大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2340号 判決 1970年2月16日

申請人

樋口照美

外八名

代理人

柴田五郎

外二名

被申請人

高砂暖房器株式会社

代理人

浅沼澄次

外三名

主文

1、申請人らが被申請人に対し、労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2、被申請人は申請人樋口照美、同永井光男、同斎藤牧雄、同鈴木真一、同見目和久、同志田蔽治、同川上潔美に対し昭和四一年八月一七日以降、申請人土屋重男、同酒井保雄に対し同月一八日以降本案判決確定に至るまで、毎月一五日限り一カ月別紙入社年月日等一覧表賃金らん記載の金額の割合による金員を仮に支払え。

3、申請人土屋重男、同酒井保雄のその余の申請を却下する。

4、訟費用は被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一申請人ら主張の申請の理由(一)、(二)は当事者間に争いがない。

二そこで、本件除名の効力につき検討する。

(一)1  <証拠>を併せ考えれば、昭和四〇年一二月一五日、支部青婦部が関東ガス器具支部と共に中心となつて、品川区内の全金各支部青年婦人部合同のスケート大会を品川スケートセンターで行なつたが、その際、申請人樋口、同鈴木が右会場に現われて、支部青婦部員の本間清、四ツ谷武次の両名に対し、支部執行部批判あるいは「アカハタ」購読者の拡大依頼等を長時間にわたつて説き、支部青婦部役員から中止するよう注意されてもこれに応じなかつたことが認められ、他にこれに反する疎明はない。しかし、右認定以上に申請人らのグループへの加入を説得したとの被申請人の主張を認めるに足りる疎明はない。

2  <証拠>を併せ考えれば、申請人斎藤は、申請外高橋忠昭と共に、昭和四一年二月二〇日頃会社保土ケ谷寮で、昭和三九年入社の支部組合員内海真一に対し、支部の方針に不満を持つている者でグループを作つて活動している旨述べて、そのグループへの加入を勧誘し、かつ申請人樋口、同鈴木に依頼されて訪れたものであることを告げたことが認められ、他にこれに反する疎明はない。しかし、右勧誘が強要の域に達したことの疎明はない。

3  <証拠>を併せ考えれば、昭和四一年二、三月頃会社保土ケ谷寮で、申請人志田、同永井は一、二回、昭和四〇年入社の養成工尾崎仁に対し、支部執行部批判と右申請人らのグループ加入の勧誘とをなし、夜半に及んだことがあつたこと、昭和四一年初頃右寮で、右申請人らは申請外二本柳照男と共に、昭和四〇年四月入社の養成工鈴木哲に対し、右同様グループ加入を勧誘し、夜半に及んだことがあつたこと、同じ頃昭和四〇年入社の養成工上野守も右同模申請人志田などからグループ加入を勧誘されたこと、昭和四一年七月初頃会社近くの飲食店で、申請人志田は、同年四月入社した試用期間中の登山茂に対し、グループ加入を勧誘したことのあることが認められる。<証拠判断省略>しかし、右各勧誘をもつて強制と認めるに足りる疎明はない。

もつとも、右各疎明によれば、右上野が昭和四一年四月、尾崎が同年六月それぞれ会社を退職していることおよび右申請人志田らの勧誘を嫌つたことが、右尾崎の退職した一因をなしていることが認められる。しかし、この一事のみをもつては右勧誘を強制と認めるに足りない。<証拠判断省略>

4  申請人志田が昭和四一年三月七日、申請人永井、前記二本柳が同月二〇日および二一日の両日、養成工大井田啓一に対し、特定政治団体加盟を強制する等した旨の被申請人の主張については、<証拠判断省略>他にこれを認めるに足りる疎明はない。

5  <証拠>を併せ考えれば、昭和四〇年一一月頃日比谷園で、日韓条約批准阻止の集会が行なわれた際、支部は上部機関である全金の指令に基づき一一名を動員し参加させたが、その一員であつた申請人見目、同鈴木、同酒井、同土屋は右会場に臨み、一旦支部の隊列に加わつたものの、間もなく離脱し、民青(日本民主青年同盟の略)の隊列に加わつたことが認められ、これに反する疎明はない。<証拠判断省略>

右に認定した場合以外に、本件疎明上、申請人らが上部機関の指令に基づく支部の動員をボイコットし、あるいはこれに類する行動に出た事実はこれを認めえない。

6  <証拠>を併せ考えれば、申請人樋口、同鈴木、同土屋を除くその余の申請人らはいずれも青婦部に所属し、昭和四〇年一一月申請人酒井が同部書記長に、申請人川上が同部教宣部長に選任され、申請人酒井は本件除名まで、申請人川上は昭和四一年二月八日までその地位にあつたこと、申請人酒井が同年三月二〇日開催予定の同部役員会に欠席し、日本共産党の関係する集会に出席したことおよび同年五月初頃もたれた支部執行部と青婦部役員との話合いの席に出席しなかつたこと、同年六月一日会社土ケ谷寮で開かれた寮生全員集会において、申請人永井、同志田、同斎藤らが青婦部活動をボイコットしていると問題にされたことがあつたこと、同年五月頃には青婦部の活動は停滞していたことが認められ、これを覆えすに足りる疎明はない。

被申請人は、右青婦部活動の停滞が申請人らのボイコットないしサボタージュに起因する旨主張し、<証拠判断省略>却つて<証拠>によれば、青婦部の集会等における同部員の集りの悪化は全般的なものとなつていたもので、申請人らが本件除名により支部を離脱した後においても青婦部の沈滞は止まず、昭和四四年三月遂に同部の廃止が決定されるに至つている事実が認められるところよりしても、青婦部活動の停滞の真因は他にあるというべきである。

7  <証拠>を併せ考えれば、申請人樋口は昭和四〇年九月二〇日から昭和四一年六月二六日まで支部教宣部長の地位にあつたこと、教宣部長の職責は組合員に対する教育宣伝活動にあり、全金機関紙の組合員に対する配布もその職責に属すること、昭和四〇年一〇月頃会社の各従業員用の施錠のないロツカーに「アカハタ」が投入されたことがあること、同申請人が全金の機関紙の配布を怠り、支部長が注意を与えたことのあることが認められ、他にこれに反する疎明はない。被申請人は、同申請人が養成工等に「アカハタ」の購読を強要した旨主張するけれども、<証拠判断省略>他にその事実を認めるに足りる疎明はない。

8  前記認定の諸事実および後記認定の八月一三日大会で表明された申請人らの意見を総合すれば、申請人らが特定政党と親密な関係に立つ者同志と認められなくはなく、その意味で一つのグループを成すといいうるにしても、本件全疎明をもつてしても、それ以上に、申請人らが集団的組織的行動に出たこと、または前記各申請人らの言動が他の申請人らと意を通じてなされたものである等全体として責任を問いうる関係にあることを認めるに足りない。申請人らが支部批判を目的としてグループを結成して支部の破壊を企てたとの被申請人の主張も認められない。

(二)  <証拠>を併せ考えれば、支部は昭和四〇年一〇月一〇日第一一回定期大会を開催し、昭和四一年度運動方針案を採択したが、その中には①組織内での組合活動の問題、②組合員の特定政党入党の是非、③政治闘争の取組み方の問題、④新採用者対策、⑤青婦部対策についてそれぞれ次のような趣旨のことが謳われていること、すなわち

①について、「我々は組織内に特定政党の支持者を拡大させる為の協力も現時点では必要でないと考えられるし、この事は組織内で主義主張が異ることから派生する派閥的なものを形成する危険性を充分に持ち組織混乱を招く恐れがあるものと判断し制限せざるを得ない」、②について、余力があるならば組合員は政党に入ることが組織の前進になるという意見があるが、「会社の中における政党活動は当面総選挙の場合に極限されることが理想的で自ら限界があり、組合員が特定政党に入党することは経営の安定化と現実的に相反する結果となるものが派生することを充分理解すべきである」、③について、「上部機関からの指令については原則として完全に消化に努力する」、④について、「養成工一年生については昭和四一年三月迄技術教育に専心し組合活動は免除する、ただし、組合の大会には完全参加する」、⑤について、「月一回青婦役員と執行部が交流の場をもち適切な指導をする」、「三役は青婦役員会に随時出席し、討議に参加して適切な指導と助言を与える」。

右①、②について謳われている趣旨は、支部としては政党へ一括入党したり、入党の勧誘を行なつたりしないということであつて、組合員が個人として入党することは自由であり、入党の勧誘も強要にわたらなければ制限するものでないこと、養成工についても同様であり、右④の方針はそれに変更を加えるものでないこと、以上のことが認められる。なお、右証言によれば、支部内での政党機関紙の配布は自由であつたことが認められる。

他に右認定を覆えすに足りる疎明はない。

(三)  <証拠>によれば、支部運営規定第五〇条に「組合員が綱領、規約、支部運営規定、その他決議に違反した時、各集会に無断欠席、各集会の欠席率が他より著しく多い時、その他組合員として義務を怠つた時は、……除名その他の懲罰を行なうことが出来る。」と規定されていることが認められる。

しかして、前記認定の申請人らのグループ加入勧誘行為は、たとえ右グループが特定政党と親密な関係に立つ申請人らの集りであつたにしても、強制、強要の手段を用いてなされたものでない以上、前記運動方針に違反するものと認めることは相当でない。

前示日韓条約批准阻止集会における申請人見目らの行動は前記運動方針違反の問題というよりは、むしろ右申請人らに対する右集会参加指令違反の問題というべきであるが、労働組合の本来の目的から外れたものと認められる日韓条約批准阻止というような政治活動については、労働組合がその目的を達するために必要かつ合理的な範囲で認められている統制権は及ばないといわなければならないから、前示申請人見目らの行動を統制違反の対象として論ずることは許されない。

また、申請人酒井が青婦部の役員会およびこれに類する会合を各一回欠席したことは前示のとおりであり、一応組合役員ないし組合員としての義務を怠つたと見れなくない。

しかして、統制処分は自主的団体であるべき労働組合内部の問題として、その判断に委ねられるべきところ大でなければならないとしても、除名は被除名者の労働者としての諸権利に深くかかわり合う事柄であり、自ずからその対象となしうる統制違反行為はその性質、態様等において悪質なものに限られ、右のごときはいまだこれに当らないというべきである。

前示申請人樋口のロツカーへの「アカハタ」投入行為は、前示運動方針に牴触する嫌いなしとしないが、これをもつて直に除名に該る程の統制違反と認めるのは相当ではなく、全金機関紙の配布懈怠行為も当時前示のように支部長から注意がなされたのみで、それ以上の処置に出ようとした形跡は疎明上認められないことよりすれば、やはり除名に値するとはいい難い。

(四)  <証拠>を併せ考えれば、前示昭和四一年度運動方針は、昭和四一年六月二六日開催の支部第一二回定期大会において採択された昭和四二年度運動方針の中で確認されていること、右第一二回大会で運動方針違反の行為があるとして査問委員会に付託することを決議された申請人永井ほか四名に対する統制処分の件を討議するため、同年八月一三日支部臨時大会が招集されたが、その席上、申請人樋口、同鈴木、申請外坂田幸次郎らが、運動方針、機関決定は憲法に照らしてその有効無効が判定されるべきであり、無効な運動方針、機関決定には従いえない、政党活動の自由を制限する支部運動方針は無効である旨の見解を述べ、議長の指示により、その余の申請人ら七名および申請外二本柳照男がそれと同意見であることを表明したことが認められ、他にこれに反する疎明はない。

しかしながら、<証拠>を併せ考えれば、申請人らの右見解の表明は、前示支部運動方針中の政党活動に関する部分について、その趣旨を前示したところと異なり、支部組織内における政党活動を一般的に制限するものであり、政党への入党にあつては入党そのもの、入党勧誘にあつては勧誘それ自体を禁止するものと理解した上で、なされたものであることが認められる。

そうすれば、申請人らのした前記見解もしくは意見の表明は、労働組合の運動方針、機関決定と憲法ないしその保障する政治活動との関係について一般的な見解を表明したものに過ぎないといわなければならず、統制権の対象となりうるものではない。

申請人らが、右臨時大会で右見解を表明した以外に、支部大会における一切の決定を無視する意思を明らかにしたことはこれを認めるに足りる疎明がない。

(五)  以上説示したところよりして、申請人らに支部から除名するに足りる統制違反行為があるということができないから、本件除名手続の適否につき判断を進めるまでもなく、本件除名は無効というべきである。

三本件解雇は支部と会社間のユニオン・ショップ協定に基づきなされたものであるが、ユニオン・シッョプ協定は除名が有効であることを当然の前提要件として締結されているものというべきであるから、本件除名が前示の如く無効である以上、これを前提としてなされた本件解雇は合理的理由のない解雇権を濫用してなされたものとして無効といわなければならない。

四本件解雇が無効である以上、申請人らは、本件解雇後も依然として会社に対し労働契約に基づく従業員としての地位を有し、かつ会社が本件解雇以後それを理由に申請人らの就労を拒絶していることは当事者間に争いがないから、労務給付が会社の責に帰すべき事由により履行不能に陥つているというべきであるから、申請人らは会社に対し本件解雇後も賃金請求権を失わない。しかして、本件解雇時における申請人らの賃金月額が別紙入社年月日等一覧表賃金らん記載のとおりであり、会社の賃金支給日が毎月一五日であることは当事者間に争いのないところである。

五また、弁論の全趣旨によれば、申請人らはいずれも会社から支給を受ける賃金を唯一の生活の資とする労働者であつて、そのまま本審判決の確定をまつていては、その生活に窮し、回復し難い損害を被るものと認められ、他にこれを左右するに足りる疎明はない。

六叙上により、申請人酒井、同土屋につき本件解雇前の昭和四一年八月一七日分の賃金仮払いを求める部分を除き、本件仮処分命令申請は被保全権利および保全の必要性の存在につき疎明を得たから、保証をたてさせないで、申請人らが会社に対し労働契約上の権利を有することを仮り定め、かつ右申請人両名を除くその余の申請人らに対し昭和四一年八月一七日以降、右申請人両名に対し同月一八日以降本案判定確定に至るまで毎月一五日限り一カ月別紙入社年月日等一覧表賃金らん記載の割合による賃金を仮に支払わせる処分をするのを相当と認め、右申請人両名のその余の申請は理由がないので失当として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(兼築義春 豊島利夫 菅原晴郎)

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