

(1)  被告高瀬の先代亡高瀬浪吉は、昭和二八年一月本件土地の所有者であった訴外吉田文吉から本件土地を賃借し、同年二月右土地上に本件建物を建物所有するに至ったが、右浪吉は昭和三一年一〇月八日死亡し、そのため被告高瀬が相続により本件建物の所有権と本件土地の賃借権を取得した。その後右吉田は昭和三五年四月本件土地を訴外金子秀雄に譲渡したので、被告高瀬は、同年五月一七日右金子からあらためて本件土地を賃借し現在に至っている。ところで、被告高瀬は、本件建物を生活の本拠としているものであるが、低額所得者であるため被告大西にその一部を賃貸しその賃料収入を得て漸く一家の生計を維持している状態で、もし本件建物を収去して本件土地を明渡すことになれば生活の基盤を失うことになり、そのため受ける損失は測り知れないものがある。

(2)  他方原告は、昭和三〇年四月頃から本件建物の隣接地に居住し、その後被告高瀬方と親密な交際を続けており、被告高瀬が亡父浪吉の存在中から本件建物に居住していることの外、右(1)記載の事情を熟知しながら本件土地を買受けたものである。しかも原告は、本件土地を買受けるに当り、予かじめ本件建物について被告高瀬が所有権取得登記をしていないことを調査確認しているのである。さらに、原告は、本件土地に隣接する約三五坪の宅地を所有し、地上に延約四〇坪の二階建居宅を所有する外、他に広大な土地建物を所有しており、本件土地を使用する切実な必要性をもたない。

(3)  以上のような事情の下に、原告が被告高瀬に対し本件土地の明渡を求めるのは所有権の濫用であって許されない。

(二)  被告大西の抗弁

原告は右(一)記載の理由により被告高瀬に対し本件土地の明渡を求め得ないところ、被告大西は、昭和三六年五月被告高瀬から本件建物のうち被告大西の占有する原告主張部分を賃借し、被告高瀬の本件土地に対する賃借権に依拠して右部分の敷地を占有しているのであるから、その敷地の占有について正当権原を有する。

五、被告らの抗弁に対する原告の答弁及び主張

被告高瀬の抗弁事実のうち、被告高瀬が昭和三五年五月訴外金子秀雄から本件土地を賃借したこと、原告が本件土地を買受けた当時被告高瀬が本件建物について所有権取得登記を了していなかったこと、原告が本件土地を買受けた当時これらの事実を知っていたこと、及び原告が本件土地に隣接する土地を所有し、地上に建物を所有しこれに居住していることは認めるが、その余の事実は争う。

原告は、右金子から金策の必要上本件土地を買受けて欲しい旨懇請され、その際同人と被告高瀬間の賃貸借契約書を示されたが、それによると賃貸借期間は昭和三五年五月から昭和三八年一二月までの短期間であり、また、本件建物は土壁もない板囲いのバラツク様の粗末なものであったから、右契約期間満了により土地の明渡を得られるものと考えていたことと、他方原告は、本件土地に隣接して所有する土地上に建物を所有し住居に供しているが、その敷地は約三六坪に過ぎないところ、家族、親戚縁故者も多く建物の増築ないし新築を必要としていたので、原告は右金子の懇請に応じ本件土地を買受けたのである。そして、原告は、本件土地の買受後まもなく、被告高瀬に対し円満に事態を解決するべく妥当な額をもって本件建物を買受けることを申入れたが、同被告は巨額の代金を主張して応じなかった。これらの事情からして原告の本訴請求は権利の濫用には当らない。

六、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告の請求原因事実は当事者間に争がない。

二、そこで、被告高瀬の権利濫用の抗弁について検討する。

(一)  まず、被告高瀬が昭和三五年五月訴外金子秀雄から本件土地を貸借したこと、原告が本件土地を買受けた当時同被告が本件建物について所有権取得登記をしていなかったこと、原告が本件土地の買受当時これらの事実を知っていたこと、原告が本件土地に隣接する土地を所有し、地上に建物を所有、これに居住していることはいずれも当事者間に争がない。

次に≪証拠省略≫を綜合すると、被告高瀬の先代亡高瀬浪吉は昭和二八年一月、当時本件土地の所有者であった訴外吉田文吉から本件土地を賃借し同年二月本件建物を建築したこと、その後被告高瀬は右浪吉の死亡による相続により本件建物の所有権と本件土地の賃借権を取得したこと、原告は昭和三〇年頃から本件土地の隣接地に居住しその後被告高瀬は原告方と世間一般の交際をしていることが認められる。また、≪証拠省略≫によると、原告は本件土地を買受けるに当り訴外金子秀雄から同人と被告高瀬間の賃貸借契約書(甲第一号証)を見せられていること、同契約書には賃貸借の目的として普通建物所有の目的であることが明記されていることがそれぞれ認められる。しかして、これらの事実からすると、原告は本件土地の買受当時被告高瀬が遅くとも昭和三〇年頃以降本件建物に居住し、右金子からは本件土地を普通建物所有の目的で賃借していたことを知っていたものと推認することができる。原告は、右賃貸借契約書の記載及び本件建物がバラツク様の粗末なものであったことから右契約書記載の賃貸借期間(昭和三五年五月から昭和三八年一二月まで)経過により本件土地の明渡が得られるものと思っていた旨主張し、原告本人の供述はこれにそうものであるが、同供述は右認定の事実に照らしにわかに措信し難い。

(二)  ところで、被告本人高瀬の供述によると、被告高瀬は会社員でその家族は母(七〇才余)、妻の外中学三年生を頭とする子三人であり、他に転居可能の家屋を有していないことが認められる。他方原告本人の供述によると、原告は本件土地買受当時本件土地の隣地約三五坪を所有し、地上に延約四〇坪の家屋を所有していたが、訴外金子秀雄から現金を必要とするため本件土地を買って欲しい旨懇請され、たまたま当時右家屋を家族数に比し狭く感じていたことから買受けるに至ったこと、原告の家族は妻と三〇才を頭とする子六名で外に同居人が四名あるが、家族のうち四名が公団住宅、借家等に居住しているので原告としてはこれらの者を本件土地に家屋を建築した上入居させることを予定していることが認められる。そこで、以上の認定事実によって、被告高瀬と原告とが本件土地を必要とする程度を比較してみると、被告高瀬が本件土地を明渡し住居を失うときは精神的経済的に甚大な打撃を受けるであろうことが容易に推測されるのに対し原告及びその家族は現に住居の安定を得ているし、このことと本件土地を買受けるに至った事情を考え合わせると、原告としてはさし迫って本件土地を使用する必要のないことが推知される。

(三)  次に原告本人、被告本人高瀬の各供述を綜合すると、原告は本件土地の買受後まもなく五〇万円から一〇〇万円程度の支払によって本件土地の明渡を得るべく、訴外鈴木某を代理人として被告高瀬と交渉させたこと、これに対し被告高瀬が本件建物の代金として四五〇万円を申出たことが認められる。被告本人高瀬は、右申出に対し原告から本件建物を二八〇万円で買受ける旨の申出があった旨供述しているが、同供述は原告本人の供述に照らして措信し難く、右鈴木が右被告に対し具体的に何程の金額を提示したかは証拠上明らかでない。

(四)  以上(一)ないし(三)記載の諸事情を綜合考察すると、原告が被告高瀬に対し客観的に妥当と首肯される金額をもって本件建物の買受方を申出たのに同被告がこれを拒んだような事情でもあればともかくであるが、そうした事情のうかがえない本件では、原告において被告高瀬の借地権が対抗要件を欠いているというだけの理由で本件土地の明渡を求めることは権利の濫用として許されないものというべきである。

三、次に被告本人高瀬の供述によると、被告大西は昭和三五年五月頃本件建物のうちその占有部分を被告高瀬から賃借したことが認められる。してみると、被告大西の右占有部分の敷地に対する占有は被告高瀬の賃借権に依拠するものということができるが、前説示のとおり原告は同被告に対し本件土地の明渡を求め得ず、したがって、同被告は本件土地賃借権を原告に対し主張し得るものと解するのが相当であるから、被告大西もまた右敷地を占有する正当権原を有するものというべきである。

四、以上のとおり被告らの抗弁はいずれも理由があり、したがって原告の被告らに対する本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森川憲明)

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