東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)146号 判決 1973年4月25日
原告 門田浅吉
被告 荒川税務署長
訴訟代理人 中村勲 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が原告の昭和三八年分の所得税について昭和三九年一二月一一日付をもつてした更正処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 原告は、東京都荒川区西尾久四丁目四番地の一一において酒類および食料品等の小売販売を業とするものであるが、被告に対し昭和三八年分所得税につき総所得金額を九五二、五〇〇円とする確定申告書を提出したところ、被告は、昭和三九年一二月一一日付をもつて右金額を一、七〇六、八〇〇円とする旨の更正処分(以下、本件更正処分という。)をした。
2 そこで、原告は、本件更正処分につき昭和四〇年一月一〇日被告に対し異議申立てをしたが、右申立は、それについて決定がなされないまま三箇月を経過したことにより東京国税局長に対する審査請求とみなされ、同国税局長は、同年九月一五日原告の右みなす審査請求を棄却する旨の裁決をなし、その通知は同月二〇日原告に到達した。
3 しかしながら、本件更正処分は以下に述べるとおり違法であるから取消されるべきである。
(一) 本件更正処分の手続には次のとおり違法がある。
(1) 本件更正処分は、被告が荒川民主商工会の組織破壊の意図のもとにこれに加盟している原告に対してした脱会勧告に原告が応じなかつたための報復手段としてことさらなされたいわゆる他事考慮に基づく処分であるから、公正を欠き違法である。すなわち、被告は、かねてより荒川民主商工会担当の係官なるものを置き、これに加盟している者に対しては他の納税義務者とは異つた取扱いをしているものであるが、原告の本件係争年分所得について原告の確定申告にはなんらの合理的疑いもなく、また、原告が仕入帳、経費帳等も提出しているにもかかわらず、単に原告が荒川民主商工会に加盟しているという理由だけで反面調査をし、そのあげく、原告が右民主商工会から脱会し被告に協力するなら被告の調査結果より有利な額による修正申告を認めるとそそのかし、もしこれに応じない場合は更正処分をすることをほのめかすなどして威しにかかつたが、原告がこれを拒否したため、本件更正処分をしたものである。
(2) 被告が本件係争年分における原告の課税標準等または税額等について調査を開始するには、原告の提出した確定申告書に記載された課税標準等または税額等が過少であるなどすでにその時点において何らかの合理的疑いが存しなければならないと解すべきところ、被告は、原告の確定申告書にはなんらの合理的疑いもなく、したがつて、調査を開始する必要性も認められないのに前述のような理由から反面調査を行なつたものであるから、違法な調査権の行使であり、これに基づく本件更正処分も違法である。
(二) 本件更正処分には原告の総所得金額を過大に認定した違法がある。
4 よつて、原告は、本件更正処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因1、2項の事実は認めるが、同3項の主張は争う。
三 被告の主張
本件更正処分は以下に述べるとおり違法である。
1 本件更正処分の手続に原告主張のような違法はない。
(一) 請求原因3項(一)(1) について
被告が荒川民主商工会の組織破壊を意図したことなどまつたくなく、まして本件更正処分は、原告主張のように右民主商工会に加盟している原告が被告の脱会勧告に応じないための報復としてなされたものではない。
被告が本件係争年分における原告の課税標準等の調査および本件更正処分をするに至つた事情は次のとおりである。すなわち、本件係争年分における原告の確定申立書には、次のように合理的な疑いがあつた。
(1) 原告の前年分(昭和三七年分)の修正申告書によると総所得金額は一、四六九、一九六円であつたのに、本件係争年分の総所得金額は九五二、五〇〇円であり、通常ならば当時の経済成長および物価上昇等に伴い一般に所得の増加が期待される状況にあるにもかかわらず、原告の本件係争年分の総所得金額は、前年に比較して五一六、六九六円減少しており(前年に比して六四パーセントに過ぎない。)、この所得が減少した特段の事情も認められなかつた。
(2) 原告の前年分の確定申告書においては、貸家を所有していることに伴う家賃収入が不動産所得として申告されていたのに、本件係争年分の確定申告書においては不動産所得欄の記載がなく、また、貸家たる不動産を処分したというような事情も認められず、なにゆえ不動産所得が発生しなくなつたかという点の疑いももたれた。
(3) 原告の本件係争年分の確定申告書には、所得金額欄の記載がなされているのみであつて、その所得金額が導き出されるべき収入金額欄、必要経費欄がまつたく空白のままであり、そのため、所得金額の計算の基礎についても疑いがもたれた。
本件係争年分における原告の確定申告書には以上のような合理的疑いがあつたので、被告は、所得税調の係官(原告主張のような民主商工会担当の係官は存在しない。)をして、それらの疑問点を解明すべく原告の課税標準等の調査をさせたが、原告には売上帳の記載がなく、仕入帳の記帳も極めて不備であり、経費帳には雇人費、諸会費等が一括されているに過ぎず、また、仕入に関する原始記録については原告は粉失、焼棄、未整理等を理由に提出せず、原告が整理したという仕入一欄表を提出するのみであつた。また、売上げについての原始記録としても納品書控のみを提出し、経費に関するものについては一部領収証の提出があつたが、それらも明らかに架空と認められるもの、あるいは日付を訂正したと認められるものがあつた。このように原告備付の帳簿書類等は極めて不備であつたため、被告は、原告の仕入先等について反面調査をして原告の所得金額を把握し、それに基づき、本件更正処分をしたものである。その間、原告に対し、民主商工会からの脱会を条件として原告に有利な額による修正申告をそそのかしたり、また、更正をほのめかして威しをかけたりしたことはなく、かえつて、原告の長男門田吉良から調査所得額の一部減額をしてもらえるなら修正申告をする旨の申出があつたが、被告の係官はこれを拒否しているのである。
(二) 同3項(一)(2) のについて
調査は申告が不適法であると疑うに足りる合理的理由がなければなしえないとの規定は法律上存在しないのみならず、税務署長としては、適正に租税債権を確保実現する職責を有しているから、確定申告がなされた場合は、それに記載されている所得その他の課税要件が適正なものか否かについて常に確認する職務を有しているのであり、必要に応じて調査することができるのであつて、必ずしも原告主張のような一義的な理由がなければ調査をなしえないというようなものではなく、したがつて、調査について原告主張のような制限を加えるべきいわれはない。ただ、税務職員の限られた定員と税務事務量の増大している現況においては、提出された確定申告書について、疑問の程度の高いものから必要な調査を行なつている場合が多いのが実情であるというに過ぎない。
また仮に、税務署長が調査を行なうためには、原告主張のように、確定申告書自体において合理的な疑いがなければならないとする見解にたつとしても、本件係争年分における原告の確定申告書には調査すべき合理的な疑いがあつたことは前述のとおりである。
2 本件更正処分における総所得金額の認定は、以下に述べるとおり正当である。
(一) 被告が本件更正処分において原告の本件係争年分の総所得金額を一、七〇六、八〇〇円と認定したのは、事業所得金額一、六二六、六〇〇円、不動産所得金額一〇五、三〇〇円、譲渡所得の金額の計算上生じた損失金額二五、一〇〇円を加算、減算したものであるが、右のうち原告の争う事業所得金額については、次のような事情から推計により算出したものである。すなわち、原告はいわゆる白色申告者であるが、前述した理由により被告において原告の本件係争年分の所得金額につき調査したところ、前述のとおり原告満付の帳簿書類等は極めて不備であり、他に原告の所得金額につき実額計算を行なうに足りる資料もなかつたので、所得金額の算定は推計方法によらざるをえなかつた。
そこで、被告はまず仕入先の調査によつて仕入金額を確定し、差益率によつて売上金額を、経費率によつて一般経費をそれぞれ推計し、それに基づき事業所得金額を算出したものである。
(二) 原告の本件係争年分の事業所得金額の算出根拠は次のとおりである。
(1) 売上金額 二一、五九五、五〇六円
(2) 雑収入 六六九、〇一四円
(3) 仕入金額 一八、九四三、〇一八円
(4) 一般経費 九五〇、二〇二円
(5) 特別経費 三六六、四〇〇円
(6) 専従者控除 七三、七五〇円
(7) 事業所得金額〔((1) +(2) )-((3) +(4) +(5) +(6) )〕
一、九三一、一五〇円
(三) 右のうち、争いのある売上金額、仕入金額、一般経費特別経費の算出根拠を説明する。
(1) 仕入金額一八、九四三、〇一八円について
本件係争年分の仕入金額につき原告の取引先を調査した結果は次表のとおりであつた。
表<省略>
右のうち、争いのある神崎商店(合併後牧原本店)分の取引内訳は別表(一)記載のとおりである。
(2) 売上金額二一、五九五、五〇六円について
売上金額のうち、酒類については、一般標準販売価格による差益を参考として、一般同業種業界の認める差益率(その算出根拠は後述(ア))により、酒類以外については、原告と同一税務署管内の同一業種の青色申告者中正確に記帳されており標準と認められるものを各販売高階級別に一割程度抽出したものの平均差益率(その算出根拠は後述(イ))により推計したものであるが、これによると原告の売上金額は次表のとおり二一、六七一、一〇六円となる。
表<省略>
そして、右のうちビールの売上については飲食店向のものについて値引がなされており、その値引分は後述(ウ)の理由により合計七五、六〇〇円と認め、これを右売上金額から控除すると、売上金額は二一、五九五、五〇六円となる。
(ア) 前記酒類の種別販売差益率の算出根拠は次表のとおりである。
表<省略>
右は東京小売酒販売組合が昭和三八年度における酒類小売業者に対する申告所得税の課税の参考に資するために作成した業態調査表に基づき算出したものであり、差益率算出に用いた酒類の種別内訳は一般的に同業者が最も多く販売する標準的な酒類によつたものである。
(イ) 前記酒類以外の差益率の算出根拠は別表(二)記載のとおりである。
なお同別表中、「同上の差益率」欄の一人当たり算術平均値一八・〇一パーセントにつき、原告に有利なように〇・〇一パーセントの端数を切り捨てて、一八・〇〇パーセントをもつて前記酒類以外の差益率としたものである。
(ウ) 前記飲食店向ビール売上における値引分七五、六〇〇円の算出根拠は次のとおりである。
昭和三八年一〇月分飲食店向ビール売上分 二、六二五本 二八二、六三〇円
(右内訳)伝票記入のもの二、五五〇本 二七四、九〇五円
久松現金売上分 七五本 七、七二五円
飲食店向ビール一本当り売上単価
282,630円÷2,625 = 107円60銭
飲食店向ビール一本当り値引高
(115円-5円)-107円60銭 = 2円40銭
注・( )内は標準小売価格マイナスビン代
飲食店向ビール一年分の値引推計
2円40銭×2,625×12 = 75,600円
(3) 一般経費九五〇、二〇二円について
一般経費については、原告の記帳が不備なため、別表(二)記載のとおり算出した前記管内青色申告者の平均標準経費率四・一二パーセントによらざるをえなかつたが、原告が病気中であつたことを考慮して四・四パーセントを相当と認めて次のとおり九五〇、二〇二円と認定した。
21,595,506円×0.044 = 950,202円
(4) 特別経費三六六、四〇〇円について
特別経費の内訳は次のとおりである。
(ア) 雇人費 三二三、五〇〇円
青山統司分 二五二、〇〇〇円
菊地美津分 三七、五〇〇円
広川晴美分 三四、〇〇〇円
(イ) 建物減価償却費 一三、三二〇円
{(取得価額 )-(残存価額)}×(償却率)= 各年の償却費
{(400,000円)-(40,000円)}×(0.037 )= 13,320円
(ウ) 支払地代 二九、五八〇円
原告の主張する支払地代四八、〇〇〇円には家事関連費に相当する部分の金額一八、四二〇円が含まれているので、当該金額を控除した金額をもつて支払地代の額としたものである。
四 被告の主張に対する原告の認否および反論
1 被告の主張1項(一)および(二)はいずれも争う。
2(一)同2項(一)について
被告主張の総所得金額のうち、事業所得金額のみを争い、その余の所得については被告の主張を認める。
(二) 同項(二)について
(1) 被告主張の事業所得金額の算出根拠の内訳のうち、雑収入額、専従者控除額は認めるが、その余は争う。
(2) 被告は、本件更正処分における事業所得金額の認定の正当性を主張するために、本件更正処分後に調査した結果をあらたな資料として追加し主張しているが、抗告訴訟の審判の対象は当該行政処分の処分時における適法性の有無であるから、課税処分取消訴訟における違法判断の基準時は当該処分(本件の場合は更正処分)時であり、処分後に判明した事由をあらたに資料として主張することは許されるべきものではない。もしもこれが許されるとするならば、課税庁は全然根拠なしに一方的な見込課税をなし、のちに便宜理由をつけて辻じつまを合わせれば足りるということになり、税務行制の恣意を認める結果となるから到底許されるべきものではない。
(三) 同項(三)について
(1) 仕入金額について
被告主張のうち、神崎商店分の仕入額については争う。同店の仕入額は一、四六二、三八二円であり、それは全額ビールの仕入である。被告主張のその余の点はすべて認める。
(2) 売上金額について
被告主張の差益率の合理性は争う。推計によるのであれば、仕入金額とこれに荒利益の率を乗じた額を合計する方法によるべきである。右仕入額に対する荒利益の率は、原告が酒類等の値引分を考慮に入れて酒類については九・五一パーセントを相当と認め、味噌は三五パーセント、しよう油は三七パーセント、塩は一〇パーセント、雑品は一三・二五パーセントとしたものである。
そして、それによると売上金額は次のとおり二〇、九六〇、八四一円となる。
(ア) 酒類の売上金額一八、四四六、三八三円
右は仕入金額合計一六、八四四、四七四円と、それに荒利益率九・
五一パーセントを乗じた一、六〇一、九〇六円との合算額である。
(イ) 酒類以外の売上金額二、五一四、五二八円
その内訳は次のとおりである。
(a)味噌 四一六、一〇二円
右は仕入金額三〇八、二二四円と、それに荒利益率三五パーセントを乗じた一〇七、八七八円との合算額である。
(b) しよう油 八七九、八三四円
右は仕入金額六四二、二一五円と、それに荒利益率三七パーセントを乗じた二三七、六一九円との合算額である。
(c) 塩 一六七、一〇一円
右は仕入金額一五一、九一〇円と、それに荒利益率一〇パーセントを乗じた一五、一九一円との合算額である。
(d) 雑品 一、〇五一、四九一円
右は仕入金額九二八、四六九円と、それに荒利益率一三・二五パーセントを乗じた一二三、〇二二円との合算額である。
なお、被告主張の推計方法による場合、飲食店向ビール売上における値引金額は争う。原告の業態は飲食店向の販売が売上先の多くを占めており、ビールのみならず、清酒、洋酒、ジユース、サイダー等についても相当な値引きが行なわれており、その総額は四〇四、一二三円にのぼつている。したがつて、右金額は差益率によつて推計された売上金額から控除されるべきである。
(3) 一般経費について
一般経費は九三七、四九九円である。被告主張の一般経費率の合理性は争う。
(4) 特別経費について
特別経費は六五二、五〇〇円であり、その内訳は次のとおりである。
(ア) 雇人費 五一九、五〇〇円
その支払関係は次表のとおりである。
表<省略>
(イ) 減価償却費 五〇、〇〇〇円
(ウ) 支払地代 四八、〇〇〇円
(エ) 貸倒金 三五、〇〇〇円
五 原告の反論に対する被告の再反論
1 原告は、課税処分取消訴訟において処分後に判明した事由を課税処分の適法性を理由づける資料として主張することは許されないと主張する。
しかしながら、所得税の更正処分はある特定の個人のある特定の年分の所得税の課税標準等または税額等という単一の事実をその対象とする処分であり、その理由ごとに処分の個数(同一性)を異にする性質のものではない。そして課税処分がその内容(実体)において違法とされ取消される原因となるのは、課税庁が認定・計算した課税標準等または税額等の数額(結論)が実際の課税標準等または正当な税額等を超えていること以外にはないから、課税処分がその内容において適法であることについては、課税庁は自己の認定・計算した課税標準等または税額等が実際の課税標準等または正当な税額等を超えていないことを主張立証すれば足りるというべきである。そうだとすれば、課税庁が正当な税額を超えていないことの主張立証を原処分時以後の資料によつてなしたとしても、原処分がその後の資料によつて客観的に正当であれば、原処分を違法とすることはできないものである。したがつて処分後の事由は課税処分を適法づける理由とはならないとの原告の主張は理由がないというべきである。
2 売上金額について
原告は売上金額の算出につき仕入金額とこれに荒利益率を乗じた額を合計すべきものとしているが、このような方法では売上金額を算出できないし、また、原告主張の荒利益率は不知。要するに、原告主張の売上金額の推計方法の合理性を争う。
3 特別経費のうちの雇人費について
原告の主張する雇人費についての雇人別の否認理由および被告の主張額の根拠は次のとおりである。
(一) 青山統司分
原告の記帳額は二六八、〇〇〇円となつているが、右青山が昭和三八年分の給与収入として住民税申告のため東京都荒川区長に申告した給与額は二五二、〇〇〇円であり、給与支給にかかる原告の記帳は、記帳事由発生の都度記帳したものではなく、後から一括記帳されたもので、真実性に乏しいので、右青山がした住民税の申告額を正当額と認めたものである。
(二) 横山建治分
原告において保管している右横山の昭和三八年度の扶養控除申告書によれば、同人の当時の住所は前記青山と同様に原告方になつている。しかし、当時右青山は原告方を住居として住民登録しているが、右横山は、原告方を住居とする住民登録をしておらず、住民税の申告も右青山はしているが、右横山はしていないこと、昭和三九年九月二二日の調査の際、原告の妻が被告の係官に対し本件係争年度は店員は右青山だけであつたと申述していること、昭和三七年分の原告の所得税調査のため、昭和三八年九月ごろ、原告の調査を担当した被告の係官が、その調査期間中雇人は右青山だけであつたことを確認していること、本件係争年分の調査のため、被告の係官が原告方を訪問した際横山連治と名乗つた者がその後原告の長男と同一人であることが判明したこと、被告の係官が本件係争年度のビール売上の検討のため納品伝票を検討したところ、伝票記帳の筆跡は右青山のものだけで、右横山の筆跡と認められるものがなかつたこと、以上の理由により横山建治が本件係争年1度に原告の雇人として勤務した事実はまつたく認められないので、原告主張の右横山の雇人費を否認したものである。
(三) 広川晴美分
右広川に関する原告の記帳は三四、〇〇〇円であり、また、本件更正処分時における原告の主張も三四、〇〇〇円である。四四、〇〇〇円は訴訟提起後における原告の主張である。
(四) 針谷道子分
右針谷については、雇人費としての原告の記帳はなく、本件更正処分調査時において原告が追加主張したものであるが、その主張に信憑性がないので否認したものである。
(五) 針谷国広分
右針谷については、雇人費としての原告の記帳はなく、また、本件更正処分調査時においても同人についての原告の記帳はなく、訴訟提起後においてはじめて原告が主張したものである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1、2項記載の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件更正処分が原告主張のように違法であるか否かについて判断する。
1 手続の違法性について
(一) 原告は、まず、本件更正処分は被告が荒川民主商工会の組織破壊の意図のもとにこれに加盟している原告に対してなした脱会勧告を原告が拒否したことに対する報復手段としてなされたものであるから違法である旨主張するが、<証拠省略>中右主張に一部副う部分は<証拠省略>に照らしてたやすく信用できず、他に原告主張のような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
かえつて、<証拠省略>によれば、被告が原告の本件係争年分の課税標準等の調査および本件更正処分をするに至つた事情は次のとおりであることが認められる。すなわち、
(1) 原告は、いわゆる白色申告者であるが、被告は、原告の本件係争年分の確定申告にみられた次のような事実から、右申告の信憑性に疑いを持ち、所得税課の係官をして原告の課税標準等の調査をさせた。
(ア) 原告の前年分(昭和三七年分)の修正申告書によるとその総所得金額は一、四六九、一九六円であつたのに、本件係争年分の確定申告ではその総所得金額が九五二、五〇〇円で、前年に比較して五一六、六九六円も減少していたこと
(イ) 原告の前年分の確定申告においては、貸家を所有していたことに伴う家賃収入が不動産所得として申告されていたのに、本件係争年分の確定申告書には不動産所得欄の記載がなかつたこと
(ウ) 原告の本件係争年分の確定申告害には所得金額欄の記載がなされているのみで、その所得金額が導き出されるべき収入金額欄、必要経費欄の記載が全然なかつたこと
(2) ところで、被告の係官淡島章一が原告の事業関係帳簿等を調査するため昭和三九年八月以降四回にわたつて原告の店舗に赴き、原告とその事業専従者である原告の長男門田吉良に対して「本件係争年分の事業関係帳簿等の提示を求めたが、原告らに民主商工会の会員数名も加わつて(原告は荒川民主商工会の会員であつた。)、右係官に対し調査の理由を問い質し、調査の不当性を主張するなどして容易に調査に協力せず、結局、原告らは売上帳や現金出納帳は存在しないとして提示せず、提示された仕入帳と経費帳のうち、前者は昭和三八年一〇月分以降のもののみであるうえ、後者は雇人費と諸会費の記載しかなく、右各帳簿の記載はいずれも不備であつた。また、各種伝票や領収書、納品書控等の原始記録についても、原告らは、仕入に関するものは紛失、焼棄などを理由に提出せず、ただ前記門田吉良が作成したと称する仕入一覧表と飲食店向ビールの売上に関する伝票や経費に関する領収書の一部の提出がなされたのみであつた。
(3) 右のように原告備付の帳簿書類等は不備であつたうえ、原告らの必ずしも協力的とはいい難い態度のため、被告は、右調査のみから原告の所得を十分把握することができず、原告の仕入先等について反面調査をして原告の所得の把握に努め、それに基づき本件更正処分をした。
以上の事実が認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は<証拠省略>に照らして信用し難く、他に右認定に反する証拠はない。
そうすると、原告の前記主張は理由がないといわなければならない。
(二) 次に原告は、被告のなした前記課税標準等または税額等の調査は、原告の本件係争年分の確定申告書になんら合理的疑いがないにもかかわらずなされたから違法な調査権の行使であり、それに基づく本件更正処分は違法である旨主張するが、原告の確定申告にみられた前認定のような事実は、通常人をして右申告の信憑性に疑いを抱かせるに十分であり、したがつて、原告の本件係争年分の確定申告には、その信憑性につき税務職員が調査をすべき合理的疑いがあつたというべきであるから、原告の右主張も理由がない。
2 総所得金額認定の違法性について
本件更正処分における総所得金額一、七〇六、八〇〇円の認定が正当であるか否かについて判断する。
(一) 原告の本件係争年分における不動産所得金額が一〇五、三〇〇円であることおよび総所得金額の算定上、譲渡所得の金額の計算上生じた損失金二五、一〇〇円が減算されるべきであることは当事者間に争いがない。
(二) 次に本件更正処分における事業所得金額一、六二六、六〇〇円の認定の適否について検討する。
(1) 本件更正処分における事業所得金額の認定は推計方法によつているので、まず、推計方法によつたことの適否について考えるに、原告がいわゆる白色申告者であることは前認定のとおりであり、そして、前認定のような本件更正処分がなされるに至つた事情、とりわけ、原告備付の帳簿書類等が不備であつたことおよび被告の係官の調査に対して原告らがとつた協力的とはいい難い態度に鑑みると、被告が実額計算によらずして推計方法によつたことはやむをえないというべきである。
(2) 次に被告主張の推計の合理性について検討するのに先立ち、被告が本件更正処分における事業所得金額の認定の正当性(具体的には推計の合理性)を主張立証するために本件更正処分後に調査した結果を新たな資料として提出していることにつき、原告は、右のような主張立証を許すことは課税処分の違法判断の基準時が処分時であることと矛盾し、また、課税庁の恣意的課税を許す結果ともなるので違法である旨主張するので、この点につき考察する。
一般に課税処分取消訴訟における審判の対象は当該処分の違法性一般であるが、本件のように具体的違法事由として課税処分の内容の違法すなわち課税処分において認定された課税標準または税額の多寡が争われている場合には、当該課税処分の違法性の有無は、右処分において認定された課税標準または税額が右処分時における客観的な課税標準または税額を超えているか否かによつてのみ決せられるべきものと解すべきであるから、課税標準または税額の計算の根拠となる事実についての主張立証は単なる攻撃防禦方法に過ぎず、したがつて、右事実が課税処分時にすでに課税庁の調査等により判明していたものか否かを問わず、口頭弁論終結に至るまで原則として随時提出しうるというべきである(民事訴訟法一三七条、一三九条一項参照)。したがつて、原告の前記主張は、採用の限りでない。
(3) そこで、被告主張の事業所得金額の算出根拠の内訳のうち、争いのある売上金額、仕入金額、一般経費、特別経費について以下順次検討する。
(ア) 仕入金額について
被告主張の仕入金額のうち、神崎商店分を除くその余の仕入金額については当事者間に争いがない。そして、<証拠省略>によると、神崎商店からの仕入金額は、被告主張のとおり一、五三〇、一〇八円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。
そうすると、仕入金額合計は一八、九四三、〇一八円となる。
(イ) 売上金額について
被告主張の売上金額の推計の合理性について検討する。
(a) 酒類の売上金額
<証拠省略>および弁論の全趣旨によると、被告主張の酒類の売上金額の推計の基礎となつている差益率は、東京都小売酒販売組合が昭和三八年度における酒類小売業者に対する所得税に関する課税の参考に資するために作成して東京国税局に提出した業態調査表に基づき、標準小売価格をもつて小売差益を除して算出したものであることおよび右差益率算出に用いた酒類の種別内訳は一般的に同業者が多く販売する標準的な酒類であることが認められ、右事実によれば被告主張の差益率は合理的に算出されたものというべきである。そして、右差益率によつて被告主張のとおりまず原価率を算出し、右原価率により前認定の酒類の仕入金額を除することによつて売上金額を推計することは合理性があるものと認められ、それによると、酒類の売上金額が被告主張のとおり合計一九、一七四、九九九円となることが計算上明らかである。
(b) 酒類以外の売上金額
<証拠省略>によると、被告主張の酒類以外の売上金額の推計の基礎となつている差益率は、昭和四一年ごろ東京国税局の係官三輪正雄が荒川税務署管内の酒類小売業者のうち、正確な記帳をしている青色申告者を調査のうえ、地域別、売上高階級別に平均化されるように抽出し、その抽出された合計二二名の業者の酒類以外の売上金額およびその差益金額に基づき別表(二)のとおり算出した平均差益率一 八・〇一パーセントについて、さらに原告に有利にその端数〇・〇一パーセントを切り捨てたものであることが認められるから、右差益率は合理的に算出されたものというべきである。そして、右差益率を用いて前認定の酒類以外の仕入金額から前記酒類の場合と同様の方法で売上金額を推計することは合理性があり、それによると、酒類以外の売上金額が被告主張のとおり二、四九六、一〇七円となることが計算上明らかである。
ところで、以上のとおり差益率によつて推計された売上金額合計二一、六七一、一〇六円について、被告は、より真実の売上金額に合致させるため、さらにそれから飲食店向ビールの売上における値引金額として七五、六〇〇円を控除して被告主張の売上金額二一、五九五、五〇六円を算出しているのに対し、原告は飲食店向酒類その他の商品の売上における値引金額として四〇四、一二三円が控除されるべき旨主張するので、この点について検討するに、原告主張のように右値引金額が四〇四、一二三円であることを窺わせるに足りる証拠はない。一方、<証拠省略>によると、右淡島が原告の店舗において前認定の調査をした際、前記門田吉良が飲食店向商品の売上においてはビールについてのみ値引している旨申立て、同人が提出した飲食店向ビールの売上納品伝票のうち昭和三八年一〇月分のみが完備しており、それによると一〇月分の伝票記入のものが二、五五〇本、その売上金額が合計二七四、八八〇円であつたことおよびその際前記門田吉良は、さらに「久松」という飲食店に値引して現金売している分がある旨申立て、その示した数字によると、昭和三八年一〇月分は七五本、年間合計は一、一五〇本、一本当りの売上単価は一〇三円であつたとしていることが認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は前掲証拠と対比して採用できず、他に右認定に反する証拠はない。右の認定事実によれば、被告が飲食店向ビールの売上についてのみ値引分を認め、これを控除して最終的な売上金額を推計していることは相当というべきである。そして、被告がその値引金額を算出するうえにおいて、伝票記入の売上分について、一〇月分を基礎に一年分の値引金額を推計していることは、ビールの売上が季節によつて左右される(特に夏期は売上が多い。)ことが公知の事実であることを考慮に入れても、なおやむをえないというべきである。もつとも、「久松」現金売上分についても一〇月分を基礎にしていることは、一年分の本数が前記門田吉良から示されていることに鑑みれば、妥当性を欠くといえなくもない。しかし、「久松」という名前が前記門田吉良が提出した飲食店向売上納品伝票には見当らず、その住所も判明しなかつたことが<証拠省略>によつて認められることおよび右吉良自身、「久松」という飲食店の存在を知らず、したがつて同店に対する売上はない旨証言していることを併せ考えると、「久松」に対する現金売上分の存在は極めて疑わしく、むしろ、存在しなかつたものと考えるのが妥当である。そうすると、被告主張の値引金額の推計方法は、「久松」現金売上分については論ずるを要せず、結局において相当というべきである。そこで、以上認定したところに基づき、被告主張の計算方法により値引金額を算出すると、次の算式により六七、六二六円となることが計算上明らかである。
昭和三八年一〇月分飲食店向ビール売上分
二、五五〇本 二七四、八八〇円
飲食店向ビール一本当り売上単価
274,880円÷2,550 = 107円79銭
飲食店向ビール一本当り値引高
(115円-5円)-107円79銭 = 2円21銭
(なお( )内の一一五円は標準小売価格であり(これは前認定のとおりである。)、五円はビン代であつて、これは弁論の全趣旨により認める。)
飲食店向ビール一年分の値引推計
2円21銭×2,550×12 = 67,626円
そうだとすると、飲食店向ビールの売上における値引金銭は、被告の主張額七五、六〇〇円を超えることはないというべきである。
以上によると、被告主張の売上金額二一、五九五、五〇六円は合理的に推計されたものといわなければならない。
これに対し、原告は、原告主張の荒利益率を仕入金額に乗じた額と仕入金額とを合計して売上金額を推計することがより合理的である旨主張するが、荒利益率(被告のいう差益率と同義と解する。)は、荒利益(差益)を売上金額で除した数値であるから、このような計算方法によつて売上金額を求めること自体誤りであるのみならず、原告主張の荒利益率の具体的算出根拠についてなんら主張立証がないから、右荒利益率によつて売上金額を推計することが被告主張の差益率による推計よりも合理的であるとは到底認め難い。
よつて、被告主張の売上金額二一、五九五、五〇六円をもつて原告の本件係争年分の売上金額と認定するのが相当である。
(ウ) 一般経費について
一般経費についての被告の主張額が九五〇、二〇二円であるのに対し、原告の主張額は九三七、四九九円であるから、一般経費が被告の主張額を超えることはないというべきである。したがつて、)一般経費は被告主張のとおり九五〇、二〇二円と認定するのが相当である。
(エ) 特別経費について
(a) 雇人費
雇人費のうち争いのある青山続司、横山建治、広川晴美、針谷道子、針谷国広の雇人費について検討する。
(青山続司分)
原告は青山統司の雇人費が二六八、〇〇〇円である旨主張し、<証拠省略>によると、右淡島が原告の店舗において前認定の調査をした際、前記門田吉良が提出した雇人費に関する帳簿には、青山続司分として原告主張のとおり二六八、〇〇〇円と記載されていたことが認められるが、他方、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき<証拠省略>によると、青山続司が昭和三九年度の住民税申告のために東京都荒川区長に申告した昭和三八年における収入金額は、被告主張のとおり二五二、〇〇〇円であつたことが認められる。右事実に加えて、前認定のように原告備付の帳簿書類が全体として不備であることから、個々の帳簿すなわち前記雇人費に関する帳簿の記載内容の真実性についても帳簿書類全体が完備している場合に比較して疑いをさしはさむ余地が多分にあることおよび他に青山統司の雇人費が二六八、〇〇〇円であることを窺わせるに足りる証拠もないことを併せ考慮に入れると、青山統司の雇人費は、客観性のある住民税の申告額に基づき、被告主張のとおり二五二、〇〇〇円と認定するのが相当である。
(横山建治分)
原告は横山健治の雇人費一二四、〇〇〇円がある旨主張し、<証拠省略>によると、前記門田吉良が右淡島に提出した雇人費に関する帳簿には、横山健治分として原告主張のとおり一二四、〇〇〇円と記載されていたことが認められ、また、<証拠省略>は横山建治が昭和三八年から約二年間原告方に住込みで働いていた旨証言している。しかしながら、他方、<証拠省略>によると、原告方に住込みで働いていた前記青山統司は、原告方を住居とする住民登録をし、かつ、住民税の申告をしているのに、横山建治は住民登録、住民税申告のいずれもしていないこと、前記淡島章一が前認定のように原告の店舗に調査のために赴いた際、原告の妻が昭和三八年における雇人は青山統司一人である旨申述していること、右淡島は前認定のとおり調査のために四回原告の店舗に赴いているが、一度も横山健治の姿を認めず、その都度前記門田吉良は横山建治が配達等で外出中である旨弁明していること、右淡島が原告の店舗において右門田から提出を受けた飲食店向売上納品伝票多数を調査した際、右伝票の記載に青山続司と右門田の筆跡は認められたが、横山建治の筆跡は認められなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右の認定事実に加えて、前判示のとおり原告備付の帳簿書類が全体として不備であることから、個々の帳簿すなわち前記雇人費に関する帳簿の記載内容の真実性についても疑いをさしはさむ余地が多分にあることおよび前記門田吉良の証言内容についてみても、横山建治か原告方に住込みで二年間も働いていたというには余りにも右門田がその人物について知るところが少く、その信憑性がそれだけ乏しいことを総合して判断すると、横山建治が昭和三八年ごろ原告の雇人として働いていたことは極めて疑わしく、他にこれを首肯せしめるに足りる証拠もないから、横山建治が昭和三八年ごろ原告の雇人として働いていたことはないものと推認するのが相当である。したがつて、原告主張の横山建治の雇人費一二四、〇〇〇円は全額否定せざるをえない。
(広川晴美分)
原告は広川晴美の雇人費が四四、〇〇〇円である旨主張するが、<証拠省略>によると、右淡島が原告の店舗において前認定の調査をした際、前記門田吉良が提出した雇人費に関する帳簿には、広川晴美分として三四、〇〇〇円と記載されていたことが認められ、それを超えて広川晴美の雇人費が四四、〇〇〇円であることを窺わせるに足りる証拠もないから、広川晴美の雇人費は被告主張のとおり三四、〇〇〇円と認定するのが相当である。
(針谷道子、同国広分)
原告は雇人として針谷道子分が二六、〇〇〇円、同国広分が二〇、〇〇〇円ある旨主張するので検討する。
<証拠省略>によると、針谷道子と同国広は、右門田が昭和三七年一月ころから交際を始めてその後婚約のうえ昭和三九年九月に結婚した針谷栄子の妹と弟であり、昭和三八年当時、針谷道子は一五、六才の中学生か高校生、同国広はそれより二才位下の中学生であつたこと、針谷道子と同国広は、学校の休暇期間を利用して、右道子は三月、七月、八月、一二月、右国広は七月、八月の各月にそれぞれ五日間から一週間程度原告の店舗において販売手伝い、店舗掃除およびビンの片付けなどの手伝いをしたこと、それに対し原告は、右両名に腕時計、万年筆、靴、ゆかた、ネツクレスなどを買い与えたことを金銭に評価したうえ、別に与えた小遣銭をこれと合計して、それらをすべて針谷道子と同国広の雇人費として主張していること、以上の事実が認められる。
ところで、右各支出が原告の事業の収支計算上必要経費に算入されるか否かは、もつぱらその支出が原告の事業の遂行のために提供された労働力の対価としての性質を有するか否かによつて決せられるべきところ、仮に、右のような原告主張の支出があつたものとしても、針谷道子と同国広は、原告の長男で事業専従者である(このことは前認定のとおりである。)門田吉良とはその婚約者の妹と弟という近親関係にあつたこと、右両名はいまだ年少で十分な労働力の提供は困難であり、かつ、その一月当りの手伝い期間が五日間から一週間程度と極めて短いにもかかわらず、そのその受領した金銭あるいは物品の金銭評価額は、原告主張の青山統司を除く他の雇人の一月分の賃金と比較してほぼ同等かやや少い程度であること、前記門田吉良自身、その理由として針谷道子と同国広が前記のような近親関係にあることによる旨証言していること、右各支出の内容も小遣銭ないしは身の回りの贈答品の給付であり、通常の雇人費の支出内容(金銭給付)とは著しく趣きを異にしていること、以上の諸点に加えて、淡島章一が原告の店舗において前認定の調査をした際前記門田吉良が提出した雇人費に関する帳簿には右各支出が記載されていないことが<証拠省略>により認められることをも総合して判断すると、原告主張の前記各支出は、原告の事業遂行のために提供された労働力の対価というよりはむしろ原告の近親者でもある針谷道子と同国広が原告の営業の手伝いをしたことを機縁としてなされた単なる贈与すなわち利益の処分であると認定するのが相当である。
そうすると、原告主張の前記各支出は必要経費には算入されないというべきである。
なお、仮に、原告の右主張額中に必要経費相当分が含まれているとして、原告に最も有利に原告の主張額全額を必要経費に算入したとしても、本件更正処分における事業所得金額の算定はその場合における事業所得金額の範囲内でなされておるから、判決の結論に影響を及ぼさないこと後述のとおりである。
(b) 減価償却費
原告は減価償却費として五〇、〇〇〇円を主張するが、その具体的根拠についてはなんら主張するところがない。一方、被告は減価償却費としては建物減価償却費一三、三二〇円のみを主張するので、その適否について検討するに、<証拠省略>によると、原告がその事業の用に供する減価償却資産としては原告の店舗のある建物だけであることおよび右建物の取得価額は四〇〇、〇〇〇円であつて被告主張の右建物の減価償却費一三、三二〇円は右取得価額を基礎として旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下同じ。)一〇条の三、旧所得税法施行規則(昭和四〇年政令第九六号所得税法施行令による改正前のもの。以下同じ。)一二条の一三第一項一号、同条四項所定の方法によつて計算されていることが認められる。そうすると、減価償却費は、被告主張の建物減価償却費一三、三二〇円と認定するのが正当である。
(c) 支払地代
原告の店舗のある建物の敷地の支払地代が原告主張のとおり四八、〇〇〇円であることは当事者間に争いがないが、被告は、右支払地代には家事関連費に相当する部分の金額一八、四二〇円が含まれているので、それを除いた金額二九、五八〇円が必要経費となる旨主張するので、この点につき検討する。<証拠省略>によれば、右店舗のある建物は、一階部分と二階部分の床面積がほぼ同じ二階建であつて、一階部分が店舗、二階部分が原告とその家族の住居として使用されていることが認められる。右事実によると、右支払地代は旧所得税法一〇条二項但書にいう家事上の経費に関連する経費というべきである。そうすると、右支払地代は、旧所得税法施行規則一〇条の二五第一号に該当する場合に限り必要経費への算入が許されるというべきところ(原告は前認定のとおり白色申告者であるから、同条二号に該当する余地はない。)、前認定の事実によれば、他に特段の事情の認められない本件においては、右支払地代について、同条一号にいう「当該経費の主たる部分が法第九条第一項……第四号……に規定する総収入金額を得るために必要であり、且つ、その必要である部分が明りように区分できる場合における当該部分に相当する経費」に該当する金額が被告の主張額二九、五八〇円を超えるものとは到底認められないといわなければならない。そうだとすると、前記支払地代四八、〇〇〇円のうち必要経費への算入が許される金額は、被告主張のとおり二九、五八〇円と認定するのが相当である。
(d) 貸倒金
原告は貸倒金として三五、〇〇〇円がある旨主張するが、その具体的内容についてはなんら主張がないうえ、原告の右主張に副う<証拠省略>も、右賃倒金三五、〇〇〇円の具体的内容についてまでも明確に証言しているものではないから、右証言内容自体ならびに同証人が前認定のとおり原告の長男かつ事業専従者であつて、原告と利害が一致する関係にあることに鑑みてたやすく信用し難く、他に右賃倒金の存在を窺わせるに足りる証拠もないのみならず、前記淡島章一が原告の店舗において前認定の調査をした際、前記門田吉良が右淡島に対し貸倒金は存在しない旨申述していることが右淡島の証言によつて認められるから、原告主張の貸倒金は存在しないものと推認せざるをえない。
(三) 以上によると、原告の本件係争年分の(1) 売上金額は二一、五九五、五〇六円、(2) 雑収入は六六九、〇一四円(これは当事者間に争いがない。)、(3) 仕入金額は一八、九三四、〇一八円、(4) 一般経費は九五〇、三〇二円、(5) 特別経費は前認定のとおり針谷道子、同国広の各雇人費を全額否認して計算すると三六六、四〇〇円(内訳・雇人費三二三、五〇〇円、建物減価償却費一三、三二〇円、支払地代二九、五八〇円)、(6) 専従者控除額は七三、七五〇円(これは当事者間に争いがない。)であるから、事業所得金額は、右(1) と(2) の合計額から右(3) ないし(6) の合計額を差引いた一、九三一、一五〇円となり、総所得金額は、右事業所得金額に前認定の不動産所得金額一〇五、三〇〇円を加算した金額から前認定の譲渡所得の金額の計算上生じた損失金額二五、一〇〇円を差し引いた二、〇一一、三五〇円となる。そして、前述のとおり、仮に原告主張の針谷道子の雇人費二六、〇〇〇円、同国広の雇人費二〇、〇〇〇円をそれぞれ全額必要経費に算入して計算したとしても、事業所得金額は一、八八五、一五〇円、総所得金額は一、九六五、三五〇円となる。
してみれば、本件更正処分における事業所得金額一、六二六、六〇〇円、総所得金額一、七〇六、八〇〇円の算定は、右認定の二つの場合の各事業所得金額、総所得金額の範囲内でなされたものであるから、いずれにしても適法である。
三 叙上の次第で、本件更正処分は適法であり、これが違法であるとしてその取消しを求める原告の本訴請求は理由がない。
よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 高津環 牧山市治 横山匡輝)
別表(一)、(二)<省略>