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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1538号 判決 1967年5月24日

原告

田山久喜

他一名

右両名訴訟代理人

坂根徳博

被告

上陽工業株式会社

右代表者

今井博之進

被告

東照レミコン販売株式会社

右代表者

横山義寿

右両名訴訟代理人

吉川哲也

主文

被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金一四五万円及びこの内金一二五万円に対する昭和四一年八月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その三を被告ら、その余を原告らの各負担とする。

本判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一原告ら訴訟代理人は、「被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金二一五万円及びこの内金一八六万円に対する昭和四一年八月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」

との判決を求めた。

第二原告ら訴訟代理人は、請求原因として、次のとおり述べた。

一本件事故の発生

昭和四〇年七月二一日午前二時一分頃、東京都江東区白河町四丁目二番地先の道路交差点において、訴外長島照正(以下長島という)運転のミキサー車(登録番号足八な一三三九、以下本件ミキサー車という)と訴外山本弘昭(以下山本という)の運転するクレーン車(登録番号足八な六一二、以下本件クレーン車という)が衝突した。このため本件クレーン車に乗つていた訴外田山安司(以下安司という)は頭部に傷害を受けて即死した。

二被告らの責任

(一)  本件ミキサー車は、被告上陽工業株式会社(以下被告上陽工業という)が昭和三九年秋頃訴外埼玉ふそう自動車株式会社から買い入れて所有するに至つたものであつて、被告上陽工業は本件事故の当時これを自己のため運行の用に供していた者である。

(二)  被告東照レミコン販売株式会社(以下東照レミコンという)は、被告上陽工業からその生産にかかる生コンクリートを買つてこれを需要者に販売、運搬することを営業としている会社であるが、本件事故の当時本件ミキサー車をその事業執行のため、その従業員である長島に運転させていたものであるから、これを自己のため運行の用に供していた者である。

(三)  されば被告らは、いずれも本件ミキサー車の運行に因る本件事故に因つて安司の生命が害されたことに因つて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三損害

(一)  安司の損害

1 財産上損害

安司(昭和一六年一〇月七日生れ)は、本件事故当時満二三才の健康な男子であつて、クレーンの操縦免許と大型特殊自動車運転免許とを有し、東京都江東区深川枝川町一丁目三番地タカミ運輸有限会社(以下タカミ運輸という)に勤務し、クレーン自動車の運転手としての経験を積み重ね中であつた。同人は、若し本件事故にあわなかつたとすれば、クレーン自動車運転手として事故前に引き続き、なお一年余り経験を積み重ねたあと、昭和四一年八月一日から満五九才の昭和七六年七月三一日までの三五年間は働き、八月一日に始まり翌年七月三一日に終る毎年度一箇月平均四万八〇〇〇円、年間合計五七万六〇〇〇円の収入を得る筈であつたが、本件事故に因る死亡に因つてこの収入を失つた。他方、同人は、本件事故にあわなかつたとすれば、右の三五年間に自分の生活費として一箇月平均一万八〇〇〇円、年間合計で二一万六〇〇〇円を要する筈であつたからこれを前記年間収入額から控除すると、その残額即ち年間純収入額は、三六万円となる。これが前示の各年度末に入手されるものとして、各年度の純収入毎に昭和四一年八月一日から各入手日までの民法所定年五分の割合による中間利息をホフマン式計算方法によつて差し引いて、昭和四一年七月三一日現在の一時払い額を算出し、これを合算して前記三五年間の純収入の一時払い額を算出すると、七一六万円(一万円未満切捨)になる。しかして被告らは、安司に対して、右一時払い金額の四割に当る二八六万円(一万円未満切捨)の損害賠償義務を負つたものである。

2 精神上損害

安司は、昭和三八年七月訴外木村芳枝と結婚し(届出未了)、幸福に暮らしていたが、本件事故で不慮の死をとげた悲憤、苦痛は、言うべくもない。安司に対する慰藉料は、本件事故の原因一〇のうち一〇とも本件ミキサー車側にあるとすれば、一四〇万円を下るものではない。被告らは、安司に対し、その四割に当たる五六万円の慰藉料支払義務を負つた。

(二)  原告らの精神上損害

原告久喜は安司の父であり、原告たまは安司の母である。原告らは結婚以来安司のほかに二男四女をもうけ、一女はその後死亡した。本件事故当時原告らは安司の上の兄夫婦と一緒に農業に従事していた。原告久喜は六七才、原告たまは五九才であつた。

原告らは、安司の死亡で親として大きな精神的苦痛を受けた。それで原告ら固有の慰藉料としては、本件事故原因一〇のうち一〇とも本件ミキサー車側にあるとすれば、各一〇〇万円を下るものではない。被告らは、原告各自に対しその四割に当たる四〇万円の慰藉料支払義務がある。

(三)  原告らによる相続

安司の父母である原告らは、同人の共同相続人として、同人死亡に因り、それぞれその相続分に応じて(一)1、2の損害賠償請求権の各二分の一、即ち1については一四三万円、2については二八万円、計金一七一万円の損害賠償請求権を相続した。

(四)  弁護士費用負担による損害

以上述べたような次第で、現に、原告らは、それぞれ被告各自に対し、(二)の慰藉料請求権四〇万円と安司から相続した財産上損害賠償請求権の残額たる一一八万円(後示第四の二の(二)参照)及び同人から相続した慰藉料請求権二八万円とを合計した一八六万円の損害賠償請求権を有するものであるが、これにつき、原告らは、昭和四〇年一二月二七日、東京弁護士会所属弁護士坂根徳博、即ち本訴における原告ら訴訟代理人に対し、被告らを相手方として訴を起こすことを委任し、同弁護士との間に報酬につき、その標準中最低の料金にする、手数料の支払期日を謝金と同じように依頼の目的を達したときにする、そのほか、前記弁護士会弁護士報酬規定どおりにする旨を約した。右報酬規定には、<中略>と定められている。従つて前記約定による弁護士報酬額は、原告らの委任にかかる前記請求金額に手数料、謝金の最低料率たる各八分の合計一割六分を乗じて算出した各二九万円(一万円未満切捨)となるのであるが、原告らは、前記委任の日に、同弁護士に対し、これを、本件訴訟第一審判決言渡日に支払うべき債務を負担し、同額の損害を被つたものである。

(五)  遅延損害金

以上の事実関係によれば、被告らは、各自原告らそれぞれに対し、(四)の冒頭に記載の一八六万円の損害賠償請求権に対する本件事故発生の日の後であつて、安司の財産上損害の一時払い金額算定の基準日とした日の翌日たる昭和四一年八月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四本訴請求

よつて、原告らは、それぞれ、被告各自に対し、損害賠償として、三の(四)冒頭記載の一八六万円と同末尾記載の二九万円との合計金二一五万円及び右一八六万円に対する前示遅延損害金の支払を求めるものである。

第三被告ら訴訟代理人は、次のとおり述べた。

一請求原因に対する答弁として、

原告ら主張の事実中一(本件事故の発生)の事実は認める。同二(被告らの責任)の事実中(一)の事実については被告上陽工業が本件事故当時本件ミキサー車を自己のため運行の用に供していた者であることを争い、(二)の事実についてはこれを全部認める。同三(損害)の事実については、そのうち(一)の1の事実中の安司が本件事故当時原告ら主張のような自動車運転免許を有していた点のみ認める。(二)の前段の事実は知らない。その余の事実はすべて否認する。

二抗弁として、

(一)  被告上陽工業は、昭和三九年暮頃本件ミキサー車をその子会社である被告東照レミコンに売り渡し、その所有者でなくなつた。本件事故の当時、その所有名義はまだ被告上陽工業に残つてはいたが、被告上陽工業は、本件ミキサー車の使用、運行についてはもはや何の支配権も持たず、従つた同被告は本件事故とは全く関係のないものである。

(二)  被告東照レミコンには、左記のとおり免責事由がある。<中略>

以上のとおりであつて、長島にも被告東照レミコンにも本件ミキサー車の運行に関して注意を怠つた事実はなく、本件事故は、全く、山本と安司の過失に因つて惹起したものである。なお、本件ミキサー車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

されば、被告東照レミコンは、本件事故に因つて安司が死亡したことに因る損害については何ら賠償責任を負わないものである。

(三)  原告らは、本件ミキサー車について付されていた所謂自賠責保険により、保険会社から本訴提起前に一〇〇万円(原告ら各自五〇万円)の弁済を受けた。

第四原告ら訴訟代理人は、次のとおり述べた。

一抗弁に対する答弁として、

(一)  被告ら主張の(一)の事実は、被告東照レミコンが被告上陽工業の子会社である点、本件ミキサー車の所有名義が被告上陽工業にある点を除き、全部否認する。被告上陽工業はその子会社である被告東照レミコンに本件ミキサー車を賃貸借または使用貸借によつて使用させていたものである。

(二)  被告ら主張の(二)の事実については、<中略>

(三)  被告ら主張の(三)の事実については、原告らが本訴提起前に本件ミキサー車について付されていた自賠責保険により保険会社から五〇万円(原告ら各自二五万円)の弁済を受けたことを認めるが、その余は否認する。

二再抗弁として、

(一)  原告らが本件ミキサー車に付されていた自賠責保険により保険会社から一〇〇万円の交付を受けたとしても、その内金五〇万円は、本件事故の当時安司の内縁の妻として同人と一緒に暮らしていた関係で本件事故に因る安司死亡に因り甚大な精神的苦痛を受け、被告らに対し少くとも五〇万円以上の慰藉料請求権を有していた前記木村芳枝を代理して同人のために受理したものであり、従つて、それは、芳枝が受領したものであつて、原告らが受領したものではない。

(二)  原告らが自賠責保険によつて受領した前記各二五万円は、原告らにおいて安司から相続した同人の前示財産上損害賠償請求権各一四三万円の一部にそれぞれ充当した(前示第二の三の(四)冒頭参照)。

第五被告ら訴訟代理人は、原告らの再抗弁事実については、すべて知らないと述べた。

第六証拠<省略>

理由

一本件事故の発生

原告主張の日時、その主張の交差点において、長島運転の本件ミキサー車と山本運転の本件クレーン車とが衝突した事故が発生し、このため本件クレーン車に乗つていた安司が頭部に傷害を受けて即死したことは、当事者間に争いがない。

二被告らの責任

(一)  被告上陽工業の責任

1  被告東照レミコンの代表者本人の供述によれば、本件ミキサー車は被告上陽工業が昭和三九年秋頃、埼玉ふそう自動車株式会社から購入して、その使用を始めたものであることが認められる。されば、被告上陽工業は、これによつて本件ミキサー車を自己のため運行の用に供する者の地位に就いたものというべきである。

2  そこで被告上陽工業の抗弁について考えてみるに、前示、代表者本人の供述によれば、本件ミキサー車は昭和三十九年暮頃被告上陽工業から被告東照レミコンに売り渡され、爾来被告東照レミコンがその事業執行のためこれを使用していることが認められるが、<証拠略>によれば、被告東照レミコンは、昭和三九年暮頃被告上陽工業の出資によつて設立されたその子会社であつて、親会社である被告上陽工業の東京工場の敷地内に在る建物を事務所とし、二、三〇台のミキサー車をようして、専ら被告上陽工業の生産にかかる生コンクリートを需要者に販売、輸送し、これによつて被告上陽工業から販売手数料を得ることを営業目的としている会社であつて、被告東照レミコン保有にかかるミキサー車は本件ミキサー車をも含めてすべて、被告上陽工業が被告東照レミコンに対し、右設立の頃、代金は向後四年間位の長期間にわたり、月賦で、しかもその月賦金は月々の前記販売手数料の中から控除する方法で支払を受けるとの約で、契約書も作成せずに、売り渡したものであつて、右売り渡し後も、これらミキサー車についての自家用貨物自動車としての官庁への所要の届出は被告上陽工業の使用者名義を以つて為されたままになつており(道路運送法第九九条参照)、道路運送車輛法所定の車輛検査も上陽工業が使用者としてこれを受け、各種自動車保険も被告上陽工業がこれを締結して保険料を支払い、自動車税も被告上陽工業が支払つて、後で前記販売手数料の中から右保険料及び税金の相当額を控除して決済しているものであり、本件事故についての原告側との折衝も被告上陽工業の渉外課長曾武川富雄が被告東照レミコンの代表者と共にこれに当つたことが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実関係によれば、被告東照レミコンは法律的には被告上陽工業とは別個の独立した会社ではあるが、経済的ないし実質的には、被告上陽工業の支配下にあつて、その企業活動の一翼を担つているに過ぎないものであることが明らかであるから、被告上陽工業は、本件ミキサー車を被告東照レミコンに売り渡したことにより直ちにその運行についての支配権を失つたものとみることはできず、ほかに被告上陽工業が本件ミキサーの運行についての支配権を失つた事由については同被告のなんら主張立証しないところであるから、本件事故当時、被告上陽工業は、本件ミキサー車を自己のため運行の用に供する者ではなくなつていたとの同被告の抗弁は、失当であつて採るを得ない。

3  されば被告上陽工業は、自賠法第三条本文の規定により、本件ミキサー車の運行に因る本件事故で安司の生命が害されたことに因つて生じた損害の賠償をなす義務があるものといわなければならない。

(二)  被告東照レミコンの責任

1  本件事故は、被告東照レミコンの従業員である長島が同被告の事業執行のため本件ミキサー車を運転していた時に発生したものであつて、本件事故の時に同被告が本件ミキサー車を自己のために運行の用に供していた者であることは、同被告の認めるところである。

2  そこで同被告の免責の主張について判断する。

(1) 本件事故の発生した交差点は、ほぼ東西に走る東西通りと、ほぼ南北に走る南北通りとが十文字に交差する交差点であつて、右両通りとも幅員一六・七米の車道(コンクリート舗装の平坦な道路)とそれぞれその両側に幅員二・七米の歩道を有していること、本件交差点には信号機の設備があること、本件事故の時、長島運転の本件ミキサー車は、東西通りを西進して来て本件交差点に進入したものであり、他方山本運転の本件クレーン車は南北通りを南進して来て本件交差点に進入したものであること、以上の事実は当事者間に争のないところである。なお、以下において本件交差点という場合は、道路交通法第二条第五号の定義に従つて、東西通り車道と南北通り車道との交わる部分をいうものとする。

(2) そこで長島が本件ミキサー車の運行に関して注意を怠らなかつたか否かであるが、

イ 先ず、<証拠略>によれば本件ミキサー車を運転していた長島は、その対面信号が黄色になつてから警音器を二、三回吹鳴して後本件交差点に進入したこと、本件ミキサー車が本件交差点に進入した時、その対面信号は黄色のままであつたこと、山本の運転する本件クレーン車が本件交差点に進入した時の速度は、殆んど停止寸前のような低速であつたことが、それぞれ認められる。しかして警音器を二、三回吹鳴するには、少くとも数秒は要するものと思われる。

ロ <証拠略>及び右イで認定の本件クレーン車にかかる事実並びに原告ら弁論の全趣旨を総合すると、本件クレーン車を運転していた山本は、本件交差点の一五〇米ほど手前の大富橋上で本件交差点におけるその対面信号が赤色であるのを認めたので、本件クレーン車を時速二〇粁(秒速四・五米)をあまり超えない程度まで減速して道路左側を進んで本件交差点に接近し、その入口の少くとも二〇米以上手前(運転席を基準とする)の地点で、右前方に見えた東西通りの信号、即ち長島の対面信号が青色から黄色に変つたのを認め、なおも減速しながら前進して交差点入口に達した時、自分の対面する南北通りの信号がまだ赤色ではあつたが、直ぐに青色に変わるものと見越して、停止せずに、そのまま除行しつつ本件交差点に進入したものであること(山本がその対面信号がまだ赤色なのに本件交差点に除行しつつ進入したことは原告らも認めている)が認められる。これによれば山本がその右前方に見えた東西通りの信号即ち長島の対面信号が黄色になつてから、その運転する本件クレーン車を本件交差点に乗り入れるまでには、少くとも数秒の時間は経過したものと考えられる。

ハ 以上イ及びロに説示した事実によれば、長島の対面信号は、同人運転の本件ミキサー車が本件交差点に進入した時点よりも少くとも数秒前に青色から黄色に変わつたものと認めざるを得ない。

ニ <証拠略>によれば、長島は本件ミキサー車を運転して、道路左側を時速四〇粁ぐらいで、本件交差点に向つて進んで来たが、交差点に進入する前に時速四二、三粁に増速したことが認められる。右増速の事実は、イで認定の警音器吹鳴の事実と共に、長島がその対面信号が黄色から青色に変らぬうちに本件交差点を通過してしまおうとしたことを推測させるに足りる徴憑と考えられる。

さて、(1)の事実と以上イ、ないしニに説示したところを総合すると、長島は、本件交差点を直進して通過すべく時速四〇粁ぐらいの速度でこれに近づいて来た時右交差点入口の数十米手前の地点で、本件交差点におけるその対面信号が青色から黄色に変わつたのを認めたが、交差点の直前で停止しようとすれば、その余裕は充分にあつたにかかわらず、これをしようとせず、却つて、右信号が黄色から赤色に変わる前に一気に本件交差点を突つ切つて通過してしまおうと考え、時速四二、三粁に増速して前方を充分に注意せずに交差点に進入したため、たまたまその時、南北通りを南下して本件交差点を除行して通過中であつた山本運転の本件クレーン車と衝突してしまつたものと推認される。

前示甲第四、第八、第九号証の記載ないし供述記載中には、前段の認定と相反する部分があるけれども、これらはいずれも前示イないしニに説示の事実に照らすと事実とは合致していないものと考えられるし、ほかに、右認定を動かし得る証拠はない。

前示認定のとおりとすれば、長島が本件ミキサー車の運行に関して注意を怠らなかつたものとは到底認めることができず、却つて同人には信号無視、前方不注意等の過失があつたものというべきである。

(3) 右のとおりである以上、爾余の判断をなすまでもなく、被告東照レミコンの免責の主張は失当であつて、採るを得ない。

3  されば、被告東照レミコンも自賠法第三条本文の規定により、本件ミキサー車運行に因る本件事故で安司の生命が害されたことに因る損害の賠償をなす義務があるといわなければならない。

(三)  なお、被告両名の本件ミキサー車の運行供用者としての前示損害賠償義務は、いずれも全部給付の義務であつて所謂不真正連帯の関係に立つものと解するのが相当である。

三損害

(一)  安司の損害

1  財産上損害

(1) <証拠略>を総合すると、安司は、昭和一六年一〇月七日生れの健康な男子であつて、本件事故にあつた当時年令満二十三才九月余であり、クレーン運転士免許と大型特殊自動車の運転免許を有し、タカミ運輸にクレーン車の運転手として勤務していたものであり、タカミ運輸に雇用されたのは、本件事故の僅か二週間ばかり前であつたので、本件事故の時までにまだ一箇月も勧いていなかつたが、タカミ運輸から月給として基本給三万円、物価手当四〇〇〇円、家族手当三〇〇〇円それに残業量に応じて支払われる残業手当の合計額の支給を受けることになつていたものであり、残業は年中やることが予想されていたので、右合計額は月平均で四万八〇〇〇円程度にはなる見込であつたこと、同人は前記のような二種類もの免許を持つていたので将来タカミ運輸を退職するようなことがあつても、直ぐに他に就職し、少くとも右と同程度の収入を得るだけの能力と意志の持主であつたことが認められる。

而して満二三才九月月余の健康な日本人男子が平均して、少くとも満六〇才に達するまで存命し得ることは公知の事実であるし、また、クレーン車運転の仕事は満六〇才に達するまではこれに従事できるものと考えられるから、前段認定の事実によれば、安司は、もし本件事故にあわなかつたとすれば、原告らの主張するとおり、昭和四一年八月一日から同人が満五九才に達した年の昭和七六年七月三一日までの三五年間にわたり、一箇月平均四万八〇〇〇円、従つて年額で五七万六〇〇〇円の収入を挙げることが出来たものと推認されるのであつて、同人は本件事故にあつたため右の得べかりし利益を失つたものと考えられる。しかし他方において、同人が右の間前記収入を挙げるために必要とした一箇月平均一万八〇〇〇円、従つて年額で二一万六〇〇〇円の生活費の支出を本件事故で死亡したために免れたことは、原告らの自認するところであるから、同人が本件事故にあつたために失つた前記期間の得べかりし純利益は、前記の得べかりし利益から右生活費を控除した残額、即ち年額にして三六万円である。

そこで原告ら主張のとおり、前記の期間の安司の得べかりし純収入の年額三六万円を同人が毎年七月三一日に入手すべかりしものと前提して、毎年のそれをホフマン式計算方法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除して昭和四一年七月三一日現在の価額に引き直し、これらを合算すると、合計金七一七万〇二八二円(円未満切捨、なお右合算は、三六万円に年五分の法定利率による三五年の単利年金現価率一九・九一七四五一一〇を乗ずる方法で行つた。)となるが、これが安司の被つた得べかりし純利益喪失に因る損害を、昭和四一年七月三一日現在において一時払いで全額賠償すべき場合の金額である。

(2) 過失相殺

ところで本件クレーン車の本来の運転者は安司であり、山本はその助手であつて本件事故の当時自動車運転免許を有しなかつたこと、しかるに安司は山本に本件クレーン車の運転をさせたこと、安司に代つて本件クレーン車を運転した山本が本件交差点の入口に達したとき、その対面信号が赤色であるのにこれを無視して徐行しながら本件交差点に進入したことは、いずれも原告らの認めるところである。しかして<証拠略>によれば、安司が助手の山本に本件クレーン車運転をさせたのは、作業現場から本件クレーン車を運転しての帰途、山本と共にラーメン屋に寄つてラーメンをたべたとき、少しばかりビールを飲んだせいもないではなかつたが、主としては、本件事故の前日早朝から夜遅くまでの連続労働、殊に夜間になつてからの雨の中での苦しかつた労働のため疲労困ぱいしたことが原因で、本件事故現場まで来る前に、寒気と頭痛を覚え、運転が困難になつたので助手席に横になつて休むため、事実ミキサー車の運転の出来る助手の山本に運転を代つてもらつたものであることが認められるのであるが、たとえ右認定のような事情があつたにせよ、安司が運転免許を有しない山本に本件ミキサー車を運転させたのは同人の過失というべきであつて、これが本件事故発生の間接の原因となつたものであることは明らかであり、また、山本が安司に代つて本件ミキサー車を運転して本件交差点に至り自己の対面信号が赤色であるに拘らず、たとえ徐行しながらとはいえ、これを無視して、本件交差点に進入した点は固より同人の重大な過失であつて、これが本件事故発生の直接の原因をなすものであることは、いうまでもない。なお、被告らは、安司が酩酊していたとか、運転席の定員制限を無視して運転席内の山本の後部で居眠りをしていたとか主張するが、かような事実を認めるに足りる証拠はない。また、被告らは交差点における左方車両優先の原則を前提として山本の過失を云々するもののようであるが、本件交差点は信号機による交通整理が行われているのであるから、右前提に立つこと自体失当であり、この点の被告らの主張も採るを得ない。

さて、安司が助手である山本をして本件ミキサー車を運転させた事情が前判示のとおりである以上、安司は山本を言わば自己の手足として利用したものというべきであるから、山本の前記過失は所謂過失相殺の関係では安司自身の過失と全く同視するのが相当である。

そこで安司及び山本の右過失を長島の前示過失と対比してみると、前者の方が重いと認められるのであつて、これを斟酌するときには、安司の被つた前示の財産上損害(昭和四一年七月三一日現在における一時払い金額)中、被告らにおいて賠償すべき金額は、二五〇万円を以つて相当と認められ、これが安司において被告らに対して取得した財産上損害の賠償請求権の金額である。

2  精神上の損害

安司が本件事故に因つて被告らに対し慰藉料請求権を取得したとしても、後示のとおり、原告らがこれを相続したものとは認められないから、ここで右慰藉料請求権について判示するのは、無意味に帰するのでこれをしないことにする。

(二)  原告らの精神上損害

<証拠>によれば、原告久喜は安司の父であり、原告たまは安司の母であることが認められるが原告らが、本件事故による安司の死亡に因り大きな精神的苦痛を受けたことは、容易に推認できる。そこで、被告らは原告らに対し相当額の慰藉料を支払う義務があるが、その数額について考えてみるに、<証拠略>によれば、原告久喜(明治三〇年一二月一二日生れ)と原告たま(明治三八年一二月二三日生れ)は、昭和一一年に婚姻し夫婦となり、爾来、その肩書地で農業を営んでいるものであるが、この間二男四女(ただし一女は死亡)をもうけ、安司はその二男であること、安司は、郷里の高校を卒業後東京に出て働いていたものであつて、昭和三八年頃から木村芳枝(昭和一二年一〇月一七日生れ)と内縁関係を結び同人と一緒に暮らしていたことが認められ、右認定の事実に、既に判示の本件事故発生の態様、殊に安司及び山本の過失、その他証拠によつて認められる本件諸般の事情を総合すると、被告らが原告らに支払うべき慰藉料の数額としては、原告各自につき二五万円を以つて相当と思料する。

(三)  原告らによる相続

前示のとおり原告らは、安司の父母即ち直系尊属であるから、安司の死亡に因り、同人の被告らに対する前示二五〇万円の財産上損害の賠償請求権をその相続分に応じて二分の一づつ相続したものであり、これによつて被告らは各自原告らそれぞれに対し一二五万円の損害賠償義務を負うことになつたものである。

しかし安司の慰藉料請求権については、原告らがこれを相続したものとは認められない。蓋し本件で被告らに対する安司の慰藉料請求権が発生したとしても、それは、本来、被相続人たる同人の一身に専属した権利であつて、同人が生前にその行使の意思表示を訴の提起その他の方法で明確にしたのであれば格別、しからざる限り相続人たる原告らにこれが相続されることはないものと解するを相当とするところ、同人が右のような意思表示をしたことについては、原告らにおいて何らの主張、立証をしないからである。

(四)  自賠責保険による弁済

1  被告らは、原告らが本訴提起前に本件ミキサーについての所謂自賠責保険により保険会社から一〇〇万円(原告各自につき五〇万円)の弁済を受けたと主張する。

よつて案じるに、原告らが、本訴提起(これは昭和四一年二月二二日であることは記録上明らかである)前に五〇万円(各自二五万円)の弁済を受けたことは原告らの認めるところであり、原告本人田山久喜の供述によれば、同原告は本訴提起前に右保険によつて保険会社から原告らの右自白にかかるものを含めて全部で一〇〇万円の交付を受けたことが認められる。

しかしながら<証拠略>並びに木村芳枝が安司の内縁の妻として同人と一緒に生活をしていたという前認定の事実並びに原告ら弁論の全趣旨によれば、原告久喜が保険会社から支払を受けた右一〇〇万円のうち原告らの前記自白にかかるもの以外の五〇万円は、同原告が木村芳枝を代理して、本件事故で安司が死亡したことに因り芳枝の被つた損害(主として精神上損害)をてん補すべきものとして受領したものと認められる。

されば、原告久喜が保険会社から交付を受けた前記一〇〇万円のうち、原告らの前記自白にかかるもの以外の五〇万円は、原告らが、被告らに対する前判示の損害賠償請求権に対する弁済として受領したものと認めることはできず(現に右五〇万円が本訴提起前に原告久喜から芳枝に手渡されていることが前段挙示の証拠上明らかである。)、結局、被告らの前記弁済の主張中原告らの前記自白にかかる部分以外の部分はこれを認めることができない。

2  原告らは、原告らが本訴提起前に自賠責保険によつて弁済を受けた前示各二五万円は、原告らが安司から相続した財産上損害賠償請求権の一部に充当されたと主張する。しかし、右弁済の当事者間において右主張のような充当の合意ないし指定がなされたことを認めるに足りる証拠は一つもない。従つて右弁済金の充当関係は、民法所定の法定充当の規定によつて決しなければならない。そこで考えるに、先ず、原告らが安司から相続した前示の各一二五万円の財産上損害賠償請求権についてであるが、この金額は、前判示のとおり、原告らの主張に基づき、安司の将来得べかりし利益の喪失に因る損害を、本訴提起後である昭和四一年七月三一日を基準日として算出した一時払い金額を前提とし、これに所謂過失相殺をして決めたものである関係上、本件事故発生後本訴提起までの間の適宜の日を基準日として前記財産上損害賠償請求権の金額を右同様にして決めた場合の該金額よりも、当然、該金額に対する右適宜の日から昭和四一年七月三一日に至るまでの同年五分の割合による利息額だけ多額な筈であり、言わば、該金額に右利息額を加えた金額である。されば前記財産上損害賠償請求権の金額を前示のとおり一二五万円とする限り、右請求権の弁済期が本訴提起前に到来したものとみることはできないし、本訴提起前の弁済金が弁済時に、これに充当されるべきものとするときは、それは実質上弁済後に生ずべき前記利息にまで充当されることになるから、それが本訴提起前に既に弁済期の到来していた他の損害賠償債務に充当される場合よりも、債務者にとつて不利になることは明らかである。ところで原告らの本訴請求にかかる権利中原告が本訴提起前から有していた権利は右財産上損害賠償請求権のほかは、原告ら固有の各二五万円の慰藉料請求権と後示の弁護士費用負担による損害賠償請求権であるが、前者が本訴提起前にその弁済期が到来していたことは勿論であり、後者が本訴提起前はその弁済期未到来であつたことは後示のとおりである。そこで、本訴提起前に原告らが受領した前記の各二五万円は、民法第四八九条第一、第二号の規定を類推適用し当時弁済期が到来していた原告ら固有の各二五万円慰藉料請求権に充当されたものと認める。

従つて、原告らの固有の慰藉料請求権は、前記自賠責保険による弁済金の受領によつて本訴提起前に全部消滅したものである。

3  右のとおりであるから、原告らが現に被告らに対して有する権利は、以上説示したものの範囲内では、安司から相続した各一二五万円の財産上損害賠償請求権即ち(三)前段記載のそれのみである。

なお、原告らは、右財産上損害賠償請求権について、明示的には各自一一八万円の限度でしか請求していないのであるが、その弁論の全趣旨によれば、右請求権(原告らの主張では各自一四三万円)、中一一八万円を超える部分についても、原告らが自賠責によつて受領した前記各二五万円についての充当関係が原告らの主張するところと異つた認定をされる場合に備え、これを予備的に請求しているものと解し得るから、右充当関係が前判示のとおりである以上、右請求権に基づく請求を各一一八万円を超えて前段判示の各一二五万円の限度まで認容しても、原告らにその申し立てない事項を帰せしめたことにはならないものと解する。

(五)  弁護士費用負担による損害

<証拠略>によれば、原告らは、昭和四〇年一二月二七日東京弁護士会所属弁護士坂根徳博即ち原告訴訟代理人に対し、被告らを相手に本件損害賠償請求訴訟を提起することを委任し、同弁護士との間に報酬については、東京弁護士会弁護士報酬規定どおりにする、報酬(手数料と謝金)の額は、その標準中最低の料金にする、手数料の支払期日は謝金と同じように依頼の目的を達したときにする旨の契約を結んだものであり、しかして右報酬規定によれば、委頼者が現実に受ける利益の金額が一〇〇万円を超え五〇〇万円以下の民事事件についての報酬の最低額は手数料、謝金共に右金額の八分と定められ、また、裁判上の事件は審級毎に一事件として報酬を定めることになつていることが認められる。裁判上の事件は、審級毎に一事件として報酬を定めるというのであるから右契約にいう依頼の目的を達したときとは第一審判決たる本判決言渡の時と解するほかないが、そうすると、原告らは各自右契約を結ぶと同時に、坂根弁護士に対し、原告らが本訴によつて現実に受ける利益の金額たるの前段判示の一二五万円の一割六分に当る報酬(手数料八分と謝金八分)、即ち二〇万円を本判決言渡の日に支払うべき債務を負担し、同額の損害を被つたことになる。しかして交通事故の被害者ないしその相続人が加害者側に対して提起する損害賠償請求訴訟を弁護士に委任し、該弁護士に対して報酬支払債務を負担することに因る損害は、ひつきよう該事故に因つて被る損害の一つとみて差支えないから、この損害も該事故と相当因果関係に立つものと認められる限り、加害者側においてこれを賠償すべきもののところ、本件においては、原告らが本件訴訟を坂根弁護士に委任したことに因る前記損害は、すべて本件事故と相当因果関係に立つものと認め得るから、被告らはこれを原告らに賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(六)  遅延損害金

既に認定の事実によれば、被告らは各自原告らそれぞれに対し、(四)の3前段に判示の一二五万円の損害賠償請求権に対する本件事故発生の日の後にして安司の将来の得べかりし利益喪失に因る損害の一時払い金額定算基準日の翌日たる昭和四一年八月一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

なお、右一二五万円中の一一八万円を超える部分に対する遅延損害金請求をも認容しても、原告らに申し立てない事項を帰せしめたことにならない関係は、右超過部分につき(四)の3後段に説示したところと同様である。

四結び

以上のとおりであつて、原告らの各本訴請求は、被告ら各自に対し三の(三)前段及び三の(五)及び(六)に判示の各義務(三の(三)前段及び三の(五)に判示の各義務の金額の合計は一四五万円である)の履行を求める限度において理由があるからこれを正当として認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(宮崎富哉)

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