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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9859号 判決 1966年4月19日

原告 株式会社恵比須電話店

被告 大東京信用組合

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四〇年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並に仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

一、(原告の債権)

訴外株式会社川口化成研究所(以下訴外会社と称する)は昭和三九年九月一六日額面金五〇万円、支払地および振出地東京都大田区、支払人被告蒲田支店なる持参人払小切手一通を振出し原告は右小切手の所持人として訴外会社に対し、小切手金請求訴訟を提起し、昭和三九年一二月二一日言渡された勝訴判決(同四〇年二月二〇日確定)による金五〇万円およびこれに対する昭和三九年九月一八日から完済に至るまで年六分の金員の債権を有する。

二、訴外会社の債権

訴外会社は、昭和三九年九月一六日頃右小切手の不渡処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供する目的で被告蒲田支店に金五〇万円を預託したので、金五〇万円の預託金返還請求権を有する。

三、原告は右小切手金債権を保全する為被告を第三債務者として、前項の預託金返還請求権につき仮差押を申請し(当庁昭和三九年(ヨ)第七三〇五号事件)仮差押命令は発せられその正本は昭和三九年一〇月一日被告に送達された。

その後、原告は右仮差押にかゝる金五〇万円の預託金返還請求権につき債権差押並に転付命令(当庁昭和四〇年(ル)第五〇〇号)を得て、右命令正本は昭和四〇年二月二二日被告に、同年四月三〇日債務者訴外会社にそれぞれ送達された。

四、よつて、原告は転付された預託金返還請求権に基づき被告に対し、金五〇万円およびこれに対する転付命令正本送達の日の翌日である昭和四〇年二月二三日から民事法定年五分の割合による損害金の支払を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、

答弁として、

原告主張事実第一項中、原告がその主張の小切手を所持することは認めるがその余の事実は不知、第二、第三項の事実は認める。(但し第二項のうち預託の日は昭和三九年九月一九日である)第四項は争うと答え、

抗弁として、

一、被告の債権

被告は昭和三九年一月一〇日訴外川口充久との間に当座貸越手形割引、手形貸付、証書貸付等の取引契約を締結し、これに基づき同訴外人に対し、左記貸付債権を有するところ、同年七月二五日右川口充久、訴外会社、被告の三者間に於て、左記各債務を訴外会社に於て重畳的に引受け左記(一)の貸付金の弁済期を昭和三九年一〇月二四日とし、同(二)の貸付金の弁済期を同年一〇月二五日とすることを合意した。

(一)  貸付年月日 昭和三九年一月二四日

貸付金額 金四〇万円

弁済期 昭和三九年四月二四日

利息 日歩二銭七厘

損害金 日歩七銭

(二)  貸付年月日 昭和三九年四月二五日

貸付金額 金三〇万円

弁済期 昭和三九年七月二五日

利息 日歩二銭七厘

損害金 日歩七銭

これより先昭和三九年七月二三日、被告は、訴外会社と当座貸越、手形割引、手形貸付証書貸付等の継続的取引契約を締結し、訴外会社に対し強制執行、仮差押等の手続が開始されたときは、なんらの通知催告を要せずして、すべての債務は当然に期限の利益を失う旨の合意をなしてあつたので右二個の債権の弁済期は原告主張の仮差押手続の開始された時遅くも右仮差押命令が被告に送達された時の昭和三九年一〇月一日には弁済期が到来していたものである。

二、一方原告が本訴において請求する小切手の不渡処分を免れるための異議申立預託金の返還請求権の弁済期は、被告が手形交換規則の定めるところに従つて社団法人東京銀行協会から異議申立提供金の返還をうけた昭和三九年一〇月一六日である。

三、ところで、被告は、昭和三九年一一月一七日到達の書面で訴外会社に対し、前記(一)の貸付元金四〇万円と(二)の貸付元金のうち金一〇万円の合計金五〇万円の債権と右預託金返還請求権とを相殺する旨の意思表示をなしたから、右預託金返還請求権は相殺によつて消滅した。

右相殺は、原告の預託金返還請求権(受働債権)の弁済期前に弁済期の到来した被告の貸付債権を自働債権とするものであつて原告に対抗しうるのであるから原告の請求は棄却さるべきである。

と述べ、

原告訴訟代理人は右被告の主張に対し被告主張事実はすべて認めるが被告主張の相殺が原告に対抗できるとの見解は争う、被告が相殺を以て仮差押債権者たる原告に対抗するためには、被告の有する債権の弁済期が、被差押債権の弁済期(昭和三九年一〇月一六日)より前に到来すべき関係にあることを要することは判例の明示するところであり、被告が訴外会社に対して有する債権の弁済期は昭和三九年一〇月二四日および同月二五日であることは被告の自ら主張するところであつて、被告主張の所謂期限利益喪失約款は、差押債権者たる原告に対抗し得るものではないから被告はその主張の相殺を以て原告に対抗することができない。なお、被告の主張する相殺は、民法第五〇五条第一項但書により許されずまた仮にそうでないとしても、被告自ら右訴外人に協力して、原告の所持する小切手の不渡処分を免れる措置をとりながら、小切手所持人たる原告が、仮差押をなしたからといつて、自己の有する貸金債権と相殺するが如きは信義誠実則に反し許されないものと謂うべきである。

と述べた。

証拠<省略>

理由

原告主張の日に原告主張の判決の言渡がありこれが確定したことについては、成立に争のない甲第一号証の一、甲第四号証によつてこれを認めることができ、その余の原告主張事実については当事者間に争がない。(但し預託金の預託の日は被告主張の昭和三九年九月一九日であること原告の認めるところである。)

右認定の事実によれば、原告は訴外会社に対する小切手金債権を被保全請求権として、昭和三九年一〇月一日訴外会社が被告に対して有する昭和三九年一〇月一六日を弁済期とする、預託金返還請求権の仮差押をなし、その後右小切手金債権につき勝訴による確定判決の執行として、右預託金返還請求権を差押転付命令を得て被告に対し転付された預託金返還請求権に基づき金五〇万円の支払を求めるものであるところ、被告は、訴外会社に対する金四〇万円の貸付債権および金三〇万円の貸付債権のうち金一〇万円の債権を自働債権とし、訴外会社の被告に対して有する右預託金返還請求権(被仮差押債権)を受働債権とし昭和三九年一一月一七日相殺の意思表示をなしたものであり、右各債権の弁済期を見ると、

(1)  預託金返還請求権(訴外会社が、被告に対して有したもので原告が昭和三九年一〇月一日仮差押の上転付をうけたもの受慟債権)の弁済期

昭和三九年一〇月一六日

(2)  被告の訴外会社に対する二口の貸付債権(自働債権)の弁済期

昭和三九年七月二三日被告は、訴外会社と当座貸越、手形割引、手形貸付、証書貸付等の継続的取引契約を締結して、その内容として、訴外会社に対し強制執行、仮差押等の手続が開始されたときは、なんらの通知催告を要せずして訴外会社の被告に対するすべての債務は、当然に期限の利益を失う旨合意があつたところ、昭和三九年七月二五日被告の訴外川口充久に対する昭和三九年一月二四日貸付にかゝる金四〇万円の債務と、同年四月二五日貸付にかゝる金三〇万円の債務を訴外会社に於て三者合意の上重畳的に引受けた結果、訴外会社に対し被告が有するに至つた二口の貸付債権が、被告主張の自働債権に当るところ、右七月二五日には右二口の債権の弁済期につき、前者は昭和三九年一〇月二四日、後者は同月二五日と約定されたものであるが、被告と訴外会社間には右の所謂期限の利益喪失約款があるので、訴外会社に対しその有する預託金返還請求権に対し仮差押手続の開始されたときには、右二口の貸付債権の弁済期は到来することとなる。

そして、右約款にいう仮差押手続が開始されたときとは、仮差押申請が、裁判所に受理されたときの意と解されるから、本件において預託金返還請求権の仮差押命令が被告に送達された昭和三九年一〇月一日の直前には右二口の貸付債権は弁済期にあつたものと認められ、右のような一定の事実の発生によつて債権の弁済期を到来させる旨の期限の利益喪失約款の効力は、これを否定し得ないものと考えられる。

そこで被告の相殺の主張について見るに、被告の有する自働債権の弁済期は、原告の有する受働債権の弁済期よりも前に到来しているのであるから、第三債務者たる被告は、自己の反対債権を以てする相殺を以て仮差押債権者たる原告に対抗できるものと解せられる。

また本件不渡異議申立提供金たる預託金の返還請求権が現実に発生するのは右提供金が東京銀行協会から被告に返還された時(本件においては昭和三九年一〇月一六日)であり、すでに右提供金が被告に返還された後に於いては、右預託金は当初の目的を失い、通常の預金と区別する理由なく、相殺を禁ずべきものでもなく、被告主張の相殺が信義則に違背するとは謂い難く、この点に関する原告の見解は採用できない。

よつて被告の主張する、相殺によつて本件預託金請求権は消滅したとする抗弁は理由があり、原告の本訴請求は理由なきに帰するから、これを失当として棄却することゝし訴訟費用は敗訴した原告の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任)

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