東京地方裁判所 昭和41年(レ)460号 判決 1968年1月24日
控訴人 大嶽一郎
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 尾崎忠衛
被控訴人 松浦チノイ
右訴訟代理人弁護士 山田重雄
同 山田克己
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人両名は被控訴人に対し別紙目録記載の建物を明渡せ。
控訴人大嶽一郎は被控訴人に対し昭和四一年四月一〇日より同年七月一九日まで一ヵ月二、三九七円の割合による金員を支払え。
控訴人両名は被控訴人に対し各自、昭和四一年七月二〇日より右明渡ずみに至るまで一ヵ月二、三九七円の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審ともこれを五分し、その四を控訴人らの、その一を被控訴人の各負担とする。
事実
(申立)
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求め、なお賃料三、〇〇〇円の請求を放棄した。
(主張)
一、被控訴人の請求原因
1、被控訴人は別紙目録記載の建物(以下、本件建物という。)を所有しているが、昭和三七年九月一日控訴人大嶽一郎に対し本件建物を期間三年、賃料一ヵ月二五、〇〇〇円を毎月末に翌月分を持参支払う、との定めにて賃貸した。
2、昭和四〇年九月一日被控訴人は、控訴人大嶽との間で右賃貸借契約を賃料一ヵ月二六、〇〇〇円と改め期間をさらに三年として更新した。両名は右更新に際し、控訴人大嶽が賃料を期日に支払わないときには、被控訴人は催告を要せずして右賃貸借契約を解除することができる旨特約した。
3、昭和四一年六月三〇日被控訴人と控訴人大嶽との間で、同年七月一〇日までに控訴人大嶽が延滞賃料同年三月分残額三、〇〇〇円および同年四ないし六月分合計八一、〇〇〇円を支払わないときは右賃貸借契約を解約する旨の停止条件付合意解約が成立した。しかるに控訴人大嶽は右期日にその支払をしなかったので同日賃貸借は合意解約により終了した。
4、仮に3の事実が認められないとしても、被控訴人は控訴人大嶽に対し、昭和四一年七月一四日到達の内容証明郵便により、同月一九日までに右延滞賃料を持参支払うこと、右期日までに支払をしないときは賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付解除の意思表示をなした。
5、控訴人高野朝子は控訴人大嶽と同居して本件建物を占有している。
よって被控訴人は、控訴人大嶽に対し賃貸借終了により本件建物の明渡しならびに昭和四一年四月一日から同年七月一九日まで一ヵ月二六、〇〇〇円の割合による賃料の支払を、控訴人高野に対し所有権に基づいて本件建物の明渡を、控訴人両名に対し同年七月二〇日より右明渡まで賃料相当の一ヵ月二六、〇〇〇円の割合による損害金の支払を各求める。
二、請求原因事実に対する控訴人らの認否
1、請求原因1の事実は認める。
2、同2の事実中催告を要せずに解除できる旨の特約があった点は否認し、その余の事実は認める。
3、同3の事実は否認する。
4、同4の事実は認める。
三、控訴人らの抗弁
本件建物は昭和二五年以前に建築され、その面積は九九平方メートル未満であるから、地代家賃統制令の適用によりその統制賃料額は一ヵ月一、八二五円である(但、本件建物の敷地は宅地面積九一・二三平方米のうち二分の一に相当する。)。よって被控訴人が右統制賃料額の約一四倍に相当する賃料一ヵ月二六、〇〇〇円の約定に基づく催告は過大催告であるから本件催告は無効である。
四、抗弁事実に対する被控訴人の認否
本件建物が昭和二五年以前に建築され、その延面積が九九平方メートル未満であることは認める。
(証拠)≪省略≫
理由
一、被控訴人が本件建物を所有していること、昭和三七年九月一日被控訴人が控訴人大嶽に対し本件建物を期間三年、賃料一ヵ月二五、〇〇〇円を毎月末に翌月分を持参支払うとの定めにて賃貸したこと、右両者間において昭和四〇年九月一日賃料を一ヵ月二六、〇〇〇円に改め期間をさらに三年として右賃貸借契約を更新したこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。
二、停止条件付合意解約の成立について判断する。
≪証拠省略≫によれば、昭和四一年六月頃控訴人大嶽は本件賃貸借の賃料の支払を怠っていたために被控訴人との間に紛争があったが、同月三〇日両者間に同年七月一〇日までに延滞賃料を必ず支払う旨の約束がとりかわされた事実を認めることができる。しかしながらそれ以上に、右期日に不履行の場合には賃貸借契約を解約する旨の停止条件付合意解約の成立については、これに副う≪証拠省略≫に照したやすく信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって被控訴人の合意解約による賃貸借の終了の主張は採用できない。
三、賃料不払による解除について判断する。
1、被控訴人が控訴人大嶽に対し昭和四一年七月一四日到達の内容証明郵便により、同年三月分賃料のうち残額三、〇〇〇円および四ないし六月分賃料合計八一、〇〇〇円を同月一九日までに支払うこと、右期日までに支払わない場合には賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに停止条件付解除の意思表示をなしたことについては当事者間に争いがない。
2、控訴人らは本件催告は過大催告であるから無効であると主張する。本件建物が昭和二五年以前に建築されたものであり、その面積が九九平方メートル未満であることには当事者間に争いがないので、本件賃貸借に地代家賃統制令が適用されることは明らかである。≪証拠省略≫によれば、本件建物の同令による停止統制額または認可統制額に代る賃料(以下、統制賃料と呼ぶ)は一ヵ月二、三九七円である(その積算方法は別紙のとおりである。なお本件建物の敷地が宅地の二分の一であるとの立証はない。)が、同年七月当時控訴人大嶽は少くとも三ヵ月分以上の賃料支払を延滞して被控訴人からその支払方を何回となく催促されていたが、その間被控訴人に対し右の統制賃料による賃料の提供さえもしていなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右のとおり、本件建物の統制賃料は一ヵ月二、三九七円であり、これを超える賃料の約定は無効であるところ、本件賃貸借契約ではその約一〇倍に当る一ヵ月二六、〇〇〇円の賃料の定がなされていたので、被控訴人は右約定賃料にもとづいて延滞賃料の支払を催告したものである。ところで催告には履行を求める債務を示さなければならないが、それは債務の同一性が相手方にわかる程度に表示されればよく、過大催告であっても債権者が催告額全部の提供がなければ受領しないことが明らかな特段の事由ある場合のほかはこれを有効なものと解するのが相当である。ところで、本件催告の場合、前示のとおり本件賃貸借契約の延滞賃料債務の催告であることは明らかであり、また統制賃料額の提供では被控訴人が受領しないことが明らかな特段の事由についての主張立証はない。したがって本件催告は有効である。
3、以上のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、本件賃貸借は賃料不払による解除によって同年七月一九日をもって終了したものである。
四、≪証拠省略≫によれば控訴人高野朝子は控訴人大嶽と同居して本件建物を占有していることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして他に、控訴人高野が本件建物を占有する正当な権原を有することについてはなんら主張、立証はない。
五、以上のとおり控訴人大嶽一郎は賃貸借終了に因り、本件建物を明渡すとともに昭和四一年四月一日より同年七月一九日まで一ヵ月二、三九七円の割合による統制賃料を支払う義務があり、控訴人高野は不法占拠者として、本件建物を明渡す義務があり、かつ控訴人両名は同年七月二〇日から明渡ずみに至るまで各自、統制賃料額相当の一ヵ月二、三九七円の割合による損害金の支払をなすべき義務がある。
よって、被控訴人の本訴請求は右の限度において正当であるから認容し、その余は理由がないので棄却すべきである。これと異り、被控訴人の請求を全部認容した原判決は失当であるから、民事訴訟法三八六条、九六条、九二条本文、九三条一項本文により原判決を変更して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さない。
(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 山本和敏 大内捷司)
<以下省略>