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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)118号 判決 1968年1月29日

原告 河端清太

被告 農林大臣

訴訟代理人 板井俊雄 外三名

主文

原告が昭和三七年五月三〇日付で農地法八〇条の規定に基づく別紙目録記載の土地についての売払いを申請したのに対し、被告がなんらの処分をしないことは、違法であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

(原告)

主文と同旨

(被告)

一  本案前の申立て

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  本案に対する申立て

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

(原告の主張)

一  請求の原因

1 別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)はいずれももと農地であつて原告の所有するところであつた。

2 訴外北海道知事は、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)三条の規定に基づき、別紙目録記載(一)から(四)までの各土地については昭和二二年一〇月二日に、同(五)(六)の各土地については同二三年一二月二日に、それぞれ買収処分をなした。

3 ところで、本件土地は、自創法による売渡しの対象となることなく農地法七八条第一項の規定により現に被告の管理に属するものであるが、国鉄三川駅へ徒歩一分の距離にあつて現在その周辺一帯には倉庫、商店、住宅等が軒を並べるに至り、別紙目録記載(一)から(三)までの土地全部、同(五)の土地うち九一二坪、同(六)の土地のうち五七〇坪は前記の買収後間もなく国において非農家である第三者に家庭菜園の目的で一時的に貸付けをし、その余の土地は第三者が不法に占拠している模様であり、いずれも農地法八〇条にいう「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当」とするものである。

なお、同(五)、(六)の各土地につき昭和三七年五月一〇日登記簿上の地目畑を宅地に変更する旨の登記手続が経由され、また、同(五)の土地はもと三、六四二・九七五一平方メートル(一二五二坪、すなわち四反一畝二二歩)として前記の買収がなされたものであるが、そのうち四九五・八六平方メートル(一五〇坪)について分筆のうえ昭和三九年一月一〇日農地法八〇条の規定に基づき原告に売払いがなされた。

4 そこで、原告は、被告に対し、昭和三七年五月三〇日付「陳情書」と題する書面をもつて農地法八〇条の規定に基づき本件土地の売払処分をすべき旨の申請をし、該書面は同年六月五日北海道知事に到達したが被告は、右申請に対し許否の処分をすべき義務があるにもかかわらず、右申請の時から相当な期間を経過した今日に至るまでなんらの処分もしない。

5 仮りに北海道知事に対する右「陳情書」の提出が被告に対する売払申請としての効力を有しないとすれば、原告は、本訴をもつて右売払申請をする。

6 よつて、原告は、被告の右不作為が違法であることの確認を求める。

二  被告の主張に対する反論

1 いわゆる農地開放は、農村の民主化と農業生産力の発展という国家目的のため、法が農地に対してなした私権の制限である。そして自創法による農地の買収は、自作農の創設または農業上の利用に供するという目的と必要に由来するものであるから、自創法により買収されて農地法七八条により農林大臣が管理する土地は国有財産法三条二項二号にいう行政財産(公共用財産)であつて、同条三項にいう普通財産ではない。そして農地法七八条は「各省各庁の長は、その所管に属する行政財産を管理する」との国有財産法五条の規定に照応するもので、同法六条の例外規定ではない。したがつて、農地法八〇条の売払いも行政処分であつて、私法上の行為でないことは同法三七条の売渡しと異るところがない。

2 原告は、前記のとおり「陳情書」を北海道知事に提出したのであるが、当時、同知事は農地法七八条二項、同法施行令一五条二号の規定によつて本件土地の維持および保存を行う地位にあつたのであるから、同知事に対し「陳情書」を提出すれば被告農林大臣に対する申請としての効力を生じたというべきである。

(被告の主張)

一  本案前の主張

1 農地法八〇条の規定に基づく売払いは行政処分ではないから同条の売払いが行政処分であることを前提とする本件訴えは不適法である。

(一) 農地法七八条により農林大臣が管理する土地等は国有財産法にいわゆる公用財産、公共用財産、皇室用財産および企業用財産のいずれにも該当しないから、いわゆる普通財産たる国有財産である(国有財産法三条)そして、同法によれば、普通財産たる国有財産の管理、処分権者は大蔵大臣とされている(国有財産法六条)から、農地法七八条により被告が管理する土地も本来国有財産法の建前からすれば大蔵大臣が国有財産法に基づいて管理、処分すべきものであるが、右土地が農地法七八条によつて管理されるに至つた沿革にかんがみ特に農地法八〇条の規定を設けて農林大臣が右管理する土地をさらに売り払い又は所管換もしくは所属替することができるものとされたのである。したがつて、農地法七八条、および八〇条は自創法四六条と同様に国有財産法六条の場合の例外を規定したものというべきである。また、農地法八〇条は、行政組織内部において、国有財産の処分権限を右土地に関する限り、特に農林大臣に付与したものであつて、かような地位におかれた農林大臣の国の行政機関としての権限、職責を規定したにすぎないものと解すべきである。すなわち、農地法八〇条一項は国の内部関係において国有財産法六条の原則に対する例外を認めて特にその行政機関としての農林大臣に右土地に関する処分権限を付与したものであり、同条二項はかような権限の行使にあたつて順守すべき行政機関としての農林大臣の職責を規定したものであり、同条に規定する所管換、所属替または売払いは、国有財産法にいう所管換、所属替または売払いとなんらその法律上の性質を異にしないものである。それゆえ、同条の売払いは国有財産法二〇条の売払いと同様に私法上の行為であつて、行政処分ではないというべきである。

一般に、国の行政機関は、国の行政組織上の権限職責を有することがあつても、その資格において第三者との関係で権利を取得し義務を負担することはありえないのであつて、第三者との関係で法律関係の主体となり権利と義務の帰属者となるのは国自身である。農地法の各規定を検討してみても、国とその行政機関とは、用語上明らかに区別して使用されているのであつて、国と表示されているのを行政機関の意に解し、また反対に、特定の行政機関を挙示しているのに、これを国と解しなければならない場合は存在せず、国が権利を取得し義務を負うべき場合にこれを明示することなく特定の行政機関を挙げてその旨を表現することはない。そして農地法八〇条一項は明らかに「農林大臣は……することができる」と規定し、同条二項は同様に「農林大臣は………売り払わなければならない。」と規定しているのであるから、この点からしてもこれらの規定は農林大臣と買収農地の旧所有者を含めた第三者との間の法律関係を規定したものではなく、行政組織内部における行政機関としての農林大臣の権限職責を定めたものにすぎないものと解するのが相当である。

(二) 農地法八〇条一項の農林大臣の認定があつた土地等についての売払手続を定めた同法施行規則(以下単に「施行規則」という。)五〇条と農地の売渡処分に関する手続を定めた同法三七条ないし三九条、同法三七条の委任に基づいて定められた施行規則二二条等の規定を対比してみると、施行規則五〇条には売払申込書に一定事項のほか、希望する対価、希望する所有権又は権利移転の期日の記載を認めているにかかわらず、施行規則二二条はこれを認めず、かえつて対価については同法三九条により行政庁において一方的にこれを決定するものとされ、売渡期日も同条において行政庁が一方的に決定するものとされ、売渡通知書の交付の効果も同法四〇条により法定されている。さらに施行規則五〇条では農林大臣が「その申込を相当と認めるとき」にのみ売払通知書を交付することとしているのに反して、農地の売渡処分についてはかような裁量の余地を行政庁に対して認めていない。以上要するに、農地法八〇条の売払いが買収農地を含む所管の土地等につき処分権限を有する国の行政機関としての農林大臣が売払申込者と対等の立場においてする私法上の合意によつて行なわれるものであるのに反し、同法三六条以下による農地の売渡しは公権力の主体である国の行政機関である都道府県知事がその優越的立場にたつて売渡申込者に対して行なう行政処分であることを示すものにほかならない。

2 買収土地の旧所有者は、買収後当該土地につきなんらの権利または利益を有するものでないから、これあることを前提とする本件訴えは不適法である。

自創法による買収が合憲であり、憲法二九条等に違反しないことはすでに最高裁判所の繰り返し判示するところによつて明らかである。したがつて、国は、自創法による買収によつて当該土地の所有権を完全に取得すると共に被買収者の当該土地に対する所有権は完全に消滅するのであるから、爾後被買収者は当該土地について潜在的所有権というようなものはもちろんのこと、なんらの権利または法律上の利益を有するものではない。

二  本案の答弁

1 請求の原因第一項および第二項の事実は認める。ただし、(一)から(四)までの各土地の買収時期は昭和二二年一〇月二日ではなく同二三年一二月二日である。

2 同第三項の事実のうち、本件土地が国鉄三川駅へ徒歩一分の距離にあること、本件土地が現在売り渡されていないこと、本件土地のうち(五)、(六)の土地について昭和三七年五月一〇日登記簿上畑を宅地に地目変更の処理がなされたこと、ならびに(五)の土地はもと一、二五二坪として買収されたが、そのうち四九五・八六平方メートル(一五〇坪)を分離し、昭和三九年一月一〇日農地法八〇条によつて原告に売払いがなされたことはいずれも認めるがその余の事実は争う。

3 同第四項の事実のうち、原告主張の日付の「陳情書」が北海道知事に提出されたことは否認する。その余は争う。

なお、右の「陳述書」はその文言、内容よりみて到底農地法八〇条一項、施行規則五〇条による買受の申込書とみるをえないものである。すなわち、まず、右の「陳情書」はそれに添付された書面記載の各土地が一時利用の家庭菜園であつて小作地ではなく、自創法五条の買収除外地であること等を述べて、その買収処分に重大かつ明白な瑕疵があり当然無効であるとの前提に立つて、右各土地についての買収処分の取消しか農地法八〇条の売払いかの何れかの措置をとるようにせられたいという陳情人たる原告の単なる希望を開陳したにすぎないものである。また、農地法八〇条をうけて施行規則五〇条で詳細な売払いの手続が定められているのであるが、右「陳情書」は同条一項の定める要件、特に四号ないし六号の記載がなく、かつ、宛名も農林大臣とすべきであるのにこの記載がないから、これを適式の買受申込書とみることはできない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一  まず、農地法八〇条の規定に基づく売払いが行政処分であるか否かについて判断する。

農地法八〇条一項の趣旨とするところは、農林大臣が同法七八条一項の規定によつて管理する国有農地は本来自作農創設のため国が買収したものであるが、買収後事情が変つたものもあるので、農林大臣が自作農の創設に供しないことが相当であるかどうかを高権的な立場において判断し、自作農創設に供しないことを相当と認定したものについては、これを売り払いまたは所管換もしくは所属替をする、たゞし、農林大臣の裁量により、本来自作農創設の目的で買収した土地があまりに広く他の用途に転用されるのは妥当でないので、農林大臣は、公用、公共用または国民生活上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実なものについてのみ右の認定をすることができる(同法施行令一六条四号参照)こととして売払い等を制限する、そして右のように売払いは公共用等の負担付でなさるべきであるから、買受申込者から転用計画を提出させ、それを農林大臣が相当とみとめたときだけ売払いをする(施行規則五〇条参照)というにある。そうだとすると、右の趣旨からみて、法は、同条項の規定に基づく売払いに行政処分の性質を認める建前であると解するのが相当である。

そして、同条二項前段は、前項の規定により売払い等をする土地等が農地法九条等の規定により買収されたもの(自創法三条の規定により買収した農地で農地法施行の際、自創法四六条一項の規定により農林大臣が管理していたものは農地法施行法五条によつて農地法九条の規定により買収されたものとみなされる。)であるときは、原則として、その土地等を旧所有者またはその一般承継人に売り払うべく、認定通知をしなければならない旨(同法施行令一七条参照)を規定し、また同条二項後段は右によつて旧所有者またはその一般承継人に売り払う場合の対価は、買収の対価に相当する額とすると規定しているが、これらの規定は、農林大臣が農地法七八条一項の規定により管理する土地等で自作農の創設に供しないことを相当と認定した土地等が買収農地等にかかるときは、旧所有者またはその一般承継人に売払いをすべく、あらかじめ認定通知をしなければならないこと並びに旧所有者またはその一般承継人の感情を尊重して、一般の場合(施行規則五〇条参照)と異なり、前記の公共用等の負担付時価によらず、買収対価相当額で売払いをする旨の特則を定めたにすぎないものであるから、右の認定通知(認定は、前示のとおり、売払いの前提たる内心的判断にすぎないから、認定、認定通知のいずれも行政処分といえない。)を経て行われる旧地主またはその一般承継人に対する売払いそのものは同条一項の売払いとその性質を異にするものではない、ことはいうまでもない。

被告は、農地法七八条一項の規定により農林大臣が管理する土地等は国有財産法にいわゆる公用財産、公共用財産、皇室用財産および企業用財産のいずれにも該当せず、普通財産たる国有財産である、農林大臣がこれを管理するのは沿革的理由にすぎない、そして、農地法八〇条の規定に基づく売払い等も普通財産たる国有財産の管理処分であるから私法上の行為と解すべきである旨を主張する。しかしながら、農地法七八条の規定により農林大臣が管理する土地等が国有財産法にいわゆる公用財産、公共用財産、皇室用財産および企業用財産のいずれにも該当せず、特殊な普通財産であることは被告の主張するとおりであるが、元来、国有財産法は、国有財産を行政財産と普通財産に分けてその管理権者並びに管理上の準則ないしは規範を設けているにすぎないのであつて、普通財産の管理処分のすべてを私法上の行為とするものではなく、たとえ普通財産であつても、これについてなされる管理処分(たとえば、昭和二二年法律第五三号社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律に基づく「譲与」)が果して行政処分であるかあるいは私法上の行為であるかは、前示のごとく当該行為を規定する各行政実体法規の解釈に委ねられていると解すべきであり、そして、農地法八〇条が単なる国有財産の管理上の準則ではなく、国民との権利義務関係を規定した実体法規であることは同条、ことに同条二項の規定に徴し明らかである。したがつて、農地法八〇条に基づく売払いも普通財産たる国有財産の管理処分であるから私法上の行為であるとする被告の右主張は正当でないといわなければならない。

さらに、被告は、農地法八〇条一項の農林大臣の認定があつた土地等についての売払手続を定めた施行規則五〇条と農地の売渡処分に関する手続を定めた施行規則二二条を対比し両者の差異を理由として、農地法八〇条に基づく売払いを私法上の行為と解すべきであると主張するが、しかし、被告の指摘する差異は、いずれも、前示のように農地法八〇条の規定に基づく売払いを行政処分と解するのに妨げとなるような本質的なものとは考えられない。

二  ところで、本件土地がいずれももと農地であつて原告の所有であつたこと、訴外北海道知事が自創法三条の規定に基づいて本件土地を買収したこと、本件土地が自創法による売渡しの対象となることなく、農地法七八条一項の規定により被告の管理に属するものであること、本件土地が国鉄三川駅へ徒歩一分の距離にあること、本件土地のうち(五)、(六)の土地について昭和三七年五月一〇日登記簿上畑を宅地に地目変更の処理がなされたこと、ならびに本件土地のうち(五)の土地がもと一、二五二坪として買収されたが、そのうち四九五・八六平方メートル(一五〇坪)を分筆のうえ、昭和三九年一月一〇日、農地法八〇条によつて原告に売払いがなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第八号証の二、三、四と原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一に原告本人尋問の結果を綜合すると、原告が昭和三七年五月三〇日付で「陳情書」と題する書面を北海道知事ならびに北海道空知支庁へ提出したことおよびその趣旨が本件土地について昭和二二年一〇月二日になされた買収処分には重大かつ明白なかしが存し、無効であるかあるいは取り消されるべきものであるが、もしこの主張が容れられないときは、農地法八〇条に基づいて原告へ売払いをされたい旨の申請をするにあることが認められ、他に右認定を左右すべき証拠はないから、原告は、被告に対し、右「陳情書」をもつて農地法八〇条の規定に基づく本件土地の売払処分を求める申請をしたものと認めるを相当とする。

したがつて、原告は、本件不作為の違法確認の訴えを提起する適格を有するというべきである(行政事件訴訟法三七条参照)。

被告は、右「陳情書」は単なる希望であつて申請ではないし、また、売払権限を有する農林大臣宛てになされたものではない旨を主張するが、農地法七八条二項、同法施行令一五条二号により、北海道知事は原則として農林大臣が管理する土地についての維持、保存を行う地位にあるのみならず、右の「陳情書」を受けて、申請にかかる土地のうち、その一部を原告に売り払つたことは前示のとおりであるから、それらの経緯にかんがみ、同知事に書面を提出してなされた前記申請は被告農林大臣に対するものとしての効力があるというべきである。

さらに、被告は、右「陳情書」は施行規則五〇条に定める売払申込書の記載事項の記載を欠くから売払申請とは認められないと主張するが、同条の規定は農林大臣が農地法八〇条一項の認定をしこれを通知した場合における売払申込書の記載様式を定めたものであつて、本件におけるように、いまだ認定およびその後の売払手続がなされないためにこれを求めようとしてなされる申請について右規定の適用がないことはいうまでもない。

三  さて、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内になんらかの処分をすべきにかかわらず、これをしないときは、正当な事由がないかぎり、その不作為は違法たるを免れない(行政事件訴訟法三条五項参照)。

もつとも、右は、行政庁が申請に対してこれを認容または棄却もしくは却下する等なんらかの応答義務があることを前提とするものであるから、右の「法令に基づく申請」は、申請権がある旨が明文をもつて規定されている場合に限らず、法令の解釈上、当該申請者に申請権が認められている場合をも含むものなることはいうまでもないところ、被告は、本件について原告にいかなる権利もない旨主張して争うので、この点について検討する。

およそ、公共の目的のために私有の土地等を収用した場合には、その収用処分が無効である場合は格別として、公共目的が喪失したとき、それと同時に収用処分の効力が失われ、被収用土地等の所有権が当然に被収用者に復帰し、もしくはなんらの法律上の規定なくして当然に、被収用者がその買戻権、先買権等の権利を取得すると解すべきではなく、被収用者にいかなる権利を認めて、その者の感情を尊重するかは、すぐれて立法政策の問題というべきである。けだし、憲法二九条三項は、公共の目的のために私有財産を収用しうることおよび被収用者に対し正当な補償を支払うべきことを規定しているにとどまり、公共目的が喪失した場合に、当然に被収用財産の所有権が被収用者に復帰し、もしくは被収用者がその買戻権等を取得することを定め、もしくはこれらについての立法的措置をとるべきことを国に義務づけているものとは解されないからである。そうだとすると、自作農創設のための農地の買収についても基本的には右に準ずるというべく、別異に解すべき理由はないから、農地法は、土地収用法一〇六条(買戻権)のような規定を設けるまでにはいたらなかつたが、同法八〇条の規定を設け、同規定により、前示のとおり売払義務を定める反面として、旧所有者又はその一般承継人に対し売払請求権すなわち売払処分を求める申請権を認めたものと解するのが相当である(したがつて、この売払請求権は、いわゆる買戻権と異なり、農林大臣が農地法七八条一項により管理する土地を前示の公共用等に転用するために補償を要するような権利ではなく、また、買収農地が自創法等に基づき小作人等に売り渡された後はその売渡処分が無効でない限り、消滅するものと解する)。

以上説示したところにより、被告は、原告が昭和三七年五月三〇日「陳情書」と題する書面をもつてした申請に対し、なんらかの処分をする義務があることが明らかである。しかるに、前記当事者に争いのない事実並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、昭和三八年一二月二〇日、右申請にかかる土地のうち、さきに一二五二坪として買収した別紙目録記載(五)の土地の一部、四九五・八六平方メートル(一五〇坪)につき分筆のうえ売払をしたゞけで、本件土地については右の申請に対しその申請の時から相当の期間と認められる期間をはるかに越える満二年半以上を経過した今日にいたるまで、なんらの処分をしていないことが認められ、しかも、相当の期間内になんらかの処分をしなかつたことについての正当事由は、被告の主張立証をしないところである。それゆえ、被告の右不作為は違法であるといわざるをえない。

四、よつて、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 高林克已 宮本増)

(別紙目録省略)

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