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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)2号 判決 1972年2月28日

原告 遠藤政賢

被告 静岡県知事 ほか二名

訴訟代理人 日浦人司 ほか五名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告静岡県知事が昭和三九年五月一一日付で別紙物件目録記載の各土地についてした買収処分を取り消す。被告国は原告に対し前項記載の各土地につき静岡地方法務局熱海出張所昭和三九年九月九日受付第五二二九号をもつてなされた昭和三九年七月一日付買収を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被告鈴木源吾は原告に対し第一項記載の各土地につき静岡地方法務局熱海出張所昭和三九年九月九日受付第五二三〇号をもつてなされた昭和三九年七月一日付売渡しを原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつ、右土地を明け渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに土地明渡しの部分につき仮執行の宣言

(被告ら)

主文と同旨の判決

第二原告の主張

(請求原因)

別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。)は、それに隣接する約一九、八三四・七平方メートル(二町歩)の土地とともにもと佐野常尾の所有であつたが、昭和二年二月五日原告が沼津区裁判所の競落許可決定により通称遠藤善寿名義で取得したものであるところ、被告静岡県知事は、これを農地法六条五項のみなし小作地に該当すると認め、昭和三九年五月一一日付で買収して同年七月一日被告鈴木に売り渡し、同年九月九日被告国および被告鈴木のために請求の趣旨記載の各所有権移転登記が経由され、現に被告鈴木が本件土地を占有している。

しかし、右買収処分は、次の理由により違法であつて取り消されるべきである。すなわち、本件土地は、かつては畑であつたが、大正七、八年ころの津波や近くを流れる谷川の度び重なる氾濫によつて、巨石の点在する川原と化し、戦後自作農創設特別措置法による買収の際にもその対象とはされなかつた。

ところが、被告鈴木は、その後いつの間にか本件土地を無断開墾して蜜柑の木を植栽するに至つたので、原告は、昭和三八年四月二二日静岡地方検察庁沼津支部に同被告を不動産窃盗罪の容疑で告訴するとともに、同年五月二日同被告を相手どり熱海簡易裁判所に本件土地の明渡しを求める訴えを提起した。以上によつて明らかなごとく、本件土地は、買収当時被告鈴木が耕作していたとはいえ、同耕作が無権限によるものであるから、農地法にいう農地ではなく、またその耕作自体も平穏且つ公然に行なわれていたとはいえない。それ故、本件土地が同法六条五項所定のみなし小作地に該当するとしてなされた前記買収処分は、違法として取消しを免かれず、これが有効であることを前提とする前記売渡処分及び各所有権移転登記も、その効力を生ずるに由ないものである。

(抗弁に対する認否)

(1)  被告ら主張の本案前の抗弁事実を否認する。本件土地について被告らの主張に副う各所有権移転登記が経由されいるのでは、真実その旨の売買がなされたことによるのではなく、単に登記名義だけを移転する措置に出たにすぎないものであるから、本件土地は、その登記簿上の記載如何にかかわらず、原告の所有に属するものであつて、原告は、その適格において欠けるところはない。

(2)  被告鈴木主張の取得時効の抗弁事実中占有が平穏、公然、善意且つ無過失であつた点を否認し、その余の主張事実は不知。同被告は、さきに西隣地の売渡しを受けた際その測量に立ち会い、本件土地が当然売渡対象地に含まれていないことを知らされ、現に自ら両地の境界に高さ約四五・四五センチメートル(一尺五寸)の石垣を築いてその区画を明確にしていることからみて、少なくとも、占有の始め善意且つ無過失であつたとはいえない。

(3)  被告鈴木主張の留置権の抗弁事実は不知。仮りに同被告が本件土地に関してその主張のような支出をしたとしても、同被告の本件土地の占有は不法行為によるものであり、また、右支出はすべて有益費で、且つ、同被告が悪意の占有者であるところから、原告は、民法一九六条二項の規定により、同被告が現実に支出した金額を選択し、その償還につき裁判所に対し相当の期限の許与を求めるので、原告の償還債務は、弁済期にあるとはいえない。そこで、右いずれの点からしても、同被告の本件土地についての留置権は、成立し得ないものというべきである。さらに百歩を譲り、留置権は成立しうるとしても、同被告の支出した金額のうち支出の時から一〇年を経過したものは、時効によつて消滅しており原告は、ここに右時効の利益を援用する。

第三被告らの主張

(本案前の抗弁)

原告は、本件土地を競落許可決定によつて取得してから間もなくこれを遠藤義孝に売却し、昭和二年一〇月一八日付でその旨の登記を経由している。もつとも、昭和三八年四月三日にいたりその買戻しをしているが、当時本件土地が農地となつていたことは原告の自認するところであるから、知事の許可を受けていない右買戻しは、その効力を生ずるに由ないものというべきである。それ故、原告は、本件土地の買収処分の取消しを求める適格を欠くこと明らかである。

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因事実のうち、本件土地が買収処分当時農地法六条五項にいうみなし小作地でなかつたことは否認するが、その余の主張事実は認める。

原告は本件土地の所有者でないこと既述のとおりであるが、仮りに所有者であつたとしても、被告鈴木は本件土地の管理人渡辺泰助の依頼により、昭和六年ころから本件土地を開墾してこれに蜜柑の木を植栽を始め、本件土地買収のための公示のなされた昭和三八年三月当時、別紙物件目録記載(一)、(二)、(八)、の各土地には樹齢五年ないし三〇年の、同目録記載(三)、(五)、(六)、(七)の各土地上には樹令約一〇年の蜜柑の木が生立しており、その間、原告は、同被告の耕作に対して異議をとどめることなく、かえつて、昭和八年ころから昭和二一年まで収穫の四割に相当する金額を地代として収納していたのである。したがつて、本件土地は、それが農地法二条二項にいう小作地に該当するかどうかは別としても、少なくとも同法六条五項にいう小作地以外の農地で被告鈴木において平穏且つ公然と耕作の事業に供していたいわゆるみなし小作地に該当すること明らかである。

(被告鈴木の本案の抗弁)

(一) 被告鈴木は、昭和二三年原告より賃借りしていた土地の売渡しを受けたが、売渡通知書に記載された土地の面積が本件土地を含むものであり、また、同被告は、原告よりの小作地を一帯として耕作してきたのに、売渡しを受けるにあたり本件土地が売渡しの対象から除外されている旨特別の指示がなかつたところから、本件土地もあわせて売渡しを受けたものと誤信し、売渡通知書の交付された同年六月三〇日以来今日に至るまで引続き、所有の意思をもつて平穏公然と本件土地を占有し、その占有の始め善意にして且つ過失がなかつたのであるから、その日より、一〇年を経過した昭和三三年七月一日時効によつて本件土地の所有権を取得した。

(二) また、被告鈴木は、昭和六年ころから現在に至るまで本件土地に関して農地造成費一一万六二円九八銭、肥培管理費一〇〇万四、七〇二円一五銭合計一一一万四、七六五円の必要費及び有益費を支出し、原告に対し同額の償還請求権を有しており、該債権が請求と同時に弁済期にあるものというべきであるから、その弁済を受けるまで本件土地の明渡しを拒否する。

理由

まず、被告らの本案前の抗弁について判断する。

本件土地は、もと佐野常尾の所有であつたが、昭和二年二月五日原告がそれに隣接する約二町歩(五、八三四、七平方メートル)の土地とともに沼津区裁判所の競落許可決定によつてこれを取得し、その後同年一〇月一八日付で本件各土地につき売買を原因として遠藤義孝のために所有権移転登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。しかして、<証拠省略>によれば、右鈴木義孝は、原告の次男で当時五歳にすぎなかつたこと、その後も本件土地の公租公課は原告において負担してきたことを認めることができ、右認定を妨げる証拠はない。しかして、右の事実関係から推論すれば、右義孝に対する本件土地の所有権移転登記は、真実その旨の売買が行なわれたことによるものではなく、原告が税額の軽減を期する等の目的のために、単に登記名義だけを移転する措置に出たものであり、したがつてまた、昭和三八年四月五日にいたり本件土地につき義孝から原告に対してなされた所有権移転登記も、その実質は名義回復の登記にすぎないものであつて、被告らの主張する知事の許可の有無を審究するまでもなく、有効であるというべきである。

それ故、本件土地は、登記簿上の記載の如何にかかわらず、終始原告の所有であつて、原告は、その適格において欠けるところはなく、被告らの本案前の抗弁は、排斥を免がれない。

次に、本案について判断するのに、<証拠省略>によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、東京に居住する金融業者であるところから、本件土地を含む熱海市下多賀の土地につき地元の渡辺泰助にその管理を委ねるとともに、希望者があれば小作させていい畑に造りあげてもらいたい旨頼んでいたところから、同人の義弟に当たる被告鈴木は、その依頼に応じて、昭和六年ころから本件土地を含む字栗林山林六三八番の一部を耕作するようになつた。ところで、これらの土地は、もともと橙、梅等の植えられた畑であつたところ、大正九年麓を流れる鍛治川の氾濫によつて川縁の平坦な部分は一面の川原と化し、山腹の部分も大正一二年の関東大震災によつて石積みが崩れる等して荒れ果てたままになつていたが、被告鈴木およびその家族らの営営たる努力によつて次第に整地され、そのうち本件土地は、昭和二二年右西隣地の買収処分がなされた際、全体に芋、麦等の間作が行なわれていたばかりでなく、昭和三八年三月四日本件土地買収のための公示のなされた当時は蜜柑の熟畑となつていた。そして、その間、原告は、被告鈴木の本件土地の耕作に対して異議を申し出たことなく、かえつて、昭和九年ころより前記西隣地の買収処分のなされた前年の昭和二一年まで本件土地の小作料を受領していた。そこで、被告鈴木としては、昭和二二年本件土地を含む全部の土地について売渡しの申請をなし、翌二三年の売渡処分によつて申請どおり本件土地の売渡しも受けたものと信じ、引き続きその占有耕作をしてきた。ところが昭和三八年二月にいたり、農地委員会の手違いによつて、本件土地が買収もれに、また、本件土地とほぼ同一面積の松浦勝外一名の耕作している字栄盛久保の土地が同被告に売渡しになつている事実が判明し、その過誤を是正するために、被告知事は、本件土地の買収並びに売渡処分を行なつた。

以上の事実を認めるのに十分であり、<証拠省略>をもつてしても該認定を覆えすことができず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。しかして、以上認定の諸事実に、<証拠省略>によつて認められる前記昭和二二年以降同被告において小作料を納人していない事実を合わせ考えれば、本件土地は、これをもつて農地法二条二項にいう小作地とはいえないとしても、少なくとも同法六条五項にいうみなし小作地に該当すること明らかである。

されば、本件買収処分の違法とこれが取消しを前提とする原告の請求は、いずれも、その理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 横山長 渡辺昭)

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