東京地方裁判所 昭和40年(合わ)46号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)
被告人は、郷里の熊本県天草郡五和町二江中学校卒業後漁夫として働いていたが、昭和三九年三月上京して江東区の日立金属株式会社に工員として暫時勤め、同年五月五日ごろから、荒川区西尾久八丁目防水工事請負業山田工業所の防水工として働いていたものであるところ、昭和四〇年二月九日午後一〇時ごろ、肩書岩井正方アパート内被告人自室において、同僚の木原康平(当時四三才)と飲酒中、同人と仕事のことなどで口論の末、押入の米櫃の後に置いてあつた道具袋の中から刄体約八・五糎の切り出しナイフを取り出して、自室内入口附近で同人の左胸部を突き刺し、よつて間もなく同アパート廊下において同人を心臓を貫通する左胸部刺創に基づく失血により死亡するに至らせたものである。
右犯行後被告人は、直ちに附近の警視庁尾久警察署小台派出所司法巡査に右の旨自首したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、本件犯行当時被告人は泥酔のため心神喪失少なくとも心神耗弱の状態にあつたものと主張するので、次にこの点についての判断を示す。
被告人は、当公判廷においても、本件の翌日以後の司法警察員および検察官の取調に対しても、本件犯行前被害者が三本目の焼酎を買いに被告人方を出たこと、そのための金を被害者に渡したこと、被害者が焼酎四合びん一本を買つて戻つて来たこと、被害者との口論の内容、被害者を判示ナイフで刺したことは、いずれも記憶がないと強調して止まないのであるが、前掲各証拠ならびに証人上野正吉、同浜崎ヤスホ、同佐々木新一の当公判廷における各供述および医師上野正吉作成の鑑定書、被告人の司法警察員に対する弁解録取書を総合すれば、被告人は被害者および安原岩吉と本件当日朝食を終えて午前九時ごろから午後七時ごろまで食事をせずに麻雀をした後、午後八時ごろから事件発生直前の午後一〇時ごろまでの間に、被告人と被害者とは、宝焼酎四合びん二本(実量計約六・七合)を、安原岩吉は独りで清酒四合びん一本を少量の粗肴と共に飲んだこと、その飲酒の結果、本件犯行当時被告人は、かなり酩酊していたことが認められ、このために覚醒後被告人の犯行状況およびこれに接着した前後の事情に関する記憶が残つていないか、あるいは残つていても著るしく不完全なものとなつたという点は認められたとしても、本件前被告人が異常酣酊または病的酩酊を呈したという事跡も、これらに陥る精神異常的素質を有していることも共に認められないし、後記本件当時の諸事情から判断しても本件当時における酩酊は、異常酩酊または病的酩酊ではなく、普通酩酊であつたと認めざるをえない。そして医師上野正吉作成の鑑定書中「普通人が血中アルコール濃度〇・二七ないし〇・三二%の高度の酩酊状態に至つても、その当時の行動は、その時点では意識あつての行為であつて、覚醒後これを記憶せぬことをもつて酩酊時の行動を無意識下の行動とするのは誤りである」旨の記載および同鑑定書と証人上野正吉の当公判廷における証言とを総合して、「被告人が本件犯行までの約二時間に飲んだ焼酎の量は、被害者の血中アルコール濃度、同人らの焼酎飲量等に照らし、被告人に有利に解しても三・五合であり、またこれが大部分血液中に吸収されたと思われる量を三合とし、被告人の体重をその有利に解して五二瓩とした場合に犯行当時における同人の血中アルコール濃度Cは、
の算式により計算して百分率で示せば、一応〇・二七ないし〇・三二%となるが、飲酒者が若く酒が強ければ、βを三倍した値で計算すべきであり、一方被害者が三・五合飲んだことも考えられるので、飲みこぼし約〇・二合を勘案した被告人の飲酒量は三合となり、この場合の血液中吸収量を二・五合とすると、被告人の血中アルコール濃度は〇・一八%となつて、更に意識は、はつきりしていたということになつてくる。」ことが認められることにかんがみると、中等度の酩酊(〇・一八%)から深酔(〇・三二%)の範囲内において、更に本件犯行前後の状況等の諸条件を加味考慮して被告人の心神の状態を判断しなければならないものである。
しかして前掲各証拠によれば、被告人は、本件当時まだ三〇才に達せず、身体強健であり、平素酒に親しんで、屡々二合ないし三合の焼酎をたしなみ、しかも比較的早い速度で飲んでいたことが認められるのであるが、従前飲酒のための格段の非違も犯さず、また心身に特別の変異を来した事跡も認められないので、被告人は、かなり酒に強いことが窺わわれるばかりか、本件犯行直前、安原岩吉との間に交わされた問答が仕事に対する熱意から発した論理に適つたものであり、犯行に供したナイフは、日常不断に使用していたものではなくて本件前二〇日ないし一月前に使用したに過ぎないもので、しかも手軽く取り出し難い場所に置かれたものでありながら、相当の飲酒下の状態にもかかわらず容易に取り出して兇行に供したと認められ、被害者の傷も心臓を貫通する一突きの左胸部刺創であり、犯行直後家主の妻岩井ゆきを呼び医師の救護を求めたうえ、同アパート玄関に同女を案内したが、その際の被告人の足許はしつかりしていたと認められ、同所にうずくまつた被害者に対し、「あまり大きな口をきくからこんなことになつたのだ。」と巧まずに洩らしており、引き続き自首のため右アパートを出て、約五〇〇米離れた判示小台派出所へ歩車道の別のない工事中の道を転倒もせずに普通の速度で歩いて赴き、立番中の巡査高橋煉治郎に犯行の原因、状況を逐一進んで供述し、その間酩酊のため椅子から落ちることはもとより著るしく姿勢を崩すこともなく、尾久警察署に連行されてからも取調に当つた巡査部長佐々木新一に右同様の言動を示したことが認められ、弁解録取書の被告人の署名にもほとんど乱れが認められないのであつて、叙上の諸事情を総合すれば、被告人が本件犯行当時かなり酩酊していたことを認めるに吝かではないけれども、是非善悪の弁別能力およびこれに従つて行動する能力を有していたものと認められ、かつ、右各能力が著るしく減退していたものとは認めることができないのであつて、弁護人の右主張はこれを採用することができない。 (淵理 山田和男 島田仁郎)