東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11189号 判決 1969年12月23日
原告 介川貢
右法定代理人親権者父 介川好一
右法定代理人親権者母 介川俊子
右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎
右復訴訟代理人弁護士 桑田勝利
被告 川崎孝二
同 川崎京子
右被告ら訴訟代理人弁護士 伊東忠夫
主文
被告らは、各自、原告に対して、金一六四万八、四二七円およびこれに対する昭和四一年一二月二一日以降完済まで年五分の割合いによる金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。
本判決中原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
「一 被告らは、各自、原告に対して、金三〇〇万円およびこれに対する昭和四一年一二月二一日以降完済まで年五分の割合いによる金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。」
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
「一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。」
との判決を求める。
≪以下事実省略≫
理由
一 (本件事実関係)
1、訴外川崎孝行が、昭和三七年八月二〇日生れの男子で、その親権者父被告川崎孝二並びに同母被告川崎京子の二男であること、右訴外人が、昭和四一年九月一二日当時、四才の幼児であること、被告らが、右訴外人を監督すべき法定の義務ある者であることおよび右訴外人が、昭和四一年九月一二日、駿河台日本大学病院に入院したことは、当事者間に争いがない。
2、右当事者間に争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認めることができる。
(一) 被告川崎孝二(昭和三年七月四日生れ)は、昭和四一年九月一二日当時は、東京都江戸川区上篠崎町一、七三八番地所在の自宅において、ライターの部品加工等を業としていたが、昭和四二年頃、負債整理の為、右自宅を売却し、同被告肩書地の借家に移転し、金属加工業を営み、ライター、時計バンドのろう付け等の仕事をして、一か月、約六、七万円の収入を得ている。被告川崎京子(昭和一二年三月六日生れ)は、右被告川崎孝二の妻であり、無職である。訴外川崎孝行は、昭和三七年八月二〇日生れの男子で、その親権者父被告川崎孝二と同母被告川崎京子の二男である。
(二) 原告は、昭和三八年五月九日生れの男子で、その親権者父介川好一(昭和九年七月一五日生れ)と同母介川俊子(昭和一五年九月七日生れ)の長男である。右介川好一は、某共済組合に勤務し、一か月平均五万円ぐらいの収入を得ている。同人は、昭和四一年九月一二日当時は、東京都江戸川区上篠崎町一、七四〇番地所在の自宅に居住していたが、昭和四二年頃、その家族と共に、原告肩書地に移転した。
(三) 原告は、昭和四一年九月一二日午前九時半頃、別紙図面表示の①点付近で、訴外村松真理夫、同相川直子など近所の子供達と共に、同所付近にあるブロック塀のまわりをかけめぐるなどして遊んでいた。
原告の母の介川俊子、訴外大槻フジ、同松沢輝子は、同日午前一〇時少し前頃、相次いで、別紙図面表示の②点付近に来て、右子供達が遊んでいる様子をみていた。介川俊子は、長女ゆみ(当時約六か月)を抱いて、そのまま、右地点付近に立っていた。
午前一〇時頃、原告が、右図面表示の①点あたりで、訴外川崎孝行と相向きあった姿勢で立っていたところ、右訴外人は、その頃に手にした本件竹棒を、突如、原告の眼を狙って、突き出したので、本件竹棒の先端が原告の左眼に刺さった。
原告が、突如、大声で泣き出したので、原告の母介川俊子らがかけつけたところ、原告は、左眼から出血していた。訴外川崎孝行は、本件竹棒を別紙図面表示の①点付近に投げすてたまま、右図面表示の③点の方向へ走り去った。
(四) 原告は、直ちに、救急車で、小岩の高地病院に運ばれたが、同病院医師から、同病院では手に負えないから、大学病院へ行った方がよい旨言われたので、高地病院においては、傷害部分の消毒を受けた程度で、再び救急車に乗せられ、駿河台日本大学病院に運ばれ、即日、同病院に入院した。同病院の医師千種正孝が、同日、原告を診察したところ、左眼の角膜が全長にわたって裂け、虹彩の脱出が多大であったので、角膜を縫合し、虹彩の一部を切除した。原告は、右同日以降同年一〇月六日まで、右病院に入院し、同月七日以降同月二三日まで通院して右病院で治療を受けたが、同月二三日以前から、症状が固定的になって、角膜の傷がかくはんをおこし、虹彩が上の方で一部欠損し、水晶体が白く濁って白内障をおこしていた。
原告は、同月二五日頃、慶応義塾大学病院で、同年一〇月三〇日頃、順天堂医院で、それぞれ、診察を受けた後、昭和四三年一月八日以降同年二月七日まで、慶応義塾大学病院に入院し、その後、同病院に通院して治療を受けた。
介川好一、介川俊子は、昭和四一年九月一二日以降昭和四三年九月二日までの間に、原告の衣類、菓子代、見舞客接待費、交通費等(後記治療に要した費用をのぞく。)として、約八万五、〇〇〇円出費した。
(五) 原告の左眼は、現在、未だ光を感ずる機能は残っているが、視力はなく、今後視力が回復することは全く期待できない。将来、続発性緑内障、交感性眼炎におかされる危険がある。
(六) 被告川崎京子は、前記事故が生じた昭和四一年九月一二日正午すぎに、被告川崎孝二は右同日午後二時頃、それぞれ、原告が傷害を負ったことを知り、また、同日午後四時頃、介川俊子が、当時の被告ら方庭先きに来て、被告らに対して、原告の傷害は、訴外川崎孝行の行為によるものである旨の話をしたので、被告らは、同日午後九時頃、原告方へ見舞いに行き、介川好一、介川俊子などに詫び、この頃、原告に対して、見舞品をして、金五〇〇円ないし金一、〇〇〇円くらいの果物を届けた。しかし、被告らは、同月一四日になって、原告の傷害が、訴外川崎孝行の行為によるものであるとすることに疑問をもつに至り、同日午後二時頃、被告らが駿河台日本大学病院に赴いた頃以降、数回にわたって介川俊子などに右疑問のむきを申し述べたので、被告らと介川好一、介川俊子との間に感情的対立が生じてしまった。
その後、被告らは、被告川崎京子の叔父の訴外仲田信也を、介川好一、介川俊子のもとに赴かせ、金二〇万円ないし金三〇万円ぐらいで示談することを持ちかけたが、話がまとまるまでに至らなかった。
3、≪証拠省略≫によると、原告が、昭和四一年九月一二日午前九時半頃、別紙図面表示の④点附近で訴外相川直子と共に、それぞれ、手に長さ七センチメートルほどの釘を二、三本ずつ持ちながら、被告川崎孝二に対して、「おじさん、こういう釘ここらへんにたくさんあったの知らない。」と尋ねたことが認められ(る。)≪以下証拠判断省略≫
4、≪証拠判断省略≫
5、他に、前記2において認定した事実を左右するに足りる証拠はない。
二 (被告らの損害賠償義務の有無)
1、「追いかけごっこ」、「鬼ごっこ」といった一般に容認された遊戯中においては、その遊戯に通常伴うと認められる程度の行為によって、偶発的に、他人を傷害せしめる結果を生じたとしても、右行為は、違法性を欠くものと考えられるが(最高裁判所昭和三七年二月二七日判決、民集一六巻二号四〇七頁の趣旨参照)、加害行為が、右の程度を逸脱し、粗暴にわたるような場合には、もはや違法性を欠くものではない(大審院昭和一六年九月四日判決、法律新聞四、七二八号七頁の趣旨参照)。
訴外川崎孝行の原告に対する傷害行為は、前記認定のとおり、原告が、右訴外人と相向きあった姿勢で立っていたところ、右訴外人がその頃に手にした本件竹棒を、突如、原告の眼を狙って、突き出したという行為であり、右の行為は一般に容認された遊戯に通常伴うと認められる程度を著しく逸脱した、粗暴なものであって、とうてい違法性を欠くとはいえない。
2、被告らは、訴外川崎孝行に対して、監督義務を尽していたと主張するが、被告らが、本件事故当時、別紙図面表示の①点の近くにいて、遊びの様子を見ているなどして、右訴外人の行動を具体的に監督することをしていなかったことは、前記第二項2において認定した事実より明らかであり、右被告ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。
3、昭和四一年九月一二日当時、四才〇月の幼児であった訴外川崎孝行は、原告に対する前記傷害行為の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかったと認められるから、右訴外人を監督すべき法定の義務ある被告らは、各自、原告に対して、右訴外人が原告に与えた後記第四項において認定の損害を連帯して賠償する義務がある。
三 (過失相殺の成否)
1、本件事故が生じた昭和四一年九月一二日午前九時半頃原告が、釘を二、三本持って遊んでいたことは、前記第二項3において認定したとおりであるが、右は、本件事故の発生に全く関連がないから、過失相殺の事由とすることはできない。
2、前記第二項2において認定した事実によれば、訴外川崎孝行の原告に対する前記傷害行為は、当日の本件事故発生前の、原告などの子供達の遊びの様子から予測しえない唐突の行動であると認めることができ、しかも、原告の母の介川俊子は、本件事故が生ずる前から、別紙図面表示の②点付近で、立ったまま、原告など子供達が遊んでいるのを見ていたことは前記認定のとおりである。
したがって、介川俊子は、原告に対する監督義務を尽していたものと認めることができ、介川俊子が、原告の行動の逐一を瞬時も目を離すことなく、監督していなかったことをもって、監督義務を怠っていたということはできない。
3、他に、原告側において本件事故の発生に過失があったことを認めるに足りる証拠はない。
四 (損害賠償義務の範囲)
1、(治療費)
≪証拠省略≫によると、介川好一は、原告のために、請求原因第四項1の(二)の①ないし記載の治療費合計金一四万八、四二七円を支払ったことが認められるところ、≪証拠省略≫によると、治療は健康保険給付の範囲内であることが認められるから、右治療費は、必要の限度をこえていないと認めることができる。
2、(逸失利益)
原告は逸失利益の損害の賠償を請求する。
しかし、将来の職業、収入などについて、あまりにも不確実な要素が多く、少くとも現在の段階で、原告挙示の証拠をもってしては、原告の逸失利益の損害を算定することができない。
3、(慰藉料)
原告が、左眼の視力喪失により、現在、精神的、肉体的苦痛をかなりの程度に感じていることは明らかであり、将来においても、就職する職業の範囲がせばめられるなど、社会生活をおくるうえにおいて、多くの苦痛を受けることが予想される。これらの事情を含めた本件の諸般の事情を斟酌して、慰藉料額は金一五〇万円をもって相当とすると認める。
五 (結論)
よって、原告の本訴請求中、被告ら各自に対して、金一六四万八、四二七円およびこれに対する前記不法行為の後の日である昭和四一年一二月二一日以降完済まで民法所定の年五分の割合いによる遅延損害金の支払いを求める部分は、理由があるから、これを認容することとし、その余の部分は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川義夫 裁判官 菅野孝久 豊田健)
<以下省略>