大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)2062号 判決 1967年8月15日

原告 梨本久吉

右訴訟代理人弁護士 畠山国重

同 中村文也

被告 吉田武二

右訴訟代理人弁護士 木村浜雄

右復代理人弁護士 柏原晃一

主文

1、被告は原告のため訴外中沢産業株式会社に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年一一月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

4、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一求める裁判

一、原告

「被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四〇年一一月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え」との判決を求めたほか主文3、4、同旨

二、被告

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一、原告

(請求の原因)

(一) 原告は昭和四〇年八月末被告から次のような記載のある(2)の約束手形を担保に用いて(1)の約束手形の割引を受ける事務を委任され、各手形を受取った。

(1)約束手形金額   金一〇〇万円

支払期日      昭和四〇年一一月一五日

振出地・支払地   東京都墨田区

支払場所      株式会社神戸銀行本所菊川支店

振出日       昭和四〇年八月一〇日

振出人       吾妻ゴム株式会社

受取人兼第一裏書人 東富産業株式会社

(2)約束手形金額   金一〇〇万円

支払期日      昭和四〇年一一月一五日

支払地・振出地   東京都江東区

支払場所      株式会社東京都民銀行深川支店

振出日       昭和四〇年一〇月一〇日

振出人       有限会社森鈴商店

受取人       白地

(二) 原告は右(2)の約束手形の受取人欄に原告の氏名を補充し、昭和四〇年九月二日右(1)、(2)の各約束手形に裏書人として署名捺印のうえ拒絶証書作成義務を免除して各手形を訴外中沢産業株式会社(以下単に訴外会社と呼ぶ)に譲渡し(2)の手形を担保とし、(1)の手形の割引の対価として金八五万円を得たので同金員を被告に交付した。

(三) 訴外会社は(1)、(2)の割引手形、担保手形を満期に支払場所に呈示したがいずれも支払を拒絶され、現にその所持人である。

したがって原告は訴外会社に対し、右各手形の裏書人として、約束手形金一〇〇万円とこれに対する満期の日から支払済まで年六分の割合による手形法所定の利息を支払わなければならない債務を負担している。

(四) 原告の右債務は被告の委任事務処理のために負担した債務であるから、民法六五〇条二項の規定によって被告が支払の責に任ずべきものである。

(五) よって原告は被告に対し約束手形金相当の金一〇〇万円とこれに対する昭和四〇年一一月一五日から完済まで年六分の割合による金員の支払を求める。

(抗弁に対する認否)

被告がその主張するような自動債権を有していたことは否認する。

すなわち、原告が浮木用ラワン材約三〇〇石(石当り時価二、二〇〇円)を製材・処分した事実はあるが、このラワン材の所有者は訴外進生木材工業株式会社であり、被告ではない。

(事情)≪省略≫

二、被告

(請求原因の認否)

1、請求原因(一)ないし(三)については、(2)の約束手形を担保に(1)の約束手形の割引の斡旋を原告に依頼したこと右の依頼は昭和四〇年八月一五日頃で、(1)の手形はこの時、(2)の手形は同年九月一日原告に交付されたこと、右手形の割引の対価として金八五万円を九月二日受領したことを認め、その余はすべて不知、右の依頼が委任となるかどうかは判らない。

2、請求原因(四)の主張は争う。仮に被告が原告に依頼した行為が委任と認められるものであったとしても、原告の遡求義務の負担は委任事務の処理に不必要な行為に因って生じたものである。なぜなら、被告は(1)の手形の割引を受けるため(2)の手形を担保として提供しており、しかも依頼の趣旨は割引の斡旋であって、原告が裏書譲渡することまでは依頼していないし、割引の斡旋者ないし受任者にとって裏書は事務処理に必要不可欠な行為でもない。原告は被告から金五万円の報酬を得るに急なあまり、不必要な裏書を自分の責任と計算においてなしたにすぎない。したがって原被告間の委任とは無関係に原告のみが独自に負担した債務である。

(抗弁)

被告は原告に対し次のとおり金一二〇万円の損害賠償債権を有するので、昭和四一年五月二七日の本件口頭弁論期日において原告に対し、右債権をもって本訴請求金額と対等額で相殺する旨の意思表示をした。

すなわち、被告は昭和三五年夏頃その所有するラワン材約四〇〇石を原告所有のセラガンバツ材(ボルネオ産沈材)約五〇〇石の浮木用として無償で使用させることを約し、これを引渡しいかだに組んであったところ、昭和三七年夏頃汽車製材所の堀で、いかだが切れ、セラガンバツ材は沈み、浮いていたラワン材四〇〇石は原告が勝手に製材処分した。よって被告は原告に対し右ラワン材の時価相当額である金一二〇万円(四〇〇石、石当り金三、〇〇〇円)の損害賠償債権を有する。

(事情)≪省略≫

第三証拠関係 ≪省略≫

理由

一、昭和四〇年八月中に被告が請求原因(一)(1)の約束手形の割引を受けることを原告に依頼し、かつ同手形を原告に交付し、その後九月一日ごろ請求原因(一)(2)の約束手形を右割引を受けるための担保手形として用いるべく原告に交付したこと、そして九月二日右割引の対価として金八五万円を原告から受領したことは被告の認めるところである。

被告は右手形の割引の「斡旋」を依頼したにすぎないと主張するけれども、≪証拠省略≫を総合すれば、被告は右(1)の約束手形である甲第二号証の原本を原告に渡して換金できるものなら換金してもらいたいと依頼しただけであって、割引を受けるに際し被告をして裏書させるのか、原告をして裏書をさせるのか、いずれの裏書をも禁止するのかの点についてはなんら触れるところがなかったこと、九月はじめごろ原告から換金できる見通しがついたとの報告を受けた時にも、裏書の問題については全く言及せず、すべて原告に一任していたこと、九月二日に原告から割引の対価として金八五万円を受領した時にも、いかなる形式で割引を受けたかについては全く関心を示していないこと、それどころか右手形の割引を受け易くするため、被告は訴外有限会社森鈴商店の代表取締役鈴木清司に右(2)の手形である甲第一号証の原本に相当する約束手形を対価を払わないで振出してもらい、原告に交付していることが認定でき、反対の証拠はない。

右の事実に基づけば被告は原告に対し、右(1)の約束手形を(2)の約束手形を担保に用いて第三者の許で割引きを受け換金する事務を委任したものであって、その内容は単に割引先を見つけて被告が割引を受け得るように仲介・斡旋をなさしめるにとどめていたものでないことは明らかである。

二、(一) 原告が右委任事務を処理するため請求原因(二)のとおり補充ならびに裏書をし、中沢産業株式会社に右各手形を譲渡し、割引の対価として金八五万円を得たこと、ところが右(1)の手形は振出人の倒産に因る銀行取引解約により、(2)の手形は振出人の預金不足に因り、請求原因(三)のとおり支払拒絶され、現に右訴外会社が所持していることは≪証拠省略≫によって明らかであり、反対の証拠はない。右の事実によれば原告は右各手形の裏書人として訴外会社に対し少くとも手形金一〇〇万円とこれに対する昭和四〇年一一月一五日以降支払済に至るまで年六分の割合による手形法所定の利息を支払うべき債務を負担していること原告主張のとおりである。

(二) 被告は原告の右債務負担の原因である裏書はその委任事務の処理に不必要な行為であると争うけれども、≪証拠省略≫によれば、割引人である訴外会社としては手形の持参者に裏書をなさしめることが本件手形を割引くための前提要件であり、しかも原告は銀行に当座預金の口座も有しない者であるため、右(1)の手形に裏書をなさしめただけでは足りず、担保として別に同額面の約束手形の差入を要求し、けっきょく(2)の手形を受取ったものであることを認めることができ、反対の証拠はない。

右認定によれば、原告の裏書は本件手形の割引を受けるために必要不可欠の行為であったものと認められるし、一般的にみても手形の割引人が割引をする際、所持人に裏書をなさしめることは頻繁に行われており、委任契約の内容としても、割引を受ける方法について格別の指示取り決めもせず、受任者に一任している場合には、受任者が自ら手形に裏書人として署名捺印のうえ割引を受けることが委任の趣旨に反するものとは解し難いところ、前記一で認定した本件委任契約の内容に照らしても、原告による本件手形の裏書譲渡は受任者として必要かつ相当な事務処理の方法と認められ、なんら原告の過失・越権行為と目すべき事由はない。

三、したがって原告は被告に対し、本件手形の裏書人として訴外会社に対し負担した前記二(二)の債務について、民法六五〇条二項の規定に基づいて、自己に代って弁済すべきことを請求できるものであるところ、被告は相殺の抗弁を主張する。

そのうち、原告がセラガンバツ材の浮木としていかだに組んであったラワン材のうち約三〇〇石を処分したことは、原告自身の認めるところではあるが、浮木として用いられたと主張する約四〇〇石のラワン材が被告の所有であったこと、ないし被告から原告が借受けたことを立証する証拠はなく、かえって≪証拠省略≫はいずれも、右ラワン材の所有者・貸主が被告でないことをうかがわせるものであり、けっきょく被告の全立証およびその他の本件証拠によっても被告にその主張の自動債権の存在を認めることはできない。

したがって民法六五〇条二項に規定する受任者の委任者に対する請求権が相殺の対象となり得るものであるか否かを審究するまでもなく、被告の抗弁は理由がない。

四、以上判断したところによって、被告は委任者として、受任者たる原告がその受任事務処理のために負担した中沢産業株式会社に対する債務を原告に代って支払うべき義務を原告に対して負担していることは明らかであるが、民法六五〇条二項前段の規定は受任者が委任者に対して、その第三者に対して負担した債務の内容(目的)に相当する金員等の給付を直接受任者に対してなすように請求する権利を認めたものではなく、受任者に代って委任者が第三者に弁済すべきことを請求する権利を附与したにとどまるから、原告の請求は右の限度で理由があるものとして認容し、その余すなわち直接原告に金員の給付を求める部分は失当として棄却すべく、なお右に認容した請求も財産権上の請求でありかかる債務名義をもって原告は被告に対し金銭執行としての強制執行をなし得るものと解されるから(大審院昭和四年九月二六日判決、民集八巻一〇号七五〇頁参照)、仮執行宣言の申立を認容することとし、民事訴訟法八九条、九二条但書(原告敗訴部分僅少)、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和敏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例