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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9539号 判決 1967年5月15日

原告 佐藤四郎

右訴訟代理人弁護士 佐久間武人

被告 樫田辰三郎

右訴訟代理人弁護士 村山繁治

主文

(1)、昭和四〇年(ワ)第九、五三九号事件につき、被告より原告に対する東京法務局所属公証人伊東勝作成昭和四〇年第一、八三一号債務保証契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

(2)、右事件につき当裁判所が昭和四〇年一一月五日なした昭和四〇年(モ)第一九、六八六号強制執行停止決定は、これを認可する。

(3)、前項にかぎり仮に執行することができる。

(4)、昭和四〇年(ワ)第一〇、一九四号事件につき原告の請求を却下する。

(5)、右事件につき当裁判所が昭和四〇年一一月一九日になした昭和四〇年(モ)第二〇、八五九号強制執行停止決定を取消す。

(6)、前項は仮にこれを執行することができる。

(7)、訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の負担、その余を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は昭和四〇年(ワ)第九、五三九号事件につき主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決を、昭和四〇年(ワ)第一〇、一九四号事件につき、被告より原告に対する東京法務局所属公証人伊東勝作成昭和四〇年第一、八九四号金融取引契約公正証書に基く強制執行はこれを許さない、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め(た。)

≪以下事実省略≫

理由

(昭和四〇年(ワ)第九、五三九号事件について)

東京法務局所属公証人伊東勝作成昭和四〇年第一、八三一号債務保証契約公正証書に『原告が安部富江の被告に対する金五〇万円の債務を連帯保証し、不履行の場合は強制執行をうけても異議ない』旨記載されていることは、当事者間に争いがない。

被告は、右の連帯保証は原被告間で直接なされたものであると主張し、原告はそのような連帯保証をした事実は全然ないと争うので、按ずるに、被告本人尋問の結果によると『被告は昭和四〇年七月中旬頃原告方に赴き、原告に会って、連帯保証の件の了解をとりつけ、そのとき印鑑証明(甲第六号証)と委任状(甲第四号証)を受取った。委任状は委任状用紙の見出しの下に予め、連帯保証契約公正証書とだけ書き、その他は白紙のものに、原告が住所氏名を書き捺印した。』と述べているが、≪証拠省略≫を対比検討すると、前記委任状の佐藤四郎の署名は原告のそれではなく、訴外安部富江の筆蹟と判断されるので、前記被告本人尋問の結果は措信できないし、又乙第五号証中原告の関係部分は前記証拠に照らし、真正に成立したものと認めがたいので、これ又被告の主張事実の証拠となしがたい。却って前記証拠と成立に争いのない甲第二号証とによれば、本件公正証書作成に用いられた原告の印鑑証明(甲第六号証)及び委任状(甲第四号証)は次のような経過で被告の手に入ったものであることが認められる。即ち訴外安部富江は昭和四〇年五月三一日頃原被告両名の連帯保証の下に訴外東京日産モーター株式会社からダットサン自動車一台を買受ける契約を結んだが、その代金を完済しないうちに、買主を安部富江から原告に変えたいと言う話がでた。そこで被告は安部富江に対し、若しそうなると保証人が自分一人となるので、買主となった原告が代金を払わないような場合、買受け自動車を他に転売して代金を調達できるよう、原告名義の委任状と印鑑証明がほしいと申出たので、同年七月中旬原告は印鑑証明(甲第六号証)と原告の印だけを押捺した白紙委任状とを訴外安部富江に渡し、同訴外人において委任状に原告の住所氏名を記入した上これを被告に交付したところ、これが本件公正証書の作成のために冒用されるに至った。

以上の次第で原告は被告に対し本件連帯保証をした事実を認めることができないから、本件公正証書は事実に反し、無効と謂うほかなく、これに基き原告に対し強制執行をすることは許されるべきではない。

(昭和四〇年(ワ)第一〇、一九四号事件について)

東京法務局所属公証人伊東勝作成昭和四〇年第一、八九四号金融取引契約公正証書に、債権者(被告)は昭和四〇年七月一〇日債務者安部富江に対し金一三〇万円を限度として金融を与えることを約し、債務者はこれを受けることを諾約したこと、本取引契約の存続期間はこれを定めないこと、本取引契約に基く貸借金の利息を日歩四銭一厘とし、遅延損害金を日歩八銭二厘とすること、佐藤四郎(原告)は本契約による債務者の債務を連帯保証したこと及び執行認諾約款のあることは、いずれも当事者間に争いがない。してみると右公正証書の記載は、要するに被告が原告の連帯保証の下に訴外安部富江に対し金一三〇万円の限度で金融を与える契約をした旨の記載であって、現に金員を貸与した旨の記載ではなく、従って被告より安部富江や連帯保証人とされている原告に対する一定の金額の支払を目的とする請求に付作成された公正証書とは言えないから、真実右契約に基き被告より訴外安部に対し金員を貸与したか、又真実原告は連帯保証をしたかを調べるまでもなく、右公正証書は訴外安部富江に対しても、原告に対しても形式上執行力を有しないものと謂わなければならない。

尤も右公正証書第八条には『債務者は本取引契約に基く借受金債務を履行しないときは債権者に対し特に金一三〇万円也を即時支払うことを約諾した』旨の記載があり、この条項だけを見るときは、一定額の金銭の支払を目的とした請求について作成された公正証書の如き観を呈しているが、右一三〇万円の債務の原因については何ら記載がないばかりか、第九条には『債務者が本取引契約に基く借受金債務又は前条の債務の一方を弁済したときは他の一方は当然消滅するものとする。債権者は前条の債務の弁済をうけた場合においてその金額が本取引契約に基く債務者の借受金債務額を超過するときはその超過額を債務者に返還するものとする』と規定されていることに徴すれば、第八条は安部富江が被告より貸与されるべき借用金と切離して考えることのできないものであり、これらの条項を統一的に解するときは、被告が安部富江や原告に請求しうべき金額は公正証書上一定していないと謂わざるを得ないので、前記の結論を左右するものでない。

以上の通り本件公正証書はそれ自体民事訴訟法第五五九条第三号所定の公正証書に該当せず、従って形式上執行力を有しないものであるから、これについて昭和四〇年一〇月五日執行文を付与したことは失当であって、これに基く強制執行はもとより許されないものである。そしてかかる場合執行債務者は同法第五二二条又は第五四四条による異議の申立をなすべきものであって、同法第五六二条第四項第五四五条所定の請求異議の訴によるべきではない。同法条は形式上債務名義たりうるものに対し、債務名義に現われていない事実に基き債務の不発生、消滅、態様の変動、その他債務名義の無効を主張し、その執行力を排除することを目的とするものだからである。

よって原告の請求は不適法として却下すべきものである。

(結論)

以上の次第で原告の請求は、昭和四〇年(ワ)第九、五三九号事件についてはこれを認容すべきも、同年(ワ)第一〇、一九四号事件についてはこれを却下することとし、民事訴訟法第五四八条第九二条の各規定に則り主文の通り判決した。

(裁判官 室伏壮一郎)

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