東京地方裁判所 昭和40年(合わ)227号 判決
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〔判決理由〕一、事実
(被告人の略歴および犯行にいたる経緯)
被告人は、本籍地で農家の五男として生まれ、同地の国民学校を卒業したが、同校四年生の頃下肢骨髄炎を患つたのがもとで左右の股関節および右足首の機能を損ない、以来正常な歩行が不自由となり、いわゆる跛となつた。昭和二十四年十月仙台市の宮城身体障害者職業訓練所に入所して、一年半時計修理の技術を習得したのち、仙台市、平市などの時計店に働きあるいは郷里で時計の巡回修理などをしていたが、その間窃盗罪を犯し、昭和三十一年五月懲役二年に処せられて服役し、出所後土浦市の時計店で三年位働き、昭和三十五年六月頃上京して都内の時計店に勤めたのち、同三十六年四月からは台東区上野六丁目八番二号時計装飾品店「松屋」こと松内寿夫方に雇われ、月二万四千円位の給料を得るかたわら、個人で時計類の売買などをして収入を得ていたが、元来被告人は飲酒を好み、殊に昭和三十七年春荒川区荒川一丁目三十一番地飲食店「S」ことN方に馴染んで以来飲酒代もかさみ、他方知人に時計を持ち逃げされたことなどによる出費もあつて次第に金銭に窮し、このため修理に預つた時計を勝手に処分しあるいは仕入れた時計類の代金の支払を滞るなどして更に負債を重ね、勢い店での仕事も怠りがちとなつて、結局昭和三十八年一月下旬右「松屋」を退職せざるをえなくなつた。その後被告人はかねて情交関係のあつた前記Nと同棲し徒食していたが、当時被告人には前記「松屋」で働いていた頃の借財として新井こと朴相孝に対し約二万円、沢田信三に対し約六万五千円、その他合計十二万円余の負債があり、右朴および沢田から同月二月から三月にかけて再三強硬にその返済を迫まられたため、その頃N方の電話を無断で入質して右沢田に一万五千円を支払い、残額は同年三月末までに必ず返済することを約して一時を凌いでいたところ、間もなく右電話の無断入質の事実も露見してNにその弁償をしなければならなくなつた。
かくして被告人は、収入の途もないまま同年三月中旬頃には十数万円の借財を負い、特に前記沢田に対し同月末までに残金約五万円を返済しなければ警察に告訴されかねない窮状に追いこまれたので、金策のため同月二十七日郷里の石川町に帰つたが、借金の当もなく、やむなく野宿しながら同町やその近郷で盗みを企てたものの、これも失敗し、結局金策は全くできないまま同月三十一日午後二時頃上野駅に帰つてきた。右帰京の車中まとまつた現金を入手する方法についてあれこれ思い煩ううち、たまたま以前幼児を誘拐して身代金を取得するという筋書の映画があつたことを想い起し、上野駅から上野公園不忍池に赴き思案しているうち、すでに月末となつたのに金策の見込はなく、このまま方に帰つても前記沢田らに責められるばかりであることを苦慮するあまり、いつそ自分も幼児を誘拐してその親から多額の身代金を獲得し一挙に窮境を打開しようと企図するにいたり、その実行の機会を窺いながら同日午後五時過頃上野公園から徒歩で浅草方面に向つた。
(犯罪事実)
第一、被告人は同日午後五時四十五分頃台東区入谷町三百七十二〜五番地台東区立入谷町南公園を通りかかり、同公園西側にある公衆便所にはいつたところ、折から同便所内の手洗用水道で水鉄砲(当庁昭和四十年押第千五百二十六号の一と同型のもの)に水をいれようとしていた村越吉展(昭和三十三年四月十七日生)外一名の幼児を認め、同児らに、「水をいれてあげよう。」と話しかけ、右水鉄砲に水をいれてやつたりしているうち、吉展ひとりだけがその場に残り、その態度が人なつこく、また服装などから裕福な家庭の子供のようにおもわれたので、この機会に同児を誘拐して前記の意図を実行しようと決意し、たまたま右水鉄砲が故障していたのを奇貨として吉展に対し「この水鉄砲は壊れているからおじちやんの家にいつて直してあげよう。」と欺し、直ちに右公園から吉展を連れ出し、同児をその両親の保護のもとから離脱させて自己の支配下にいれ、もつて営利の目的で吉展を誘拐し、
第二、同公園を出たのち、被告人は吉展を連れて約二粁離れた荒川区金杉下町八十四番地東盛公園に赴き、三十分ほど休んでいる間に、今後の吉展の処置や身代金入手の方法などを考えたが、身代金を入手するまでは同児を手離すわけにいかず、さりとて長く留めおいたのでは人目につきやすく、また同児を親許へ返せば被告人が跛であることから直ちに誘拐犯人であることが発覚する危険もあり、処置に窮した結果、ついに身代金を安全確実に取得するためには吉展を殺害するほかはないと考えるにいたり、遅疑逡巡しながらも適当な場所を求めて同区南千住の東京スタジアム附近まで同児を伴い、更に引き返して同日午後八時過頃かねて見知つている同区南千住六丁目二十四番地所在曹洞宗円通寺裏の墓地内にいたり、西側奥にある墓石に腰かけながら泣き出しそうになつた同児を抱きあげて宥めていたが、ほどなく同児が眠つたのを見てこの機に同児を殺害しようと決意し、同日午後八時三十分頃眠つている同児を地面に仰向けにおろし、被告人が締めていた蛇皮バンド(前同押号の六)を同児の頸部に一巻きして交叉させその両端を強く引いて緊縛し、更に両手でもう一度頸部を絞めつけ、よつてその場で同児を窒息死させて殺害し、
第三、次いで被告人は、右犯行を隠蔽するため、同日午後九時頃前記墓地内にあつた「池田家之墓」の石室内に吉展の死体を押し込んで隠匿し、もつて同児の死体を遺棄し、
第四、同年四月二日、吉展の失踪を報道する新聞によつて同児の親の氏名および住所を知つた被告人は、同児の親の憂慮に乗じて身代金を喝取するため、駅の案内図で村越方の所在場所を確め、また電話帳によりその電話番号を調べたうえ、同日午後五時四十八分頃台東区内上野警察署附近の公衆電話ボツクスから吉展の実父である同区入谷町三百七十八番地建築請負業村越繁雄方に電話をかけ、「子供は自分が預つている。五十万円揃えて新橋駅前の馬券売場に持つてきてくれ。」と申し向けたのを第一回として、その後村越方に対し同月三日午後七時十五分頃、翌四日午後十時十八分頃、翌五日午後十時十八分頃、翌六日午前一時四十分頃の四回にわたりいずれも都内の公衆電話ボツクスから「五十万円を新聞紙に包んで用意しておいてもらいたい。金を受け取れば子供は返すが、時間と場所はあとで指定する。」旨の電話をかけ、一方、同月五日夜には、前記墓地石室内の吉展の死体から靴一足および靴下片方をはずし同児をとらえていることを村越方に示す証拠品として用意し、同月六日午前五時三十五分頃国鉄上野駅前の公衆電話ボツクスから村越方に第六回目の電話をし、「これからすぐ上野駅正面の住友銀行のところにある電話ボツクスに金を置いてくれ、受け取つて一時間位後に子供を返す。俺も追われている身だからつまらない料簡をおこさないように。」と申し向け、被告人の要求する身代金を提供しなければ吉展を返さないばかりか同児の生命身体にどのような危害を加えるかもしれない旨を暗示し、これらの電話の内容を直接あるいは同居の店員などを介してきいた前記村越繁雄(昭和三年七月三日生)、および吉展の実母豊子(昭和十年七月十二日生)らを脅迫し、同日午前六時頃右豊子が国鉄上野駅前にある住友銀行上野支店附近の公衆電話ボツクスに紙包を持つてきたのを附近に隠れて見ていたが、警察官らしい姿を認めたので一旦そのまま立ち去り、更に同日午後十一時十二分頃台東区内の公衆電話ボツクスから村越方に電話して豊子に対し「今朝行つたけれど警察に話しただろう。だいぶ日も経つたし、こちらも長くなればなるほどやばくなるから確実に頼む。またあとで電話する。」旨申し向け、続いて翌七日午前一時二十五分頃同区豊住町十三番地先の公衆電話ボツクスから村越方に第八回目の電話をかけ、豊子に対し「今すぐお母さんひとりで金を持つてきてくれ。場所は昭和通りの品川自動車の横に五台ばかり停つている自動車の前から三番目の小型四輪の荷台に証拠の品を載せておく。金を置いたらまつすぐ家に帰るように。一時間位したら子供を置く場所を指定する。もし警察に知らせたらこれでおしまいだ。」と申し向けて、豊子らを前同様畏怖させ、みずからは先廻りして指定の場所に吉展の右足の靴片方(前同押号の三)を置いたうえ、附近の建物の蔭にひそんで待機し、よつて同日午前一時三十五分頃右豊子をして同人方から約四百米離れた同区豊住町二十九番地品川自動車販売株式会社の北側路上に駐車していた小型四輪貨物自動車の後部荷台に新聞紙に包んだ現金五十万円を置かせ、豊子がその場を立ち去るや直ちに右五十万円を取得してこれを喝取し
たものである。
四、弁護人の主張に対する判断
(死体遺棄罪の成否について)
弁護人は、判示第三の死体隠匿行為は法律上死体遺棄罪を構成するかどうか疑わしいと主張する。しかし、司法警察員高木庄吉作成の検証調書(図面五枚、写真五十四葉添付)によれば、判示「池田家之墓」の石室は納骨用のために地面に据え置かれた縦横各六十数糎、高さ二十五糎のコンクリート製箱型のもので、この蓋を開けぬかぎり内部のものはほとんど発見できない状況であつたことが認められるから、殺人の犯跡を隠蔽するため死体をそのような場所に運びいれて押しこみ隠匿放置する行為は、社会習俗上死体に対して著しく礼を失する行為というべきであり、死体遺棄罪の成立を免れることはできない。
(被告人の責任能力について)
次に弁護人は、被告人は生来精神病的な原因があるうえ、本件犯行当時は負債の返済を苦慮して一種の強迫観念にとりつかれ、身体も極度に疲労していたため心神耗弱の状態にあつたと主張するので、判断する。
鑑定人土井正徳作成の鑑定書ならびに証人土井正徳の当公判廷における供述によれば、被告人の近親者には精神医学的に問題となる者が少くない(証拠省略)が、近親者に濃厚な遺伝的負因があるからといつてその血縁者のすべてが欠陥を発現するとはかぎらず、本件の場合も被告人自身が特定の精神病に罹患しもしくは本件犯行時にかぎつてなんらかの一時的精神障害を発病していたと疑うべき事実は全く認められないこと、被告人の知能は普通の段階に属し、性格は偏向固執的自己中心的で、情緒安定性および刺戟に対する抑制抵抗力が乏しく、爆発的即行的に無情冷酷な行動に及ぶ傾向を有し、情操面でも粗野野性的で自恣的な欲求追求の遂行性があり、これらによつて形成される被告人の人格特徴はいわゆる性格偏倚があるものに属するが、精神状態としては格別異常なものではなく、いわゆる普通の精神状態の範疇に属すること、ならびに本件各犯行の態様は以上のような被告人の知能および性格行動の特性からみて無理なく自然に了解できるものであり、なんら矛盾のない系統的目的志同性をもつた行動であることが認められる。なお、前記二摘示の各証拠によれば、被告人は本件犯行前負債の返済という精神的負担があつたのに加えて、誘拐の四日前から郷里の石川町で野宿し、寒さのなか満足な寝食もとらずに徘徊し、更にその後も判示第四の犯行を終えるまでは連日ほとんど国電に乗り続けあるいは野宿同然に夜を過していたことが認められるが、前掲鑑定書ならびに証人土井の供述によれば、その頃被告人が負債に怯えて病的な恐怖症に罹つていた形跡はなく、右のような行動も当時の被告人のおかれていた立場とその性格行動の特性からみればなんら不自然、不可解なものではないことが認められる。これに本件証拠により認められる被告人の本件犯行の態様が冷静緻密であること、被告人の犯行後の行動ならびに被告人の捜査機関および当公判廷における犯行についての供述内容が詳細正確で、その記憶が鮮明であることなどを綜合すれば、被告人は本件各犯行の際自己の行為の是非を弁識しまたはそれにしたがつて行動する能力が著しく減弱した状態にはなかつたと認めるのが相当であり、被告人の疲労度、犯行中の態度、犯行後における行動態度等弁護人指摘の個々の事実はいまだ直ちに被告人の精神状態の異常性を疑う根拠とするに足りない。よつてこの点の弁護人の主張も採用することができない。
五、法令の適用
被告人の判示各所為を行為当時の法律に照らすと、判示第一の所為は刑法第二百二十五条に、判示第二の所為は同法第百九十九条に、判示第三の所為は同法第百九十条に、判示第四の所為は同法第二百四十九条第一項にそれぞれ該当するところ、犯行後である昭和三十九年七月二十日から施行された同年法律第百二十四号による一部改正後の刑法によれば、判示第一の所為は同法第二百二十五条ノ二第一項に、判示第四の所為は同条第二項に該当することとなり、その刑に変更を生じたが、同法第六条、第十条によりいずれも軽い前記行為時の規定の刑にしたがうこととし、被告人には前示確定裁判を経た罪があるので、同法第四十五条後段、第五十条により本件各罪につき更に裁判すべく、右は同法第四十五条前段の併合罪である(なお、弁護人は、前記刑法一部改正の趣旨を援用して判示第一と第四の罪は牽連犯である旨主張するけれども、右第一の所為の該当する前記改正前の営利目的誘拐罪(第二百二十五条)と右第四の所為の該当する恐喝罪(第二百四十九条第一項)との間に一般的には通常の手段結果の関係がないことは明らかであり所論も認めるところである。右改正後においては、いわゆる身代金目的誘拐罪(第二百二十五条ノ二第一項)とその目的の実現である身代金要求罪(同条第二項)との間には少くとも牽連関係を認めうる余地があるであろうが、それは、前者がその特殊な構成要件として既に後者への発展を予想して重い科刑を定めた結果によるものであつて、一般的に営利誘拐と恐喝との間に通常の手段結果の関係を是認したものとは認められない。それ故かかる改正規定を前提とする罪数論をもつて直ちに改正前の諸規定にもとづく判示第一の営利目的誘拐罪と判示第四の恐喝罪との間の罪数関係の論拠とすることはできない。)。そこで、本件のすべての証拠にもとづき被告人に対する量刑について考察する。
(一) もともと身代金取得の目的をもつて思慮の十分でない純真な幼児を誘拐し、無残にも殺害したうえ、同児がなお生存しているかのように装つてその親から多額の身代金を喝取するという一連の犯行は、それ自体残酷卑劣であり、その罪責は重大である。
そのうえ本件においては、被告人が幼児を誘拐して身代金の取得を企図するにいたつた動機は判示のとおり沢田らに対する負債の返済に窮したことにあるが、その負債も結局はみずからの放縦な生活態度に起因するものであり、しかもその負債の額からすれば他にとるべき方法は十分あつたとおもわれるにかかわらず、被告人がそのための真摯な努力をつくした形跡はなく、たやすく右犯行に出たことが明らかであつて、この点は誘拐されるについて被害者側になんらの落度もないことを考えると同情の余地がない。また本件で最も重大な吉展の殺害については、当初から殺意を有したものではないにせよ、誘拐の途中において同児が抵抗したとかあるいは犯行発覚の危険が差し迫つたため狼狽したというような事情などは全くなく、その間吉展は終始被告人を信じてそのいうままになり、最後には被告人の腕に抱かれて眠つていたのであつて、このような状態にあるあどけない幼児を、たんに身代金の取得を安全容易にするという目的のために誘拐後わずか三時間足らずのうちに殺害しその死体を隠匿するという行為は、まことに残忍無慈悲であり、まさに、利得のために人の生命を犠牲にして顧みない兇悪な強盗殺人に比すべき非人間的な犯行であるといわなければならない。そして右死体隠匿の結果吉展の死体がほとんど朽ち果てるまで発見されなかつたことも傷ましいかぎりである。更にその後の身代金喝取の犯行をみると、吉展の殺害後であるにもかかわらず平然として連日電話による脅迫行為を反覆し、その電話の際はわざと声の調子を変え、受話器に指紋が残らぬよう用心し、また身代金の取得にあたつては、親の子を思う弱点を利用して巧妙機敏な方法を用いたほか、あらかじめ警察の動きを採るための偵察的行動や二重指定の喝取方法を試みるなど、きわめて執拗かつ慎重狡猾である。のみならず、豊子らに対して指定した身代金授受の場所に証拠の品として置くため、殺害後数日してから夜間再び円通寺墓地に赴き隠匿中の吉展の死体から靴や靴下などをはずしてきた行為は陰惨そのものであり、被告人の冷酷非情な性格を示す以外のなにものでもない。
右いずれの点からしても、本件犯行の動機、態様はきわめて悪質であり、酌むべき事情はない。弁護人所論のように偶発的所犯として酌量すべき事由はない。
(二) しかして吉展は、村越家の長男として両親、祖父母らに可愛いがられ、健康で明るく、人なつこい性格の子供であつた。その人なつつこさのゆえに、わずか五歳足らずにしてなんの罪科もなく殺害され、白骨同然となるまで遺棄されていた同児はまことに不憫であつたというほかはない。また、最愛の吾児を誘拐され多額の身代金まで奪われながら、その後昭和四十年七月被告人の自白により吉展の死体が発見されるまで二年余の長きにわたり同児の生死すら判明せず、その間堪えがたい憂慮と心痛の日を過し、ついに空しくも誘拐当日にすでに殺害されていたことを知つた両親、更には家族の悲嘆と怒りはとうていはかりしれないものがあるとおもわれる。弁護人主張のように喝取金額の多寡をもつてその刑責を論じさることはできない。
(三) また、本件がいわゆる「吉展ちやん事件」として広く社会の人々に異常な衝撃を与えたことは公知の事実であり、殊に都会における児童幼児のほとんど唯一の遊び場所である公園で誘拐の犯行がおこなわれ、悲惨な結果を生じたことは、同じ児童幼児をもつ世の親を深刻な不安と恐怖におとしいれた。本件の発生を契機の一つとして身代金目的の誘拐罪につき特に重い刑を定めた特別規定が新設された一事に徴しても、本件犯行に対する社会的非難とその社会的影響がいかに重大であつたかを知ることができる。しかも、本件犯行後のみならず右法改正後においてもこれを模倣したとおもわれる同種事件が各地に発生したことは、この種犯罪の伝播性、模倣性を示すものとして注目しなければならない。この点においても弁護人所論のように被告人の罪責の軽重をひとり捜査官憲の手落ちの有無にかからしめるわけにはいかないのである。
(四) もつとも、被告人は幼時より恵まれない環境に育ち、十歳余にして不具者となり、社会に出てからも再三病気するなど不遇な生活歴の持主であり、これら諸条件の複合によりその性格偏倚が形成され、本件のような大罪を犯す心理的源泉となつたことは、被告人にも同情すべき一面があるといえる。また被告人が本件後別罪により服役中信仰に帰依し、昭和四十年七月初め本件を自白して以来深く反省懴悔していることは、当裁判所もこれを認めるに吝かでない。そしてそれは人倫への最後の希望であり救いであるといえる。しかし法は厳正である。被告人は少くとも吉展の殺害だけは思いとどまることができたはずであり、またそうすべきであつた。これをあえてしなかつた本件において、被告人に改悛の情が顕著であることをもつて罪責を軽減する理由とすることはできない。
以上の諸点から考察するならば、被告人の本件犯行は法の予想する最も重大悪質なものというべきであり、その他一切の事情を斟酌しても特に情状を酌量すべき事由を見出すことができない。よつて判示第二の殺人罪の所定刑中死刑を選択し、刑法第四十六条第一項本文により他の刑を科さず被告人を死刑に処し、押収してある蛇皮バンド一本(当庁昭和四十年押第千五百二十六号の六)は判示殺人罪の用に供した物で犯人以外の者に属さないから、同法第四十六条第一項但書、第十九条第一項第二号第二項本文によりこれを没収し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。
よつて主文のとおり判決する。(高橋幹男 岡田光了 佐藤繁)