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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)9885号 判決 1968年7月26日

原告 東華機械製造株式会社

右代表者代表取締役 中村マサ子

右訴訟代理人弁護士 鈴木亮

被告 三立建鉄株式会社

右代表者代表取締役 宮川利夫

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 杉田伊三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一、原告

1  被告三立建鉄株式会社(以下、「被告三立」という。)は原告に対し、別紙第一目録各記載の建物(以下、「本件建物」という。)を収去して、同第二目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を明け渡し、かつ昭和三八年三月一日から右明渡ずみに至るまで一ヶ月金六万円の割合による金員を支払え。

2  被告建立工業株式会社(以下、「被告建立」という。)および被告三共建設株式会社(以下、「被告三共」という。)は、原告に対し、本件建物から退去して、本件土地を明け渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二、被告ら

主文同旨の判決。

第二、主張

一、原告の請求の原因

1  原告は、訴外石井孝治所有の本件土地を建物所有の目的で同人から賃借し、右土地について賃借権を有している。

2  被告三立は、本件土地上に昭和三八年三月一日以前から本件建物(ただし、別紙第一目録記載二の建物は昭和四三年一月中から)を所有し、被告建立および被告三共は被告三立とともに本件建物を共同で占有使用して、それぞれ本件土地を占有している。

3  原告は、右のような被告三立の本件土地賃借権侵害により賃料相当額の損害を蒙っているが、本件土地の昭和三八年三月一日当時の相当賃料額は一ヶ月金六万円である。

4  よって、原告は、本件土地賃借権を保全するため、本件土地の所有者石井孝治の所有権に基づく妨害排除請求権を代位行使し、被告三立に対し本件建物の収去と本件土地の明渡を、被告建立および同三共に対し本件建物からの退去と本件土地の明渡を求めるとともに、被告三立に対し賃借権侵害に基づく損害賠償として昭和三八年三月一日以降右明渡ずみに至るまで一ヶ月金六万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二、被告らの答弁

請求原因事実中1、2は認め、3は争う。

三、被告らの抗弁

1  昭和三五年四月初旬ごろ、当時設立準備中であった被告三立の開業準備行為として、本件土地を原告会社から建物所有の目的で賃借するため、被告三立設立後代表取締役に就任予定であった訴外有限会社香川組代表取締役香川公義は当時の原告会社工場長山岡薫との間で、「(イ)原告は、右訴外会社に本件土地を賃料一ヶ月金六万円、権利金および期間の定めなく、建物所有の目的で賃貸する。(ロ)当時設立準備中であった被告三立が、会社として成立した場合、原告は、被告三立が、右訴外会社から本件土地賃借権を承継することを予め承諾する。」旨の契約を締結した。

その後、同年八月二九日、被告三立が会社として成立したので、被告三立は、右訴外会社から本件土地賃借権を承継取得した。

2  右契約は、次のような理由で原告会社につき効力を生じたものである。

(一) 右契約締結当時、原告会社は、訴外有松祐夫を代表取締役職務代行者(東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第七〇五一号職務執行停止代表取締役選任仮処分事件により昭和三四年五月一八日就任)として運営されていたが、山岡は、右有松祐夫から原告会社の工場長に任命されるとともに、原告会社の常務に属する行為について同会社工場の管理経営、資金の調達等に関し、原告会社を代理する権限一切を包括的に与えられていた。本件土地は、原告会社の工場敷地八、二六四、四六平方メートル(二、五〇〇坪)中のごく小さな部分であるうえ、当時は、水深約三〇センチメートルの沼地となっていて、そのままでは全く使用できない土地であり、工場敷地の一部でありながら原告会社では、かつて使用したこともなく、空地として放置していたところである。しかも、当時、原告会社は極度の資金難にあえいでいたのであるから、このような本件土地を利用して収益をあげることはまさに原告会社の常務に属する行為であり、山岡の与えられていた右代理権の範囲内のことというべきである。

(二) かりに、本件土地転貸借契約の締結が、山岡の与えられていた右包括的な代理権の範囲外の行為であるとしても、山岡は、有松から、右転貸借について、特別に代理権を与えられており、その代理権に基づいて右契約を締結したものである。

(三) かりに、右転貸について山岡が代理権を有しないとしても、右転貸は原告会社の常務に属する事項であり、原告の代表取締役職務代行者有松は、昭和三五年四月初旬ごろから昭和三七年九月代行者の任務終了まで、右転貸の事実を知りながら、何ら異議なく、有限会社香川組ないし被告三立から本件土地の賃料を受領していたものであるから、黙示のうちに右転貸借契約を追認したものである。

(四) かりに本件土地の転貸が原告会社の常務に属さず、山岡の右1の代理権の範囲をこえているとしても、山岡は、右転貸に際し、前記香川公義に対し、工場の経営につき一切の権限を与えられている旨表明していたのみならず、前記のとおり本件土地は、原告会社の工場敷地の一小部分にすぎず原告会社では空地として放置していた土地であり、当時資金難にあえいでいた原告会社にとってこれを利用して収益をあげることは格好の利用方法というべきであったから、前記香川公義は、本件土地の転貸が山岡の代理権の範囲内の行為であるものと信じて契約を締結したものであり、右事情の下においては香川が信じたことには正当の理由があるというべきである。したがって、右契約は民法第一一〇条、商法第二七一条第二項により、原告会社に対して効力を生じたものである。

(五) かりにそうでないとしても、

(1) 前記有松祐夫が代表取締役職務執行代行者を退任し、原告会社の運営が正常の状態に立ち戻った後である昭和三七年九月二一日原告会社の代表取締役に就任した訴外中村明は、同年一〇月、被告三立の代表者香川公義に対し、被告三立が本件土地につき転借権を有することを承認し、右転貸借契約を追認した。

(2) かりに右明示の追認が認められないとしても、右中村明は代表取締役に就任した後、本件転貸の事実を知りながら、何ら異議を述べずに、昭和三七年一〇月以降被告三立から本件土地の賃料を受領したのであるから、黙示のうちに右転貸借契約を追認したものである。

3  以上のとおり、被告三立は本件土地を原告から転借して占有しているが、本件土地の所有者訴外石井孝治は、被告三立が、本件土地上に本件建物を建築所有し、被告三立の看板を掲げて工場として使用していることを知悉していながら、被告三立の本件土地使用に何ら異議を述べないのみか被告三立に対し直接本件土地の買取りを求めたこともあり本件土地の転貸借を暗黙のうちに承諾している。従って、原告は右石井に代位して被告三立に対して本件土地の明渡を求めることはできない。

4  かりに右石井の承諾が認められないとしても、本件土地の転貸をした原告は、転借人たる被告三立に対し、右転貸につき賃貸人たる石井の承諾をえる義務があるから、みずから石井の土地所有権を代位行使し、被告三立に本件土地の明渡を求めることは、信義則上許されない。

5  被告建立および同三共は被告三立から本件建物の使用を許されて同建物を占有使用している。

四、抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1の事実中、山岡が当時原告会社の工場長であったこと、昭和三五年八月二九日被告三立が会社として成立したことは認める。その余は否認する。

2  同2の事実中、訴外有松祐夫が被告ら主張のとおり原告会社代表取締役職務代行者であったこと、本件土地が原告会社の工場敷地の一部であること、訴外中村明が昭和三七年九月二一日原告会社の代表取締役に就任したことは認める。その余は否認する。

3  同3、4の事実は否認する。

4  同5の事実中、被告建立および同三共が被告三立から本件建物の使用を許されていることは知らない。

第三証拠≪省略≫

理由

一、土地明渡請求について

1  請求原因事実12はいずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、被告らの抗弁について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によると、昭和三五年四月ごろ、原告会社の工場長であった山岡(同人が工場長であったことは当事者間に争いがない。)は当時原告会社が資金難に苦しんでいたので、空地のまま放置してあった原告会社の工場敷地の一部を他に転貸して会社運転資金の捻出を図るべく、訴外有限会社香川組代表取締役香川公義との間で、原告工場敷地の一部である本件土地(本件土地が工場敷地の一部であることは当事者間に争いがない)を同訴外会社に賃料一ヶ月金六万円、期間の定めなく、建物所有を目的として賃貸(転貸)する旨の契約を結んだこと、当時被告三立は設立準備中であり、香川公義はその代表取締役に就任する予定であったが、同人は山岡との右契約締結に際し、被告三立が設立された場合には被告三立が、右訴外会社から本件土地転借権を承継することに山岡の承諾をえたうえ、同年四、五、六月の三ヶ月分の賃料合計一八万円を被告三立名義で山岡に前払したこと、同年八月二九日、被告三立が会社として成立(右事実は当事者間に争いがない)するとともに、同被告は右事前の承諾に基づき右訴外会社から本件土地転借権を承継したことを認めることができる。

≪証拠判断省略≫

(二)  山岡の権限について

昭和三四年五月一八日前記有松祐夫が原告会社の代表取締役職務代行者に就任したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、原告は農機具、各種ポンプの製造販売等を目的とする会社であるが、右有松は弁護士で会社経営については素人であるため、職務代行者に就任した直後、原告会社の前身である株式会社東華製作所に勤務した経験を持つ山岡を工場長に起用して同人に支配人的な地位を与え、同会社の工場の管理、経営、運転資金の調達は一切山岡の裁量に委ね、会社印、代表者印なども同人に保管させていたことが認められる。右事実によれば山岡は代表取締役の職務代行者の権限事項、すなわち、会社の常務に属する行為につき工場の管理、経営、資金の調達に関して原告会社を代理する権限を包括的に与えられていたものと認めるのが相当である。

そして、商法二七一条一項にいわゆる常務とはその会社として日常行なうべき業務をいうものと解すべきであるが、前記のように原告会社は農機具、各種ポンプ等の製造販売を目的とする会社であるから、会社財産の処分行為である本件土地の転貸をもって、原告会社の常務に属する行為と認めることはできないといわなければならない。

(三)  表見責任について

(1) 商法二七一条二項は取締役の職務代行者の権限踰越行為について善意の相手方を保護する規定であるが、右規定は、会社が代表取締役職務代行者によって運営されている場合において代理権を有する会社の使用人が会社の常務に属しない行為をした場合にも民法一一〇条と重畳的に適用されるものと解すべきである。

(2) ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(イ) 本件土地は、原告会社の工場敷地八二六四・四六平方メートル(二、五〇〇坪)のうちの一部一一三〇・五七平方メートル(三四二坪)であって昭和三五年四月当時は沼地状を呈しており、原告会社では従前、何ら利用せず空地として放置していた土地である。

(ロ) 本件土地の賃料月額は六万円であり、前記香川公義は山岡の求めに応じ、契約と同時に三ヶ月分の賃料を前払した。右賃料は、本件土地を一、三二二・三一平方メートル(四〇〇坪)とし、三・三平方メートル(一坪)当り一ヶ月一五〇円の割合により定めたものであるが、当時としてはかなり高額であった。

(ハ) 本件土地の転貸に際し、山岡は香川公義に対し、原告会社の代表取締役職務代行者から一切をまかせられている旨表明し、山岡が原告会社の工場の管理、営業、経営につき責任を負っている者である旨を記載した代表取締役職務代行者有松祐夫作成の証明書を示したので、右香川は、山岡が原告を代理して本件土地を賃貸する権限があるものと信じて前記契約を締結した。また、右香川は、代表取締役の職務代行者の権限は、代表取締役のそれと同一であると信じていた。

(ニ) 右契約後、有限会社香川組ないし被告三立は、本件土地の埋立てや、本件建物の建築および工場設備のために一、〇〇〇万円以上の資本を投下しており、本件地上の建物も多額の資金を費し、東京都の建築確認をえて建てた本建築である。

(3) そして、会社が資金の必要に迫られた場合、資金調達一方法として、現状のままでは全く利用価値のない余分な工場敷地のごく一部を、有利な条件で賃貸し、相当の収入をはかるということも通常考えられる手段であるから、契約締結時における右(イ)、(ロ)、(ハ)の事実に契約後の事情である(ニ)の事実をもあわせ考えると、右香川公義は、前記契約の締結に際し、本件土地の賃貸(転貸)が原告会社の代理人山岡の権限の範囲内の行為であると信じており香川がそのように信じたことには正当の理由があると認めるのが相当であるといわなければならない。

(四)  原告は、本訴において、その本件土地の賃借権を保全するため、賃貸人である石井の所有権を代位行使し、転借人である被告三立に対し本件土地の明渡を求めるが、原告が本件土地をみずから転貸したものである以上、転借人に対し、賃貸人の有する所有権を代位行使することによっても目的物の返還を請求することは許されないといわなければならない。

したがって、本件土地の転貸借につき賃貸人である訴外石井孝治の承諾の有無について判断するまでもなく、被告三立に対し、石井の有する所有権に基づく土地明渡請求権を代位行使して本件土地の明渡を求める原告の請求は失当というべきである。

(五)  ≪証拠省略≫によると、被告建立および被告三共は、いずれも被告三立から本件建物の使用を許諾されて、同建物を被告三立と共同で占有使用していることが認められ、被告三立の本件土地使用権原については前記のとおりであるから、被告建立および被告三立に対して本件建物から退去して本件土地の明渡を求める原告の請求は失当である。

二、損害金請求について

被告三立の本件土地占有が原告に対抗し得る権原に基づくものであることは、前記のとおりであるから、原告の賃借権の侵害を理由として、被告三立に対し、損害金の支払を求める原告の請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

三、よって、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池信男)

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