大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(合わ)238号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(弁護人の主張に対する判断)

第一、弁護人は職業安定法第六三条第二号にいう公衆道徳なる語は固定的かつ単一の内容をもつ概念ではないから、右法条は罪刑法定主義を規定する憲法第三一条に違反する、と主張する。

もとより犯罪の特別構成要件は、国民の自由を確保するため、できるだけ明確に規定されることが望ましいから、特段の合理的理由もなくして、一般条項や価値概念を構成要件のなかに持込むことは罪刑法定主義の精神に反するものというべきであるが、反面、立法者が立法に際し将来生ずべき複雑多岐の事態をすべて予想して網羅的に立法することは不可能であるから、あらゆる事態に対処するためにはある程度概括的な条項を設けることが避けられないところであり、かかる場合にはその条項の解釈によりその内容が明確にされ、しかもその法の内容が合理的であり、かつその規定が広汎にすぎて憲法上認められた国民の基本的な権利、自由を不当に制限するものでないかぎりは該条項は必要やむをえないものとして是認されなければならないのである。本件についてみるに職業安定法第六三条第二号にいう公衆道徳上有害な業務とは具体的にいかなる業務を指すかは、その規定の明文だけからは必ずしも一見明白であるとはいい難いけれども、少くとも売春の業務が右の公衆道徳上有害な業務に当ることは、売春がそれ自体婦女の人としての尊厳を害し、現代社会の性秩序に反し、社会の善良な風俗をみだすものであることにかんがみ、何人にも異論のないところであり、現に立法当時立法者が右法条の対象として具体的に予想した業務は売春のそれであつたことが明らかであつて、右法条の立法目的は畢竟労働者保護の見地にたつて公共の福祉を維持するために、かかる有害な業務に就かせる目的で労働者の募集、職業の紹介等の行為をすることを処罰し、副次的には公衆道徳の維持に資せんとする趣旨のものであることは明らかである。而して前述のような立法の経過、立法の目的等に徴すると、右法条は売春の業務が業態を変えて脱法的に行われる場合及び将来売春の業務に準ずる程度に著しく社会の道徳に反し、社会の善良な風俗を害する業務が出現した場合にはこれにも当然適用されるべき趣旨であつたと解するのが相当であつて、このように限定して解釈、運用する以上は結局合目的解釈によりその内容を明らかにすることができ、かつその内容は合理性をもつものであつて、必ずしも広汎にすぎるものとは認められないから、この程度の概括的な条項を規定したからといつて罪刑法定主義に反するものということはできない。

したがつて、この点に関する弁護人の主張は採用することができない。

第二、弁護人は、スペシヤル・サービス業務は公衆道徳上有害な業務に当らない、と主張する。

しかしながらスペシヤル・サービス業務の内容は前記のとおりトルコ嬢が対価を受ける約束で不特定多数の客に対し手淫という性行為を行うものである点において、女性の人格を無視してこれを男性の快楽のための道具視する非人間的な業態であるのみならず、性行為は愛情に基いた社会的に容認された特定の男女の間においてのみ許されるという現代社会の性秩序に反する業態であるから、現代の社会通念に照して公衆道徳に反するものと言わざるを得ない。何故ならば、斯様な業態が世間に広く普及するに至るならば、世道人心を頽廃弛緩せしめるからである。のみならず本件においては、それ自体性秩序に反するスペシヤル・サービスの業務が、使用者である会社の利益を追求するための手段として、トルコ嬢がそれを行わざるを得ないような種々の仕組のなかで半ば公然と行われ、しかもそれは売春というより大きな社会悪に移行する危険性があり、その温床となつていた点において、それは売春と同様、社会共同生活において守らなければならない性道徳に著しく違反し、社会の善良な風俗を害する業務であるというべきであつて、かかる有害な業務に就かせる目的でトルコ嬢を募集する行為は、現在の健全な社会通念に照すと、もはや法的規制の枠外にあるものとして放任さるべきものではない。

したがつて、この点に関する弁護人の主張も採用することができない。

第三、弁護人は、被告人両名はスペシヤル・サービスの業務に就かせる目的で、トルコ嬢を募集したものではないと縷々主張するけれども、関係証拠によると、まず「Y」におけるトルコ嬢の募集、採用は、当初被告人Aが自らこれを担当していたが、被告人Bが事業課長として入社したのちは同人がAの指揮のもとにこれを行なつたこと、募集の方法は、主として新聞広告により、この場合はBがAの承諾を得たうえ、広告代理業株式会社南北社に依頼して日刊新聞の内外タイムスと読売新聞に募集広告を掲載し、これに応募してきた者を面接し、採用条件に合致しそうな者に対しトルコ嬢として働くことを勧誘して、採用予定者を決定し、三日ないし一四日間位の見習期間を定めて主任のCをして接客の方法やマツサージの技術を教え込ませたうえ、AもしくはBが客の役となつてテストを行い、これに合格してはじめてトルコ嬢として採用していたことを認めることができる。そして、被告人両名が判示のような経緯で「Y」の経営不振を打開し、その収益の増加を図るために、トルコ嬢に対する固定給を廃止し、その代償として従来から行われていたスペシヤル・サービスを積極的に認めることにしたことはすでに述べたとおりであるが、証拠によれば、このような経営方針に基づき、見習期間中のトルコ嬢に対しCがスペシヤル・サービスの仕方を指導したこと、テストの際、AやBがトルコ嬢に対し客からスペシヤル・サービスを要求されたらこれに応じるよう指示し、ときにはBが試験台になつてこれをやらせて、その方法をテストしたり指導したりしたこと、一ケ月に二回位の割合で行われていた点呼の際にも、Bが陰に陽にトルコ嬢にスペシヤル・サービスを奨励するとともに、不当に高額なサービス料をとらないよう指示したりしていたことが明らかである。以上の事実によれば、被告人両名はいずれも「Y」におけるトルコ嬢は全てスペシヤル・サービスを行うものであることを予定し、これを前提としてトルコ嬢を募集したものであつて、法律上とりもなおさず、公衆道徳上有害なスペシヤル・サービスの業務に就かせる目的で、労働者の募集をしたものに当るから、この点に関する弁護人の主張も失当である。

(当裁判所がスペシヤル・サービス業務を公衆衛生上有害な業務と認定しなかつた理由)

検察官は、本件におけるスペシヤル・サービス業務は職業安定法第六三条第二号にいう公衆衛生上有害な業務に該当する、と主張する。

しかしながら職業安定法第六三条第二号にいう公衆衛生上有害な業務とは国民の健康の維持増進に有害である業務を指称するものと解せられるところ、右に有害とは単なる抽象的危険性もしくは害悪の可能性があるだけでは足りず、社会的にみて相当高度な具体的危険性又は害悪の可能性があることを要するものと解するのが相当である。ところでスペシヤル・サービス業務が果して右のような意味で国民の健康の維持増進にとつて相当高度の具体的危険性又は害悪の可能性があるかどうかの点について考察するに、証人小野田洋一の当公判廷における供述及び第一〇回公判調書中の証人高橋博の供述部分によれば一応(イ)、淋菌およびスピロヘータはいずれも外界の高温、低温には弱いとされているが、トルコ風呂の湯舟のなかや洗場、マツサージ台等には死滅しないで生存する可能性があること、(ロ)、急性淋疾患者は射精時に激痛を伴うのが通例であるから、スペシヤル・サービスを受けることは考えられないけれども、自覚症状のない慢性淋疾患者がこれを受けることは十分可能であり、かかる患者から排出された淋菌がトルコ嬢もしくは次の入浴客に附着して感染することはありうることであり、また淋疾患者が射精した精液がトルコ嬢の眼にはいれば膿漏眼にかかり、失明する場合も考えられること、(ハ)、淋疾患者のトルコ嬢が自己の陰部に触れた手で直接客に対しスペシヤル・サービスを行えば、客に感染する可能性があること、(ニ)、梅毒患者のトルコ嬢が顕性症状のでている部位に触れた手でこれを行えば、客に感染する危険性があること、(ホ)、トルコ嬢の手指が梅毒患者の客の顕性症状のでている部位に触れれば、そこから梅毒が感染することもありうることが認められるけれども、これらはいずれも理論上考えられる性病感染の抽象的な可能性ないし危険性を指摘するものにすぎず、実際の場合を考えると、トルコ嬢はスペシヤル・サービス終了後直ちに手を洗い、精液を洗い流しており又一人の客を取扱つてから次の客を取扱う迄の間には時間的にも若干の間隔があり、その間にトルコ嬢は先の客の身仕舞を手伝つたり、後の客に対しても脱衣を手伝い、洋服を片付けたり、ズボンのプレスをするなどの作業をした上身体の洗滌、マツサージをするなど湯や水で手を洗う機会もあるから、仮に(ハ)(ニ)(ホ)のような抽象的な可能性があるにしても次の客のスペシヤル・サービスに際して病菌が伝染することは極めて稀であると考えられるし、(ロ)の可能性も理論上のことであつて実際には淋菌は粘膜から侵入するのであるから、淋菌が粘膜部分に付着することは稀であると考えられることから相当高度の危険性ありとは言い得ないものである。そのことは東京都立台東病院性病科医長である証人小野田洋一が、浅草吉原地区のトルコ風呂において尺八といわれる手淫以外の性的サービスを受けたために梅毒にかかつた患者が一名あつた外は皆無であると証言していることから見ても、スペシヤル・サービス自体による性病感染の危険性は売春のそれと同様に論じられないものであることは明らかである。そして、本件において、「Y」で尺八なるサービスが行われていたり、客もしくはトルコ嬢のなかに性病にかかつていた者があつたりする等性病感染の高度の危険性があつたことを首肯させるような証拠は全くないのである。

そうすると、本件においてはトルコ嬢の行うスペシヤル・サービス業務はまだ公衆衛生上有害な業務ということはできないものであるから、検察官のこの点に関する主張も採用できない。(A、B……は仮名)(熊谷 弘 山田和男 永井紀昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!