東京地方裁判所 昭和40年(手ワ)1939号 判決 1965年10月25日
原告 氏家泰蔵
右訴訟代理人弁護士 岸野順二
被告 宮龍水産冷蔵株式会社
右代表者代表取締役 宮井龍太郎
同 宮井興時
右訴訟代理人弁護士 須崎市郎
主文
一、被告は原告に対し、金八〇万八、八七六円およびこれに対する昭和四〇年七月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その四を被告の負担とする。
四、この判決は第一項に限りかりに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、被告が本件約束手形を振出したこと、右手形が支払期日の後である昭和四〇年五月二六日に支払場所に呈示されたが支払がなかったこと、原告が右手形を所持していることについては当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、本件手形は受取人である山藤および第二裏書人である訴外岡部覚三郎がいづれも白地式裏書で譲渡をし、原告がその所持人となったところ、原告が株式会社七十七銀行に取立委任のため裏書をしたが前記のとおり支払いを拒絶されたため同銀行から原告に返還されたものと認められる。右認定に反する証拠はない。してみれば、原告は本件手形の適法な所持人として振出人である被告に対し手形金一〇〇万円およびこれに対する本件手形の呈示の日の翌日である昭和四〇年五月二七日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを請求する権利があるものというべきである。
もっとも前記支払呈示は本件手形の支払期日(昭和四〇年五月二二日)に次ぐ二取引日経過後になされたことが明らかであるけれども、前顕甲第一号証に貼付の不渡付箋によれば、右支払呈示は取立委任を受けた株式会社七十七銀行が手形交換所に持出して交換に附され、支払銀行たる株式会社岩手銀行気仙沼支店が持ち帰ったところ、振出人たる被告が同銀行支店に来行して契約不履行を事由に支払拒絶する旨表示したので、同支店がその旨並びに預金不足を理由として持出銀行に返戻したことが認められるから、かかる場合は振出人に対する直接の呈示としてその効力を認めるのが相当で、被告は右呈示により遅滞に附せられたものというを妨げない。
二、そこで被告の相殺の抗弁について判断する。
(一) 原告が被告主張の(1)(2)(3)記載の約束手形三通を山藤に対して振出したことについては当事者間に争いがない。そこで被告が右三通の約束手形の適法な所持人であるか否かについて検討するに
(イ) ≪証拠省略≫を綜合すれば、山藤は被告主張(1)記載の約束手形を白地式裏書で訴外協和信用金庫深川支店に譲渡したが不渡となったので右金庫から白地の補充も裏書もしないでそのまま右手形の返還を受け再びその所持人になり昭和四〇年七月一九日までの間に従前なした白地式裏書を利用して被告に譲渡したものであることを認めることができる。右認定に反する証拠はない。かように白地裏書人が手形を受戻した後さきの白地式裏書を利用して右手形を第三者に譲渡した場合、それはあたかも戻裏書を受けた後さらに白地裏書譲渡をしたのと同様であり裏書の方式としては何ら欠くるところがない(最高判昭三一・七・一二・民集一〇巻八四五頁参照)。唯本件においては裏書欄に裏書日付として昭和四〇年一月二七日の記載があり、被告が山藤から譲渡を受けた日との間にそごがあるが、裏書日付の記載は裏書の効力要件ではないからこれをもって被告に対する白地式裏書の効力を左右すべきものとみることはできない。してみれば被告は(1)記載額面二〇万円の約束手形の適法な所持人であるというべきである。
(ロ) ≪証拠省略≫を綜合すれば、山藤は被告主張の(2)(3)記載の約束手形を共に訴外協和信用金庫深川銀行に取立委任裏書をしたが、(2)記載の約束手形が不渡となったので右二通の手形を右金庫から返還を受け、昭和四〇年七月一九日までの間に被告にそのまま譲渡したことを認めることができる。被告は手形の取立委任裏書をした裏書人はその手形の実質上の権利者でありその取立委任裏書を抹消することなくこの手形を第三者にそのまま譲渡した場合には取立委任裏書はないものとなり白地式裏書となって、従前の白地式裏書を利用するのと同一であると主張する。しかし手形の返還を受けた裏書人はその取立委任裏書部分を自由に抹消し残存部分を第二の裏書に利用して他に譲渡できると解することができるが、これは前の取立委任裏書が抹消されたからであって、前の取立委任裏書が抹消されずに現存している以上は、これと性質を異にする白地式の譲渡裏書に転化したものとみることはできない。従って山藤からの被告に対し単なる交付によってなされた(2)(3)の手形の譲渡は、裏書の方式を具備しないものであるから、指名債権譲渡の方式によってなされたものと認めるの外なく、その譲渡につき譲渡人山藤から債務者原告に対する譲渡通知がなされたことを認めえない本件においては、被告は右譲渡を原告に対抗しえないものといわねばならない。
(二) 原告は被告が山藤から譲り受けたと主張する金七〇万円の手形金債権は、原告の山藤に対する手形金債権によって相殺されたためすでに消滅していると主張するので検討する。
≪証拠省略≫によれば、原告は山藤に対し原告の主張の(イ)(ロ)(ハ)記載の手形金債権金七〇万円を有するものと認めることができる。右認定に反する証拠はない。しかして≪証拠省略≫によれば、原告は山藤に対し昭和四〇年八月一四日付書留内容証明郵便で前記手形金債権七〇万円と被告主張の(1)(2)(3)の手形により原告が山藤に対し負担する手形金債務七〇万円を対当額において相殺する旨の意思表示をなし、右書面は同月一六日山藤に到達したことを認めることができる。しかし右相殺の意思表示は裁判外において手形債務者に手形を交付しないでされたものであるから、その手形債権による相殺は効力を生じえないばかりでなく原告の山藤に負担する手形金債務のうち被告主張の(1)記載の金二〇万円の手形は右相殺の意思表示が山藤に到達する以前に被告に譲渡されたこと前認定のとおりであるから、右相殺は、被告に対しては効力がないものというべきである。もっとも被告が右(1)の二〇万円の約束手形の譲渡を受けたのは期限後裏書に基づくもので右譲渡は指名債権の譲渡の効力を有するにすぎないので、右相殺の意思表示を被告に対してなせば、被告が譲渡を受けた当時すでに両債権は相殺適状にあったものであるから、被告に対しても効力を持つものということができるけれども、原告は右(1)の手形についてもその権利は依然として山藤に存すると主張し被告に対し相殺の意思表示をする趣旨ではないと解せられるので、右相殺適状の点を斟酌すべきではない。
(三) 上記認定のとおり被告は原告に対し(1)の手形による金二〇万円の手形金債権を有しているところ、昭和四〇年七月一九日の本件口頭弁論期日において被告が原告に対して本訴請求債権と右手形金債権を対当額において相殺する旨の意思表示をなしたことは本件口頭弁論の経過に照し明らかであり、右によれば原告の本訴請求債権のうち元本一〇〇万円に対する昭和四〇年五月二七日から同年七月一九日まで年六分の割合による遅延利息八、八七六円(円未満切捨)と元本のうち一九万一、一二四円以上合計二〇万円は裁判上の相殺により消滅したものと認めるべきである。
(四) 被告は右相殺後の残額のうち金三〇万円は山藤と原告間の相殺勘定により清算されているから、原告の手形債権は消滅したと主張するが、何らの証拠もないから採用できない。
三、そうすると、被告は原告に対し本件手形金のうち金八〇万八八七六円およびこれに対する昭和四〇年七月二〇日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金支払義務があるというべく、原告の本訴請求はこの限度で理由があるからこれを認容してその余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条二項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤野博雄)