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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4461号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二 被告東の過失について判断する。

原告は、被告東が本件交差点にさしかかつた時、その左方道路(同被告の進行して来た道路と、本件交差点において交差する道路で、同被告から見て左前方に在るもの、以下左方新道路という)上に対する注視を全くせずに本件交差点に進入したと主張するが、<証拠>によれば、本件交差点には信号機が設置されていて本件事故発生時も信号機による交通整理が行われていた(この点は当事者間に争がない)もののところ、被告東は本件交差点にさしかかつた時、その対面信号が青色であつたので、本件交差点に進入したものであることが認められ、右認定の事実によれば、被告東がたとえ原告主張のように左方道路上に対する注視を全くしないで本件交差点に進入したものとしても、特別の事情のない限りは、同被告に過失があつたものと言うことはできず、本件において右特別事情の在つたことについては原告において何ら主張立証しないから、結局同被告にその点の過失があつたと認めることはできない。

次に、原告は、被告東が最高速度制限に違反して時速六〇キロ余の高速で本件交差点に進入したと主張するので案じるに、先ず、前示甲第七号証の記載によれば、本件交差点付近の道路における自動車の最高速度は公安委員会により時速四〇キロと定められていたことが認められる。ところで本件事故発生時の被告東の時速につき、前示甲第九号証の供述記載中には「大体四、五〇キロ位」との記載があり、また証人江間栄子、原告本人の各供述には、「大体六〇キロ位」との供述部分がある。しかしながらこれら供述記載ないし供述は、この点に関する<証拠>に照らすと、それが真実に合致したものと認めることは困難である。他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

これを要するに、被告東に本件事故発生について過失があつたものと認めるに足りる証拠はない。

されば、原告の被告東に対する本訴請求は、じ余の判断をなすまでもなく失当であつて棄却を免れない。

三、被告会社がタクシー営業をしているものであつて、被告車の所有者であり、被告東を運転手として雇つて本件事故の時同被告をして被告車を被告会社の業務執行のため運転させていたものであることは、被告会社の認めるところである。右事実によれば、被告会社は本件事故の時、被告車を自己のため運行の用に供していた者というべきである。

そこで被告会社の免責の抗弁について判断する。先ず、被告東が無過失であつたとの被告会社の主張についてであるが、被告東が本件交差点に前示最高制限速度を相当に超える速度で進入したのではないかの点から考察するに、<証拠>には被告東は本件交差点に時速大体四〇キロ位で進入した旨の記載ないし供述がある。しかしながら、これら記載ないし供述は、この点に関する<証拠>に照らすと真実に合致したものと即断し難く、右供述記載ないし供述によれば、同被告は本件交差点に前示最高制限速度を相当に超える速度で進入したのではないかとの疑いがなくはない。他に、同被告が本件交差点に前示最高制限速度を相当に超える速度で進入したものではないと認めるに足りる証拠はない。而して本件事故においては、若し、被告東が本件交差点に前示最高制限速度を相当に超える速度で進入したものとすれば、そのことが本件事故発生の一因をなすものではないとは言い得ない関係にある。そうだとすれば、被告東が本件事故発生について無過失であつたとは認めることができず、したがつてその余の判断をなすまでもなく、被告会社の免責の抗弁は失当と言わざるを得ない。

されば被告会社は、自賠法第三条本文の規定により、原告が本件事故で被つた損害を賠償すべき義務がある。

四、原告が本件事故にあい肉体上、精神上甚大な苦痛を受けたことは容易に推認できる。それで被告会社は、原告に対し相当額の慰藉料を支払う義務がある。そこでその数額について考察する。

1 原告の本件事故での受傷の部位、程度は、既に判示のとおりである(注・加療六カ月を要する頭部顔面、右胸部、左背部及び左前腕挫傷、顔面挫創、脳震盪症)。

2 原告がタクリーとしての被告車の乗客であつて、本件事故発生について原告には何の過失もなかつたことについては、被告会社において明らかに争わないところであつて、これを自白したものとみなされる。

3 <証拠>によれば、次のとおり認められる。

原告(大正九年三月一二日生れ)は本件事故当時、年令満四四才の独身(昭和三三年夫と死別)の女性で旅館業を営んでいた。かねてから日本舞踊を趣味として藤間勘右衛門に師事していたが、本件事故の前日、その免許を得た。原告が本件事故で受けた傷のうち、被告車のフロントガラスに顔面を突つ込んだために生じた顔面の傷が最も重大なものであつた。鼻骨の頂部が骨折して外部に露出した。右前額から左眉部にかけて、左外眥部および左鼻翼部に挫創を負つた。治療の結果これらの挫創は治癒はしたが、傷痕ないし縫合手術痕が残つてしまつた。特に、左鼻翼部下端のそれは鮮明に残存し、そのこぶ状の鼻翼変形もまた顕著であつて、人目につき易く、生来美貌の原告の外貌を著しく醜いものにしている。原告は局部麻酔に弱い特異体質のため、右傷痕や変形を除去、是正するための形成手術を受けることができない。原告は、前叙のとおり、日本舞踊の免許を取つたので旅館業を営む傍ら踊りの師匠になろうと考えていた矢先、本件事故にあい、その結果右のようなことになつたので、人前で踊るのに気がひけるようになり、そのため踊りの本格的な師匠になる道が遠のき結婚のこともまた自然と遠のいてしまつた。

4 更に、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故の時に頭部ないし頸部に強い衝撃を受けたことが原因で、今日なお、時々頭痛を覚え、判断力や記憶力の低下を感じていることが認められる。

5 原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故にあつたため、その旅館業経営において相当多額の減収を余儀なくされ、この点でも苦痛を受けたことが認められる。

以上1ないし5に判示の事実並びに証拠によつて認められる本件諸般の事情によれば、前記慰藉料の数額としては、一五〇万円を以つて相当と認める。(宮崎富哉)

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