東京地方裁判所 昭和40年(刑わ)5114号 判決 1965年12月27日
被告人 甲
主文
被告人を懲役一年以上二年六月以下に処する。
未決勾留日数中三十日を右の刑に算入する。
訴訟費用は被告人に負担させない。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、二十年に満たない少年であるが、
第一(一) 昭和四十年八月十八日、東京都新宿区中落合一丁目十四番二十五号佐伯方青山正昂方居室において、同人所有の日本勧業銀行普通預金通帳一通および印鑑三個を窃取し、
(二) 同日、同区戸塚三丁目百五十番地株式会社日本勧業銀行高田馬場支店において、行使の目的をもつて、ほしいままに、普通預金払戻請求書用紙の氏名欄に「青山正昂」と書き込み、印欄に窃取した「青山」と刻つた丸型印を押捺し、金額欄に「9500」と記入しその他所定事項を記載して同人名義の金九千五百円の普通預金払戻請求書一通(昭和四〇年押第一八二七号の一)を偽造したうえ、即時同所において、同支店窓口係員夏目永子に対し、右偽造にかかる普通預金払戻請求書をあたかも真正に成立したものであり、正当な預金払戻請求をするもののように装い、窃取した右青山正昂名義の日本勧業銀行普通預金通帳とともに提出して行使し、右夏目を、その旨誤信させ、よつて即時同所において、同女から銀行預金払戻金名下に、現金九千五百円の交付をうけてこれを騙取し、
第二同年同月二十三日ころ、同都豊島区椎名町二丁目千八百九十番地くるみ荘内白浜恵子方において、同女所有の現金千円を窃取し、
第三(一) 同日、同都港区麻布我善坊町三十六番地六本木マンシヨン渡辺和幸方において、同人所有の東京都民銀行普通預金通帳一通および印鑑一個を窃取し、
(二) 翌二十四日、同都中央区銀座西六丁目三番地朝日ビル内、株式会社都民銀行銀座支店において、行使の目的をもつて、ほしいままに、普通預金払戻請求書用紙の氏名欄に「渡辺和幸」と書き込み、印欄に、窃取した「渡辺」と刻つた丸型印を押捺し、金額欄に「48000」と記入し、その他所定事項を記載して、同人名義の金四万八千円の普通預金払戻請求書一通(前同押号の二)を偽造したうえ、即時同所において、同支店普通預金係員鹿倉好江に対し、右偽造にかかる普通預金払戻請求書を、あたかも真正に成立したものであり、正当な預金払戻請求をするもののように装い、窃取した右渡辺和幸名義の東京都民銀行普通預金通帳とともに提出して行使し、右鹿倉をその旨誤信させ、よつて即時同所において同女から、銀行預金払戻金名下に現金四万八千円の交付を受けてこれを騙取し、
第四同年同月二八日、同都港区青山南町五丁目三七番地辻井久次郎方において、同人外一名所有の指輪一個(時価五千円相当)および現金七万千八百七十八円を窃取し、
第五同年九月九目同都新宿区百人町二丁目百四十八番地若葉荘六号室松井信孝方において、同人所有の現金千四百円を窃取し、
第六(一) 同日、右若葉荘七号室岸本好雄方において、同人所有の三和銀行普通預金通帳一通、第一銀行普通預金通帳一通、および印鑑一個を窃取し、
(二) 同日、同区百人町三丁目三百八十六番地株式会社三和銀行大久保支店において、行使の目的をもつて、ほしいままに、普通預金請求書用紙の氏名欄に「岸本好雄」と書き込み、印欄に窃取した「岸本」と刻つた丸型印を押捺し、金額欄に「60000」と記入し、その他所定の事項を記載して、同人名義の金六万円の普通預金請求書一通(前回押号の三)を偽造したうえ、即時同所において、同支店普通預金係員谷村悦子に対し右偽造にかかる普通預金請求書を、あたかも真正に成立したものであり、正当な預金払戻請求をするもののように装い、窃取した右岸本好雄名義の三和銀行普通預金通帳とともに提出して行使し、右谷村をその旨誤信させ、よつて即時同所において同女から銀行預金払戻金名下に、現金六万円の交付をうけてこれを騙取し、
(三) 同日、同町三丁目三百二十七番地株式会社第一銀行大久保支店において、行使の目的をもつて、ほしいままに、普通預金払戻請求書用紙の氏名欄に「岸本好雄」と書き込み、印欄に窃取した「岸本」と刻つた丸型印を押捺し、金額欄に「10000」と記人し、その他所定の事項を記載して、同人名義の金一万円の普通預金払戻請求書一通(前同押号の四)を偽造したうえ、即時同所において、同支店業務係員佐藤弘二に対し、右偽造にかかる普通預金払戻請求書を、あたかも真正に成立したものであり、正当な預金払戻請求をするもののように装い、窃取した右岸本好雄名義の第一銀行普通預金通帳とともに提出して行使し、右佐藤をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において同人から銀行預金払戻金名下に現金一万円の交付を受けてこれを騙取し、
第七(一) 同年同月十四日同区大京町十二番地植木キヨ方において、同女外一名所有の郵便貯金通帳一通、印鑑二個および現金一万円を窃取し、
(二) 同日、同区信濃町三十一番地四谷郵便局において、行使の目的をもつて、ほしいままに郵便貯金払いもどし金受領証用紙の氏名欄に「植木穆」と書き込み、印欄に「植木」と刻した印を押捺し、金額欄に、「67000」と記入しその他所定の事項を記載して、同人名義の金六万七千円の郵便貯金払いもどし金受領証一通(前同押号の五)を偽造したうえ、即時同所において、同郵便局貯金係員望月哲に対し、右偽造にかかる郵便貯金払いもどし金受領証をあたかも真正に成立したものであり、正当な貯金払戻請求をするもののように装い、窃取した右植木穆名義の郵便貯金通帳とともに提出して行使し、右望月をその旨誤信させ、よつて即時同所において同人から郵便貯金払いもどし金名下に現金六万七千円の交付を受けてこれを騙取し、
第八同日、前記植木キヨ方の上原敏宏の居室において、同人所有の現金一万七千五百円を窃取し、
第九同年十月四日、窃盗の目的で、同区大京町二十六番地ますみ荘山口田鶴子方の戸口を所携の合鍵で開けて、同人方に侵入し、
たものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中各窃盗の点は刑法第二百三十五条に、各有印私文書偽造の点は同法第百五十九条第一項に、各同行使の点は同法第百六十一条第一項、第百五十九条第一項に、各詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に、住居侵入の点は同法第百三十条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に夫々該当し、各有印私文書偽造、同行使、詐欺の間には順次手段結果の関係があるので刑法第五十四条第一項後段、第十条に従い、いずれも最も重い詐欺罪の刑に従い、なお住居侵入罪の所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条により犯情の最も重い判示第七(二)の詐欺罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断することとなるが、被告人は少年であるから、少年法第五十二条第一項本文に従い、被告人を懲役一年以上二年六月以下に処し、刑法第二十一条に則り未決勾留日数中三十日を右の刑に算入し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用し被告人に負担させないこととする。
なお、検察官は押収してある普通預金払戻請求書四通(昭和四〇年押第一八二七号の一ないし四)および郵便貯金払もどし金受領証一通(同押号の五)中の各偽造部分は、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法(以下応急措置法と略称する)所定の手続を経てはいないが、これを没収すべきである旨主張するので検討すると、右各請求書および受領証の各偽造部分は、判示第一(二)、第三(二)、第六(二)(三)、第七(二)の各有印私文書偽造罪により夫々生じたものであり、かつ、いずれも偽造にかかるから、何人の所有をも許されないものとして刑法第十九条第一項第三号、第二項により没収の対象となると考えられる。しかし、およそ、偽造文書であつても犯人の手中にあるときはともかく、一旦真正な文書として行使され、第三者が善意で取得するに至つたときは、これら第三者は、これを真正なものとして権利関係を積み重ねているのであるから、当該文書の成立に関する真否ないし同文書から生ずる権利義務関係について法律上重要な権利を主張しうる地位にあることが予想され(応急措置法第四条により参加人は犯罪の成否についても主張立証が許されると解される)、従つて第三者は当該文書について財産上価値ある権利を有するものと謂わなければならない。そうとすれば、偽造文書を没収するに当つては、利害関係ある差出人等(所持人)において、その返還を請求しない意思を明らかにした場合(偽造部分についてのみ没収されることに異議がないとする場合も含む)を除いては、右偽造文書の差出人等に対し、第三者の所有物を没収する場合に準じた保護を与えるのが憲法に謂う適法手続の要請に添うものと考えられ、従つて右差出人等につき、没収に関し意見、弁護、防禦の機会を与える必要があると解せられる。ところが、本件にあつては、前記各請求書ないし領収証の差出人は、いずれも用済のうえは返還されたい旨申し出ていることが各任意提出書の記載によつて明らかであるところ、応急措置法所定の手続を経ていないこと検察官所論のとおりであるから、右各書面中の偽造部分に限定してもこれを没収することは許されないと解せられるのでこれを没収しないこととする。
(量刑の事情)
被告人は四歳の頃福岡市において食堂を経営していた父を失い、母は借材の整理と兄と被告人とを抱えての家計に追われて夜遅くまで屋台で働く一方、兄は全く家事を手伝わない等のことから、次第に家庭に魅力を失い十歳の頃から家出放浪を繰返し窃盗の非行を発して数回にわたり児童相談所に送致され昭和三十五年三月二日福岡家庭裁判所において虞犯により保護観察に付せられた。中学校卒業後、被告人は一時喫茶店に勤めたりしたが、落付かず家出して大阪に赴き、あるいはその頃上京していた兄を頼つて上京し女中となつて窃盗の非行に陥る等のことで昭和三六年十一月十五日東京家庭裁判所において中等少年院送致決定を受け、在院中の反則事故によつて特別少年院に移送され昭和三十七年十一月十六日榛名女子学院を仮退院し、その後日本銀行エレベーターガール、慶応病院看護婦見習、喫茶店女給等を転々し、その間昭和三十八年二月十四日同家庭裁判所において窃盗の非行で不処分決定を受けたが、昭和三十九年四月美容理容学校に入学して翌年四月から美容師インターンとなり、美容院に勤務し、ようやく落付いたかに見えたが、服装費、小使銭に窮し、本件各犯行を繰返し、昭和四十年九月頃からは家出放浪していたものである。被告人は知能は良く(新制田中BI式IQ一一八)、幼時から利溌で活動的であつたが、反面、落付きがなく自己顕示性、即行、気分易変の心情の倚りが強く、派手好きで虚栄心が強く、自己中心的であり、また困難に対する耐性がなく、勤労を好まず、窃盗によつて自己の欲求の満足を図ろうとする性格傾向が顕著で、家出、放浪癖とともに盗癖もまた既に習慣化し、各種保護処分もその効を挙げていないと認められる。一方、被告人の家庭は現在お手伝をしている母と大学在学中の兄とからなり、ともに被告人の更生に対する熱意は窮われるが、母は信仰に走り、被告人の犯行についても信仰による独断的な解釈を加え、その信仰の力のみによる指導を強調するだけで被告人の将来の指導等について全く具体的な方策を有せず、兄はただ叱責を加えるのみで、被告人の反感を買つている状態にあり、被告人の性格の矯正、将来の指導監督について保護能力は極めて乏しいと謂うの外はない。従つてこの際は不定期刑により被告人の本件犯行についての責任を果させるとともに厳しく被告人の自覚を促しこれを基礎とした矯正の方法を採るのを相当と認め主文のとおり量刑する。
(裁判官 千葉和郎)