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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1563号 判決 1967年3月23日

原告(反訴被告) ケネス・エル・マイラン

右訴訟代理人弁護士 レイモンド・ブッシェル

同 ウォーレン・ジー・シミオール

同 大塚龍司

被告 丸山操

右訴訟代理人弁護士 天利新次郎

主文

被告(反訴原告、以下単に被告)は原告(反訴被告、別紙単に原告)に対し、別紙目録記載の株券を引渡せ。

被告の反訴請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ被告の負担とする。

この判決の第一、三項は、原告において金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、本訴について。

一、請求原因の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件株券は原告から贈与を受けたとの被告の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、被告は昭和三五年一二月頃から、当時被告の肩書住所の近くに居住していた原告方に掃除、洗濯などの家事手伝として通勤していたものであるが、同三六年八月頃原告がアメリカに帰国するため同所を引払うに当って、原告から布包みを貰い受け、そして右布包みの中にはゴルフ靴約三足、洋服上下約三着、ネクタイ約二〇本(いずれも中古品)、雑誌などとともに、株式会社飯能ゴルフ倶楽部の定款、規則、会員証、それに本件株券の入った封筒が含まれていたことが認められる。≪証拠判断省略≫

以上の認定に基けば、原、被告間には本件株券について贈与契約が成立したものと解さざるを得ない。もっとも、原告は、布包みを被告に交付するに際して、原告には本件株券のように高価なものを交付の対象とする意思は毛頭なかったのであるから、右株券に関する限り、贈与契約の成立する余地はないと主張する。しかしながら、個人間の生活関係を妥当に処理するためには、意思表示の内容は、外部に現われた表示行為を純粋に客観的に観察して推断決定すべきものと解されるところ、本件については、たとえ株券が相当の時価を有していたとしても、日本を去らんとする者には差当って不要なものと観られるし、加えてこれに関連性を持つゴルフ靴などと併せて一括交付されている以上、かような表示行為から右の物品全部について、すなわち本件株券についても原告の贈与の効果意思を推測することは格別無理のない判断といってよく、たまたま原告において実際にこれに符合する効果意思を有していなかったとしても、それは意思と表示との不一致として、推測された効果意思に相応じた効果を認めるべきか否か、次項以下のような問題を生ずるに止まり、贈与契約の成立そのものに消長を及ぼすものではない。

三、原告は、右の贈与契約には要素の錯誤があると主張する。

しかして、≪証拠省略≫に徴すれば、前記のように原告が被告に布包みを贈与したのは、その平素の手伝の労に報いるつもりで、不要となった日常の物品を有合わせの布に包んで交付したものに他ならず、原告においてこの包みの中に本件株券の混入していることを知っていたのであれば、右株券はこれを被告に交付する意思のなかったことが推認され、右認定を動かすに足る証拠はない。

してみれば、原告としては、うっかり布包みの内容を誤解し、本件株券をも自己の不要品として被告に贈与してしまったものというべく、この点に関する原告の錯誤は右意思の表示過程に存することになるから、結局、本件株式の贈与契約はその要素に錯誤があるものとして無効なものといわねばならない。

四、次に、被告主張の、右の錯誤について原告に重大な過失があったかどうかについて判断する。

なるほど、原告は被告に布包みを交付するに当って、その内容を点検しようと思えば直ちにこれをすることができたわけであり、しかもそれは一挙手一投足の労を出ないのであるから、原告がかかる方法をとらず漫然と本件株券の入った布包みを交付したことは、軽率の譏を免れ得ないであろう。しかしながら、前認定のように右布包みの交付は、住居を引払うに当って使用人に対してなされた好意的な所為であり、しかもこれが怱怱の裡に行われたものであろうことは容易に推察されるところであるから、かような経緯、人的関係、行為の性質など諸般の情況を考え合わせれば、原告が布包みの中に万一不要でない物品が混在していたとしても、難なく返還を求め得るというような漠然たる意識を根底にして、安易に交付の挙に出ることも無理からぬところと解せられ、延いて事前に厳密な点検をせず、ために本件株券を発見することなく、これを被告に交付した点を把えて、著しく注意を怠った軽率な行動として強く咎めることは酷なことといわねばならない。そうすると、前認定の錯誤について原告には重大な過失があったとまではいえず、従って被告の上記主張は採用できないとしなければならぬ。

五、以上の次第で、所有権に基き、被告に対して本件株券の引渡を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきである。

第二、反訴について。

本訴について判示したとおり、原、被告間に成立した本件株券の贈与契約は有効なものとは認められないから、右株券が贈与により被告の所有に帰したことを前提とする被告の反訴請求の失当であることは明らかである。

第三、よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田四郎)

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