東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3564号 判決 1967年8月07日
原告 林憲栄
被告 王永亮
主文
被告は原告に対し、別紙物件目録<省略>記載の土地及び建物につき、それぞれ所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、
(一) 訴外留日華僑北省同郷連合会(以下単に連合会という)は、東京都新宿区四谷二丁目二番地にその事務所をおき、中国北方各省出身の留日華僑を会員とし、会員の愛国団結、大同合作、親睦和好、友愛互助を目的とする人格なき社団であり、会員大会を最高機関として、これによつて理事ならびに監事数名を選出し、理事及び監事は理監事会を組織し、理監事会が会長一名、副会長二名を互選し、会長は会務全般を処理し、会を代表する地位にある。
(二) 別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は、昭和二七年六月一一日右連合会が当時の所有者から買受けたものであり、同目録記載の建物(以下本件建物という。)は、同二八年二月に右連合会が新築したものであつて、いずれも連合会会員の総有に属するものである。
(三) しかしながら、右連合会には法人格がなく、不動産登記簿上所有者として登記することができないので、本件土地については、昭和二七年六月一一日、前所有者から当時連合会会長であつた被告個人の名義に所有権移転登記がなされ、本件建物については、原告を債権者とし、被告を債務者とする東京地方裁判所昭和三二年(ヨ)第一八六六号不動産仮処分決定の執行に伴い、同三二年四月一五日職権で被告名義に所有権保存登記がなされた。
(四) 被告は、昭和二八年七月一五日の連合会第四回大会で理事に選出され、右大会によつて選出された理監事により構成された理監事会において再び会長に選ばれたが、同二九年六月二〇日開催予定の第五回大会が一部会員及び非会員の妨害によつて流会した責を感じ、同月二五日会長辞任の意向を表明した。そして同日、理監事会はこれを了承して新たに原告が会長に選任された。
さらに原告は、同三七年六月一五日に開かれた第五回大会において理事に選出され、右大会によつて選出された理監事により構成された第一回理監事会(同三七年六月二二日)において、再び会長に選任され、現にその地位にある者である。
(五) ところで、前記のとおり本件土地、建物は本来右連合会のものであり、右会員全部の総有に属するが、登記の便宜上、会長の地位にあつた被告個人の所有名義に登記されたものであるから、既に右連合会会長の地位を失つた被告は現在その会長の職にある原告に対し、その所有権移転登記をなすべき義務がある。
よつて、原告は被告に対し、本件土地及び建物につき、所有権移転登記手続を求める。と述べ、
被告の抗弁事実を、否認した。
証拠<省略>
二、被告訴訟代理人は、
(一) 本案前の申立として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、「登記請求権は、当該不動産につき実体上の権利を有する者に専属するものであるが、原告の主張に従えば、本件不動産は右連合会の全会員の総有に属するというのであるから、本件土地、建物の登記請求権は連合会の全会員がこれを有するものである。したがつて本件登記請求訴訟は、本来全会員が原告となるべきであるが、民事訴訟法第四六条により、人格なき社団として右連合会が原告たる適格を有する。ただ登記手続上、権利能力なき社団である連合会名義で登記申請は許されていないから、連合会が原告として、「被告は、原告代表者林憲栄に対し………所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求めるべきである。したがつて、本件においては、原告は当事者適格を有せず、本件訴は不適法として却下さるべきである。」と述べ、
(二) 本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」の判決を求め、
請求原因に対する答弁として、
(1) 請求原因第一項の事実中、連合会が原告主張のような団体であることおよび、会長が会務全般を処理し会を代表する地位にあることは認めるが、その余は否認する。会長ならびに副会長は、最高機関たる会員大会によつて直接選出されるものである。
(2) 同第二および第三項の事実は認める。
(3) 同第四項の事実中、被告が昭和二八年七月一五日の第四回大会において理事に選出され、かつ右大会で選出された理監事により構成された理監事会において会長に選任されたことは認めるがその余の事実は否認する。被告は連合会の会長であるから、その辞任の意思表示をするとすれば、副会長に対し直接するか、或は理監事会を経由して副会長に対しなすのが正当な手続であつて、被告が右いずれかの手続を経て辞任の意思表示した事実はないから辞任の効力は生じていない。被告は現在においてもなお右連合会の会長たる地位にあるものである。
(4) 第五項の事実中、被告が右連合会会長の地位を失い、原告が現在その会長であるとの点を除いた部分は認めるが右除外の部分は否認する。
と述べ、
抗弁として、仮に被告が原告主張の日に辞意を表明した事実があるとしても、これは、同日連合会の理、監事の一部及びその他の者が被告宅に押しかけ辞任を強要したため、やむなく真意に反してなしたものであるところ、その相手方であるこれらの者も、原告の右辞意が真意でないことを知つていたのであるから無効であり従つて被告は現在においても会長の地位を有するものである。と述べた。
証拠<省略>
理由
一、請求原因事実中、連合会が中国北方各省出身の留日華僑を会員とし、会員の愛国団結、大同合作、親睦和好、友愛互助を目的とする権利能力なき社団であり、会長は会務全般を処理し会を代表する地位にあること、被告が昭和二八年七月一五日他の理監事と共に理事に選出され、右理監事が構成する理監事会により会長に選任されたこと、本件土地建物は右連合会会員の総有に属するが、現在被告個人の名義で登記されていることは当事者間に争いがない。
二、被告は、本案前の主張として、原告には正当な当事者たる適格がないと主張するので、この点から判断する。原告の本訴請求原因は、要するに、本件土地建物は前記のとおり右連合会会員の総有であつて、不動産登記の便宜上、当時の会長たる被告個人の名義で登記されていたものであるところ、被告は右会長を辞任し、原告が現在会長たる地位にあるから、原告に対し所有権移転登記手続をすることを求める。というにある。ところで法人格の認められていない社団は、権利能力がないから、不動産登記法上特段の定めのないわが登記制度の下においては、その構成員の総有に帰属する不動産につき、登記簿上権利者となることは許されず、従つて登記申請人となることもできないものと解するのほかはない。また右の関係を公示する方法として、その団体の肩書を付した代表者個人の名義による登記方法も許されていないのであるから権利能力なき社団が、その構成員の総有に帰する不動産につき、その権利主体を公示する方法としては、社団の代表者個人の名義をもつて登記をする以外に適当な手段はないのである。この方法による登記は、真実の実体上の権利関係とは符合せず公示方法としての本来の機能から遊離しているといわざるをえないが、少くとも、現行法上、権利能力なき社団の所有する(社員の総有する)不動産の公示方法としては、社団の代表者個人の名義による登記をするのが便宜かつ適当であるというべきである。そして、もしこの方法によつたときに、その社団の代表者が交替した場合には、実体上の権利帰属関係には何ら変動がない(即ち、代表者が交替しても、当該不動産の権利主体としての社団自体には変りはない)けれども登記簿上の名義は旧代表者から新代表者に変更せられるべきは当然である。従つて旧代表者が任意に新代表者名義に移転登記をすることに協力しないときは、権利能力なき社団の所有する不動産であることを公示する手段として、新代表者は旧代表者に対し移転登記請求権を有するものといわなければならない。このような登記請求権は、既成の登記請求権概念には必ずしもあてはまらないが、特約に基づく登記請求権に類似するものとして認めるのが相当である。本件において、本件土地建物が右連合会会員の総有であること、それが被告名義で登記されているのは、被告が右連合会の会長として同会を代表するため便宜的になされたものであることは当事者間に争いがないところであるから、右会長の交替を理由として本件不動産の所有権移転登記手続を求める本件訴訟においては原告は当事者たる適格を有するものと解するを相当とする。よつて、被告の主張はこれを採用することはできない。
三、そこで、右連合会の会長に関し、原告主張のような交替の事実があるかどうかについて判断するに、証人呉普文の証言により真正に成立したと認める甲第一、第二号証、同第四号証の一、二、同第五号証、同第六号証の一、二、成立に争いのない甲第七ないし第一三号証、証人呉普文、同田方桓の各証言、および被告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分は除く)を綜合すると、つぎの事実を認めることができる。すなわち、右連合会は、第五回大会を昭和二九年六月二〇日、当時連合会会長であつた被告の招集により開催したが、その数日前に会員となつた三、四〇名の新会員と従来の旧会員との間に思想的なもつれがあつて、まず頭初の議長選出から対立して混乱に陥り、収拾がつかなくなつたので、会長たる被告が副会長と相談の上、本大会を流会とする旨を宣し、かつ四谷警察署に依頼して警察官の派遣を求め、やつと混乱がおさまるに至つたことその後、大半の会員は帰路についたが残つた七、八〇名の会員が、なおも大会の再開を求めてやまず、被告らの説得にもかかわらず、再び大会を開き新しい理事監事を選出したうえ被告を会長に選出したが、被告は一度流会を宣した以上、右決議は総会の決議とは認められないとしてこれを承認しようとしなかつたこと、その結果右決議による新しい理事監事と改選前の旧理事監事とが併存するというようなこともあつて事態を一層混乱悪化せしめたため、被告はこの混乱を収拾すべく奔走し、理、監事会も数回に亘り開催して協議を重ねたが、何ら解決策が得られずに日を過ごしてきたこと、同月二五日ころにも四谷の連合会会館において理、監事連席会議が開かれ、被告も会長としてこれに出席したものの、二〇日以降の精神的、肉体的疲労が激しく、右会議の途中で退席帰宅したところ、被告が退席後右会議においては、結局、被告に会長を辞してもらう以外に収拾策はないとの結論となつたこと、そして翌日、被告の呼び掛けにより理監事七、八名が被告宅を訪問したが、そこで、被告は一部の理監事より辞職を勧められ、また二〇日以降のいざこざで被告自身も厭気がさしていたこともあつて、辞職する決意をし、その旨を表明した辞職書(甲第七号証)を作成し、これを出席していた理監事(当時副会長であつた原告や、訴外高長増も含まれていた)に交付したので、同人らも被告の会長辞任を認め、その後同年六月三〇日の理監事会において原告を会長に選出したこと、その後本件不動産の登記名義を被告から現会長の原告名義に移転登記をするために、昭和三七年二月ころ理事の訴外馮汝仁が被告に対し必要書類の交付を求めたところ、被告はそれを右訴外人に交付したので、登記申請手続の準備をしているうちに、被告から突然移転登記をする意思はないからこれを撤回する旨の内容証明郵便が来たので、右登記申請手続を中止したこと、および、その後に連合会は、さきに流会した第五回大会を再開すべく原告の会長名義で 第五回大会を昭和三七年六月二〇日全電通会館で開催する旨の通知書(甲六号証の一、二)を会員に対し発送または交付し、更にはその旨を新聞(甲第五号証の一、二)に広告登載し、右大会は予定通り開催されて、原告が他の二四名の者と理事に選ばれ、更に同月二二日の理監事会において原告が会長に選出されたこと。以上の事実が認められる。前示甲第九ないし第一一号証の各記載ならびに証人田方桓の証言および被告本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四、しかるに、被告は会長、副会長の選出は会員大会により直接なされるべきであるのに、原告は会員大会で選出されていないから、右連合会の会長たる資格がないと主張するので検討するに、前掲甲第八号証、同第一三号証、呉普文の証言および右証言により真正に成立したと認める甲第三号証および同第四号証の一、二、成立に争いのない乙第二号証の一、ないし三、を綜合すると、留日華僑北省会章程(乙第二号証の一、ないし三)は、連合会発足当時の昭和二五年一〇月一日頃に作成された会の規約であり、同章程の第五項組織の(一)にいう理事長、副理事長とは現在の会長ならびに副会長の地位にある者を指し、同二六年八月以降右理事長、副理事長なる名称を会長、副会長と改めていること、右章程における理事長、副理事長は会員大会によつて、選出することとなつていたが、会員大会で直接選出したのは第一回大会だけで、第二回大会以降は、大会では理監事を選挙し、この選挙により選ばれた理監事によつて構成される理監事会が会長および副会長を選出し、いわば間接選挙の方法によつていること、流会になつた同二九年六月二〇日の第五回大会においても、右の方法による選挙を当時の会長たる被告自身が考えその旨の第五回選挙弁法なる文書(第四号証の二)を作成していたこと、同三七年六月一五日の再度の第五回大会において大会承認のうえ右章程を改め、留日華僑北省連合会会則(甲第三号証)を新たに制定したこと、および右会則第一一条には、理監事を会員大会で公選し、会長、副会長は理監事会で選出すると規定されているが、他方同会則第二二条には、定期会員大会は、会長、副会長、理事、監事を選挙すると規定されていることが認定でき、右認定を左右する証拠はない。
右認定事実から考えるに、第二回大会以降第四回大会まで会長、副会長を大会自体が直接選出したことはなく、大会が公選した理監事会によつて選出されていたのであり、かかる選挙方法に対し異議等の不満の声が会員の中からあつたという特段の事情も見当らないところから徴し、右の選挙方法は前記章程の規約に反しているとはいえ、むしろ慣行化し、承認されていたものと解せられるところ、前記会則第一一条と第二二条は一見矛盾する規約ではあるが、右の慣行化された選挙方法と考え合わせれば、いずれの選挙方法を採用するか各大会毎にその大会出席者が任意に決定しうるものと解するのが相当であり、被告主張のように必ず会員大会が直接会長、副会長を選出しなければならないとする理由は見当らないから、前認定にかかる手続によつてなされた原告の会長選任は有効であると認めるのが相当である。したがつて、この点に関する被告の主張は採用することができない。
五、つぎに、被告は、会長が辞任の意思表示をなす場合には、直接副会長に対してなすか、もしくは理監事会を通し副会長に対しなされなければ右意思表示は効力を生じないものであるところ、被告は副会長に対して辞任の意思表示をした事実はないから、なお会長たる地位にある。と主張する。しかしながら前掲乙第二号証の一、二(前記章程)および甲第三号証(前記会則)によると副会長は会長を補佐し会長不在の時はこれを代理できる旨規約があるが、かかる副会長の権限中に当然会長辞任の意思表示を受理すべき権限が含まれているとは解しえず、むしろ、会長選任の権限を有する機関こそが、会長辞任の意思表示を受領する権限を有するものと解するのが相当であるから、理監事会に対してなされた被告の辞意表明は有効であるといわなければならない。そればかりではなく、前認定のとおり、被告は右連合会の理監事会に対し辞表(甲第七号証)を提出しているのであるが、それを受理した者の中には、当時副会長であつた原告や、訴外高長増も包含されていたこともまた前掲各証拠によつてこれを認めることができるから、仮りに辞表提出の手続に関する被告の主張が正しいとしても、被告の会長辞任は適法にその効力を生じたものというべきであり、右いずれの理由からしてもこの点に関する主張もまた排斥を免れない。
六、そこで、被告の抗弁について審究するに、被告は、一部理監事の強要により、やむなく辞意を表明したのであるから、その意思表示は、被告の真意に反するものであるところ、その相手方は右辞意が被告の真意でないことを知つていたから無効であると主張するけれども、甲第九ないし第一一号証および被告本人尋問の結果中、右主張に副う部分はいずれも前認定事実引用の各証拠に照して信用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないから、右抗弁はこれを採用することはできない。
七、そうだとすると、被告は原告に対し、本件土地及び建物につき、所有権移転登記手続をなす義務があるから、原告の本訴請求は理由があるものとして、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下関忠義 中島恒 大沢巌)