東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1573号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕原告は本訴における損害賠償として、本件各建物部分に二〇〇万円の改装費を投じたうえ、五〇〇万円の権利金を得て第三者に転貸する計画であつたが、被告らの仮処分執行のため、右計画が不能となつたため、右権利金と改装費との差額三〇〇万円の得べかりし利益を喪失したと主張している。
一般に、得べかりし利益の喪失もまたいわゆる消極的損害として賠償の対象たる損害というに妨げないが、この場合の得べかりし利益とは、単に被害者の内心において将来特定の利益を第三者から収得することを単に期待ないし意欲していただけでは足りず、被害当時すでに外形的にも第三者と交渉ないしは契約し、確実に特定の利益を収めうる地位ないしは法律関係を一応具体的に形成していたことを必要とするものと考える。
しかるに、本件各建物部分について、前記高島らから原告が引渡をうけたのは、昭和三九年六月二日であり、その後本件仮処分の執行がなされたのは同年六月二六、七日頃であるが、前記甲第二号証(契約書)によれば、昭和三九年三月二四日には既に原告が本件各建物部分をその所有者である前記高島らから賃借することについて、当事者間で完全な諒解が成立していたことが認められる。しかしこの甲第二号証の作成された昭和三九年三月二四日から被告らが仮処分を執行した同年六月二六、七日頃に至る間においてはもちろんその後被告らが仮処分の執行を解放した昭和四一年二月中旬(仮処分の解放およびその日時については、原告が明らかに争わないので自白したものと看倣す)以降においても、原告が第三者に本件各建物部分を賃貸するため改装工事を他に委託するなど転貸の準備、段取りをしたこと、ないしは転貸すべき第三者を物色し、これと転貸の交渉をしたことなどについては証拠上なんらの裏付けもなく、かえつて原告代表者本人および被告徐敬洙の各本人尋問の結果によれば、原告は本件各建物の引渡をうけるや直ちに本件各建物部分を改装して、その使用人金谷某を支配人として、朝鮮料理店(後に地下室の方をバーの営業に変更)を開業し、前記仮処分解放後においても、現在に至るまで、その営業を継続していることが認められる。
これらの事情に徴するときは、原告代表者本人は被告らの仮処分が執行されたために止むを得ず、金谷に朝鮮料理店をやらせた旨供述しており、かりに右供述が真実であつて、当時原告が、第三者に実際賃貸する心積りでいたにせよ、仮処分執行当時においては、いまだなんら具体的な段取りをなすに至つてはおらず、したがつて、五〇〇万円の権利金なるものも当時はいまだ具体化した客観的な利益にはなつていなかつたものと認めるのを相当とする。このことは、原告が前記のとおり被告の本件仮処分に対してなんら異議取消等の手段に訴えることもせず、また、原告代表者本人自身が被告による仮処分解放がいつなされたかについても無関心で、これを知らずにいたこと(後者の点は原告代表者本人の尋問結果により認める)からしても首肯される。
以上の説示によれば原告のいわゆる得べかりし利益なるものは、本件仮処分当時はいまだもつて、具体的な利益とはなつておらず不法行為を理由としてその賠償を求めるにはふさわしくないものと考える(なお、転貸による原告主張の利益をいわゆる特別損害とみるのが通常であろうが、このように考えた場合には、右利益が具体的に存在していたことのほかに、被告らが当時これを予見したことまたはその予見可能性のあつたことをも必要とする次第であるが、右利益がいまだ具体化していなかつたことは、上来説示のとおりであり、また予見ないし予見可能性の点についても、証拠上その裏付けがない。)。(伊東秀郎)