東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1752号 判決 1967年3月30日
原告 寺門整示
右訴訟代理人弁護士 信部高雄
右同 小林健男
被告 株式会社松屋
右訴訟代理人弁護士 後藤正三
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金一、一八六、四四六円およびこれに対する昭和四一年一月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、
その請求の原因として、
「原告は、原告と訴外株式会社タジマ商店(以下タジマ商店という)との間の執行力ある金銭消費貸借契約公正証書(東京法務局所属公証人宮崎三郎作成昭和四〇年第一五六三号)に基づき、タジマ商店を債務者、被告を第三債務者として、東京地方裁判所に債権差押ならびに転付命令の申請をし、同裁判所は右申請に基づき、「債務者が第三債務者に対し文房具、事務用品類を取引番号五一七番を以て昭和四〇年一二月一日より同月一五日迄の間に代金は同月三〇日支払の約定で納入した売掛代金債権金一、一九四、四四七円」につき差押ならびに転付命令を発し(同裁判所昭和四一年(ル)第二四号事件)右命令は昭和四一年一月一〇日被告に送達された。
被告のタジマ商店に対する右差押ならびに転付命令に表示された期間内の買掛債務額は、金一、一八六、四四六円であるが、被告は原告の再三の請求にもかかわらずその支払をしないので、原告は被告に対し右金一、一八六、四四六円とこれに対する前記転付命令が被告に送達された日の翌日である昭和四一年一月一一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ」
と述べた。
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、
答弁として、
「原告主張の請求原因事実は、すべてこれを認める」
と述べ、
抗弁として、
「一、原告主張の被告の債務は、被告の過失なくしてその債権者を確知することができなかったので、被告が昭和四一年二月一六日昭和四〇年度金第一二六八五八号をもって原告主張の債務額を含めた金一、四七九、〇三八円を東京法務局に供託したから、これによって消滅した。
右供託によって債務が消滅したという理由は、つぎのとおりである。
二、被告には、タジマ商店に対する文房具、事務用品類買掛のつぎのような債務があった。
(1) 昭和四〇年一二月一日から同月一五日までの分金一、一八六、四四六円、支払期 同月三〇日
(2) 同月一六日から同月二八日までの分金二九二、五九二円、支払期 昭和四一年一月一五日
三、ところがタジマ商店名義で被告に対し右の売掛代金債権の譲渡通知がつぎのとおりあった。
(1) 昭和四〇年一二月二九日債権譲渡通知到達のもの
(A) 譲受人 訴外株式会社共栄商事、譲渡額 同年一二月一日から同月二八日までの全債権
(B) 譲受人 訴外株式会社産栄、譲渡額 同月一日から同月一五日までの分金一、〇一二、五八三円
(C) 譲受人 原告、譲渡額 原告の転付命令表示の差押債権と同じ
(2) 同月三〇日債権譲渡通知到達のもの
(D) 譲受人 訴外岩本加吉、譲渡額同年一一月一日から同年一二月末日までの分のうち金六五〇、〇〇〇円
なお、右の債権譲渡通知はいずれも昭和四〇年一二月二八日の内容証明郵便による確定日附あるものであるが、右郵便差出の受付時間は(A)と(D)が同日午後六時から一二時までの間 であり(B)と(C)が同じく午後零時から午後六時までの間である。
右のように(A)ないし(C)の通知は同一日時に被告に到達しているので、被告にはどの債権譲渡が有効であるのか分らない。のみならず右通知書に押されたタジマ商店の印の印影は、同店があらかじめ被告に届出ていた取引印影と異っており、かつタジマ商店の代表者行方不明のため、被告には該通知書の真偽不明である。
四、1 ついで昭和四一年一月一〇日原告からの本件転付命令が被告に送達された。
2、同月一一日には債権者訴外株式会社東京大証、債務者タジマ商店、第三債務者被告間の東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第五二号債権仮差押命令(差押債権として昭和四〇年一月一日から同年一二月三一日までの文房具、事務用品類売掛債権のうち金二〇万円との表示あり)が被告に送達された。
3 同月一四日には債権者訴外吉井福子、債務者タジマ商店、第三債務者被告間の東京地方裁判所昭和四一年(ル)第八四号債権差押転付命令(差押債権として昭和四〇年一二月三日頃から同月二八日頃までの文房具売掛金一、七三三、二二六円の表示あり)が被告に送達された。
4、同月二五日タジマ商店名義で、同項表示の債権のうち昭和四〇年一二月三日から同月二八日までの売掛代金一、七三三、二二六円を訴外宮本善弘に譲渡したとの通知が被告にあった。
5、このほか同月二九日タジマ商店から債権者らへの平等配分をしたいとの理由で買掛金の支払停止を要望してきた。
五、第三債務者たる被告にとって、本件転付命令とこれに先行する数個の債権譲渡通知とが競合し、しかもその競合金額が被告のタジマ商店に対し負担していた債務額を超過している場合において、第三債務者たる被告が果してどの債権者に対しいかなる弁済をすることにより完全な免責を得られるかを決するためには本件転付命令に先行する数個の債権譲渡通知が競合する場合にどの譲受人もその債権譲受を主張し得ないのかどうか、主張し得ないとすれば各債権譲渡がなかったことになるのか、したがって原告の転付命令が優先することになるのかどうかなどについての判断をしなければならず、そのような判断をすることに通常人たる被告代表者らにとっては容易ではなく、法律専門家の高度の判断を要する事項である。
民法第四九四条の趣旨は、かかる判断を自己の責任において為すことなく、債務額を供託することによって、被差押債権または債権譲渡の目的債権が正当手続により取立てられた場合と同様の債務消滅の効力を第三債務者に享受せしめるにあると解すべきである。供託の条件としては、同一債務につき復数の権利主張者すなわち債権譲渡通知または差押の事実あるをもって足り、その各権利主張者の権利に瑕疵なく実質的に有効な債権競合関係にあるか否かは供託の効力に影響を及ぼさない。
六、よって被告のなした供託は有効であり、被告の債務はこれにより消滅したから原告の請求は失当である。原告としては、被告を相手とする本訴によることなく、他の権利主張者を相手として自己の債権を確認する訴訟をとるべき筋合である。
七、被告は、被告がした前記供託は有効であり、債務はこれにより消滅したと主張するのであって、原告の債権差押転付命令の実体的無効を主張するものではない。
と述べた。
原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し
一、被告が被告主張の日にその主張の金額を主張の理由で供託したことならびに被告の抗弁二ないし四の事実を認める。
二、タジマ商店は、原告外三名の債権者の債権取立を免れるため、一時のがれの方便として同一日附の内容証明郵便で被告に対して債権譲渡の通知をした。このような四通にわたる同一確定日附の内容証明郵便を乱発すること自体債権譲渡の意思がなかったことを明瞭に物語るものである。そのうえ、右通知書はいずれもタジマ商店の印の印影が同店から被告に対しあらかじめ届け出てある印影と異っており、かつその代表者行方不明のため該通知書の真偽不明であり、また昭和四一年一月二九日にはタジマ商店は被告に対し債権者らへの平等配分をしたいとの理由で買掛金の支払停止を要望しているようなしまつであるというのであるから、以上のような事実を綜合するとタジマ商店にはそもそも各債権者に対し、自己の被告に対する債権を譲渡する意思はなかったといえる。したがって、タジマ商店の各債権者に対する債権譲渡は無効であり、原告の転付命令が被告のもとに送達された昭和四一年一月一〇日以前にはタジマ商店の被告に対する売掛債権は現存していたわけである。
この現存していた債権に対し何人にもさきだっていちはやく転付命令をかけた原告が券面額で本件債権を取得し正当な権利者になることは当然のことといわねばならない。<以下省略>。
理由
原告主張の請求原因事実は、すべて被告のこれを認めるところである。
よって被告の抗弁について判断する。
被告が昭和四一年二月一六日に、過失なくして債権者を確知することができないという理由で、原告主張の被告の債務額を含めた金一、四七九、〇三八円を東京法務局に供託した事実および被告主張の抗弁二ないし四の事実については当事者間に争いがない。
右事実によれば、被告は過失なくして債権者を確知することができなかったものと認めるのが相当であり、したがったその理由でした右供託は有効で、これにより原告主張の被告の債務は消滅したものというべきである。すなわち、昭和四〇年一二月二九日には同一確定日附ある三通の債権譲渡通知書が、さらにその翌日には右三通と同一の確定日附ある債権譲渡通知書が被告に送達され、ついで昭和四一年一月一〇日には本件差押ならびに転付命令が、さらに翌一一日には仮差押命令、同月一四日には債権差押転付命令、同二五日には債権譲渡通知書が各送達されたというのであって、被告としてはいずれの債権者が真の債権者であるかについて迷わざるを得ない。原告は、被告主張の(A)、(B)、(C)、(D)の債権譲渡はいずれも無効であるか、無効でないとしても右の債権者はいずれも自己が債権者であることを主張できないからその後に転付命令を得た原告が真実の債権者であると自己の法律見解を述べて主張するが、仮に法解釈の結果右原告主張のようになるとしても、その判断は法律専門家の高度の知識を要するものであって、通常人たる被告代表者らにそのような法律解釈を期待することはできない。したがってその点に被告の過失があるとはいえず、さらに右四通の債権譲渡と原告の転付命令との関係からのみでなく、その後なされた仮差押、転付命令の重複等の関係から被告のした供託が有効か無効かが論ぜらるべきであって、その関係から被告には債権者を確知できなかったことについて過失がなかったものと認定すべきこと前説明のとおりである。ここで問題とすることは、原告の得た本件転付命令の実体的効力の問題ではなく、供託の効力の問題であるから、原告主張のように供託が右転付命令送達の後になされたものであっても、その供託が民法第四九四条の要件を満すかぎり無効となることはない
原告は、また、前記(A)、(B)、(C)、(D)の債権譲渡の通知は同一確定日附でなされたものでこのこと自体タジマ商店に債権譲渡の意思がなかったことを推認させると主張するが、右事実自体からそのように推認することはできない。右債権譲渡の通知書はいずれもタジマ商店の印の印影が同店から被告に対してあらかじめ届け出てある印影と異っており、かつその代表者行方不明のため該通知書の真偽不明であり、また昭和四一年一月二九日にはタジマ商店は被告に対し債権者らへの平等配分をしたいとの理由で被告の買掛金債務の支払停止を要望した事実については当事者間に争いがないが、右のような事実の存在から前記四通の債権譲渡がタジマ商店の譲渡の意思なくして行われたものであるということを推認できるというわけのものではなく、かえって右のような事実の存在自体被告が真実の債権者が誰であるかを確知できなくさせた原因の一つであるといい得るのである。仮にタジマ商店に債権譲渡の意思がなく、したがって債権譲渡が無効であるとしてもそのこと自体から本件供託が無効となるべきものでないことは既に説明したところから明かである。
以上のとおり被告は過失なくして債権者を確知することができかなったものであり、したがってこれを理由としてした本件供託は有効で、右供託により被告の債務は消滅したものといわなければならない。<以下省略>。