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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10371号 判決 1971年12月25日

原告 石井安暉 外八名

被告 国

訴訟代理人 玉重一之 外五名

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告等)

「被告は、原告石井安暉に対し金六六六万円、原告内野進司に対し金五八六万円、原告渡辺好治に対し金一五〇万円、原告柳下ハルに対し金二一三万三、三三三円、原告馬場祥子、原告柳下恵子、原告柳下誠、原告柳下健に対し各自金一〇六万六、六六六円、原告川島学男に対し金六六万円を、それぞれこれらに対する本件判決言渡の日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を付加して、支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告等の請求原因

一、原告石井安暉、同内野進司、同渡辺好治、同川島学男および亡柳下保は、いずれも東京都北多摩郡村山村(現在武蔵村山市)大字中藤に居住して農業を営んでいた者であり、別紙目録記載の各土地は、旧陸軍省が昭和一九年頃少年飛行兵学校用地として地元各所有者から買収した一団の国有地内に存したものであるが、同村農地委員会が右国有地を自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)四一条に基づき売り渡す旨を公示したので、右原告等は買受の申込をしたところ、その買受適格を認められ、昭和二五年二月一日を売渡期日とする東京都知事の売渡通知書により、原告石井安暉は別紙目録(イ)、(ロ)、原告内野進司は同(ハ)ほか三筆、原告渡辺好治は同(ニ)ほか二筆、原告川島学男は同(ヘ)ほか一筆、亡柳下保は同(ホ)ほか一筆の各土地(ただし、右(イ)ないし(ヘ)の各土地は、当時、同村大字中藤字東大南二、七四四番ノ一、二、八〇七番、二、八一〇番ノ一の三筆の土地の一部分をなしていたものであつて、別紙目録記載の各地番は後日の分筆を予定して付された見込地番である。)につき、それぞれ被告より売渡を受け、昭和二六年五月末日各代金の支払を了した。

ところが、もともと、別紙目録(イ)、(ハ)ないし(ヘ)の各土地は訴外丹羽都庵の、同(ロ)の土地は訴外渡部祐之助の各所有に属していたのであるが、陸軍省が用地買収を行なつた際、右各土地の周辺の土地はすべて買収されたのにかかわらず、右各土地については、手続上の何らかの遺漏により、買収がなされておらず、しかも、右各土地は右訴外人等からその後第三者に譲渡され、その旨の所有権移転登記がなされるに至つたため、右原告等(柳下保を含む。以下同じ。)が被告から右各土地の所有権の移転を受けることは不可能となつた。

二、自創法に基づく農地等の売渡は、形式上はともかく、その実質は対価の支払により土地の所有権を移転させる行為であつて、買受人に一定の資格が要求される点を除けば、私法上の売買契約と比較して何ら実質的た差異がないのであるから、売主たる国と買主たる個人との間の法律関係については、民法の売買に関する規定が適用ないしは類推適用されると解すべきである。

したがつて、被告は、他人の所有に属する本件各土地を右原告等に売り渡したものとして、その所有権を取得してこれを右原告等に移転する義務を負いながら、その履行ができなかつたのであるから、民法五六〇条、五六一条の各規定により、右原告等に対して本件各土地に代わる損害賠償をなすべき義務を負うものである。

かりに、本件売渡が行政処分であるとしても、それは、本件各土地が被告の所有に属なしかつたことによつて当然無効となるものではない。すなわち、違法な行政処分が当然無効とされるのは、その瑕疵が重大かつ明白であり、しかも、その報疵の存在を処分時において外観上容易に認識しえた場合に限られると解すべきところ、本件売渡処分の当時においては本件各土地が国有地であることに疑いをはさむ者すらなく、前記買収洩れの事実は昭和四四年頃に始めて確認されるに至つたのであるから、本件売渡処分の瑕疵が明白であるとは到底いうことができない。そうして、国から私人への物の所有権移転を目的とする行政処分が有効に存在している以上、その目的達成が不能に帰した場合には、国は当然これに代わる金銭の補償をなすべき義務を負うと解すべきであるから、かりに、本件売渡処分につき前記民法の規定の適用がないとしても、被告は右原告等に対し本件土地の時価相当額の損害賠償をなすべき義務を負うものである。

三、本件各土地の現在の価額は三・三平方米につき四万五、〇〇〇円であるから、被告が右原告に支払うべき損害金の額は、別紙目録(イ)、(ロ)の各土地(原告石井の分)につき一、五〇一万一、一八一円、同(ハ)の土地(原告内野の分)につき一、三二〇万八、〇四五円、同(ハ)の土地(原告渡辺の分)につき三三八万八六三円、同(ホ)の土地(亡柳下の分)につき一、四四二万五、二二七円、同(ヘ)の土地(原告川島の分)につき一四八万七、五九〇円とたる。

四、柳下保は昭和四四年八月二九日死亡し、同人の妻である原告柳下ハルが三分の一、子である原告馬場祥子、柳下恵子、柳下誠、柳下健が各六分の一の割合により共同相続をしたので、同原告等において、右の割合により、同人の被告に対する本件損害賠償請求権を取得した。

以上の理由により、原告等は、被告に対し、それぞれ上記損害賠償請求の一部請求として、各自の申立てにかかる額の損害金およびこれに対する本件判決言渡のE日以降民事法定利率による遅延利息の支払を求める。

第三被告の答弁

一、原告等主眼の請求原因のうち、第一項記載の各事実および第四項記載の亡柳下保の相続に関する事実は認めるが、第二項記載の法律上の主張および第三項記載の土地の価額は、争う。

二、原告等に対する本件各土地の売渡は、東京都知事が、自創法四一条の規定に基づき、公権力の行使としてした行政処分である。右売渡処分は、買受の申出によつて職権発動を促されるものではあるが、処分庁は、買受申出人につき同法に定める要件の具備を審査したうえ、一方的に売渡の処分をするのであつて、当事者間の意思の合致を要件とする私法上の売買とは本質を異にするものである。そうして、本件売渡処分は、国の所有に属さたい土地を国有地と誤認してなされた点において処分の目的を原始的に不能ならしめる重大な瑕疵があり、かつ、該土地が国有地でないことは、売渡処分当時より不動産登記簿のうえからも明らかであつたのであるから、その瑕疵が明白な場合にあたえるものとして無効であるといわざるをえない。

本件売渡処分が行政処分である以上、私法上の売買契約当事者間の公平と取引の安全に関する民法五六〇条、五六一条の規定が適用ないし類推適用される余地はなく、また、本件の無効な売渡処分から原告と被告等間に本件各土地をめぐる債権債務関係が生ずることはないのであるから、本件各土地に代わる損害金の支払を求める原告等の請求は理由がない。

三、かりに、本件各土地の売渡が私法上の売買契約であるとすれば、その履行不能による損害賠償額は、本件各土地の口頭弁論終結時における価額ではなく、本件各土地が第三者に移転登記されたことにより右履行不能が確定した時点(二、八一〇番ノ一、二、八〇七番の各土地については昭和三〇年八月二九日、二、七四四一番ノ一の土地については昭和三八年五月二〇日)における価格を基準として算定すべきである。

さらに、本件各土地が被告の所有でないことは、原告等においても登記簿を調査する等の方法により容易に知りえたのにかかわらず、これを看過して来た点において過失があるというべきであるから、損害額の算定にあたつては、原告等の右過失が斟酌されるべきである。

第四証拠関係<省略>

理由

東京都知事が、自創法四一条の規定に茎づき、原告等主張のとおり、別紙目録記載の各土地を原告等に売り渡したこと、しかるに、右各土地は国の所有でなく、訴外丹羽都庵ほか一名の所有に属するものであつたため、原告等がその買受の目的を達することができなかつたことは、当事者に争いがない。

案ずるに、自創法四一条の規定による土地等の売渡は、国が自作農の創設・土地の農業上の利用増進等の政策を達成するために政府の所有に属する一定の物件を農業に精進する見込のある者等に売り渡すことを内容とする一個の行政処分であつて、対等の関係にある私人相互間の経済取引たる売買とは、その本質を異にするものである。しかして、右売渡処分においては、売渡通知書の交付により、これに記載された時期に目的物の所有権が相手方に移転する(同法四一条二項、一二条一項参照)のであるが、この効果が生ずるためには、売渡の目的物が国の所有に属するものでなければならないことは、もとより多言を要しない。しからば、国の所有しない土地を目的とした本件売渡処分は、法律上その所期の効果を生ずるに由なきものとして、無効であるといわざるを得ない。

原告等は、被告に対し、他人の物の売買に関する民法五六〇条、五六一条の各規程を援用して、本件各土地に代わるべき損害賠償を求めるのであるが、右各規定は、私法上の売買契約に関し、買主の利益を保護して契約当事者間の公平と取引の安全を図る趣旨のもとに法のとくに定めたものであつて、前記のような行政目的を達成するために公権力の発動としてなされる土地売渡処分について適用のあるものではないと解すべきであるから、原告等の右主張は、その前提においてすでに理由がないといわなければならない。

次に、原告等は、前記民法の規定を離れても、本件売渡処分自体の効力に基づき、当然に、目的物件の時価相当額の損害賠償を求める旨主張するけれども、本件売渡処分は、その目的とするところが前期のとおりであつて、目的物件が国の所有でなく売渡の実現が法律上不能の場合に、これに代わるべき経済上同一の利益を買受人に与える趣旨を含むものでないことは明らかであるから、原告の右主張は理由がないというべきである。

以上のとおり、原告等の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当であることを免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 横山長 南新吾 竹田穣)

目録<省略>

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