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東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)1453号 判決 1965年8月25日

原告 栗田工業株式会社

被告 三浦義太郎

主文

被告は原告に対し金三五五万円および内金一〇〇万円に対する昭和三七年四月三〇日から内金一〇〇万円に対する同年五月三一日から、内金一五五万円に対する同年六月三〇日から各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

被告において金一二〇万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は訴外内外建機株式会社と共同して原告に対し左記約束手形各一通を振出した。

原告は左記約束手形三通の所持人である。

(一)  金額 金一〇〇万円

満期 昭和三七年四月三〇日

支払地 東京都千代田区

支払場所 城南信用金庫九段支店

振出地 東京都千代田区

振出日 昭和三六年一二月一〇日

(二)  金額 金一〇〇万円

満期 昭和三七年五月三一日

その他の記載事項は(一)の手形と同じ。

(三)  金額 金一五五万円

満期 昭和三七年六月三〇日

その他の記載事項は(一)の手形と同じ。

二、原告は、右各手形をそれぞそ満期に支払場所に呈示して支払を求めたが、拒絶された。

三、よつて被告に対し、右各手形金とこれに対する満期から完済まで法定の年六分の割合による利息の支払を求める。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決と仮執行免脱宣言とを求め、請求の原因事実を全部認めると答弁し、抗弁として、次のとおり陳述した。

一、本件手形はいずれも手形債務または原因関係の債務の発生が次のような一定の条件にかからせるという特約に基いて振出されたものである。

(一)  即ち、もと原告の子会社であつた訴外吉田工業株式会社は昭和三六年一〇月頃、原告に対して一、〇五五万円の債務を、また原告会社の社員某らに対して合計三五〇万円の債務を各負担しており破産寸前の危機に直面していたので、原告は吉田工業に対する自己および社員某の右債権を回収するため、その頃訴外内外建機株式会社との間に次の内容を骨子とする契約を結んだ。

即ち、訴外内外建機株式会社は原告の系列会社となり、原告は内外建機に対し、建設工事のほか内外建機の本来の業務のうち、機械、電機部門の仕事をも他に優先して発注すること、内外建機は原告と同業の他社の工事等の受注を一切行わないこと、原告の内外建機に対する発注量は初めの五ケ月間は毎月約五、〇〇〇万円、昭和三七年四月以降は毎月約一億五、〇〇〇万円に達するものとすること、原告が内外建機に対する以上の債務を履行することを条件として、内外建機は吉田工業の原告および原告の社員某らに対する前記合計一、四〇五万円の債務のうち債務整理に必要な諸経費三〇〇万円を差し引いた残額一、一〇五万円の債務を引受けて原告に弁済すること、

(二)  右契約に基き、内外建機は昭和三六年一二月中に吉田工業所有の土地を債務の内金六〇〇万円の代物弁済として原告に給付し、更に同年一二月八日一〇〇万円、昭和三七年一月二七日五〇万円をそれぞれ自ら弁済し、残金三五五万円の債務弁済のため、本件各約束手形を原告に振出し、被告は個人保証の意味でその共同振出人となつたものである。

(三)  しかして、内外建機は前記契約により原告の系列会社となり優先発注に備えて、原告の指示に従い吉田工業の役員および従業員を吸収しなお、新規採用により従業員を増員し、機械、機具を購入する等人的、物的設備を整備拡張して原告からの発注を待つたが原告は昭和三六年一一月六日から昭和三七年四月一三日までの間に莫大な金額に達する数十件の工事見積、設計を内外建機に命じながら、その大部分を他社に発注し内外建機に発注した工事は主要工事二件のほかは零細な雑件工事だけで請負金額も僅少且つ請負条件の苛酷なものであつて、その総請負金額は約束の一ケ月分にもはるかに及ばなかつた。

内外建機はこの間再三に亘り約定どおりの発注をするよう原告に要請したのであるが、原告はその都度近日中に発注すると云いながら延引して結局前記程度の発注しかしなかつた。

なお、原告が約定どおり発注しなかつた結果内外建機は見積、設計のため莫大な費用を負担したばかりか収益もなく原告の指示によつて吸収した従業員を保持することさえ出来ない状態になり、遂には原告からの発注がないことが主たる原因となつて破産宣告を受けるに至つた。

二、したがつて本件手形債務またはその振出の原因関係の債務は原告が訴外内外建機に対し、前記契約に基く発注義務を履行することを条件として発生すべきものであるところ、原告はこの義務を履行しないから、またその条件は成就せず、被告の債務は発生していない。

したがつて、被告は本件手形債務を支払う義務はない。

原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し次のとおり陳述した。

一、訴外吉田工業株式会社が原告に対し、被告主張のような債務を負つており、訴外内外建機株式会社が、吉田工業の債務のうち五〇五万円を引受けて弁済することを原告と契約したこと、原告が吉田工業に対する右債権の内金の代物弁済として吉田工業所有の被告主張の土地建物の給付を受け、また訴外内外建機から右引受け債務の弁済として合計一五〇万円の現金支払を受けるとともに、残余の引受債務の弁済のため本件約束手形三通の振出しを受け、被告がこれらの約束手形の共同振出人となつたものであること、訴外内外建機が破産宣告を受けたことをいずれも認めるが、被告主張のその余の事実を否認する。

二、吉田工業は原告のもと社員であつた吉田某の経営する会社で原告の下請をしたこともあつたが原告の子会社的な存在ではない。同会社は昭和三六年一〇月頃倒産し、その際原告は同会社に対し一、〇四〇万円の債権を有していたが、その整理を内外建機に依頼したということはなく、たゞ内外建機から吉田工業の債務の一部を引受けて支払うという申出があつたので、これを諒承し、その反面原告は内外建機に対し発注しうる工事を出来るだけ発注したのである。したがつて、原告と内外建機との間に被告主張のような金額に達する優先発注契約はなく、本件手形債務ないしはその原因関係の債務の発生が被告主張のような条件にかかるものではない。

また、前記代物弁済に供した土地建物は訴外吉田工業所有のものであり、これは同会社が弁済として原告に給付したものであつて、内外建機とは何の関係もないものである。

三、原告は内外建機の誠意を了とし出来る限り工事を発注しようとしていたが内外建機は昭和三七年四月下旬頃約束手形の不渡を出して倒産し、原告から下請した工事を中止するに至つたので、爾後は内外建機の責に帰すべき事由によつて、原告の給付を受領することが不能となつたものである。

四、なお、原告の債務が本件手形債務発生の条件となつているものでないことは次の事実からしても明らかである。

即ち、内外建機の会長である被告とその他の役員は同会社の倒産後に原告に対する前記三五五万円の債務および栗田船舶に対する債務の存在を認め、その決済の方法を訴外大都建設株式会社に頼み、その依頼に応じた同会社と原告との間に昭和三七年五月二〇日頃右債務を同会社が連帯保証人または債務引受人として支払う旨の契約が成立した。また内外建機の原告に対する右債務は同会社の破産債権として異議なく確定しているものである。

このように内外建機も被告も、内外建機の倒産の前後に亘り右債務の存在することを認めていたのであるから、この事実からしても被告の主張が正しいことを裏付けるものである。

被告訴訟代理人は原告の主張に対し次のとおり反論した。

訴外内外建機が原告から請負つた工事を中止した事実および原告主張のように債務の存在を認め、その整理を訴外大都工業に依頼した事実はない。内外建機が破産するに至つたのは、原告が内外建機との前記契約に反して、工事を発注しなかつたため、これが主たる原因となつて、他社に対する借用金の返済等、支払能力を欠くに至つたためであつて、内外建機の倒産したとしても、原告の債務不履行に変りはない。

証拠<省略>

理由

一、請求の原因事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、他に特段の事情がなければ、原告は被告に対し本件各手形金とこれに対する原告主張の利息債権とを有することは明らかである。

二、そこで、被告の抗弁について判断するに、本件各手形が、訴外吉田工業株式会社の原告に対する債務を訴外内外建機株式会社が引受け、その引受け債務の弁済のため同会社が原告に振出したものであることは当事者間に争いがなく、被告が同会社の引受債務を個人保証する意味で本件各手形に共同振出人として署名したものであることは原告はこれを明らかに争わないところである。

そこで、訴外内外建機と原告との間の右吉田工業の債務の引受け契約が結ばれたいきさつについてみると、被告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証、成立に争いのない乙第二ないし第四号証によればそのいきさつは次のとおりであつたことが認められる。

即ち、昭和三六年一〇月頃、原告は訴外吉田工業外二名に対し合計一、四〇五万円の債権を有していたが、右訴外会社らの原告に対する負債の処理について原告と訴外内外建機株式会社との間で折衝の結果、同年一〇月三〇日頃内外建機は、吉田工業等の原告に対する負債について吉田工業の会社財産により清算し、残債務額を内外建機が引受けて弁済すること、これとともに内外建機は原告の系列会社となり、原告は爾後将来に亘り内外建機に対し建設工事の発注を優先して行うほか、内外建機の本来の業務のうち機械、電気部門の仕事についても出来るだけ優先発注をすること、内外建機は原告と同業の他社の工事を一切受注しないことという内容を骨子とする契約を結び、この契約に基き、同年一二月一〇日頃内外建機は吉田工業等の債務の額およびその弁済計画を被告主張のとおり立案し、原告の諒承を得て、吉田工業所有の土地を六〇〇万円の債務の代物弁済として、また被告から現金一五〇万円をそれぞれ原告に給付するとともに(このうち、吉田工業の土地が代物弁済として原告に給付され、被告から右現金の支払があつたことは当事者間に争いがない。)残額の弁済のため本件各約束手形を被告と共同で振出し原告に交付した。

吉田工業の債務の引受契約が結ばれたいきさつは以上のとおりであり、この認定に反する証拠はない。

被告は、本件手形債務ないしはその原因関係である前記引受け債務の発生が、原告の内外建機に対する工事等の優先発注義務の履行を条件とするものであると主張するけれども、本件手形振出の原因関係である吉田工業の債務を引き受けたいきさつは以上のとおりであるから、他に反証のない限りこれは原告の工事等の優先発注の債務と内外建機の引受け債務とが相対立している双務契約と目すべきであり、被告主張のように解することはできない。

しかして、他には、原告の優先発注義務の履行が被告主張の条件とされたものであることを認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、本件手形の原因関係である内外建機の引受けによる債務は前記契約により直ちに発生したものというべきであるから、本件手形債務もまた発生したものであることは明らかである。

三、尤も弁論の全趣旨によれば被告の主張には、原告の工事等の優先発注義務の履行が被告主張のような条件でなく、前記認定のように原告と内外建機との双方の債務が相対立関係にある双務契約であるとすれば、原告が契約に定めたとおりの工事等の発注をしなかつたのは債務不履行であるとの主張を含むものと解されるのであるが、前記契約により原告が内外建機に対して工事等の優先発注をなすべき義務を負うことは明らかであるとしても、右契約において毎月発注すべき工事等の量について果たして被告主張のように定めがあつたかどうかについては、乙第五号証に被告の主張にそう記載があるほかには証拠がない。そして乙第五号証は証人回避の文書であることは、その記載内容からして明らかであるからこれは手形訴訟においては証拠とすることができないものであり、結局被告主張のような発注工事量の定めがなされたことを認めるには不充分である。

これに加え、仮りに原告に債務不履行があつたとしても、内外建機および被告がこれを理由として反対給付である前記引受け債務、したがつて本件手形債務を免れるためには契約を解除する等特段の事情の主張、立証を要するものと解されるのであるが、この点の主張立証はない。

以上のとおりであつて、被告の抗弁は採用できない。

四、よつて、原告の請求を認容し、民事訴訟法第八九条、第一九六条第一項、第三項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤豊治)

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