東京地方裁判所 昭和40年(刑わ)2372号 判決 1971年12月20日
被告人 吹原弘宣 外六名
目 次
主文
理由
第一章 認定事実
第一節 被告人らの経歴等
第一 被告人吹原弘宣
第二 被告人森脇将光
第三 被告人平本一方
第四 被告人東郷隆次郎
第五 被告人木村元
第六 被告人大橋富重
第七 被告会社株式会社森脇文庫
第二節 いわゆる吹原事件
第一 三菱銀行長原支店通知預金証書の詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
1 伊藤忠事件と被告人森脇、同吹原の出会い
2 被告人森脇と同吹原の昭和三九年春頃までの取引状況
3 被告人森脇の企図
4 被告人森脇の企図の実行
(一) 総裁選挙資金名目の一〇億円の貸付
(二) 総裁選挙資金名目の二〇億円の貸付
(三) 総裁選挙資金名目の五億円の追加貸付
(四) 総裁選挙資金名目の貸付金二〇億円に対する内入れ弁済と預手交換
(五) 一五億円の預手交換の打切りと同額の通知預金証書の入手
(六) 大和京橋からの三〇億円の預手引出し
二 罪となるべき事実
1 被告人森脇、同吹原の共謀
2 被告人吹原による詐欺の実行
第二 三菱銀行に対する恐喝未遂関係
一 犯行に至るまでの経過
二 罪となるべき事実
1 被告人森脇の恐喝未遂
2 被告人平本の恐喝未遂幇助
第三 黒金文書の偽造、同行使関係
第四 手形等詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
二 罪となるべき事実
1 朝日土地関係
2 東洋精糖関係
3 藤山愛一郎関係
4 間組関係
5 三愛・市村関係
第五 大和銀行特別背任関係
一 犯行に至るまでの経過
二 罪となるべき事実
第六 伊藤忠詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
二 罪となるべき事実
第七 平和相互銀行に対する私文書・有価証券偽造、同行使、詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
二 罪となるべき事実
第三節 いわゆる大橋事件
第一 京成電鉄手形・小切手等詐欺事件
一 被告人大橋と京成電鉄株式会社との関係
二 柏井土地買収関係
1 犯行に至るまでの経過
2 罪となるべき事実
三 京成電鉄株式買取り関係
四 宝酒造土地買収関係
五 手形割引関係
第二 アメレツクス関係横領事件
一 犯行に至るまでの経過
二 罪となるべき事実
第三 昭和化成品・日東冶金手形詐欺、賍物故買事件
第四節 いわゆる脱税・高金利違反事件
第一 法人税法違反
第二 高金利取締法違反
第二章 証拠の標目(略)
第三章 事実上および法律上の主要な争点に対する当裁判所の判断
第一節 いわゆる吹原事件について
第一項 総論
第一 伊藤忠事件の事後処理の過程における被告人吹原の人物等に対する被告人森脇の認識
一 被告人吹原の伊藤忠に対する詐欺についての認識
二 被告人吹原の前科等についての認識
第二 いわゆるバツクについて
第三 証人森脇肇の証言について
第二項 各論(略)
第一 被告人吹原、同森脇の三菱銀行長原支店に対する詐欺関係(略)
第二 手形詐欺関係(略)
第三 その他の弁護人の主張について(略)
第二節 いわゆる大橋事件について(略)
第一 被告人大橋、同森脇の検察官調書の証拠能力(略)
第二 柏井土地買収関係(略)
第三 京成電鉄株式買取り関係(略)
第四 手形割引関係(略)
第五 アメレツクス関係(略)
第六 昭和化成品・日東冶金手形割引関係(略)
第三節 いわゆる脱税・高金利違反事件について
第一項 法人税法違反
第一 不法原因給付について
第二 利息制限法による制限超過利息について
一 弁護人の主張の要旨
二 当裁判所の判断
第三 期末現金および預金について(略)
第四 期末貸付金について(略)
第五 不動産について(略)
第六 借入金について(略)
第七 認定賞与について(略)
第二項 高金利取締法違反(略)
第一 投資契約であるとの主張について(略)
第二 仮受金の主張について(略)
第三 新規貸付の法定元本額(貸付名目額)について(略)
第四 切替の法定元本額について(略)
第五 重複計上の主張について(略)
第四章 法令の適用
第一 主刑・未決勾留日数の通算・換刑処分・執行猶予
一 被告人吹原弘宣について
二 被告人森脇将光について
三 被告人平本一方について
四 被告人東郷隆次郎について
五 被告人木村元について
六 被告人大橋富重について
七 被告会社株式会社森脇文庫について
第二 没収
第三 被害者還付
第四 訴訟
第五 量刑の事情
第五章 本件公訴事実中の無罪部分について
第一 公訴事実の要旨
一 昭和四〇年七月一九日付起訴状記載の公訴事実第二の(一)(吹原関係分)
二 昭和四〇年八月一四日付起訴状記載の公訴事実第三(平本関係分)
三 昭和四一年三月一九日付起訴状記載の公訴事実第三の一(森脇関係分)
四 同公訴事実第三の二(森脇関係分)
五 昭和四〇年七月七日付起訴状記載の公訴事実第二の別紙貸付一覧表番号一二三(森脇および森脇文庫関係分)
第二 当裁判所の判断
一 前記第一の一の公訴事実について
二 前記第一の二の公訴事実について
三 前記第一の三の公訴事実について
四 前記第一の四の公訴事実について
五 前記第一の五の公訴事実について
別紙 (略)
別冊 (法人税法違反関係諸表)(略)
主文
被告人吹原弘宣を、判示第一章第二節第一の二、第三の一の1ないし5、第四の二の1の(一)ないし(三)、2の(一)、(二)、3の(一)、(二)、4、第五の二の1の各所為、2の各所為、第六の二、第七の二の1の(一)ないし(六)、2の各所為の各罪につき懲役八年に、判示同章同節第三の二の1の(一)ないし(四)、2の各所為、第四の二の5の各罪につき懲役二年に、
被告人森脇将光を懲役一二年および罰金四億円に、
被告人平本一方を懲役二年に、
被告人東郷隆次郎を懲役三年に、
被告人木村元を懲役二年に、
被告人大橋富重を懲役六年に、
被告会社株式会社森脇文庫を罰金五億円に
処する。
未決勾留日数中、被告人吹原に対しては一二〇日を、被告人森脇に対しては二四〇日を、被告人大橋に対しては九〇日を、それぞれその懲役刑(ただし、被告人吹原については八年の懲役刑)に算入する。
被告人森脇において、右罰金を完納することができないときは、金六〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
被告人平本、同東郷、同木村に対し、いずれもこの裁判確定の日から三年間それぞれその刑の執行を猶予する。
押収してある「証」一通(昭和四〇年押一八五五号の50)、「証」一通(同号の55)、「証」一通(同号の56)、誓約念書一通(同号の57)、念書一通(同号の58)、念書一通(同号の59)、念書一通(同号の82)、誓約念書一通(同号の83)、「証」一通(同号の86)は被告人吹原・同森脇両名から、融資申込書一通(同号の191)、債務弁済契約公正証書作成委任状一通(同号の192)、約束手形一通(同号の196)は被告人吹原から、それぞれこれを没収する。
押収してある通知預金証書一通(前同号の69)は、被害者株式会社三菱銀行に還付する。
訴訟費用については、別紙第六訴訟費用負担一覧表のとおり、各被告人の負担とする。
本件公訴事実中恐喝未遂の点については、被告人吹原は無罪。
本件公訴事実中、市村清より約束手形を騙取したとの点については、被告人平本は無罪。
本件公訴事実中、昭和三九年二月八日および同月一〇日京成電鉄株式会社より約束手形を各騙取したとの点ならびに同三八年三月二八日大橋富重に対し三〇〇〇万円を貸付けるに当り、法定の一〇〇円につき一日三〇銭をこえる割合による利息の契約をなしたとの点(昭和四〇年七月七日付起訴状記載の公訴事実第二の別紙貸付一覧表番号一二三)については、いずれも被告人森脇は無罪。
本件公訴事実中、昭和三八年三月二八日大橋富重に対し三〇〇〇万円を貸付けるに当り、法定の一〇〇円につき一日三〇銭をこえる割合による利息の契約をなしたとの点(前同起訴状記載の事実)については、被告会社森脇文庫は無罪。
理由
第一章 認定事実
第一節 被告人らの経歴等
第一被告人吹原弘宣
被告人吹原弘宣(以下単に吹原ともいう)は、戦前に本籍地の旧制中学校を四年で中退し、昭和二三年頃上京して繊維製品ブローカー、金融ブローカーなどをしていたが、同三五年一〇月株式会社函館タイムズを買収したうえ、商号を北海林産工業株式会社と変更(その後さらに商号を北海林産興業株式会社<以下単に北海林産ともいう>と変更)して枕木の販売等を営業目的とする同社の代表取締役となり、同三七年九月四日、貸ビル業、遊技場経営、宅地造成ならびに分譲、不動産売買、倉庫業等を営業目的として吹原産業株式会社(以下単に吹原産業ともいう)を設立して代表取締役に就任し、その他数社の代表取締役をしているものである。
第二被告人森脇将光
被告人森脇将光(以下単に森脇ともいう)は、昭和三年慶応義塾大学経済学部を二年で中退し、個人または会社組織で、貸金業、土地売買斡旋業、出版業等に従事してきたが、同三四年三月に至り、さきに同三一年二月出版業を営むため設立していた被告会社株式会社森脇文庫(以下単に森脇文庫ともいう)の営業目的に金銭の貸付仲介等の業務を附加し、同社の代表取締役としてその貸付業務の全般を統轄主宰しているものである。
第三被告人平本一方
被告人平本一方(以下単に平本ともいう)は、昭和二五年三月拓殖大学商学部を卒業し、東京日日新聞社に入り社会部記者をしていたが、同二九年一月同新聞社を辞めて森脇が主宰する安全投資株式会社に入社し出版部長となつた。同三一年二月前記森脇文庫の設立に伴つて同会社の取締役に就任し出版部門の総責任者となつたが、同三五年一一月頃出版業務が廃止されてからは、その残務整理に当るかたわら、同会社の貸金業務にも関係した。そして同三七年二月同会社を退職し、同年三月新中央観光株式会社の代表取締役になつたが、程なくこれを辞し、同年七月東邦地所株式会社を設立して代表取締役となり、不動産の売買、斡旋、管理等の業務に従事しているものである。
第四被告人東郷隆次郎
被告人東郷隆次郎(以下単に東郷ともいう)は、昭和二一年九月東京帝国大学経済学部を卒業し、日亜製鋼株式会社に勤めたのち、同二二年九月株式会社野村銀行(その後商号を大和銀行と変更)に入社し、同三七年六月二八日から同三九年一〇月八日頃まで大和銀行京橋支店長の地位にあつたものである。
第五被告人木村元
被告人木村元(以下単に木村ともいう)は、昭和一七年暮商業学校を卒業し、翌一八年一月野村銀行に入社し、同三七年七月二一日から大和銀行京橋支店長代理となり、同三九年一〇月八日頃まで得意先係責任者として同支店に勤務していたものである。
第六被告人大橋富重
被告人大橋富重(以下単に大橋ともいう)は、昭和一四年三月旧制中学校卒業後、志願兵として軍隊に入隊し、樺太で終戦を迎え、シベリヤに抑留されたのち同二二年八月復員し、一時CIC(米国陸軍情報部)に勤めたが、逆スパイ容疑で検挙されたことがあつて同所をやめ、その後石油製品、鋼材等の販売を手がけたがいずれも成功せず、同三〇年頃に至つて、興亜建設の名称で個人営業により不動産売買ならびに建設業を始めて相当の利益を上げ、同三三年五月には、資本金五〇〇万円で右個人営業を株式会社組織に改めて興亜建設株式会社(以下単に興亜建設ともいう)を設立し、その代表取締役となつた。そして同三七年六月東京都墨田区千歳町三丁目二二番地に千歳ビル(敷地および建物の所有名義は大橋個人)が竣工するとともに本店をそれまでの同都同区菊川二丁目三番地から右千歳ビルに移転する一方、順次増資(資本金は同三八年六月一三日現在一九〇〇万円)、業務目的の追加(実際の事業内容は不動産の売買およびその仲介が主である)等を行つていつた。同人は、ほかに株式会社伊豆長岡カントリー倶楽部など数社の代表取締役をも兼ねているが、興亜建設は、同人が経済活動の基盤とし本件各種犯行の背景としてきた中心的会社である。
なお、大橋は、被告人森脇とは、かつて同二九年頃同人から騙取手形の割引を受けたこともあつたが、その後同三七年一一月一日頃森脇文庫から六〇〇万円の融資を受けて以来、同四〇年に至るまで継続して取引関係に立つていた。
第七被告会社株式会社森脇文庫
被告会社株式会社森脇文庫(以下単に森脇文庫ともいう)は、昭和三一年二月一一日東京都中央区日本橋室町一丁目一六番地に本店を置き、雑誌および図書の刊行を主たる目的として資本金五〇万円で被告人森脇により設立された株式会社(同年一一月資本金を二〇〇万円に、同三四年四月資本金を四〇〇万円に各増資)であるが、同三四年三月営業目的を雑誌・図書刊行・金銭貸付・仲介ならびに不動産売買・仲介等と変更し、同年五月二八日東京都知事に対し、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律七条に基づく貸金業開始の届出をなし、同三五年一一月からは右出版業を事実上廃止し、貸金業を唯一の業務として現在に至つているものである。
第二節 いわゆる吹原事件
第一三菱銀行長原支店通知預金証書の詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
1 伊藤忠事件と被告人森脇、同吹原の出合い
吹原は昭和三七年六月二七日伊藤忠商事株式会社(以下単に伊藤忠ともいう)より芝浦製糖株式会社(以下単に芝浦製糖ともいう)ほか一三社の株式合計七五〇万株分の株券(時価一三億円相当)を騙し取つた(後に判示する第六)。吹原は右株券のうち芝浦製糖の株券二〇万株を翌二八日、金融業株式会社日興の代表者斉藤福造に渡してこれを担保とする金融を依頼した。斉藤はこの株券を金融業株式会社大黒屋の専務取締役山野井仙也のもとに持ち込んで金融を図り、さらに山野井が、森脇文庫に出入りしていた岩久保仁の紹介で同日夜森脇と会い、翌二九日森脇文庫から同株券を担保に金五六〇〇万円の貸付を受けたのである。
ところが、右貸付に先立ち森脇が、右二九日に芝浦製糖に対して株券の発行確認をしたことから、吹原の詐欺の犯行が直ちに伊藤忠側に露見し、驚いた伊藤忠では調査のうえ右芝浦製糖の株券が森脇文庫にあることをつきとめた。そこで、伊藤忠取締役瀬島竜三、財務部長増田猛夫、財務部管理課長中山昭雄らが、同年七月三日頃森脇に面接し、右株券を吹原に騙取された経緯の概要を説明するとともに、伊藤忠の信用にかかわる問題だからと株券回収への協力方を懇請し、森脇がこれに応じて吹原にも話を聞きたいと申し出たので、中山課長らが吹原を連れて森脇方を訪れた。ここにはじめて森脇と吹原との面識が生じたのである。
こうして、その後同年七月一〇日頃までの間に数回にわたつて、森脇・吹原・伊藤忠三者の間で交渉が重ねられた結果、山野井の森脇文庫からの借入金を吹原が返済することを約し、森脇もこれを了承して右株券の伊藤忠への返還に応じたので、この事件は表面化することなく落着した。
森脇は、右交渉の過程において、前記中山、岩久保らの関係者および吹原の話などから、次のようなことを認識した。
すなわち、吹原が手形詐欺師(俗にいわゆるパクリ屋)仲間の一員で、犯罪の前科もあり、さほど経済的信用もないこと、それにも拘わらず同人が三菱銀行銀座支店に巧く取り入つてある程度の銀行取引をしていること、吹原が自由民主党(以下単に自民党ともいう)の黒金泰美代議士、大平正芳代議士らの池田派の有力者と交際があり、この政治家との関係をことさら吹聴することによつて自己の信用を虚飾しようと努めていること、伊藤忠からの株券騙取も右政治家との関係を犯罪に利用したものであり、黒金らと極めて昵懇な関係にあつて自民党資金の運用まで委されており、伊藤忠に融資してやれるほどの資金的余裕があるとの吹原の虚言に伊藤忠側も騙されたものであること、また吹原が右株券を騙取するに当つては、伊藤忠に対し、「相当額の株券を形式的に担保として提供すれば、これを三菱銀行銀座支店に保護預けにしておくだけで一〇億円を融資する」旨の虚言を弄したうえ、伊藤忠から提供を受けた株券を三菱銀行銀座支店に保護預けにするかのように見せかけ、別の物件の保護預り証を渡して伊藤忠側を騙したものであること、などである。
以上のような事実を知ることによつて、森脇は、吹原との出合いの直後において、既に吹原の人物、詐欺の前歴、手腕等を認識していた。
2 被告人森脇と同吹原との昭和三九年春頃までの取引状況
森脇は、吹原と取引をすることによつて利益をあげようと考え、伊藤忠の前記事件が落着した直後の昭和三七年七月中旬頃から、吹原に対し同人の資金繰りの面倒を見てやろうと好意を示した。しかし、森脇は、前述のような吹原の人物・資力等の実態に鑑み、貸付金の回収を確実ならしめるための方策として、吹原に貸付けた資金はほとんどそのまま銀行に預金させ、その証書を預つて手許に確保しておき、他方、預金取引の反復によつて生ずる吹原の対銀行信用を利用して吹原に銀行から融資を受けさせ、その銀行からの借入金を森脇文庫への返済金や一部吹原の事業資金に当てさせれば、吹原に対する貸付を重ねるに従い貸付金の増加に伴つて高利による利益があげられる、と考えた。
そこで、森脇は、その頃吹原に対し、事業資金を得るには銀行から融資を受けることが必要であり、そのためにはまず大口の預金をしなければならないから、その預金をするための資金を貸付けてやろうともちかけ、事業資金に窮していた吹原はこの申し出に応ずることになつた。
このようにして、吹原は、昭和三七年八月以降森脇文庫から融資を受けるようになつたのであるが、森脇の指示に従い、森脇文庫から借受けた資金の一部を同文庫への返済や自己の事業資金に当てたほかは、三菱銀行、大和銀行、三和銀行等に通知預金あるいは定期預金などとして預けたうえ、原則として預金証書を森脇に渡し、短期間で解約した預金の大部分は森脇文庫への返済金に当て、右預金の繰返しに基づく信用によつて得た各銀行からの大口借入金も、一部を自己の事業資金等に当てたほかは、森脇文庫への返済金に当てることを継続した。
こうして、森脇は、多数回にわたつて吹原に多額の預金の資金や事業資金を貸付け、その間貸付金の切替、高利率による利息の元本繰入れなどをして貸付額の増加を図るとともに、一方前記回収計画に従い、かつ元利金の天引その他の強引な取立方法を合わせ用いることによつて、吹原から確実に利益をあげていつた。
そして昭和三九年五月中旬の時点において、森脇の計算によれば、森脇文庫の吹原に対する債権残額は三十数億円に達していた。
なお、森脇は、吹原との取引の過程において、森脇文庫の自己資金をもつて貸付を行つていたのであるが、その取引を自己に有利に取り運ぶための手段として吹原に対し、あたかも貸付資金が森脇文庫以外の金主から出ているかのように装い、その金主を「バツク」または「背景」と称し、「差入れて貰う念書はバツクに見せるだけだから」とか、「バツクの要求だから」とかいう口実をしばしば用い、吹原をしてバツクが実在するものと思い込ませていた。
3 被告人森脇の企図
昭和三八年秋頃から、吹原に対する銀行融資が次第に減少し、吹原の森脇文庫に対する借入金の返済も渋滞の度を加えるようになつた。そこで森脇は、かねて自分が大口預金者として力を有していた三和銀行東京支店(以下単に三和東京ともいう)に対し、吹原を有望な顧客だと称して紹介し銀行取引を開かせたうえ、吹原への融資方を慫慂し、昭和三九年二月二五日同支店から三億円を吹原の経営する吹原産業に融資させ、その融資金の大半を吹原をして森脇文庫に対する返済金に当てさせた。その後同年三月、さらに森脇は、三和東京に対し吹原への三億円の追加融資方を申し入れ、吹原の取引実績や担保物件、資力等に不安を感じた同支店が、期末でもあり追加融資に難色を示すや、同支店に対し追加融資をしないならば森脇関係の大口預金を引きおろしかねない態度を示して強く融資を迫り、ようやく同月三一日に至り三億円を吹原産業に追加融資させ、その金員のうち一億五〇〇〇万円を吹原をして森脇文庫への返済に当てさせることができた。
こうして森脇は、吹原に対する銀行融資がむずかしくなつてきたことばかりでなく、吹原の個人ならびに関係会社の資力の乏しさを明確に認識するようになつた。
そこで、森脇は、従来のように吹原をして銀行からの融資金等で債務を弁済させることが期待できなくなつたので、三十数億円の巨額に達した吹原の債務を非常手段によつて一挙に大銀行に背負い込ませて債権の回収を図ろうと考え、昭和三九年五月中旬頃には次の企図を抱くに至つた。
すなわち、吹原をして同人が信用を得ている銀行から自己振出の他店渡り小切手(以下単に他手ともいう)と引換えに銀行振出の自己宛小切手(以下単に預手ともいう)を入手させて、これを吹原から債務の弁済として受領したうえ、翌日右他手の決済資金を吹原に貸付けて決済させるという操作(以下単に預手交換という)を繰り返させることにより、吹原と銀行との間に密接な関係を保たせると同時に、吹原をして別に高額の短期預金を銀行に出し入れさせてその銀行に対する信用を増大させて行き、最後に他手によつて一挙に銀行から高額の預手もしくは通知預金証書ないし定期預金証書を引き出させ、この最後の他手決済資金は吹原に貸付けないで右預手もしくは預金証書を債務の弁済の名目の下に取得する。
そして、右のような実質的には資金の裏づけのない預手あるいは預金証書を取り立てる時に備え、自己を善意かつ権限ある所持人と主張するための仮装手段も合わせ講じる。それにはまず、前記のような銀行操作に対する自己の主導性が資金の流れ自体から暴露するのを避けるため、吹原に対する他手決済のための貸付金と、他手決済、預手交換、吹原からの債権回収等との間における資金のつながりを可及的に遮断する方法をとる。その一つとして、同年七月一〇日自民党の総裁選挙が予定されているのを奇貨として、右他手決済のための吹原に対する貸付金をあたかも吹原を通じて当時の池田内閣の官房長官である黒金泰美に総裁選挙資金として貸付けたように仮装し、かつ最後に入手すべき預手あるいは預金証書についても、それを右総裁選挙のための貸付金等の弁済分として受領したか、もしくはその弁済分を自己が吹原を介して預金したものであると付会しうるように工作する。こうして、最後には、銀行に対し右工作に基づいて自己が善意の正当な所持人もしくは預金者であることを主張し、かつ総裁選挙との関連性にも触れながら右預手もしくは預金証書の支払を求める。もし銀行がたやすくこれに応じない場合には、銀行の不当な預手もしくは預金証書発行についての責任を追求するとともに、銀行および自民党に対し、総裁選挙資金問題が公けになつた場合には、黒金官房長官の責任ひいては自民党の責任問題として池田内閣の退陣という政治問題にまで発展しかねないとの恐れを抱かせ、もつて銀行の信用面と政界からの圧力との両面から銀行を畏怖、困惑させて金員の支払に応ぜざるをえない立場に追い込んで目的を遂げる。
森脇は、以上のような企図を抱いた。
4 被告人森脇の企図の実行
(一) 総裁選挙資金名目の一〇億円の貸付
森脇は右企図を実行に移そうと考え、まず昭和三九年五月中旬頃から、資金繰りに苦慮していた吹原に対し、バツクからの要求にかこつけて債務の整理を迫り、「今年の自民党総裁選挙には佐藤も立候補するので池田派としても多額の資金が要るだろう。その資金として黒金官房長官に貸付けるという名目なら、バツクも信用して金を出すだろう。この金を銀行に出し入れして恩を売り信用させたところで、一挙に高額の金を引き出し、その金で一旦旧債を整理すれば、バツクに対する自分の顔も立つ。あとの面倒はいくらでもみる」などともちかけ、吹原をしてその旨了承させたうえ、同月二五日頃、吹原の取引銀行でその支店長と吹原が格別懇意な間柄にある大和銀行京橋支店(以下単に大和京橋ともいう)を利用させるべく、吹原に対し、「五月二七日にバツクから一〇億円を引き出すから、これを他手の決済資金に当てることにして、大和京橋から他手と交換に五億円の預手と五億円の通知預金証書を引き出し、五億円の預手を三和銀行東京支店の預手にかえて債務の返済に当てるように」と指示した。
そこで吹原は、同月二六日大和京橋から一〇億円の他手で五億円の預手と五億円の通知預金証書を入手し、五億円の預手を即日三和東京で同支店振出の五億円の預手と交換し、翌二七日右五億円の三和東京の預手を旧債の返済として森脇へ手渡したうえ、同預手と現金五億円を同日付総裁選挙資金貸付名目の一〇億円の貸付金として受取り、黒金名義の名刺による受領証等の書面を差入れ、右預手五億円と現金五億円をもつて、前日大和京橋に交付していた一〇億円の他手を決済した。
(二) 総裁選挙資金名目の二〇億円の貸付
同年六月二日頃に至り、森脇は吹原に対し、「六月五日にバツクから総裁選挙資金名下に二〇億円を引き出し黒金を借主名義人として貸付けるから、前回同様の方法で大和京橋から預手を引き出し、五月二七日の貸付金一〇億円を六月一一日の弁済期前に一旦返済してバツクに信用をつけたうえ、改めて二〇億円一本の借入金にした方がよい」などと提案し、吹原をしてこれを了承させたうえ、同月四日頃吹原に対し、バツクを信用させる都合上右一〇億円の返済には、大和京橋の預手を、黒金を受取人とする三和東京の預手に切り替えて持参すべきこと、なお右一〇億円のほかに旧債分二億五〇〇〇万円をも内入れ返済すべきことを指示した。
そこで吹原は、同月四日大和京橋から前同様他手により一三億円と五億円の大和京橋預手を入手し、一三億円の預手を同日三和東京に振込み(五億円の預手の方は大和京橋の通知預金にした)、そのうち一二億五〇〇〇万円を三和東京で黒金を受取人とする一〇億円の預手および持参人払式の二億五〇〇〇万円の預手に切替えて森脇文庫への旧債の返済として森脇に交付し、翌五日、右二通計一二億五〇〇〇万円の預手と現金七億五〇〇〇万円を、同日付総裁選挙資金名目の二〇億円の貸付金として受取り、黒金名義の受領証等を偽造して差入れ、右二通の預手と現金七億五〇〇〇万円計二〇億円中一八億円をもつて前日大和京橋に交付しておいた他手一八億円を決済した。
(三) 総裁選挙資金名目の五億円の追加貸付
さらに森脇は、同年六月末から七月初めにかけて、かねて吹原に対し貸付けていた二億五〇〇〇万円を同年六月三〇日に切替えるに当り、前同様総裁選挙資金として貸付けたことに仮装したほか、翌七月四日吹原に対し金二億五〇〇〇万円を貸付ける(利息を差し引いた現実交付額は一億四三〇〇万円)に当つても総裁選挙資金として貸付けたように仮装し、吹原より右二口の合計五億円の貸付金につき偽造にかかる黒金名義の「証」と題する書面を徴した。
(四) 総裁選挙資金名目の貸付金二〇億円に対する内入れ弁済と預手交換
森脇は、前記六月五日に総裁選挙資金の名目で貸付けた二〇億円のうち七億五〇〇〇万円の支払期日が、偽造の黒金念書によつて同年八月二九日としてあつたので、期日到来によつて一応右内金だけは吹原に返済させることにより、右念書に符合した事実を作り出しておこうと考えたが、吹原に資力がないことを知つていたので、同人をして前同様他手と預手の交換操作によつて右返済資金を捻出させるべく、同年八月二四日頃吹原に対し、右貸付金の内入れ返済を要求し、吹原は前同様他手と預手の交換操作によつてその返済をすることを森脇に約した。
こうして吹原は、同年八月二五日大和京橋から他手と交換に七億五〇〇〇万円の預手を入手し、これを三和東京の預手に切り替えて、前記六月五日の総裁選挙資金名目の貸付金二〇億円の内入れ返済として森脇に交付し、翌二六日に同様方法で新たに入手した大和京橋の預手を森脇に依頼してその取引銀行である東海銀行東京支店(以下単に東海東京ともいう)の日銀小切手に交換して貰い、それによつて前日に大和京橋に交付した他手を決済した。
その後も吹原は、森脇の協力のもとに同様操作を繰り返して前日の他手を決済して行つたが、森脇は、右連続した預手交換が長期に及ぶと東海東京に不審を持たれかねないところから、これを一両日中断する必要を感じ、吹原に同年八月三一日一〇億円を貸付け、この金員で吹原をして同月二九日(土曜)の他手を決済させ、継続していた預手交換を一旦中断させた。そして森脇は、吹原をして改めて翌九月一日前同様他手で大和京橋から一〇億円の預手を入手させ連続預手交換を再開させたが、前記他手決済のための一〇億円の貸付を通知預金設定のために貸付けたことに仮装するため、吹原をして右一〇億円の大和京橋の預手で三菱銀行本店に一〇億円の通知預金を設定させた。そして森脇は、同月三日吹原をして右通知預金を解約させてその解約金を同月一日以降継続中の預手交換に使われた他手のうち一〇億円分の決済に当てさせた。
吹原はその後も、大和京橋を利用し森脇の協力のもとに預手交換を継続して行つたが、その間同年九月一〇日頃、森脇は、吹原に対し前記八月三一日貸付分一〇億円の返済を求め、吹原をして同年九月一四日大和京橋から他手で五億円二通の預手合計一〇億円を入手させ、これを三和東京の預手に切替えて右の返済に当てさせた。その結果、それまでの五億円の預手交換に右一〇億円の預手交換が加えられ、その後一五億円の預手交換が反復されて行つた。
(五) 一五億円の預手交換の打切りと同額の通知預金証書の入手
森脇は、同年九月一五日頃、かねての企図に基づき吹原をして大和京橋から資金の裏づけなしに一五億円の通知預金証書を入手させようと考え、吹原に対し、「バツクから一五億円を引き出して貸付けるから預手交換を一段落させてはどうか。バツクを納得させるため通知預金をするといつてバツクから一五億円を引き出し、それで他手を落して銀行を一段落させ、その代りあんたの腕で大和京橋から一五億円の通知預金証書を政治的に引き出してバツクに見せたら納得するだろう。そのようにするならバツクから一五億円引き出せると思う。通知預金証書は単にバツクに見せて納得させるだけのものだからすぐ返す」などと慫慂し、他手の決済資金に窮していた吹原をしてこれを承諾させた。
そこで森脇は、同月一七日頃、通知預金証書につき正当な預金者を装うため、他手決済資金として貸付ける一五億円につき、通知預金を設定するため一五億円を貸付けるという趣旨の同日付念書を吹原から徴したうえ、同月一八日吹原に対し一五億円を貸付け、これで吹原をして前日の他手を決済させ、それまでの一五億円の連続預手交換を打ち切らせた。吹原は森脇の前記指示に従い、同月一九日大和京橋支店長東郷らに対し、「自民党の金を預金するが、入金はあとで現金か日銀小切手でする」などと偽り、同支店発行の山田一郎・飯塚好雄名義の各七億五〇〇〇万円の通知預金証書二通を資金の裏づけなく入手して森脇に手渡した。
(六) 大和京橋からの三〇億円の預手引出し
同年九月二五日頃森脇は、吹原に対する総裁選挙資金名目の貸付金中一五億円と、前記大和京橋通知預金名目の貸付金一五億円の合計三〇億円の貸付金につき、吹原をして大和京橋から資金の裏づけなしに三〇億円の預手を入手させ、これを右貸付金の弁済に当てさせ、同預手の善意の取得者を装うことによつて吹原の債務を同銀行に肩代りさせようと考えた。そして森脇は、吹原が大和京橋の東郷支店長らから前記山田・飯塚名義の各七億五〇〇〇万円の通知預金証書の返還を強く求められて苦慮しているのに乗じ、吹原に対し、「バツクから証書を取り返すためには、五月以降の貸付金だけでも三〇億円になつているから、その分について預手でも持つて来て見せなければバツクが承知しないだろう。あんたの腕なら大和京橋から三〇億円の預手を引き出せるのではないか。そうすれば、バツクに対して自分の方も立場がよくなるし、吹原という男は、この位の力があると認めさせることができる。自分の立場がバツクに対してよくなれば、またあんたの面倒も見ることができる。預手はバツクに見せてバツクが納得したら返す」などと申し向け、吹原をしてやむなくこれを了承させた。
吹原は森脇の提案を一応了承したものの、三〇億円の預手は巨額なのでこれを大和京橋から引き出すことを躊躇していたが、その間大和京橋から前記山田・飯塚名義の各通知預金証書の返還をますます強く要求されたため、森脇の了解を得て、同月二九日大和京橋からそれまでと同様他手と交換に一五億円の預手を入手したうえ、これを同日森脇に渡し、これと引換えに山田・飯塚名義の各七億五〇〇〇万円の通知預金証書を受取つて同支店に返還した。
同年一〇月一日に至り、吹原は、大和京橋の木村支店長代理に依頼して、それまでと同様他手と交換に三〇億円の預手を入手し、見返りの他手は交換に廻さないよう依頼して不渡り防止の措置を講じたうえ、右三〇億円の預手を森脇に渡し、引換えに前記九月二九日の一五億円の預手を受取つてこれを大和京橋に返還した。ところが、翌二日大和京橋の東郷支店長が転勤するという事態が発生したのであるが、吹原は、同支店長が転勤すれば、それまでのように他手と交換に預手の発行を受けることが困難になると考え、森脇と相談のうえ、同支店長の在勤中に右三〇億円の預手を切替えておくことにし、同日同支店長と木村支店長代理に依頼し、翌三日前同様他手と交換に三〇億円の預手を入手し、他手は交換に廻さないよう依頼したうえ、同預手を森脇に渡し、引換えに一〇月一日の三〇億円の預手を受取りこれを同支店に返却した。
二 罪となるべき事実
1 被告人森脇、同吹原の共謀
被告人森脇は、前記のように、被告人吹原に対する巨額の債権を銀行に肩代りさせる企図のもとに、同被告人をして大和京橋から資金の裏づけなしに三〇億円の預手を入手させてこれを取得したのであるが、同銀行に右預手の支払をさせるよりは、むしろ資金力もより豊富で、頭取の宇佐美潤が黒金と親交があり、それまで念書上黒金と関係づけておいた三菱銀行を相手にした方が計画実現に都合がよいと考えるに至つた。すなわち、被告人森脇は、前記大和京橋の三〇億円の預手を被告人吹原に返還する代りに、同被告人をして改めて三菱銀行から入金せずに同額の通知預金証書ないし定期預金証書を引き出させてこれを取得し、後日機をみて右証書は自分が被告人吹原に命じて右三〇億円の預手を預金させて取得したものであると主張し、正当な預金者を装つてその支払を求め、同銀行が容易にこれに応じないときは、前記一の3において述べた企図のとおり同銀行の不当な証書発行の責任を強く追及し、同銀行の信用を毀損しかねない勢いを示して同銀行を支払に応ぜざるをえない立場に追い込もうと考えた。
そこで被告人森脇は、昭和三九年一〇月六日頃、被告人吹原から大和京橋の預手三〇億円の返還を懇請された際、「バツクがこの預手を取り立てるといつている」などと口実を設け被告人吹原を困惑させ、同被告人が、「約束が違う。預手は空だからそんなことをしたら困る」と抗議したのに対し、「バツクには預金のない空のものとは言えないし、自分も立場に困つている。そこでバツクを納得させるために、あんたの親しい一流銀行から三〇億円の通知か定期を政治的に引き出せないか。通知か定期を預手と交換にバツクに渡しておけば、その間にバツクと話がつけられるから」などともちかけ、被告人吹原から三菱銀行の名前が出るや、「三菱ならあんたと親しい黒金も宇佐美頭取と親戚だし、あんたの腕なら政治的に引き出せる。何とかならないか」などと、暗に入金をしないで通知預金証書または定期預金証書を引き出すよう慫慂し、被告人吹原をしてこれを承諾させ、ここに被告人森脇と同吹原との間に三菱銀行から預金の裏づけなしに預金証書を騙取することの共謀が成立した。
2 被告人吹原による詐欺の実行
被告人吹原は、同森脇との右共謀に基づき、三菱銀行から預金の裏づけなしに預金証書を騙取すべく、その対象として、かねて昭和三八年からたびたび大口預金をして恩を売り、また黒金代議士と昵懇にしているとか、自民党の裏預金を扱つているなどと吹聴し、支店長(山口宗樹)以下行員の絶大な信用を得ていた三菱銀行長原支店(以下単に三菱長原ともいう)を選定した。
そこで被告人吹原は、昭和三九年一〇月一六日午前一〇時頃、三菱長原に電話をして、当時たまたま転任を命ぜられ新任の支店長稲野佐一郎に事務の引継ぎをしていた前記山口宗樹に対し、「栄転祝いの預金として二、三〇億円を現金か日銀小切手でするから来てくれ」と偽つて、同日午前一一時頃右両名ならびに同支店次長菅原順平を東京都中央区銀座五丁目三番地所在の前記吹原産業に呼び寄せたうえ、あたかも自己が自民党の裏資金の操作をしているかのごとく装い、「参議院議員の選挙が近づいたので自民党が各地の支部に分散してある資金を集めるが金額は裏金もあつて二、三〇億円になる。これを二、三の銀行に集めてから、ある銀行の自分の口座に集中し、それを長原支店の口座に預金の移し替えをしたいと思つている」などと言葉巧みに虚言を弄し、さらに自民党に連絡すると中座してから、「今日は自民党と連絡がつかなかつたので駄目だが、明日連絡する」などといい、いかにも右虚言が真実であるかのように振舞つた。山口らは、それまでの取引実績などから既に被告人吹原を信用していたので、同被告人の右の巧妙な話術、態度からその虚言をそのまま信じ、巨額の預金を受け入れることによつて長原支店の預金成績も著しく向上すると考え、吹原に是非その預金をして欲しいと懇請した。同日午後、被告人吹原は三菱長原から通知預金証書を書き出すことを被告人森脇に話し、同被告人はこれを了承し、通知預金は一〇億円と二〇億円の二通とするが、預金名義人はバツクと相談のうえ明日連絡する旨指示した。
翌一七日、被告人吹原は長原支店に電話し、前記菅原次長に対し、「今日は預金できそうだから一〇億円と二〇億円の通知預金証書二通を、名義人を空白にして持参して欲しい」と申し向け、真実預金してくれるものと信じた同人は、前日稲野支店長、山口前支店長も了承していたところから、被告人吹原の要求する証書二通を作成して吉田良一支店長代理とともに吹原産業に持参した。しかし同被告人は、まだ被告人森脇から預金名義人について連絡がなかつたのと、一旦右二通の証書を持ち帰らせることによつてかえつて菅原らの信用も深まると考え、「自民党本部と連絡がつかないから名義人が決まらない」と偽つて右二通の証書を持ち帰らせた。同日昼過ぎ頃被告人吹原は長原支店に電話し、吉田支店長代理に対し、「どうしても今日は党本部と連絡がつかないが、月曜日一九日は大丈夫だからそのつもりでいてもらいたい」と偽り、吉田は稲野支店長らに報告し、同日作成した前記通知預金証書二通を取消処分にした。
一方被告人森脇は、同日午後被告人吹原に対し、長原支店から騙取する通知預金証書二通を、いずれも架空人である玉田善利名義で二〇億円、大川忠志名義で一〇億円とする、印鑑はバツクと相談のうえ届ける旨指示した。
こうして被告人吹原は、同月一九日午前九時頃、長原支店に電話して吉田支店長代理に対し、「自民党本部と連絡がついたので、通知預金の名義は玉田善利と大川忠志にして欲しい。玉田の分を二〇億円、大川の分を一〇億円として、二通の証書を至急持つてきてくれ」と連絡した。吉田は稲野支店長、山口前支店長、菅原次長に報告し、右四名協議の結果、金額が高額なので、できるだけ日銀小切手か預手を被告人吹原から受取ることにするが、どうしても個人小切手で引換えを依頼されれば、同被告人の従来の実績等からみても間違いないから、同被告人の個人小切手と引換えに証書を渡すこともやむをえないだろうということになつた。
そこで、菅原次長および吉田支店長代理は、被告人吹原の要求どおりの玉田・大川名義の通知預金証書二通(昭和四〇年押一八五五号の69および70)を作成のうえ、同日午前一〇時半頃吹原産業に持参したところ、被告人吹原は右両名に対し、「現在まだ金が集つていないが、午後には確実に集まるので、とりあえず自分の小切手を渡しておくから、通知預金証書を渡して欲しい。午後には自分の小切手を日銀券または預手あるいは現金と引き換える」などと虚言を弄し、その旨両名を誤信させ、即時同所で、被告人吹原個人振出の北海道拓殖銀行築地支店を支払人とする額面三〇億円の小切手と引換えに、両名から三菱銀行長原支店発行の玉田善利名義額面二〇億円、大川忠志名義額面一〇億円の通知預金証書各一通の交付を受け、もつて騙取の目的を遂げたものである。
第二三菱銀行に対する恐喝未遂関係
一 犯行に至るまでの経過
森脇は、前判示のように、吹原に対する巨額の債権を銀行に肩代りさせる意図のもとに、吹原と共謀して三菱長原から入金をしないで玉田善利名義の額面二〇億円、大川忠志名義の額面一〇億円の各通知預金証書を騙取し、前記大和京橋の預手三〇億円と引換えに吹原より右各通知預金証書を入手したが、同預金証書が実際に入金がなされていないものであつたところから、早急に同預金証書に基づいて三菱長原に払戻請求をすることをためらい、慎重にその機会を窺つていた。
そしてその間、森脇は、バツクの要求に藉口して、後記判示のとおり、吹原から同年一〇月一九日付で黒金泰美、吹原弘宣連名の念書を徴し、同念書によつて、前記玉田善利名義二〇億円、大川忠志名義一〇億円の各通知預金証書が大和京橋預手三〇億円によつて作られ、預金者が森脇であることを仮装し、かつ黒金泰美名義を連ねることによつて同人を右通知預金証書に関係づけたほか、黒金泰美名義の右通知預金の払戻延期懇請の念書等を徴取した。なお同年一二月一四日、森脇は前記大川忠志名義の一〇億円の通知預金証書を、後記判示の株式会社間組振出の約束手形中七億五〇〇〇万円および吹原産業振出の約束手形二億五〇〇〇万円の割引金名下に、吹原に返却した。
こうして昭和四〇年三月中旬頃に至り、森脇は、三菱銀行に対し玉田善利名義の二〇億円の通知預金証書を利用しその払戻名下に、かねての計画を実行に移そうと考え、平本とともに、まず同月一八日自民党幹部とも懇意で政界の事情に明るい児玉誉士夫に会い、黒金念書等関係書類を見せ、「自民党池田派に総裁選挙資金を貸付けたが、それを大和銀行京橋支店の預手三〇億円で返済を受けた。その返済金を三菱長原の通知預金にして証書を入手した。佐藤内閣は池田の承継内閣だから、池田派が使つたものであれば当然自民党が払つてくれるべきだから、党と話し合つて欲しい」旨政界工作を依頼した。
かくて森脇は、同月二〇日午前一〇時頃、森脇文庫の社員藤井輝夫を伴い三菱長原に赴き、同支店長稲野佐一郎に対し、前記玉田善利名義額面二〇億円の通知預金証書を呈示しその払戻方を請求したが、同証書が詐取されたものであることを理由にこれを拒絶されるや、「支店長では分からぬから責任者の所へ行く」といつて、同支店長に同銀行本部へ電話連絡させたうえ、自ら電話に出て同銀行本部業務部副部長岡田功に同日午後一時頃同本部に行く旨告げ、一旦森脇文庫に帰つた。
二 罪となるべき事実
1 被告人森脇の恐喝未遂
被告人森脇は、たまたま森脇文庫に来合わせていた平本一方を同道し、同日午後一時頃、東京都千代田区丸の内二丁目五番地の一所在三菱銀行本店に赴き、同本店新館三号応接室において、同行業務第一部長山科元、同部副部長岡田功と面会し、両名に対し、長原支店長稲野佐一郎作成にかかる前記玉田善利名義額面二〇億円の通知預金証書が真実は預金の裏づけなく発行されたことを知りながら、これを長原支店発行の印鑑届証明書とともに呈示し、自己がその正当な預金者であると称して同預金の払戻しを請求し、右山科らから該証書が吹原に詐取されたもので無効であり支払うことができない旨説明されるや、右両名に対して、「入金がないのになぜ証書を発行したのか。これでは預金者は保護されない。印鑑届証明書もある。黒金泰美の依頼もあつて通知預金をしたものだが、支払に応じないなら民事・刑事の両面で訴える。三菱銀行の非を天下に訴え、社会的に糾弾する。黒金の念書も入つている。この念書は平本が黒金からとつてきた。支払えないというなら、これは政界財界を通ずる戦後最大の事件になる。造船疑獄どころの話ではない」などと、偽造にかかる黒金泰美作成名義の念書類を綴じたフアイルを開き示しながら(後記判示第三の二の2)申し向け、もし払戻請求に応じなければ右通知預金証書を発行した同行の失態を公けにし、かつ政治問題と結びつけその責任を追及して同行の信用を著しく毀損しかねない態度を示して脅迫し、同行から右通知預金の額面相当額を喝取しようとしたが、支払を拒否されたため、その目的を遂げなかつたものである。
2 被告人平本の恐喝未遂幇助
被告人平本は、森脇の右恐喝未遂の犯行の場に同席し、森脇が山科、岡田の両名に対し、預金の裏づけのない通知預金証書に基づき恐喝行為をしていることを認識しながら、森脇の、「黒金の念書は平本が黒金からとつてきた」旨の発言を肯定して頷き、岡田が前記フアイルの書類を写させて欲しいというのを、「そんな必要ないじやないか」と制止するなど、森脇の発言を肯定する言動を示し、もつて森脇の前示犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。
第三黒金文書の偽造、同行使関係
罪となるべき事実
一 被告人吹原、同森脇は共謀のうえ、いずれも行使の目的をもつて、ほしいままに、
1 昭和三九年六月六日頃、前記吹原産業において、同月五日付総裁選挙資金名目二〇億円の貸付に関し、かねて被告人森脇においてタイプ印書により作成していた、「金弐拾億円也右正に受領致しました。金五億円也は昭和三九年六月三〇日、金七億五千万円也は同年七月三〇日、金七億五千万円也は同年八月二九日にそれぞれ持参支払致すことを確約致します。」旨の同年六月五日付平本一方宛の証と題する書面一通の末尾作成名義人欄に、被告人吹原において、毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に同人の妻黒金美から預り保管中の黒金と刻した黒金泰美の角型実印を冒捺し、もつて黒金泰美作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の50)を作成偽造し、
2 同年七月四日頃、前記吹原産業において、同日付総裁選挙資金名目五億円の追加貸付に関し、被告人吹原において、かねて黒金と刻した黒金泰美の前記実印をその末尾に冒捺していた白紙一枚に、「本日金五億円也新しく借用した分は来る九月三〇日相違なく御支払致します。又、六月三〇日支払約束分の金五億円也も前期日同時に御支払致します。」旨タイプ印書して同年七月四日付証と題する書面一通を作成し、前記冒捺してあつた黒金の印影の上部作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、もつて同人作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の55)を作成偽造し、
3 同年七月三〇日頃、前記吹原産業において、前記総裁選挙資金名目二〇億円の貸付金の支払延期に関し、被告人吹原において、前同様かねて黒金と刻した黒金泰美の前記実印をその末尾に冒捺していた白紙一枚に、「本月御返済御約束の金員、金七億五千万円に対し御約束通り決済出来ず御迷惑かけて申訳けありません。前金員に対しては来る八月廿日迄に三菱銀行より、貴取引銀行の東海銀行東京支店宛払込決済致します。右之通り相違ありません。」旨タイプ印書して同年七月三〇日付証と題する書面一通を作成し、前記冒捺してあつた黒金の印影の上部作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、もつて同人作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の56)を作成偽造し、
4 同年八月二八日頃、前記吹原産業において、前記総裁選挙資金名目の貸付二〇億円および同追加分五億円合計二五億円の弁済に関し、被告人吹原において、「金弐拾五億円也は拙者等特別事情により借用致したもので、拙者が表面的に責任をとつたものでありますが、本月末その支払約束最終日が到来致しましたので、金七億五千万円也だけ御支払もうし残金拾七億五千万円也は拙者等関係筋の都合により、左記の通り御支払致しますから御了解願います。此にその支払につき具体的に決定した事実を示し、その実行相違ないことを裏付け致し置きます。(一)昭和三九年九月十日金拾億円也、(二)同年九月十五日金拾億円也。右期日に各一〇億円宛三菱銀行本店より融資を受けることは、既に同行幹部及び担当者と協議決定済である。(三)かねて交渉中であつた日本信託銀行及び第百生命との共同融資で昭和三九年八月十五日金拾五億円也の融資を受けること銀行及び生命重役及び担当者と協議決定済である。以上(一)(二)(三)の何れよりの融資金を以て優先第一位に金拾七億五千万円也の拙者等残債務金全部を九月十日に拾億円也、九月十五日に七億五千万円也を御支払致します」旨タイプ印書して同年八月二八日付誓約念書と題する書面一通を作成し、その末尾作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金泰美の前記実印を冒捺し、もつて同人作成名義の権利義務に関する私文書一通(同前同号の57)を作成偽造し、
5 同年一〇月三一日頃、前記森脇文庫において、前記玉田善利名義額面二〇億円、大川忠志名義額面一〇億円の各通知預金証書に関し、被告人森脇において作成した、「三菱銀行長原支店通知預金拾億円也及び弐拾億円也は昨日御引出自由に為され可然念書差入れ約束致し居りましたが、拾億円也の引出方黒金泰美氏の対銀行関係上来る十一月十日に御引出願うことに懇請して御了承願いましたについては、同日には貴方において御自由に御引出下さつて結構であります。これ以上は断じて引出延期を御願いしないことを固く誓約保証致します。本日三菱銀行宇佐美頭取及び黒金泰美氏との会合の件両者偶然関西に出張明日帰京のことですから来る十一月二日頃に会合することを了承願います。その会合から別口弐拾億円也をその日引出すかあらためて数日お待ち戴くかを決定願いそれまで暫定的に月末のことでもあり御待ち御願い致します」旨記載した同年一〇月三一日付誓約念書と題する書面一通の末尾作成名義人欄に、被告人吹原において、ペンで「黒金代理人吹原弘宣」と冒書し、もつて黒金泰美代理人名義を冒用して権利義務に関する私文書一通(前同号の83)を作成偽造し
たものである。
二 被告人吹原、同森脇は共謀のうえ、
1 いずれも行使の目的をもつて、ほしいままに、
(一) 昭和三九年八月二八日頃、前記吹原産業において、前示被告人吹原の他手決済のため同月三一日貸付けられた一〇億円に関し、被告人吹原において、「本日金拾億円也を三菱銀行に拙者名義をもつて通知預金に御願い致しましたのは三菱銀行より拙者関係会社の吹原産業が金弐拾億円也の借入れをするに当り拙者が保証の上、来る九月十日自至十五日に借入金弐拾億円也の決定を同行重役及び担当者間に於て協議の上、決定したのでありますから、当通知預金に対しては拙者の全責任で決して御貴殿に御迷惑かけるものでありません。依つて本預金証書作成の上は拙者届印の印をなし借入れ提出時まで御貴殿に御届け致します」旨の同年八月二九日付念書と題する書面一通をタイプ印書して作成し、その末尾作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金泰美の前記実印を冒捺し、もつて同人作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の58)を作成偽造し、
(二) 同年九月三日頃、前記吹原産業において、右(一)と同様同年八月三一日の貸付金一〇億円に関し、被告人吹原において、「本年八月二九日付拙者の念書により通知預金拾億円也御願い致しました処、三菱銀行より借入の方式が吹原産業を債務者に拙者を保証人とする建前から通知預金は吹原産業名義としましたが、前念書の通り拙者が全責任を持つことを約束して置きます。尚来る拾日には拾億円也、拾五日には拾億円也の融資が決定して居りますので拾日には拾億円也、拾五日には拾億円也貴殿に御届けすることを確約して置きます。依つて本日通知預金証を三菱銀行提出のため、拙者全責任を以て御預り致しましたに就いて右一切異変することはありません」旨の同年九月三日付念書と題する書面一通をタイプ印書して作成し、その末尾作成名義人欄に毛筆で「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金泰美の前記実印を冒捺し、もつて同人作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の59)を作成偽造し、
(三) 同年一〇月二二日頃、前記吹原産業において、前記玉田善利名義額面二〇億円、大川忠志名義額面一〇億円の各通知預金証書に関し、かねて被告人森脇において作成していた、「本日大和銀行京橋支店発行参拾億預手を三菱銀行に振込み通知預金弐拾億円也及通知預金拾億円也とすることに貴方の了承を得、これが通知預金証及届出印鑑を貴方に御引渡致しました。本件通知預金は拾億円也分は来る本年拾月参拾壱日自由に貴方に於て御引出下すつて結構であります。尚弐拾億の分は本年拾月参拾日に自由に御引出下すつて結構であります」旨記載した念書と題する書面一通に、被告人吹原において、「昭和三十九年十月十九日」と記載し、その作成名義人欄にペンで「黒金泰美」と冒書し、その名下に黒金と刻した有合わせの印鑑を冒捺し、もつて黒金泰美作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の82)を作成偽造し、
(四) 同年一一月二〇日頃、前記吹原産業において、前同様前記玉田・大川名義の通知預金証書二通に関し、かねて被告人吹原において黒金泰美の前記実印をその末尾に冒捺していた白紙一枚に、同被告人において、「三菱銀行長原支店に通知預金しある金参拾億円也は本日払出されるとの事でしたが、仝行に対する信用上、来る十一月二十六日迄払出猶予の程願います。同日は再度御願いする様な事はありません」旨タイプ印書して同年一一月二〇日付証と題する書面一通を作成し、前記冒捺してあつた黒金の印影の上部作成名義人欄にペンで「黒金泰美」と冒書し、もつて同人作成名義の権利義務に関する私文書一通(前同号の86)を作成偽造し、
2 昭和四〇年三月二〇日、前記三菱銀行本店新館三号応接室において、前判示(第二の二の1)恐喝未遂の犯行に際し、被告人森脇において、同行業務第一部長山科元、同副部長岡田功に対し、右1の(一)ないし(四)の偽造にかかる黒金泰美作成名義の私文書四通を、いずれも真正に作成されたもののように装い一括呈示して行使し
たものである。
第四手形等詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
森脇は、前示のように、昭和三八年秋頃から吹原の森脇文庫に対する債務弁済が渋滞し、同三九年五月中旬の時点において森脇文庫の吹原に対する貸付金残額が森脇の計算によれば三十数億円の巨額に達していたところからこれが回収に苦慮し、その頃吹原に対する債権を銀行に肩代りさせる企図を抱くとともに、これと併行して、吹原をして上場会社や有名人より手形を騙取させて旧債の弁済に当てさせようと企図し、同年八月一〇日頃吹原に対し、「いい手形があれば、銀行で割るといつて引き出してくれば、何とかバツクと相談する。バツクに一部でも旧債に入れるということならいくらでも割つてくれるだろう」ともちかけ、同人をしてこれを了承させた。
二 罪となるべき事実
かくて被告人吹原、同森脇は、共謀のうえ、被告人吹原において、上場会社、有名人らから、真実は森脇文庫に交付するのに拘わらずこれを秘して、金融機関より融資が受けられるよう斡旋するとの口実のもとに約束手形等を引き出したうえ、これを森脇文庫の被告人吹原に対する巨額の債権の元利支払などとして被告人森脇に交付し、同被告人はこれを善意の第三者を装つて領得するとともに、被告人吹原の資金繰りを容易ならしめようと企て、いずれも被告人吹原において、
1 朝日土地関係
(一) 昭和三九年八月下旬頃、前記吹原産業において、朝日土地興業株式会社(以下単に朝日土地という)常務取締役丹沢利晃および同社代表取締役丹沢善利に対し、その事実や意思も能力もないのに、「自民党池田派の政界実力者の工作によつて銀行に数十億の融資枠を持つているが、自分の会社の業態から優良な手形が入手できないため右の融資枠を十分利用できず枠が余つているので、信用の厚い一流会社にこれを利用していただきたい。ついては、貴社の手形を貸していただけたら右の枠で金融が得られるから、半金は銀行利息で二年間貴社に融資し、あとの半金は当方で使わせてもらうことにしたい。当方で使う分に対しては、見返りに支払期日の一〇日早い当社の手形を差入れ、確実な担保も提供する。銀行の方でも、八億位割引いてやるといつている」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月二七日頃、前記吹原産業において、丹沢利晃から朝日土地振出約束手形四通額面合計八億円(別紙第一騙取手形明細表番号1ないし4)の交付を受け、
(二) 同年九月一六日頃、前同所において、前記丹沢利晃に対し、その事実や意思も能力もないのに、「一億六五〇〇万円の銀行融資枠が別にできたので、一二月二〇日まで同額の手形を貸してもらいたい。見返りの当社の手形を差入れるし、一一月中にでも預手をお渡しして決済する」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、即時同所において、同人から朝日土地振出約束手形二通額面合計一億六五〇〇万円(前同表番号5、6)の交付を受け、
(三) 同月二五日頃、前同所において、前記丹沢利晃に対し、その事実や意思も能力もないのに、「九月末の銀行決算期日までに一〇億円の融資枠を利用しないと折角の権利を失つてしまうのでもつたいないから、自分の方のことはいずれそのうちに面倒をみていただくとして、この際右枠を全部貴社に提供するから是非利用願いたい。日時の余裕もないので自分の方で手続をしてやるから、銀行に差入れ担保として朝日土地の株券と約束手形を持参してもらいたい」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、同日同所において、同人から朝日土地保管の同社株式四〇〇万株の株券(時価合計七億二〇〇〇万円相当)および同社振出約束手形二通額面合計三億六〇〇〇万円(前同表番号7、8)の交付を受け、
2 東洋精糖関係
(一) 同年一一月初旬頃、前記吹原産業において、東洋精糖株式会社(以下単に東洋精糖という)代表取締役秋山利郎および同社常務取締役松下庄治郎に対し、その事実や意思も能力もないのに、「三和銀行東京支店に一〇億円位の融資を受けられる枠があるので、担保として相当額の不動産を提供されれば、右の枠を利用して貴社の約束手形により日歩二銭四厘で二年間貴社に融資することに銀行とも話ができた。はじめは吹原産業の枠を利用するが、いずれも貴社の枠をこしらえて、二回目以降は貴社が銀行から直接融資を受けられるようにする」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月六日頃、同所において、松下庄治郎から東洋精糖振出約束手形一〇通額面合計五億円(前同表番号9ないし18)ならびに秋山利郎所有の東京都渋谷区南平台町一二番地の一所在宅地一四七三坪二合五勺および同地上建物一棟建坪一七〇坪四合の権利証一通ならびに同人名義委任状、印鑑証明書各二通の交付を受け、
(二) 同月一〇日頃、前同所において、前記松下庄治郎らに対し、その事実や意思も能力もないのに、「三和銀行とは別に、今度黒金官房長官の斡旋によつて三菱銀行からも融資を受けられることになつた。それについては、銀行に実績をつくるため貴社の先日付小切手と当社の先日付小切手とを交換し合うことにしたい」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同日頃、同所において、同人らから東洋精糖振出小切手二通額面合計二億円の交付を受け、
3 藤山愛一郎関係
(一) 同月中旬頃、東京都千代田区永田町二丁目二九番地ホテルニユージヤパン内藤山事務所において、藤山愛一郎および同人秘書土井荘介に対し、その事実や意思も能力もないのに、「自分は政治家や一流銀行幹部と昵懇の間柄にあるので、吹原産業では一流銀行に多額の融資の枠を持つているが、五億でも一〇億でも貴殿の手形を銀行に差入れておけば、必要な時にすぐ融資が受けられるよう大和銀行か東海銀行に融資の枠を作つてあげる」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月一九日頃、同所において、同人らから藤山愛一郎振出の約束手形五通額面合計五億円(前同表番号19ないし23)の交付を受け、
(二) 同年一二月二六日頃、前同所において、前同様誤信している藤山愛一郎に対し、引続き融資の枠を保有するため必要があると称して前記約束手形五通の切替を求めるとともに、「いよいよ融資を受けるについては、銀行に対して担保物件を差入れる必要がある」旨さらに申し欺いたうえ、同日頃、前記吹原産業において、藤山愛一郎から前記土井荘介を介して右藤山所有の東京都港区芝白金今里町一四番の二所在宅地六五五坪五合五勺ならびに同区芝白金台町一丁目五八番地の一宅地六八坪二合三勺(時価合計一億五〇〇〇万円相当)の権利証一通および同人名義白紙委任状二通の交付を受け、
4 間組関係
同月上旬頃、前記吹原産業において、株式会社間組(以下単に間組という)本店営業部副部長兼事業部副部長木原健吉および同社代表取締役神部満之助らに対し、その事実や意思も能力もないのに、「吹原産業では関西の金融機関に多額の借入れ枠を持つているから、貴社の約束手形を担保に入れて吹原産業の単名手形で一〇億円の融資を受け、一二月二〇日までに五億円、来年一月中に五億円を貴社に対し日歩二銭三厘で二年間貸してあげる。右約束手形は銀行から融資を受けるための名目として、釧路の吹原団地造成工事を間組に請負わせるについて、その前渡金資金に当てる旨仮装するため銀行に差入れるものであり、絶対に他に譲渡するようなことはない」などと偽りを述べ、その旨同人らを誤信させたうえ、同月九日頃、同所において、木原健吉らから間組振出約束手形七通額面合計一〇億円(前同表番号24ないし30)の交付を受け、
5 三愛・市村関係
昭和四〇年二月上旬頃、東京都大田区馬込町西四丁目三三番地株式会社リコーおよび前記吹原産業などにおいて、株式会社三愛(以下単に三愛という)取締役市村清らに対し、「銀行に数十億円の融資の枠を持つているので、貴社の三億円の約束手形を出せば、銀行金利で同額の融資をしてあげるし、その融資金も約束手形と引換えに現金または銀行の自己宛小切手で渡すが、その際別にさらに三億円の約束手形を預けてもらいたい。この手形は一時預りとして銀行に保管しておくだけで、絶対に他へ譲渡することはない」などと偽りを述べ、その旨市村清を誤信させたうえ、同月二〇日頃、吹原産業において、同人から株式会社リコー経理部長井出克已を介して三愛および市村清共同振出の約束手形三通額面合計三億円(前同表番号31ないし33)、さらに同月二二日頃、同所において、右両名共同振出の約束手形三通額面合計三億円(同表番号34ないし36)の各交付を受け
てそれぞれこれを騙取したものである。
第五大和銀行特別背任関係
一 犯行に至るまでの経過
東郷は、大和銀行京橋支店長として在職中の昭和三八年三月、大和銀行の大株主である六車武信の紹介により吹原と知り合つた。吹原に大口預金を懇請して同人から同月二六日に一億円、同年七月二四日五億円の各通知預金を受け入れ、いずれも短期間であつたが当時の同支店の銀行勘定実質預金の平均残高に対する比率が大であつたところから、吹原に多大の恩義を感ずるとともに、引き続き大口預金をしてくれるよう依頼していた。その間、東郷は、吹原から料亭で饗応を受けたり、吹原が黒金泰美ら自民党の代議士と親密であるなどと吹聴するのを聞くなどして吹原を信用するに至つていた。
ところで、大和銀行では、昭和三九年一月頃より、各支店に対し預金増加を督励し資金ボジシヨンの改善を要請していたのであるが、京橋支店は主たる得意先の鉄鋼問屋が不況のため預金の伸びが鈍る状況にあり、本支店勘定は赤字が常態(いわゆるオーバー・ローン)となつていた。そのため、東郷は支店長として、木村は支店長代理として、いずれも資金ボジシヨン改善のため預金の獲得増加に日夜腐心していた。
二 罪となるべき事実
被告人東郷は、前示のとおり、昭和三七年六月二八日より同三九年一〇月八日頃まで、東京都中央区西八丁堀四丁目二番地大和銀行京橋支店の支店長として同支店の業務全般を統括主宰していたもの、被告人木村は同三七年七月二一日より同三九年一〇月八月頃まで、同支店の支店長代理として勤務していたものであるが、被告人東郷は、同支店の支店長として自己宛小切手を振出すについては、同銀行の当座勘定事務取扱手続の規定により、顧客から現金あるいは直ちに現金支払のできる自店渡小切手を受領するか、または既に資金化された他勘定科目から当座預金勘定自己宛口に顧客の預金を振替えたうえ、自己宛小切手を振出すべき任務を有していたものであるところ、
1 被告人東郷は、昭和三九年五月二六日、前示のように森脇文庫に対する巨額の債務負担のため資金繰りに窮していた被告人吹原より吹原産業振出の他店渡小切手と交換に同支店振出、額面五億円の自己宛小切手の振出方を懇請されるや、この懇請を容れておけば、同被告人から多額の預金をしてもらえるとの期待からその懇請に応じ、ここに両名共謀のうえ、右吹原産業振出の他店渡小切手と自己宛小切手とを交換することにより、同銀行に対し同額の損害を加える危険のあることを認識しながら、被告人東郷の前記任務に背き、被告人吹原の利益を図る目的をもつて、右同日、前記吹原産業において、被告人東郷より同吹原に対し、同支店振出、額面五億円の自己宛小切手一通(FM〇九九四二)を吹原産業振出、額面一〇億円の三和銀行東京支店宛の小切手一通(T〇二三九八)と引き換えに交付し、もつて大和銀行に対し五億円の損害発生の危険を負担させたほか、同年六月四日より同年八月三日までの間、前後四回にわたり、右同所において、別紙第二犯罪一覧表(一)記載のとおり、被告人東郷より同吹原に対し、同支店振出の自己宛小切手四通、額面合計一四億七〇〇万円を、吹原産業振出の他店渡小切手と引換えに交付し、よつて同銀行に対し同額の損害発生の危険を負担させ、もつて財産上の損害を加え、
2 被告人東郷、同木村の両名は、同年八月五日、被告人吹原より吹原産業振出の他店渡小切手と交換に、右京橋支店振出、額面四〇〇〇万円の自己宛小切手の振出方を懇請されるや、前同様の期待のもとにこれに応じ、ここに三名共謀のうえ、前同様同銀行に対し同額の損害を加える危険のあることを認識しながら、被告人東郷の前記任務に背き、被告人吹原の利益を図る目的をもつて、右同日、前記吹原産業において、被告人東郷、同木村より同吹原に対し、同支店振出、額面四〇〇〇万円の自己宛小切手一通(U〇二七九四)を、吹原産業振出、三和銀行東京支店宛の小切手一通(X〇〇八九〇)と引換えに交付し、もつて大和銀行に対し同額の財産上の損害発生の危険を負担させたほか、同年八月六日より同年一〇月三〇日までの間、前後三五回にわたり、右同所において、別紙第二犯罪一覧表(二)記載のとおり、前同様、被告人東郷、同木村より同吹原に対し、右京橋支店振出の自己宛小切手六一通、額面合計二八〇億七〇〇〇万円を、吹原産業振出の他店渡小切手と引換えに交付し、よつて同銀行に対し同額の損害発生の危険を負担させ、もつて財産上の損害を加え
たものである。
第六伊藤忠詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
吹原は、昭和三七年三月頃、伊藤忠東京支社の営業部員で同社の新規取引先の開拓に当つていた武藤克治を知り、同人に対し、「自分の経営する北海林産は木材の商売で大儲けをしているので、伊藤忠と商取引してもよい」などと吹聴し、同年五月頃、伊藤忠が北海林産との商取引を検討していることを知るや、事業拡張資金に窮していたところから、伊藤忠より商取引名下に手形を騙取して資金を捻出しようと考えた。
そこで吹原は、その頃から同年六月上旬頃までの間、武藤や伊藤忠東京支社財務部資金課長北川清らに対し、「自分は自民党の黒金泰美代議士と昵懇で、大平正芳らの政治家も知つており、同党の資金の運用も委されているから、その資金を商取引に当ててもよい」などと偽り、さらに、「伊藤忠がスクラツプ・非鉄金属・電極の三種類の商品をメーカーから手形で買つて北海林産に現金で売り、再びそれを手形で買戻して販売ルートに乗せるという方法で五、六億融資しよう」などと虚言を弄して同人らを信用させ、同月一〇日頃両社の間に右取引に関する契約を成立させるに至つたものの、伊藤忠側がその履行を躊躇したため、商取引名下に手形を騙取することはできなかつた。
そのため吹原は、直接自民党の資金を北海林産から伊藤忠に融資するとの口実を用いて手形を騙取しようとその企図を変え、同年六月中旬頃、北川に対し、「商取引形式をとるよりも、自民党資金を現金で貸すという一番簡単な方法をとろう。自分が保管し運用を委されている自民党の資金から一〇億円を貸してもよい。六月末、七月五日、七月一〇日の三回位に分けて、三億、三億、四億を北海林産から融資しよう。金利は二銭四厘で期間はいちおう二年ということにし、融資金は右金額に見合う伊藤忠の約束手形と引換えに、三菱銀座の預手で渡す。ただし、金貸しと思われたくないので、伊藤忠の手形には端数をつけて商業手形のようにし、期限は一二〇日か一五〇日にしてもらいたい。手形はよそに廻さずに書替えて二年間にわたつて融資する」旨虚言を申し向けた。北川は吹原の言を信じたものの、融資期間が二年であるのに短期の手形を渡すのでは、万一割引かれたり自民党資金の運用の一環に組入れられるようなことになりはしないかとの不安を覚え、短期の手形を出すのを渋つた。
二 罪となるべき事実
被告人吹原は、右のような北川の態度から短期の手形を騙取するのはむずかしいと感じ、手形よりむしろ担保差入名下に株券を騙取しようと再び企図を変えた。
そこで被告人吹原は、伊藤忠に対し、株券は銀行に保護預けにすると偽り、実際には他の物件の保護預り証を渡し安心させて株券を騙取しようと考え、同年六月二〇日頃、東京都中央区銀座五丁目五番地所在の前記北海林産において、北川に対し、前示のとおり真実は自民党資金の保管、運用を委託されておらず、融資の意思も能力もないのみならず、担保株券は銀行に保護預けにすると見せかけて秘かに他の物件とすり替えたうえ、自己の資金繰りに流用する意図であるのにこれを秘し、自民党の資金のうちから一〇億円を三回に分けて融資する旨の前記虚言をそのまま維持して、「二年の約束手形でよいが、そのような約束手形だけで金を出すことは党の資金の運用が杜撰だとの非難を受けるおそれがある。それで党に対する手前、確実な方法で運用しているという体裁を整えたいので、融資に先立つて伊藤忠が持つている株券を形式的に担保に入れて欲しい。株券は三菱銀座に保護預けにして預り証をお渡しする。なお党の資金を運用するということを銀行に知られたくないので、漠然とした形にして封緘した包で預けるという方法をとりたい」などと言葉巧みに虚言を弄した。北川は短期の手形でなくてよいといわれ、しかも担保に入れる株券は銀行に保護預けにされるので第三者に渡るおそれはないと判断し、伊藤忠財務部長増田猛夫ら上司にはかり、同社では当時金融事情が逼迫し資金繰りに苦慮していたこともあつて、被告人吹原の言をそのまま信用し、その申し出に応ずることになり、同月二二日、北海林産と伊藤忠との間に、同日付契約書を取り交した。
かくて被告人吹原は、同月二七日午前中、すり替え用の保護預り証を入手しておくために、予め北川に確かめておいた株券の嵩に見合う紙包み二個を同都中央区銀座八丁目一番地所在の三菱銀行銀座支店に持参して保護預けにし、その預り証を受取つて手筈を整えたうえ、北川に連絡し、同日午後二時頃、北川をして別紙第三騙取株券明細表記載の芝浦製糖株式会社ほか一三社の株式合計七五〇万株(時価約一三億円相当)分の株券を前記北海林産に持参させ、これを二包みにして封印させ、北川とともに右二包の株券を携えて前記三菱銀行銀座支店に赴き、その頃、同支店において、北川から右七五〇万株分の株券を、あたかも同支店に保護預けにするかのように装つて受取り、もつてこれを騙取したものである。
第七平和相互銀行に対する私文書・有価証券偽造、同行使、詐欺関係
一 犯行に至るまでの経過
吹原は、昭和三八年三月頃から同三九年一一月頃までの間、株式会社平和相互銀行(以下単に平和相互という)本店営業部等に各種の預金をし、大口預金者としての信用を得ていたところ、当時株式会社長谷川工務店に対する工事代金の支払や、森脇文庫に対する債務の弁済に追われていたところから、前示のように、森脇から大川忠志名義一〇億円の通知預金証書(前同号の70)の返還を受けたのを奇貸とし、これを担保に平和相互から融資金名下に金員を騙取しようと考えた。
二 罪となるべき事実
被告人吹原は、右大川忠志名義の一〇億円の通知預金証書を担保としたうえ、自民党代議士黒金泰美の代理人を装い、同人作成名義の文書・有価証券を偽造、行使することによつて同党の資金借入名下に平和相互から金員を騙取しようと企て、
1 昭和三九年一二月一八日頃、前記吹原産業において、いずれも行使の目的をもつて、ほしいままに、
(一) 平和相互所定の同行宛融資申込書と題する書面に、同行行員において種別手貸、申込金額二億円、希望日一二月一九日、返済方法現金一括返済と各記入した用紙一枚を使用し、申込者の住所欄に情を知らない吹原産業経理部長伊藤三郎をして黒ボールペンで「東京都世田谷区下馬町2の52」と記載させ、その氏名欄に自ら毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し(前同号の191)、
(二) 平和相互所定の同行宛債務弁済契約公正証書作成委任状と題する書面に、同行行員において、主債務者黒金泰美が吹原弘宣を連帯保証人として同年一二月一九日債権者平和相互との間に締結した元金二億円、弁済期同月二八日、利息日歩二銭八厘とする消費貸借契約による元金の弁済に関し同行に対し本委任状記載の各条項を誠実に履践することを約定することその他の事項について、公正証書作成に関する一切の権限を同月一九日付をもつて委任する旨記載ずみの用紙一枚を使用し、主債務者住所欄に情を知らない前記伊藤三郎をして前同様黒金の住所を記入させ、その氏名欄に自ら毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し(前同号の192)、
(三) 情を知らない吹原産業社員をして有合わせの白紙二枚に、「昭和三九年一二月一九日付債務弁済契約公正証書に基き同日債務者黒金泰美が債権者平和相互より金二億円也を借入れるにつき、三菱銀行長原支店発行額面拾億円の大川忠志名義通知預金証書を担保として貴行に本日差入れるが、三菱銀行に対し質権設定の手続を省略し、私が右証書裏面に領収印を押捺したうえ貴行においてこれを別紙担保差入証と共に右債権の担保として占有するに止められたく、ついては私において別紙担保差入証の各条項を遵守することは勿論、貴行において右条項に基き通知預金の払戻しその他担保権の行使をされることに何ら異議なく、本件については如何なる場合も一切私において処理し、貴行にいささかの負担も負わしめないことを誓約する」旨の平和相互本店営業部長宛同日付念書と題する書面一通をタイプ印書させ、その本文末尾作成名義人欄に、情を知らない前記伊藤三郎をして前同様黒金の住所を記入させ、自ら毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し、
(四) 平和相互所定の同行宛担保差入証と題して担保差入れに関する諸条項を記載した書面に、同行行員において作成日付を昭和三九年一二月一九日と記載ずみの用紙一枚を使用し、その債務者兼担保提供者氏名欄に毛筆を用いて「黒金泰美」と冒書し、
(五) 名宛人欄に平和相互銀行と記入ずみの同行備付けの約束手形用紙一枚を使用し、情を知らない前記伊藤三郎をして、黒ボールペンで支払期日を「三九年一二月二八日」、支払場所を「三菱銀行」、振出地を「東京都世田谷区」、振出日を「三九年一二月一九日」、振出人住所を「東京都世田谷区下馬町二の五二」と各記載させ、かつ情を知らない吹原産業社員松山敏子をしてその金額欄にチエツクライターで、「弐億円也」と印字させ、自ら毛筆を用いて振出人欄に「黒金泰美」と冒書し(前同号の196)
たうえ、黒金泰美の妻黒金美より電話架設手続等の代行を口実として預つていた「黒金」と刻した角印を右(一)ないし(五)の書面五通の黒金泰美の名下および捨印部分など所要箇所にそれぞれ冒捺したのち、右印鑑が黒金泰美の実印と相違していたため、翌一九日頃前記吹原産業において、右同様の口実で黒金美から預つた「黒金」と刻した前記角型の実印を右五通の同箇所に合わせてそれぞれ冒捺し、
(六) 同月一九日、東京都中央区銀座西四丁目一番地平和相互本店営業部において、同行所定の受領証用紙一枚を使用し、情を知らない前記伊藤三郎をして受領月日欄に「39・12・19」、手取り金額欄に「¥200,000,000円」、受領者氏名欄に「黒金泰美」とそれぞれペンで記載させ、その名下に前記「黒金」と刻した角型実印を冒捺させ、
もつて、以上の黒金泰美作成名義の権利義務に関する私文書五通および同人振出名義額面二億円の有価証券一通を順次作成偽造し、
2 同年一二月一八日頃、前記吹原産業および平和相互本店営業部において、平和相互本店審査部次長稲井田隆、貸付第二課長岡崎寅雄らに対し、その事実や意思もなく、かつ前記通知預金証書が資金の裏づけなく無効であることを秘して、「自民党代議士の黒金泰美が同党のために三菱銀行から二億円を借りて政治資金に使つたところ、同行宇佐美頭取が日銀総裁になつたため、一旦右二億円を返済して整理する必要が生じたのだが、右二億円は一旦返済すれば一週間位ですぐまた借りられることになつているので、その間だけ黒金に短期で二億円を貸してもらいたい。担保としては三菱銀行長原支店の一〇億円の大川忠志名義通知預金を差入れる。ただし、この一〇億円は自民党の裏預金で黒金が保管責任者であるが、質権設定のためには自民党各派長老の了解を得るのに時間もかかるし、黒金は党に内緒で二億円を借りたいといつて自分に一切を委されたから、証書を預けるだけにして、三菱銀行にも黒金にも連絡しないで手続をしてくれ。質権を設定しないのが心配だろうから、担保差入れに関する黒金の念書も差入れる」などと偽りを述べるとともに、同月一九日、前記平和相互本店営業部において、前記稲井田隆、岡崎寅雄らに対し、前記偽造にかかる黒金泰美名義私文書五通および約束手形一通を、いずれも真正に作成されたもののように装つて一括交付して行使し、その旨同人らを誤信させ、よつて即時同所において、稲井田隆、岡崎寅雄らから前記伊藤三郎を介して黒金泰美に対する融資金名下に、平和相互振出日本銀行宛額面二億円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取し
たものである。
第三節 いわゆる大橋事件
第一京成電鉄手形・小切手等詐欺事件
一 被告人大橋と京成電鉄株式会社との関係
大橋は、昭和三一、二年頃より知人の紹介で東京都台東区上野四丁目一〇番九号(旧地名は同区五条町三番地)に本社を有する京成電鉄株式会社(以下単に京成電鉄という)の事業部に出入りするようになり、当初は同事業部の行なう事業用地の買収の手伝いをしたり、同社の駅舎改修工事を請け負つたりしていたが、その後同社の子会社である京成開発株式会社から請け負つた比較的高額な谷津遊園地のジエツト・コースターの基礎工事を短期間で完成させたりしたことなどもあつて、京成電鉄の幹部の間に次第にその実績を認められるようになつた。そして、その後も順次同社のために事業用地、宅地分譲用地等の買収斡旋をなし、同社との取引実績を高めていつたのであるが、さらに同三六年末頃からは、同社のために銀行からの融資の斡旋や同社振出の約束手形(以下単に京成手形という)の割引斡旋などを引受け、同社の資金繰りにも関与するようになつていつた。
二 柏井土地買収関係
1 犯行に至るまでの経過
大橋は、昭和三五年一〇月頃から京成電鉄の依頼により、千葉市居住の大地主川口中丸の夫幹との間で同人所有の同市柏井町所在の土地約四〇〇〇坪(以下A土地という)につき買収交渉を進めていたが、その交渉過程で、もし興亜建設が右川口幹の希望するとおりの条件でA土地を買い取るならば、将来同人からその周辺の約一五万坪の土地(以下B土地という)の買取りも可能であると判断し、同年一一月中旬頃京成電鉄の不動産部長小山久保および同社の事実上の顧問である飯塚潔らにその旨伝え、同社の意向を打診したところ、同社では当時その周辺一帯の土地を買収したいと考えていたところであつたので、早速右小山さらには同社社長川崎千春よりその買収斡旋方を依頼され、ここに大橋は右B土地についてもその買収斡旋方を引受けることとなつたのであるが、これらの買収交渉においては、さきに京成電鉄が右川口幹との間でなした土地売買で同人の要求する裏契約に応じなかつたことからその憤激をかつたいきさつもあつて、実際の買主が京成電鉄であるということが川口側に知れれば買収が不能ともなりかねない状況にあつたので、同社の名を秘し、大橋が興亜建設の名で交渉を進めることにし、京成電鉄側においても自社が実際の買主であることを川口側に悟られないよう配慮した。
ところで、大橋は、当時自己の事業の拡張を企図しており、また前記飯塚より硅石採掘事業への出資を要請されてもおつて、多額の事業資金を必要とし、これらの資金繰りに窮していた折であつたので、前記B土地についての買収交渉が予期に反して長びくとみるや、前述のように京成電鉄側と川口側との間の直接交渉が途絶されているのを奇貨として、同社に対し川口幹との買収交渉が一応まとまつたよう
に装い、買収資金名下に同社より金員を騙取して一時これを自己の資金繰りに流用しようと考えた。
2 罪となるべき事実
そこで、被告人大橋は、昭和三五年一一月下旬頃、前記京成電鉄本社において、川崎千春および小山久保らに対し、真実は前記B土地の売買につき川口幹との間にいまだ何らの取り決めもなく、同社から交付を受ける土地買収資金は直ちに自己の前記資金繰りに流用費消するのが目的であるのにこれを秘し、「鷹ノ台ゴルフ場隣接地の約一五万坪を地主の川口幹が坪当り二八五〇円で自分に売つてくれることになつた。川口とは公簿面積で取引する約束だが、三割以上のなわ延びがあるから、京成電鉄側で実測坪により一七万二五〇〇坪位を坪当り二四五〇円で引き取つてくれればよい。代金は一年位の間に分割して支払つてくれればよいと川口はいつている」などと偽りを述べて右B土地の買取り方を申し入れ、その旨川崎らを誤信させたうえ、千葉市柏井町字芦太山ほかの山林実測約一七万五〇〇〇坪につき、売主を興亜建設、買主を京成電鉄とし売買単価坪当り二四五〇円とする土地売買契約を締結させ、よつて、別紙第四騙取手形・小切手等明細表(番号1ないし21)記載のとおり、同年一二月七日頃から同三七年六月一五日頃までの間前後一四回位にわたり、いずれも前記京成電鉄本社において、川崎らから同社不動産部職員を介し、右契約に基づく土地売買代金等名下に、同社振出小切手一九通(番号1ないし19)、約束手形二通(番号20、21)額面合計四億四二〇四万一〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取したものである。
三 京成電鉄株式買取り関係
罪となるべき事実
被告人大橋は、昭和三八年八月頃、京成電鉄社長川崎千春より国際興業株式会社会長小佐野賢治保有の京成電鉄発行の株式約九〇〇万株の買取り方とともにその買取り資金に当てるための京成電鉄振出予定の約束手形の割引斡旋方を依頼されていたが、その頃、右事情を知つていた被告人森脇に対し、後日持参するかも知れない右手形数億円分の割引方を依頼したところ、被告人森脇は、当時被告人大橋に対する巨額の債権の回収に苦慮していた折であつたので、同被告人から右割引の依頼を受けたのをさいわい、右手形を京成電鉄より騙取して右債権の回収を図ろうと考え、右手形が株式買取り資金に当てられるものであること、被告人大橋・小佐野間にはいまだ右株式買取りについての話合いがまとまつておらず、京成電鉄において手形を振出し交付する段階に至つていないことを知つていながら、同被告人に対し、「右手形のうち三、四億円分位をこれまでの債務の一部弁済に当ててくれれば、右債務を半額にするようバツク(被告人大橋との取引で、吹原の場合と同様被告人森脇が取引のテクニツクとして使用して来た言葉で、実在しない架空の金主を意味する。以下同じ)に話してやる。君は川崎に信用されているのだし、うまく話せば手形を出して貰えるだろう。後日小佐野との間で株式買取りの話がまとまつたときは、五億円でも一〇億円でも貸してやる」などと巧妙にもちかけ、被告人大橋に前記手形の京成電鉄からの騙取を誘いかけたところ、同被告人も森脇文庫に対する巨額の債務の返済に苦慮していた折から、やむなくこれに同調し、右手形の騙取を決意するに至り、ここに被告人両名共謀のうえ、京成電鉄より手形を騙取することとなつた。
このようにして、被告人大橋は手形の騙取を決意したのであるが、その後、自己を信頼している川崎よりかかる多額の手形を騙取することに躊躇を感じ、実行に踏み切れず、被告人森脇からの催促を川崎社長の不在を理由に断つたのであるが、同被告人からはそれならバツクに見せて納得させるだけのものでもよいから三億円分位を持参するように要求され、ここに被告人大橋もやむなくこれに応ずることにし、早速京成手形六通額面合計三億円を作成し、これを同月一四、五日頃被告人森脇に交付した。一方被告人森脇は、右偽造手形を受領するや被告人大橋にこれと引換えに前記手形の持参方を強く要求し、騙取の実行を迫つた。そのため、被告人大橋も右偽造手形の表面化をおそれてついに意を決し、同年九月上旬頃、前記京成電鉄本社において、被告人大橋より川崎千春に対し、同社と小佐野との間に直接買取り交渉がなされていないのをさいわい、真実は前記小佐野との間にいまだ後述のような右川崎の依頼どおりの株式買取りについての取り決めがなされた事実がなく、京成電鉄より交付を受ける約束手形は前述のように直ちにこれを同被告人の森脇文庫に対する債務の返済その他自己の資金繰りに一時流用費消するのが目的であるのにこれを秘し、「株式買取りについて小佐野と交渉した結果、旧株約六一五万株は単価一三〇円、新株約三〇〇万株は単価一〇〇円で全部売つてくれることに話が決まつた。今月下旬頃までに旧株代として約八億円、一一月下旬頃までに新株代として三億円を支払えば一一月下旬から来年三月末までに三回に分けて右株式全部を引渡してくれることになつたので、その線で小佐野と契約を結ぶのに八億円を支払わねばならないから、手形割引料を見込んで八億二〇〇〇万円の手形を出して貰いたい」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、同月九日、同所において、同社経理部職員を介して右川崎より同被告人の使者山田昭三を通じ、株式買取り資金捻出のための手形割引斡旋名下に、京成手形八通額面合計八億二〇〇〇万円(前同表番号22ないし29)の交付を受けてこれを騙取したものである。
四 宝酒造土地買収関係
罪となるべき事実
被告人大橋は、昭和三八年一〇月下旬頃、京成電鉄社長川崎千春に宝酒造株式会社(以下単に宝酒造という)がその頃買手を求めていた同社所有の千葉県市川市市川町所在の工場敷地等の買取り方を勧めたことから、右川崎社長よりこれが買収斡旋方を依頼されることとなつたが、当時同被告人は、森脇将光より森脇文庫に対する巨額の債務の返済を迫られ、また、自己が京成電鉄より購入した土地の代金支払期日も差し迫り、これらの資金繰りに窮していた折であつたので、右工場敷地等の売買契約金捻出のための手形割引斡旋名下に京成電鉄より手形を騙取して右資金繰りに流用費消しようと考え、同年一一月上旬頃、前記京成電鉄本社において、川崎千春に対し、同社と宝酒造との間に直接買収交渉がなされていないのをさいわい、真実は前記工場敷地等につき宝酒造との間には京成電鉄の希望する条件による買収の話合いは何らまとまつていないのみならず、同社に右物件を買収斡旋する意思も見込みもなく、同社より交付を受ける約束手形は直ちにこれを他で換金して自己の前記資金繰りに流用費消するのが目的であるのにこれを秘し、「宝酒造が市川所在の工場・社員寮の敷地建物全部を一〇億円で売つてくれることになつた。宝酒造の方では、契約金三億円位を払えば昭和三九年三月末までに工場の部分は更地にし、社員寮は入居者を立退かせて明渡すし、残代金は右明渡しの時以降一ヵ年間位に手形で分割して支払つて貰えばよいといつているので、契約金三億円は京成手形を自分が銀行で割引いて準備してやるから三億円位の手形を出して貰いたい」などと偽りを述べ、その旨川崎を誤信させたうえ、同月一三日頃、同所において、京成電鉄経理部職員を介して右川崎より被告人大橋の使者山田昭三を通じ、土地買収契約金捻出のための手形割引斡旋名下に、京成手形五通額面合計三億円(前同表番号30ないし34)の交付を受けてこれを騙取したものである。
五 手形割引関係
罪となるべき事実
被告人大橋は、
1 昭和三九年二月八日、千葉県市川市平田三の二〇五所在の前記川崎千春の居宅において、右川崎に対し、真実は同人との従来からの約旨どおり手形を銀行で割引いてその割引金を京成電鉄に交付する意思もその能力もなく、同社より交付を受ける手形は直ちにこれを森脇文庫からの借入金の担保に供するほか自己の資金繰りに供するのが目的であるのにこれを秘し、「さきに割引いてある京成電鉄の昭和三九年二月二二日期日四億円の手形と同年三月一三日期日三億円の手形との合計七億円を落とす資金を今から準備しなければ間に合わない。そのうち六億円分については自分が責任をもつて手形を割引いて金を届けるから六億円の手形を割引かせて欲しい」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、同日、前記京成電鉄本社において、同社経理部職員を介して右川崎より同被告人の使者山田昭三を通じ、手形割引斡旋名下に、京成手形七通額面合計六億円(前同表番号35ないし41)の交付を受け、
2 昭和三九年二月一〇日、前記川崎千春の居宅において、同人に対し、真実は同人との従来からの約旨どおり手形を銀行で割引いてその割引金を京成電鉄に交付する意思もその能力もなく、同社より交付を受ける手形は直ちにこれを森脇文庫からの借入金の担保に供するのが目的であるのにこれを秘し、「今度は昭和三九年三月二日期日二億円の京成手形を落とす資金をつくるから、また二億円の手形を出して欲しい。自分が間違いなく割引いて来てあげる」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、同日、前記京成電鉄本社において、同社経理部職員を介して右川崎より前記山田昭三を通じ、手形割引斡旋名下に、京成手形三通額面合計二億円(前同表番号42ないし44)の交付を受け、
3 昭和三九年二月一九日、前記川崎千春の居宅において、同人に対し、真実は同人との従来からの約旨どおり手形を銀行で割引いてその割引金を京成電鉄に交付する意思もその能力もなく、同社より交付を受ける手形は直ちにこれを他で換金して森脇文庫に対する債務の返済その他自己の資金繰りに流用費消するのが目的であるのにこれを秘し、「さきに割引いてある京成電鉄の三億円の手形の期日が昭和三九年三月二一日になつているが、その決済資金のうち二億四〇〇〇万円分は同社の手形を出して貰えば自分が責任をもつて割引きすぐ届ける」などと偽りを述べ、その旨同人を誤信させたうえ、同日、前記京成電鉄本社において、同社経理部職員を介して右川崎より前記山田昭三を通じ、手形割引斡旋名下に、京成手形三通額面合計二億四〇〇〇万円(前同表番号45ないし47)の交付を受け
てそれぞれこれを騙取したものである。
第二アメレツクス関係横領事件
一 犯行に至るまでの経過
大橋は、昭和三六年暮頃、知人の紹介でアメレツクス・インターナシヨナル・コーポレイシヨン(繊維製品等の輸出入ならびに製造販売を業とする外国法人で、以下単にアメレツクスという)の取締役アレキサンダー・イー・シユベツ(同社の日本における代表者)を知るようになり、以後アメレツクスに出入りして同人との交際を深めていたが、同三八年九月頃からは資金繰りのため興亜建設振出の約束手形とアメレツクス振出の小切手とを交換するなど資金面でも深いつながりを持つようになつた。
当時、シユベツは、アメレツクスがその取引先である東京レデイメイド株式会社(代表取締役橋瓜克已、以下単に東京レデイメイドという)、かねもり商事株式会社(代表取締役森田誠吾、以下単にかねもり商事という)に対し有していた多額の債権が焦げつき、その取立てが困難な状況にあつたため、かねがね右橋瓜、森田らとその前後策を協議していたのであるが、その頃右のような事情を聞知した大橋がその調停役を引受けこれに尽力したため、同三九年四月中旬頃には関係者の間で債権債務の整理方法が一応まとまつた。そして、その頃大橋は、シユベツに対し、アメレツクスが東京レデイメイドより引渡しを受けることになつた既製紳士服等の保管を引受けるとともに、アメレツクスがかねもり商事より受取ることになつた同社振出の長期の約束手形を興亜建設振出の短期の約束手形と交換してやる旨約した。
二 罪となるべき事実
被告人大橋は、
1 昭和三九年五月中旬頃、前記のように興亜建設振出の約束手形と交換するため、シユベツよりかねもり商事振出の約束手形一〇通(額面合計九九三二万一四八〇円)の交付を受けた際、その支払の担保としてかねもり商事発行の株券二六万七〇〇〇株(払込金額一三三五万円)を受領し、これをアメレツクスのため預り保管中、同月二二日頃、前記森脇文庫において、森脇将光に対し、ほしいままに右株券のうち二六万株を同文庫に対する、原被担保債権をはるかに超える自己の債務の担保として提供交付し、もつてこれを横領し、
2 同年四月中旬頃、シユベツよりアメレツクス所有の既製紳士服一万一四九九着、同ズボン一八一三本(価格合計八七七六万九九八九円相当)の保管方を依頼され、その頃より同月下旬頃にわたりこれを興亜建設内および千葉県船橋市宮本町六丁目八五四番地所在の同社船橋営業所内に搬入し、これをアメレツクスのため預り保管中、森脇将光より森脇文庫からの借入金の返済を迫られていた折から、その返済資金等に当てようと考え、ほしいままに同年六月中旬頃、興亜建設内において、八光商事株式会社に対し右既製紳士服のうち五六五六着を金一一三一万二〇〇〇円で、さらにその頃右同所において、樫山株式会社に対し前記既製紳士服のうち五六三〇着および前記ズボンのうち一七〇〇本を合計一二五九万九〇〇〇円でそれぞれ売却し、もつて既製紳士服一万一二八六着およびズボン一七〇〇本を横領し
たものである。
第三昭和化成品・日東冶金手形詐欺、賍物故買事件
罪となるべき事実
一 被告人大橋は、昭和三九年七月一二、三日頃、前記興亜建設において、昭和化成品株式会社(以下単に昭和化成品という)常務取締役北島源吾および日東冶金株式会社(以下単に日東冶金という)常務取締役星野福松の両名に対し、真実は手形を入手したのち直ちにこれを他で換金して興亜建設振出手形の決済資金その他自己の資金繰りに流用費消するのが目的であつて、約旨どおり銀行でこれを割引いてその割引金を交付する意思もその能力もないのにこれを秘し、「東海銀行とオランダ銀行にユーロ・ダラーを導入預金したので、これを枠としてこれらの銀行で安い金利で手形を割引けるから、お宅の会社の手形を銀行金利程度で割引いてやる」などと偽りを述べ、前記北島および星野の両名をその旨誤信させたうえ、同月一六日頃、前記興亜建設において、手形割引斡旋名下に、右北島より昭和化成品振出約束手形一通額面五〇〇〇万円(前同表番号48)および右星野より日本冶金振出約束手形一通額面二〇〇〇万円(同表番号49)の各交付を受け、もつていずれもこれを騙取し、
二 被告人森脇は、同年同月一七日頃、前記森脇文庫において、大橋富重から、同人が右判示のとおり手形割引斡旋名下に騙取して来た昭和化成品および日東冶金各振出の約束手形各一通額面合計七〇〇〇万円(右番号48、49)の割引依頼を受けた際、同人が他から騙取して来た手形であるかも知れないと思いながらも敢えて右各手形を割引利息分一七三六万円および右大橋の森脇文庫に対する当時の残存債務への引当て分二四六四万円を天引きしたうえ、二八〇〇万円で割引いて右約束手形二通を取得し、もつて賍物の故買をなし
たものである。
第四節 いわゆる脱税・高金利違反事件
第一法人税法違反
罪となるべき事実
被告人森脇は、被告会社株式会社森脇文庫の代表取締役としてその業務全般を統轄しているものであるが、被告人森脇は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、受取り利息の大半を脱漏して簿外預金を設定するなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ、
一 昭和三七年二月一日より同三八年一月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が少なくとも一四億八六二七万九五五六円あつたのに拘わらず、昭和三八年三月三〇日東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地所在所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が四二五万九五二四円であつて、納付すべき法人税はない旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて被告会社の右事業年度の正規の法人税額五億六四六八万六二一〇円を逋脱し、
二 昭和三八年二月一日より同三九年一月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が少なくとも六一億二二四八万九七五九円あつたのに拘わらず、昭和三九年三月三一日前記日本橋税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が四六一万五九三三円であつて、納付すべき法人税はない旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて被告会社の右事業年度の正規の法人税額二三億二六四四万六〇八〇円を逋脱し、
三 昭和三九年二月一日より同四〇年一月三一日までの事業年度において、被告会社の実際所得金額が少なくとも一八億六三二一万三七一二円あつたのに拘わらず、昭和四〇年三月三一日前記日本橋税務署において、同税務署長に対し、欠損金額が一三二二万五一六六円であつて、納付すべき法人税はない旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて被告会社の右事業年度の正規の法人税額七億七八七万一二〇〇円を逋脱し
たものである。
(なお、修正貸借対照表は別冊第一表ないし第三表のとおりであり、税額計算書は別冊第四表のとおりである。)
第二高金利取締法違反
罪となるべき事実
被告人森脇は、前記のとおり、金銭の貸付を行なう被告会社株式会社森脇文庫の代表取締役であるところ、右被告会社の業務に関し、昭和三七年一一月一日から昭和三八年一〇月一五日までの間前後二二九回にわたり別紙第五犯罪一覧表記載のとおり、いずれも森脇文庫において、大橋富重に対し合計四〇五億四六四六万四〇〇円を貸付けるに当り、法定の一〇〇円につき一日三〇銭の割合による利息合計一八億七五九九万二一二〇円を合計二六億六五二万七〇七三円超過する合計四四億八二五一万九一九七円の利息の契約をなし、もつて出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律五条一項に違反したものである。
第二章 証拠の標目(略)
第三章 事実上および法律上の主要な争点に対する当裁判所の判断
第一節 いわゆる吹原事件について
第一項 総論
第一伊藤忠事件の事後処理の過程における被告人吹原の人物等に対する被告人森脇の認識
森脇は、本件公判を通じ一貫して、吹原との共謀にかかる本件公訴事実のすべてについて、吹原との共謀を否認し、詐欺の各公訴事実については、吹原の巧妙な虚言を真実と信じて、吹原が他から騙取してきた物件を、それと知らずに吹原との取引により善意に取得したものである旨弁解する。
そこで、森脇が、吹原を知り同人と取引を始める契機となつた伊藤忠事件の事件処理の過程(判示第一章第二節第一の一の1参照)で、吹原の伊藤忠に対する詐欺の事実を認識したか否か、吹原の人物をどう見たかということは、本件各公訴事実を通じて森脇の弁解の信憑性を評価するうえで極めて重要な意味を持つので、この点について関係証拠を検討しておくこととする。
一 被告人吹原の伊藤忠に対する詐欺についての認識
森脇は、吹原の伊藤忠事件に関し、「伊藤忠側との交渉の過程で、吹原は日興や大黒屋の悪意の行為による被害者として現われたものであり、吹原が伊藤忠を巧妙な手段で騙して株券を騙取したことは知らなかつた。伊藤忠も一流商社の体面上、あつた事実を出し措しみしながらの話であつたので事の真相もつかみ難かつた。また当時、吹原に前科があることも知らなかつた」旨供述する(<上>一冊一頁ないし一一頁ほか)。
しかしながら、当時伊藤忠の管理課長で右株券回収の折衝に当つた証人中山昭雄の供述(五<公>)によれば、同人らが芝浦製糖株券を回収するため、最初昭和三七年七月初め頃森脇と会つた際、森脇に対して右株券を含む伊藤忠所有の株券が市中に流れた経緯の概要を説明し、伊藤忠の信用問題だから芝浦製糖の株券の回収に協力してもらいたいと懇願したこと、すなわち伊藤忠が北海林産の社長である吹原との間に融資契約を結び、債務の担保という形で株券を提供したが、その株券は吹原を通じて三菱銀行銀座支店に保護預けにし、その保護預り証を受取つていたもので市中に流れる性質のものではないことを述べたこと、その際森脇がどういう契約になつているか詳しく聞きたいというので中山は日を改めて、金銭消費貸借差入証書・担保差入証その他の関係書類一切を森脇文庫に持参し、同行した北川清とともに右書類をいちいち森脇に示し説明したうえ、右書類を森脇に預けて帰つたこと、森脇との折衝の過程において、中山は森脇に対し、右融資契約に際し、吹原から、自民党の黒金代議士が北海林産の株主となつており、吹原が同代議士と相当深い関係にあり、自民党の資金の運用をまかされていると聞かされた旨話したことおよび中山が森脇に種種事情を説明したうえでこのように吹原から伊藤忠が騙された形になつている旨告げたことが認められる。
右認定の事実に、当時森脇のもとに出入りし、山野井仙也を森脇に紹介した岩久保仁が、「芝浦製糖の株券について、森脇から、これは何かおかしい、よく調べてこいといわれて、山野井仙也・斎藤福造ら関係者に会つて事情聴取のうえ、森脇に対し、吹原は三菱銀行を舞台に株券をぱくつて持つて行つて、そのなかから芝浦製糖の株を抜いて融資にまわしたためごたごたしているらしい、また吹原は政商で政治家とくつついているようだ、と報告した」旨の証言をしている(一一<公>)ことおよび森脇文庫から押収され、「昭和三七年七月三十日調、伊藤忠北海林産事件書類」という表題と関係証拠からその頃森脇において作成したものと認められる書類綴り(押六五五号)の中に、吹原が伊藤忠側に渡した保護預り証書の写その他の関係資料が綴じられている事実等を総合すると、森脇において、吹原が伊藤忠に対しその資力もないのに一〇億円もの巨額の融資をしてやると偽りを述べ、その際自民党の黒金泰美代議士や自民党筋と深い関係があることを吹聴し、自民党の資金の運用をまかされていると偽り、あたかも右巨額の融資をしてやれるかのように振舞い、担保として受取る株券は形式上のものに過ぎないのであつて、三菱銀行銀座支店に保護預けにし他に譲渡することはない旨申し欺いて、芝浦製糖を含む一四社の株券七五〇万株(約一三億円相当)を右融資の担保名下に伊藤忠から騙取した事実を、伊藤忠事件の事後処理の過程において認識したものと認定することができる。
森脇の、吹原が伊藤忠から右株券を騙取したということは当時知らなかつた旨の前記供述は、右各証拠と対比し、かつ押六四七号ないし六四九号の森脇の各著書からもうかがわれる同人の金融事業家としての永年の豊富な知識経験に徴しても、とうてい採用し難い。
もつとも、関係証拠によれば、吹原が前記斎藤福造、山野井仙也らが芝浦製糖株券につき委託の約旨に反した処分をしたとして同人らを難詰し、森脇に対し斎藤、山野井らの不当な行為による被害者として振舞い、かつ同人らを告訴すると言つていたことがうかがわれるけれども、そのことは、前段に認定した、吹原が伊藤忠に対し詐欺を働いたことを森脇において認識した事実と矛盾するものではなく、むしろ、吹原は森脇に対し、伊藤忠に対し詐欺行為をしたことを否定しなかつたが(このことは、吹原の供述からも明らかである)、同時に自分も斎藤、山野井らによつて被害を受けた被害者だと主張していたと認めるのが相当である。
森脇は、伊藤忠事件の後に吹原との間に取り交した和解契約書(押六八九号)を根拠として、吹原は斎藤、山野井らの悪意の行為による被害者であつて伊藤忠に対する詐欺の加害者でないかのように振舞つた旨主張する。なるほど、同和解契約書の記載には、吹原が芝浦製糖の株券を「確認のため」斎藤に渡した旨の文言がある。しかし、吹原が金融業者である斎藤に対し、単に株券の発行確認のためだけの目的で芝浦製糖の株券を渡したということがまず考えられないことは、同じく金融業者である森脇にとつてたやすく分かる道理であり、その文言が吹原の同株券の不当処分を繕うための体裁にすぎないことは、森脇において容易に察知できたはずである。仮りに、吹原が森脇に対し、自分が斎藤、山野井らによる被害者であつて、伊藤忠に対する加害者でないかのように言つたとしても、前段認定のように、被害者である伊藤忠側から直接吹原によつて株券を騙取された旨告知され、また自ら岩久保をしてその事実を調査させて確かめた森脇が、吹原の言うことを信用するはずはないのである。
二 被告人吹原の前科等についての認識
前記岩久保仁は、「吹原の伊藤忠事件に関し前述のように森脇から調査を命じられた当時、森脇に対し、かつて富士車輛とか志村製作所の手形詐欺事件でその犯人として吹原の名前が新聞に出ていたことなどを話した」旨証言している(一一<公>)。これに、森脇が自ら「昭和三十七年七月三十日調、北海林産、伊藤忠事件書類綴」と表題をつけた綴(前掲押六五五号)の中のメモに「社長吹原(前科あり、一年程前に東京警視庁に入つたばかりの男)」との記載が存在する事実を合わせ考えると、森脇が昭和三七年七月当時において、既に吹原に詐欺の前科、前歴があることを調査して知つていた事実を認めるに十分である。
森脇は、右メモについて、吹原が逮捕された後である昭和四〇年四月下旬頃、たまたま森脇文庫に来た人(その名は挙げない)が書いてくれたものであると供述し(<上>一六冊)、証人森脇肇は右にそう供述をしている(一六〇<公>)けれども、これらの供述は、以下の諸点に照らし、とうてい信用し難い。
1 右押六五五号綴りの中に綴られている封筒、書類の日付はいずれも、同綴りの表題にある昭和三七年七月三〇日以前のものである。
2 メモの内容として「社長吹原(前科あり、一年程前に東京警視庁に入つたばかりの男)」とあるところ、森脇の供述するように昭和四〇年四月下旬頃、森脇文庫に来た者が書いたとすれば、文理上吹原が昭和三九年に警視庁に逮捕されたことになるが、関係証拠によれば、昭和三九年当時森脇は吹原と継続的に取引を重ねており、そのような事実のないことをよく知つているのである。
ところで、警視庁刑事局鑑識課長作成の吹原に関する45・11・6<指>によれば、吹原は昭和三六年二月二三日警視庁本富士警察署に検挙された犯歴があり、右メモが昭和三七年七月頃書かれたと見れば、その「一年程前に東京警視庁に入つたばかり」という記載と時期的に符合する。
3 右メモは、日本テレビの番組解説の裏面に記載されているが、同番組解説は、同社の社員である手島宗太郎の供述(45・1・23<検>)によれば、同社が昭和三七年六月三〇日に発行したものである。なお、押六五五号の綴りの中には、同じく日本テレビの番組解説の裏面がメモ用紙として使われているのが他に五枚存するが、これらはいずれも、昭和三七年七月以前に発行されたものである(右手島<検>)。
第二いわゆるバツクについて
一 吹原は、森脇との取引の過程を通じて、森脇から、同人が主宰する森脇文庫に資金を提供しているバツク(金主)がいると聞かされ、真実森脇のいうようにバツクが存在するものと信じていた旨供述しているが、果して森脇が吹原に対しバツクの存在を仮装していた(森脇に、当時バツクが存在しなかつたことは、関係証拠上明白である)かどうか、その真偽は、森脇との共謀を認める吹原の自白の信憑性、従つてまた、森脇と吹原との共謀の有無を判定するうえにおいて、かなり重要な点でもあるので、ここで、右の点について考察しておく。
二 まず、森脇が吹原から徴取した昭和三九年六月一日付和解契約書(押五四号)中に、「背景に対し立場に窮するので」という文言が存するのであるが、このことは、吹原の「しばしば森脇からバツクにかこつけて書類を作成させられた」旨の供述(<上>(一)、40・6・25<検>ほか)を裏づける。また関係証拠上森脇が作成したと認められる誓約書原稿(押六五八号)にも、「今般貴殿振出手形金 也に就いては拙者及拙者の背景の一人だけの間に取り運んだもので……」なる記載が存するのである。
さらに、証人山崎一芳の証言(一六四<公>)によれば、同人との取引に際しても、森脇が同人に対しバツクに藉口しバツクに見せるためだけだからと称して和解調書を作成させた事実がうかがわれる。
三 森脇の40・5・14<検>、40・5・27<検>によれば、同人は、バツクは存在しなかつたがバツクに見せるからといつて吹原から黒金念書等の書類を徴したことを自認している。この点について、森脇は公判廷において、そのような供述をしたことがないと弁解している(<上>一四冊)けれども、証人飯島宏の証言(一七六<公>)に照らし、とうてい右弁解は採用し難い。
四 以上によれば、森脇が、吹原との取引を自己に有利に取り運ぶための手段として、自己の背後にある金主の意味における「バツク」または「背景」の存在を仮装し、バツクの要求を口実として吹原から念書等の書類を徴取したりしていたことをうかがうに十分であり、この点に関する吹原の捜査段階および公判における各供述は、信憑性があるといわなければならない。
第三証人森脇肇の証言について
なお、証人森脇肇は、昭和四一年五月二六日の第二七回公判期日以来一八回にわたつて証人として出頭し、当初はともかく、同四三年九月二五日の第一〇五回公判期日以来一七回にわたり、吹原・森脇両被告人間の取引に関し、被告人森脇の公判廷における供述と同趣旨の証言をし、その記憶の根拠については、右両被告人間の取引には同三八年七月末頃より立ち会うようになり、その面前で振替伝票を作成しているので、その立ち会つた時の事情はよく記憶している旨供述している。
しかしながら、同人および右両被告人の検察官に対する各供述調書や被告人吹原との間の全取引につきその状況を詳細に述べた被告人森脇の上申書には、右森脇肇が両被告人の取引に立ち会つていたことをうかがわせるような記載はなく、このような事実と、証人松田節((大)一〇三<公>引用分)、同平本一方((大)一〇四・一〇七<公>各引用分)、同伊坂重昭((大)一〇五<公>引用分)、同久保肇((大)一〇六<公>引用分)の各証言ならびに被告人吹原の公判廷における各供述を総合すれば、森脇肇が両被告人間の取引に立ち会つていなかつたことは明らかであり、この点において既に森脇肇の各証言は信用し難いのであるが、さらに、同人が被告人森脇の実子であること、同人の公判廷において証言するに至つた(一〇五<公>以降)いきさつが不自然であること、両被告人間の取引に関する証言内容も詳細な点に至るまで明確にすぎるなど不自然な点が多いこと、などの諸点からみて、右各証言の信用し難いことは明らかであるといわなければならない。従つて、ここで右証言内容に立ち入り詳細に論ずる要をみないので、右証言についての検討は以上にとどめることとする。
第二項 各論(略)
第一被告人吹原、同森脇の三菱銀行長原支店に対する詐欺関係(略)
九 結論
以上詳細に分析検討したところを総括すれば、次のようになる。
すなわち、森脇の弁解は、本件三菱長原発行の玉田善利・大川忠志名義の各通知預金は、総裁選資金名目の各貸付金合計二五億円の残一五億円と大和通知分一五億円総計三〇億円の返済として受領した大和京橋預手三〇億円をもつてしたものであるというのであつた。
ところが、総裁選分貸付合計二五億円なるものは、実際は総裁選挙と何ら関係がなく、総裁選挙資金を仮装したにすぎないもので、森脇自身そのことを知つていたどころか、森脇が吹原をして黒金名義の念書その他の書類を偽造させるなどして総裁選資金のための貸付金を仮装したとみられるのである。従つて、吹原が昭和三九年九月二九日に、総裁選資金残一五億円の弁済として三〇億円の大和預手を持つてくるということもありえないことになり、本件三菱長原の通知預金証書取得の経過に関する森脇の弁解中総裁選分に関する部分は崩れ去るのである。
次に、大和通知分貸付金一五億円についても、その実体は、森脇において、吹原が預手交換の過程で大和京橋から資金の裏づけなしに預手を引き出す際、同支店に差入れた他手決済の資金としてその情を知りながら同人に貸付けたものであつて、森脇が右貸付金を預金することによつてできたと主張する大和京橋の山田・飯塚名義の各七億五〇〇〇万円の通知預金証書は、森脇が吹原をして現実に預金をしないで引き出させたものと認められ、従つて、右各通知預金の関係の返済分一五億円を、総裁選分残一五億円の返済金と合わせて三〇億円の大和京橋預手で吹原から受領した旨の森脇の弁解も成立する余地がない。
かくて、森脇が本件三菱長原の玉田・大川名義の各通知預金の資金としたと主張する大和京橋の預手三〇億円の取得について、森脇において合理的説明がつかなくなり、かえつて、前述のように吹原の供述ならびにこれを裏づける諸般の情況を綜合すると、森脇は、右大和京橋の預手三〇億円が吹原が他手により資金の裏づけなく大和京橋から引き出してきたものであることを知悉して取得したものと認めるに十分である。
そうだとすると、森脇は、大和京橋の預手三〇億円が資金の裏づけのないものであることを知悉しながら、吹原をして同預手により三菱長原から、玉田・大川名義の各通知預金証書を入手させたことになる。
森脇の詐欺の犯意と共謀は明白であるといわなければならない。
第二手形詐欺関係(略)
第三その他の弁護人の主張について
第二節 いわゆる大橋事件について(略)
第一被告人大橋、同森脇の検察官調書の証拠能力(略)
第二柏井土地買収関係(略)
第三京成電鉄株式買取り関係(略)
第四手形割引関係(略)
第五アメレツクス関係(略)
第六昭和化成品・日東冶金手形割引関係(略)
第三節 いわゆる脱税・高金利違反事件について
第一項 法人税法違反
森脇文庫がいわゆる公表と裏の二重の伝票あるいは帳簿類を用い、または簿外預金を設定するなどの方法により、その受取利息等を正規の帳簿に記載せず多額の簿外貸付金、簿外預金等いわゆる簿外資産を蓄積しながらこれを秘匿し、本件各起訴年度末に所轄京橋税務署長に対し、いずれも欠損の申告をして、それぞれ法人税を免れていた各事実は、被告人森脇もこれを争わないところであるが、その逋脱額についてはこれを争い、弁護人もこの点を争つているので、以下弁護人の主張に対し、修正貸借対照表の各勘定科目を中心として、当裁判所の判断を示す。
第一不法原因給付について
弁護人は、被告人森脇が本件一般刑事事件で有罪であることを前提とすれば、森脇文庫の吹原および大橋に対する各貸付金は、その契約の成立にあたつて両名に詐欺犯罪等を実行させる目的で給付したものであり不法原因給付ということになるが、この場合は右各貸付金の交付は法律上返還を請求しえないことが明らかであるから、税法上においてもこれを被告会社の資産に計上し課税対象とすることは許されないものである、と主張する。要するに、森脇が本件一般刑事事件において無罪である場合のみ右貸付金債権は有効なものとして被告会社の資産と認むべきものであると主張するもののごとくである。
しかしながら、本件一般刑事事件において、森脇は前記第一章において認定したように有罪ではあるが(後記第五章に示すように一部無罪部分はあるが)、本件各貸付金は関係証拠によれば、個個の具体的犯罪の実行を目的として交付されたものではないことが認められるので、弁護人の主張はその前提を欠き採用できない。
第二利息制限法による制限超過利息について
一 弁護人の主張の要旨
被告会社の本件各期末貸付分中には法定の制限利率超過利息(遅延損害金も含む。以下同じ)が含まれているが、右制限利率を超えた部分は、元来法律上無効であつて、これを請求することはできず、かつそれを現実に受領しても民法四九一条により残存元本に充当される。従つて違法な法定制限利率超過利息を受領し、または利息支払がない場合その額を新たな貸付金として元本に加算または別個の新債権として計上することはできないはずである。結局法律上無効なこのような違法な利益を税務計算上益金として所得に計上することは、国が違法行為を公認する結果となり不当である。
右に述べたとおり、契約上の法定制限利率超過利息部分は、未収の場合新たな債権とはなり得ず、既収の場合は遡つてその都度当然に残存元本に充当され元本額は逐次減少すべきものであり、また未収利息を新たな債権として処理した場合はその制限超過部分において無効であるから、いずれも遡つて削除減額のうえ各期末の貸付金額を計算すべきである。
二 当裁判所の判断
消費者金融あるいは少額の商業金融、生産者金融等において、貸金業者による利息制限法違反の高金利契約が世上後を断たないことは、その社会的、現実的功罪についての論議はさておき、公知の事実といえる。そして、このような高金利契約において、債務者は自衛上やむをえず法の保護を放棄して約定どおりの高金利を支払い、あるいは支払いえない場合その利息額を元本に加えられつつ取引を継続することも多い。法はこれらの事象まで禁遏するものではなく、それはいわば法の放任行為たらざるをえない。もつとも、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下単に高金利取締法ともいう)は、日歩三〇銭を超える極端な高金利契約については、刑罰による規制を加えているが、この場合であつても、債務者において、いわゆる不渡り、あるいは倒産を免れるなど自衛上、ことのあらわれるまで、あるいは何らかの事情によりその窮状を脱するまで、その打算に基づき法の保護を放棄して違法な利息を支払い続け、債権者に経済上の利益を収受させている事実が往々にして見受けられるのである。
ところで、法人税法(所得税法の場合も同様である)は、納税義務者の担税力に応じた公平な租税負担の分配を意図し、極めて包括的な所得概念を採用している。そして、課税対象たる所得は、事実上の経済的利益の発生という角度から把握されているのである。従つて、経済的利益の発生原因が、当事者の契約に基づく場合、その契約が客観的な私法の適用評価の面から違法無効とされる性質のものであつても、たとえば法定制限利率超過利息の徴収を内容とする貸金契約において、当事者がこれを有効として取り扱い、すなわち債務者は違法な法定制限利率超過利息を支払い、債権者は元本充当計算をせず、依然として従来どおりの元本が存在するものとして取り扱い、結局納税義務者が、該契約の事実上の効果として経済的利益を享受するにいたる場合(既収利息の場合はその典型である)には、その経済的利益をもつてこれを当該年度中の資産の増加として、所得に算入すべきものと解すべきは当然である。従つて、この点に関する弁護人の主張は採用し難い。
次に制限利率超過の利息(遅延損害金も含む。以下同じ)中、未収部分が、課税対象たる所得を構成するかどうかであるが、この点については、前述のような課税上の所得として実現しているか否かは、その所得の生じた法律的、形式的評価により判断されるべきではなく、実現された経済的効果に即して判断せらるべきであるとの観点からすれば、法定制限利率を超過し、その部分が私法上無効とされるにせよ、当事者双方がこれを事実上有効なものとして取り扱い、その任意の支払が事実上期待しうるような場合には、当該利息債権は未収の場合であつても所得を構成するものと解するのが当然であるとも考えられる。
このような解釈は、私法取引上における強行規定を無視するものでもなければ、違法行為を容認するものでもない。そしてもし利息制限法または高金利取締法違反の利息契約について、当事者間に争いを生じ、制限内利息に変更する合意がなされるなどの事実が発生した場合、あるいは債務者より制限超過利息に関する訴の提起など制限超過部分が納税者にとつて、経済的利益として期待しえないような状況が発生した場合、これら制限超過部分は、当該事業年度における所得性を欠くに至るのであつて、この場合はその事実が発生した日の属する事業年度において、納税者の税法上の損金に計上されるのである。
しかしながら、この点については、未収利息中制限利率超過部分は、その支払いのあるのが常態であるとする論証のないかぎり、所得を構成しないとの最高裁判所の判決(昭和四六年一一月九日および同月一六日)もあることなので、当裁判所もこれに従うこととする。従つてこの点に関する弁護人の主張は理由がある。
なお、未収利息債権中、法定制限利率以内の利息が所得を構成するものであることは明らかであるが、この点については、当裁判所において、前記最高裁判所の判決があるまで、前述のような理由から、制限利率超過の未収利息も所得を構成するものであるとの見解をとつてきた事情もあつて、現段階において、制限利率以内の利息額を算出するとなれば、森脇文庫の取引量に徴し、その金利計算は事実上甚だしく複雑困難であつて、かなりの日月を要することは明らかであり、かつ貸付金の一部については、起訴事業年度前より取引が開始されているのに、その取引を記帳した貸付元帳ならびに伝票等が存在しないので、未収利息を制限利率内と超過分に区分算出することが不可能のものがあり、また貸付金の算出可能な部分についても、被告会社の貸付利率ならびに貸付方法などに徴し、法定制限内利息として残る金額は零または、極めて僅かな額であると推認され、量刑に影響をおよぼす程度にいたらぬものと認められるので、未収利息は一切所得より除外し、森脇文庫の本件各期末の所得額を算出することとする。
第三期末現金および預金について(略)
第四期末貸付金について(略)
第五不動産について(略)
第六借入金について(略)
第二項 高金利取締法違反(略)
第一投資契約であるとの主張について(略)
第二仮受金の主張について(略)
第三新規貸付の法定元本額(貸付名目額)について(略)
第四切替の法定元本額について(略)
第五重複計上の主張について(略)
第四章 法令の適用
第一主刑・未決勾留日数の通算・換刑処分・執行猶予
一 被告人吹原弘宣について
判示第一章第二節第一の二、第四の二の1の(一)ないし(三)、2の(一)、(二)、3の(一)、(二)、4および5の各所為はいずれも刑法六〇条、二四六条一項、第三の一の1ないし5および二の1の(一)ないし(四)の各所為はいずれも同法六〇条、一五九条一項に、第三の二の2の各所為はいずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、第五の二の1の各所為および2の各所為はいずれも同法六五条一項、六〇条、商法四八六条一項に、第六の二の所為および第七の二の2の詐欺の所為はいずれも刑法二四六条一項に、第七の二の1の(一)ないし(四)および(六)の各所為はいずれも同法一五九条一項に、第七の二の1の(五)の所為は同法一六二条一項に、第七の二の2の偽造私文書行使の各所為はいずれも同法一六一条一項、一五九条一項に、第七の二の2の偽造有価証券行使の所為は同法一六三条一項にそれぞれ該当するところ、第三の二の2の偽造私文書の一括行使は一個の行為で四個の罪名に触れる場合であり、1の(一)ないし(四)の私文書の各偽造とその右各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上の一罪として犯情の最も重い2の昭和三九年一一月二〇日付偽造私文書(1の(四))行使罪の刑で、また第七の二の2の偽造私文書および偽造有価証券の一括行使は一個の行為で六個の罪名に触れる場合であり、1の(一)ないし(六)の私文書および有価証券の各偽造とその右各行使と2の詐欺との間にはそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い偽造有価証券行使罪の刑でそれぞれ処断することとし、第五の二の1の各罪および2の各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択する。
なお、同被告人は、昭和四〇年一月二八日東京地方裁判所で詐欺および横領の各罪により懲役三年、執行猶予五年間に処せられ、右裁判は同年二月一二日確定したものであつて、この事実は同被告人の前科調書によつて認められるのであるが、同法四五条前段および後段によれば、第一の二、第三の一の1ないし5、第四の二の1の(一)ないし(三)、2の(一)、(二)、3の(一)、(二)、4、第五の二の1(各所為)、2(各所為)、第六の二、第七の二の2の偽造有価証券行使の各罪(以下単にIの各罪という。)と右確定裁判のあつた各罪とは併合罪であり、第三の二の2の昭和三九年一一月二〇日付偽造私文書行使、第四の二の5の各罪(以下単にIIの各罪という。)はこれとは別個の併合罪の関係に立つ。よつて、同法五〇条によりまだ裁判を経ない右Iの各罪につき処断することとし、同法四七条本文、一〇条により最も重い第七の二の2の偽造有価証券行使の罪の刑に法定の加重をし、IIの各罪についても同法四七条本文、一〇条により重い第四の二の5の罪の刑に法定の加重をし(ただし、短期は第三の二の2の昭和三九年一一月二〇日付偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)、右の各刑期の範囲内で同被告人を前記確定裁判前に犯した各罪(ただし、第三の二の1の(一)ないし(四)の各罪を除く。)につき懲役八年に、右確定裁判後に犯した各罪(ただし、第三の二の1の(一)ないし(四)の各罪を含む。)につき懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち一二〇日を右確定裁判前に犯した各罪についての刑に算入することとする。
二 被告人森脇将光について
判示第一章第二節第一の二、第四の二の1の(一)ないし(三)、2の(一)、(二)、3の(一)、(二)、4、5および第三節第一の三の各所為はいずれも刑法六〇条、二四六条一項に、第二節第二の二の1の所為は同法二五〇条、二四九条一項に、同節第三の一の1ないし5および二の1の(一)ないし(四)の各所為はいずれも同法六〇条、一五九条一項に、同節第三の二の2の各所為はいずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、第三節第三の二の所為は同法二五六条二項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、第四節第一の一ないし三の各所為はいずれも昭和四〇年法律三四号附則一九条により同法による改正前の法人税法四八条一項に、同節第二の各所為はいずれも出資の受人、預り金及び金利等の取締等に関する法律五条一項にそれぞれ該当するところ、第二節第三の二の2の偽造私文書の一括行使は一個の行為で四個の罪名に触れる場合であり、1の(一)ないし(四)の私文書の各偽造とその右各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項前段、後段、一〇条により結局以上を一罪として犯情の最も重い2の昭和三九年一一月二〇日付偽造私文書(1の(四))行使罪の刑で処断することとし、第四節第一の一ないし三、第二(各所為)の各罪につき、各所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑とを併科する(なお、右第一の一ないし三の各罪については前記法人税法四八条二項を適用する。)こととし、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い第二節第二の二の1の罪の刑に法定の加重をし(ただし、短期は同節第三の二の2の昭和三九年一一月二〇日付偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、同条二項により第三節第三の二、第四節第一の一ないし三、第二(各所為)の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で同被告人を懲役一二年および罰金四億円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二四〇日を右の懲役刑に算入することとし、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金六〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
三 被告人平本一方について
判示第一章第二節第二の二の2の所為は刑法六二条一項、二五〇条、二四九条一項に該当するところ、右は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。
四 被告人東郷隆次郎について
判示第一章第二節第五の二の1の各所為および2の各所為はいずれも刑法六〇条、商法四八六条一項に該当するところ、右所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い2の別紙第二犯罪一覧表(二)番号35の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。
五 被告人木村元について
判示第一章第二節第五の二の2の各所為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、商法四八六条一項に該当するところ、右所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い2の別紙第二犯罪一覧表(二)番号35の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。
六 被告人大橋富重について
判示第一章第三節第一の二の2、三、四、五の1ないし3の各所為ならびに第三の一の北島源吾および星野福松に対する各所為はいずれも刑法二四六条一項(三の所為については、なお六〇条)に、第二の二の1および2の各所為はいずれも同法二五二条一項(2の所為は包括して)にそれぞれ該当するところ、第三の一の各所為は一個で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い北島源吾に対する詐欺罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い第一の三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役六年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右の刑に算入することとする。
七 被告会社株式会社森脇文庫について
判示第一章第四節第一の一ないし三の各所為はいずれも昭和四〇年法律三四号附則一九条により同法による改正前の法人税法四八条一項、五一条一項に、第二の各所為はいずれも出資の受人、預り金及び金利等の取締等に関する法律五条一項、一三条一項にそれぞれ該当するが、右第一の一ないし三の各罪所定の罰金額については、前記法人税法四八条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告会社を罰金五億円に処することとする。
第二没収
押収してある「証」一通(昭和四〇年押一八五五号の50)、「証」一通(同号の55)、「証」一通(同号の56)、誓約念書一通(同号の57)、念書一通(同号の58)、念書一通(同号の59)、念書一通(同号の82)、誓約念書一通(同号の83)、「証」一通(同号の86)、融資申込書一通(同号の191)、債務弁済契約公正証書作成委任状一通(同号の192)はいずれも判示各私文書偽造の、約束手形一通(同号の196)は判示有価証券偽造の、各犯罪行為より生じた物で、いずれもなんびとの所有をも許さないものであるから、刑法一九条一項三号、二項を各適用して、融資申込書、債務弁済契約公正証書作成委任状、約束手形各一通は被告人吹原から、その余はいずれも被告人吹原、同森脇両名から、それぞれ没収する。
第三被害者還付
押収してある通知預金証書一通(前同号の69)は判示第一章第二節第一の二の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者株式会社三菱銀行に還付する。
第四訴訟費用
訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文(連帯負担については、なお一八二条)を適用して、別紙第六訴訟費用負担一覧表記載のとおり、これを各被告人にそれぞれ負担させることとする。
第五量刑の事情
一 被告人森脇について
いわゆる吹原事件においては、かつて造船疑獄事件、千葉銀行事件等にもみるように、政界の事情にも詳しく、かつ金融業界の実状、表裏にも通暁した森脇が、伊藤忠商事に対する詐欺事件において、吹原の前科やその非凡な詐欺的手腕を知り、これに着目して、同人に対する高利貸付により債権額を増大させ、常に自己を善意の第三者の立場におくための周到緻密な計画のもとに、漸次巨額となつた吹原に対する貸付債権を、銀行、大会社、知名人などに肩代りさせ、これを回収しようと図つたものということができる。
右のうち銀行による肩代りは、吹原に対する貸付を黒金泰美名義の偽造念書等により自民党と結びつけ、同党の銀行に対する圧力を利用しようと計画し、吹原を実行行為者として、大和京橋を利用したいわゆる預手交換に始まり、三菱長原の通知預金証書二通額面合計三〇億円を騙取するに至り、遂に三菱銀行恐喝未遂の犯行に及んだのであつて、その飽くことを知らぬ金銭欲達成のための、手段を選ばぬ権謀は、吹原の巧妙な詐欺技術と相まつて、かくも被害を巨大にしたものということができる。
ことに政界の圧力利用の点についていえば、当時の自民党総裁選挙等について、黒金を介して巨億の資金が自民党池田派領袖に貸付けられていたかのように一旦世上に喧伝されれば、ことの真偽の究明には相当の日時を要し、その間当時の池田内閣の命脈を左右するような事態発生の虞れの大きかつたことは、黒金証言をまつまでもなく明らかなところであり、その悪性は重大であるといわなければならない。
いわゆる大橋事件においては、大橋の京成電鉄に対する立場を認識利用し、いわゆる「バツク」を口実として、大橋に同社約束手形の偽造を示唆し、これに応じて京成電鉄の約束手形を偽造した大橋より右偽造手形を入手するや、同人の右偽造行為の弱点を種として、同人に真正な京成電鉄手形騙取を敢行させ、大橋に対する回収困難な巨額の貸付金の一部回収を計つたものであつて、森脇一流の悪質犯行といわなければならない。
次に法人税法違反については、いわゆる裏帳簿、裏伝票を使用して、本件起訴年度の三年間にわたり、巨額の課税所得を秘匿し、毎年赤字申告をしていたもので、納税意欲は皆無である。将来吹原、大橋らより、利息制限法違反の超過利息の既払分について、元本充当計算が争われる場合、被告会社の課税所得としての貸付金が相当多額に減少するであろうことは予想されるが(勿論その年度の損金計上により救済は受ける)、本件起訴各年度のそれぞれの期末においての法人税逋脱金額は判示のとおり巨額であつて、悪質な法人税逋脱犯の典型といえる。
また高金利取締法違反については、いずれも東京地方裁判所において、(1)昭和三四年七月三一日同法違反により懲役一年六月(三年間執行猶予)および罰金一〇〇〇万円(控訴取下げにより同三六年五月一八日確定)に、(2)同四〇年四月二二日、同じく同法違反により罰金一五〇〇万円(上告棄却により同四三年四月二七日確定)に、それぞれ処せられながら、大橋に対し「投資契約」なる名目のもとに、判示のとおり多数回にわたり、大体一〇日に一割の超高利の貸付契約をなしたもので、本件は同一罪名による三回目の違反行為であつて、厳罰をもつて反省を促す以外の方法はない。
森脇はまた公判廷においては、吹原、大橋関係ともに、単に犯意を否認するにとどまらず、自己を全く善意の善人とするような供述に終始し、さらに自己の主張を正当化するため事実を創作捏造し、特別な身分関係にある者ないしは取引上など利害関係ある多数の証人に、偽証工作の存在を疑わせるような供述をさせるなどの挙に出ており、他にあまり類例をみない訴訟活動に終始し、その間反省改悟の情は全く認められない。
以上述べたとおり、各犯罪について被害金額が莫大であるのみでなく、自己の飽くなき金銭欲追求のため、手段を選ばず犯行を繰り返したこと、さらには政党不信の論議まで巻き起こさせた社会的影響ならびに各被害者に与えた財産的あるいは精神的苦悩等の損害はまことに量り知れないものであり、老令である点は斟酌するとしても、その責任は重大である。
二 被告人吹原について
吹原には、(1)黒金泰美より受けた個人的信頼を裏切り、実印まで預けられた機会を悪用し、自己の事業欲のため黒金ならびに自民党に対し、国民の政治不信を生ぜしめたこと、(2)前途有為の銀行員を、その独特の巧みな詐欺的言動により眩惑し共謀に引き入れ、長期にわたり巨額のいわゆる預手交換をなした事情、(3)既に無効確認書を差入れた判示三菱長原支店発行の通知預金証書(一〇億円のもの一通)を、有効なもののように装つて担保とし、黒金名義文書と約束手形(額面二億円のもの一通)類を偽造行使して、平和相互銀行関係者を欺罔して、同行振出の日銀小切手額面二億円一通を騙取した状況、(4)ことに伊藤忠商事よりの株券騙取の巧妙さには、まつたく端倪を許さざるものがあることなど悪質な事情が多い。
吹原は、森脇との共謀犯行においては、主導権は専ら森脇にあり、その責の大半は同人の負うべきものである旨主張するもののようであるが、必ずしもしかりとは断じ難い事情も認められ、自ら実行行為者となり巧妙な詐欺手段を弄し、本件各被害を惹起した責任は極めて重い。
加うるに吹原には、昭和四〇年一月二八日東京地方裁判所において、詐欺横領罪により懲役三年、執行猶予五年間に処せられた前歴もある。
以上を総合して考えると、吹原の罪責もまた森脇におけると同様極めて重く評価せらるべきである。
三 被告人大橋について
大橋は京成電鉄社長川崎千春より、同社の資金繰りに参画するまでの信頼を受けたにも拘わらず、これに背き、同社の土地買収や資金繰りに協力する間、土地関係においては自ら偽造した売主の領収書を、株式買収関係においては虚偽の清算書を、手形割引関係においては、実行の意思のない割引先銀行メモなどを右川崎をはじめ京成電鉄側に示すなどして、関係者を欺罔し続けた点など、その犯行はまことに悪質であるといわなければならない。しかしながら、同社幹部にも、会社経営上の慎重さなどにおいて三思反省すべき点なしとせず、この点は大橋の情状として考慮した。
四 被告人平本について
平本は、森脇、吹原共謀による市村清よりの約束手形騙取の点につき無罪であり、また三菱銀行恐喝未遂の点につき共同正犯ではなく幇助犯としてその罪責を問われるものであるが、右事案のみであつてもその性質と内容に鑑み、検察官の求刑を減ずべき理由はない。しかしながら、平本はもと森脇文庫の役員であり、既に廃刊となつた森脇文庫発行の週刊スリラーの編集責任者として、当時森脇より受けた知遇に感謝し、同人を師とも仰いでいた事情にあり、公判廷における「森脇さんに晩節を全うさせてやりたいと思つていた」旨の平本の供述は必ずしも虚偽ではないと認められる。本件犯行についても前もつて約束があつたわけではなく、たまたま判示のような事情で三菱銀行に森脇と同行したもので、当時三菱長原通知預金証書に関する森脇・吹原間の事情を知悉していたわけではなく、自己の犯罪として恐喝を行う積極的意思があつたとも認められず、犯行関与の程度も具体的には判示の程度にすぎない。この点の情状は斟酌せらるべきである。
五 被告人東郷および木村について
本件犯行の回数は極めて多く、また金額もまことに巨額であつて、被告人両名の責任は重大である。しかしながら、大和銀行行員としての同行に対する利己的功名心はあつたにせよ、吹原の巧言に惑わされ、同銀行に対し、他手と引換える預手金額と同額の損害発生の危険を認識しながらも、一面吹原の利益をはかり、同時に大和銀行の資金ポジシヨン改善に役立つことを祈念しつつ、本件犯行にでたものと認められ、個人的金銭欲に基づく犯行ではなく、かつ銀行に名誉、信用上の損害は残つたが、幸いにして金銭的実害の発生を免れた点などを斟酌考慮した。
第五章 本件公訴事実中の無罪部分について
第一公訴事実の要旨
被告人吹原、同平本、同森脇および被告会社森脇文庫の各無罪部分の公訴事実は要旨次のとおりである。
一 昭和四〇年七月一九日付起訴状記載の公訴事実第二の(一)(吹原関係分)
「被告人吹原、同森脇、同平本は、共謀のうえ、昭和四〇年三月二〇日、東京都千代田区丸の内所在の三菱銀行本店において、同行の山科元らに対し、被告人森脇、同平本において、預金の裏づけのない通知預金証書(額面二〇億円)に基づきその支払を求め、もしこれに応じなければ右証書を発行した同行の失態を公表し、その責任を追求して同行の信用を著しく毀損しかねない態度を示して脅迫し、同行から右額面相当額の金員を喝取しようとしたが、その支払を拒絶されたためその目的を遂げるに至らなかつた。」
二 昭和四〇年八月一四日付起訴状記載の公訴事実第三(平本関係分)
「被告人吹原、同森脇、同平本は、共謀のうえ、昭和四〇年二月上旬頃、被告人吹原において、東京都大田区馬込町所在の株式会社リコーおよび吹原産業などにおいて、市村清らに対し、その意思や能力もないのに、約束手形六億円分を出してくれれば銀行融資三億円の斡旋をしてやる旨偽りを述べ、その旨市村を誤信させ、よつて、同人より、同月二〇日頃と同月二二日頃の二回にわたり、いずれも吹原産業において、株式会社三愛、市村清共同振出の約束手形合計六通(額面合計六億円)の交付を受けてこれを騙取した。」
三 昭和四一年三月一九日付起訴状記載の公訴事実第三の一(森脇関係分)
「被告人森脇、同大橋は、共謀のうえ、昭和三九年二月八日頃、川崎千春の居宅において、被告人大橋より川崎に対し、約旨どおり当該手形の割引金を交付する意思は全くないのにこれを秘し、銀行で手形を割引いて来てやる旨偽りを述べ、その旨同人を誤信させ、よつて、同日頃京成電鉄本社において、同人より手形割引斡旋名下に京成手形七通額面合計六億円の交付を受けてこれを騙取した。」
四 同公訴事実第三の二(森脇関係分)
「被告人森脇、同大橋は、共謀のうえ、昭和三九年二月一〇日頃、川崎千春の居宅において、被告人大橋より川崎に対し、約旨どおり当該手形の割引金を交付する意思は全くないのにこれを秘し、銀行で手形を割引いて来てやる旨偽りを述べ、その旨同人を誤信させ、よつて、同日頃京成電鉄本社において、同人より手形割引斡旋名下に京成手形三通額面合計二億円の交付を受けてこれを騙取した。」
五 昭和四〇年七月七日付起訴状記載の公訴事実第二の別紙貸付一覧表番号一二三(森脇および森脇文庫関係分)
「被告人森脇は、金銭の貸付を行う被告会社の代表取締役であるところ、右被告会社の業務に関し、昭和三八年三月二八日、被告会社において、大橋富重に対し三〇〇〇万円を貸付けるに当り、法定の一〇〇円につき一日三〇銭の割合による利息一三五万円を一六八万五〇二〇円こえる三〇三万五〇二〇円の利息の契約をなした。」
第二当裁判所の判断
被告人吹原、同平本、同森脇および被告会社森脇文庫の右各公訴事実についての無罪理由は次のとおりである。
一 前記第一の一の公訴事実について
関係証拠によると、前記第一章第二節第二の二において判示したように、昭和四〇年三月二〇日、三菱銀行本店において、森脇が、預金の裏づけのない通知預金証書(額面二〇億円)に基づきその支払を求め、脅迫的言辞を弄して同行より金員を喝取しようとしたが、その支払を拒絶されたためその目的を遂げるに至らなかつたこと、その際、平本が、その場に同席し、森脇の発言を肯定する言動を示して右犯行を容易ならしめ、これを幇助したこと、は明らかである。
しかしながら、吹原が、森脇らと共謀のうえ右犯行をなしたとの点については、次に述べるように、これを断定するに足りる証拠はないといわなければならない。すなわち、
吹原は、前記第一章第二節第一の二において判示したように、森脇と共謀のうえ、三菱長原より前記通知預金証書を騙取したのであるが、まず、右騙取後において、本件犯行についての共謀がなされたと認めうるような形跡のないことは明らかである。そこで次に、右騙取時ないしそれ以前の時点において、共謀の事実が存したかどうかについて検討してみるに、吹原、森脇が、右通知預金証書を騙取するに至つた直接の動機は、森脇の真意はともかくとして、前記第一章第二節第一の二の1において判示したように、「バツクを納得させる」ことにあつたのであつて、三菱銀行より金員を喝取することにあつたのではない。そして、右預金証書の騙取に至るまでのいきさつからすれば、吹原において、森脇の喝取の意図を察知し、場合によつては、森脇が三菱銀行に対し、右預金証書をたてに金員を喝取するかもしれないとの危惧を抱いたことは否めないが、他面、吹原において、右騙取の際、万一の場合に備えて、森脇より右預金証書の届出印として使用すべく渡された印鑑とは別の、自己の用意した印鑑を用いてひそかに印鑑届をなし、預金証書の所持人である森脇本人と該証書とのつながりを予め遮断しておいたこと(以上関係証拠によつて明らかである)からもうかがわれるように、森脇の意図の実現を阻止すべく工作していたのであつて、かかる事実に鑑みれば、当時、吹原において、金員喝取という恐喝罪の結果の発生を認容ないし是認していたものと断定することは困難である。このことは、森脇が吹原に何らの連絡もなく、突如として、平本を伴い三菱本店に赴き、本件犯行に及んだことからもうかがうことができる。
なお、この点に関する吹原の供述(40・5・26<検>その他)は、以上の事実に徴し、にわかに措信し難く、他に吹原の本件犯行についての故意を認定しうるに足りる証拠もない。
以上のとおりであつて、本件犯行についての吹原の故意、従つてまた吹原・森脇間の共謀の事実は認め難く(吹原・平本間に共謀の事実の存しないことは関係証拠上明白である)、吹原が森脇らと共謀のうえ本件犯行に及んだとの点については、結局犯罪の証明がないといわなければならない。
二 前記第一の二の公訴事実について
関係証拠によると、前記第一章第二節第四の二の5において判示したように、吹原・森脇共謀のうえ、同判示の日時場所で、吹原において、市村清らに対し、同判示のような虚言を弄し、同月二〇日頃と二二日頃の二回にわたり、吹原産業において、三愛・市村清共同振出の約束手形六通額面合計六億円を騙取したことは明らかである。
しかしながら、平本が吹原、森脇と共謀のうえ右手形を騙取したとの点については、平本の公判廷における各供述によつて明らかなように、同人が吹原・森脇間の各取引において、その内情を知らされることなく、終始両者の使者的な立場にあり、本件手形を騙取するに至つた両者間の取引のいきさつについても、その事情を知らされていなかつたこと、平本自身、捜査、公判を通じて、終始一貫して本件犯行を否認していること、などからみて、これを否定せざるをえない。もつとも、この点について、吹原は、捜査時、平本が本件犯行に加担していた旨供述しているが、右供述は、以上の事実ならびに吹原の公判廷における供述(一九三<公>その他)に照らし、措信し難い。そして、他に、平本が吹原、森脇と共謀したと断定するに足りる証拠はない。
以上のとおりであつて、平本が吹原、森脇と共謀のうえ本件手形を騙取したとの点については、結局犯罪の証明がないといわなければならない。
三 前記第一の三の公訴事実について
関係証拠によると、昭和三九年二月七日頃、森脇が大橋より総額四億円の融資方を申し込まれ、結局京成手形四億円を担保として持参することを大橋に約させたうえ、これを承諾したこと、前記第一章第三節第一の五の1において判示した日時場所において、大橋が川崎千春に虚偽の事実を申し述べて本件手形を騙取したことは明らかである。
しかしながら、森脇が大橋と共謀のうえ右手形を騙取したとの点については、次に述べるように、これを断定するに足りる証拠はないといわなければならない。すなわち、
大橋は、41・2・10-11<検>において、森脇に対し、「実は明日三和銀行から三億円を再融資して貰えることになつたのですが、それは一月二七日に川崎社長から割引を依頼された京成手形の割引金として京成電鉄に渡さなければならないので、是非その方に当てさせて頂きたい」といつて頼んだところ、森脇は、「バツクは君に対する貸付はこれが限度だから早く返済させるようにしろとの話だ。もう新しい貸付は無担保では絶対に融資しないといつている。京成電鉄の方には手形の割引金を渡すのだから、川崎社長にまた新しい手形を割引いてくるといえば京成手形を出して貰えるだろう。三億円を新規貸しにするについては京成手形三億円を担保として入れてくれるなら、三和銀行から融資して貰う三億円はそのまま貸付金にするようバツクに話してみるから、川崎社長の方から三億円の京成手形を出して貰い持つてきてくれ」といつた、二月七日頃、森脇より三億円の貸付けを受けた際、同人に、「大映の永田社長と融手の交換をした分のうち、一億円の手形の支払期日が来るので、一億円だけ融資して頂きたい」と頼むと、森脇は、大映手形一億二〇〇〇万円を担保として持つて来るようにいつた、そこで、必ず大映手形を持つて来られるかどうか分からないというと、森脇は、「それならばとりあえず川崎社長の方から京成電鉄の手形一億円のものを割引くといつて出して貰つて、三億円の分と一緒に持つてきて貰いたい」と要求した旨の供述(以上要旨)をしている。
しかし、右供述は、(1)前記第三章第二節第三の二の5の(三)において述べたように、二月七日大橋が森脇から三億円の融資を受けるに際し、同人に対し株式買取り資金に当てる旨虚言を弄していること、(2)森脇が、追加融資分一億円の使途につき、大橋から印旛沼土地買入れ資金に当てるといわれた旨供述している((大)<上>四冊八〇四頁以下)のに対し、大橋自身公判廷において、この点を尋問されて、「印旛沼の土地代は、事実いただきましたね」と供述している(一一(大)五<公>第二記録第二七冊九七八〇丁)こと、(3)森脇は、大橋が柏井土地等の精算金として京成電鉄から本件手形が出るといつた旨供述している((大)<上>四冊七九一頁以下)が、前記第三章第二節第三の二において説示した株式買取り関係の場合とは異なり、これを虚構の陳述であるとして否定し去るだけの事情がないこと、(4)その他右同様大橋の供述の真実性を裏づけるに足りるだけの客観的事情に乏しいことなどの諸事実に照らして、たやすく信用することができないといわなければならない。
もつとも、右(3)の点については、森脇において、昭和三九年一月に入つてから興亜建設の不渡り、倒産を防ぐため、再三にわたり小切手決済資金を大橋に貸付けており(森脇41・2・12<検>)、また、同年二月頃大橋の経済事情が非常に苦しいということは分かつていた(同41・3・1<検>)のであるから、大橋から今更柏井土地等の精算金が出るなどといわれてこれを信ずるはずがなく、従つて、また、大橋がそのようなことをいうはずがないとも考えられるが、しかし、他面、関係証拠によつて明らかなように、大橋がかなりの犠牲を払つて京成電鉄に取り入ろうと苦心していたこと、京成電鉄側の同人に対する信頼が当時においても絶大なものであつたこと、などを森脇において知つていたのであつて、かかる事実に鑑みると、あながちこれを否定することもできない。
なお、他に、森脇が大橋と共謀したと断定するに足りる証拠もない。
以上のとおりであつて、森脇が大橋と共謀のうえ本件手形を騙取したとの点については、結局犯罪の証明がないといわなければならない。
四 前記第一の四の公訴事実について
関係証拠によると、前記第一章第三節第一の五の2において判示した日時場所において、大橋が川崎千春に虚偽の事実を申し述べて手形を騙取したことおよび右手形を担保に大橋が森脇より二億円の融資を受けたことは明らかであるが、右三において述べたと同様、被告人両名が共謀のうえ右手形を騙取したとの点については、次に述べるように、これを断定するに足りる証拠はないといわなければならない。すなわち、
大橋は、この点につき、森脇に二億円の融資方を申し込んだところ、同人より、「川崎社長の方から京成電鉄の手形二億円のものを持つてきて、それを担保に入れて貰いたい、そうして貰わなければ新規の貸付はできない」といわれ、仕方なく承知し、本件手形を騙取するに至つた旨、森脇が事前に大橋と共謀していたことをうかがわせるような供述をしている(41・2・10-11<検>)が、(1)前述のように、本件犯行直前の二月七日頃に、大橋が森脇に虚言を弄して総額四億円の融資の申し込みをなしていること、(2)従つてまた、本件手形は宝酒造工場買収関係の支払手形の始末をつけるために川崎から渡して貰つたものだ、と大橋がいつた旨の森脇の供述((大)<上>四冊八〇六頁)もあながち排斥できないこと、(3)関係証拠によつて明らかなように、森脇の大橋に対する実際の融資が本件手形の騙取後になされていること、(4)その他大橋の供述の真実性を裏づけるに足りるだけの客観的事情に乏しいことなどの諸事実に照らすと、大橋が単独で本件手形を騙取し、その後において森脇に対し二億円の融資方を申し込んだものとも考えられるのであつて、大橋の前記供述をそのまま信用することはできない。また、他に、森脇が大橋と共謀したと断定するに足りる証拠もない。
以上のとおりであつて、森脇が大橋と共謀のうえ本件手形を騙取したとの点については、結局犯罪の証明がないといわなければならない。
五 前記第一の五の公訴事実について
本件契約については、既に前記第三章第三節第二項第五において説示したように、その契約の存在が確認できず、結局犯罪の証明がないといわなければならない。
よつて、刑事訴訟法三三六条により、
被告人吹原に対し、前記第一の一の公訴事実につき、
被告人平本に対し、同二の公訴事実につき、
被告人森脇に対し、同三ないし五の各公訴事実につき、
被告会社森脇文庫に対し、同五の公訴事実につき、
それぞれ無罪の言渡しをする。
(別紙全部略)