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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5148号 判決 1968年1月25日

原告 島田光雄

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 中根宏

同 落合光雄

被告 醍醐安之助

右訴訟代理人弁護士 白石資明

同 中根みき子

主文

一、被告は原告島田光雄に対し二〇万円、原告長谷川暁美に対し八〇万円、原告長谷川靖夫に対し一二〇円、および右各金員に対する昭和四〇年一一月一九日から各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告らのその余の請求を各棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告ら――「被告は原告島田光雄(以下原告光雄という。)に対し一七〇万円、原告長谷川暁美(以下原告暁美という。)、同長谷川靖夫(以下原告靖夫という。)に対し各二九九万二五〇〇円および右各金員に対する昭和四〇年一一月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。

二、被告――「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二請求原因

一、(事故の発生)

訴外渡辺京太郎(以下渡辺という。)は、昭和四〇年一一月一八日午前零時五分頃、自家用普通乗用自動車(品川五ふ九八三二号、以下本件自動車という。)に、訴外長谷川久子(以下久子という。)、訴外醍醐秀夫(以下秀夫という。)他二名を同乗させ、中原街道方面から第二京浜国道方面に向けて東京都品川区旗の台五丁目五番一号先道路(通称三間道路)を進行し、同道路と平面交差する東京急行電鉄池上線旗の台一号踏切にさしかかった際、折から現場に走行してきた同電鉄の上り二八四電車に本件自動車を激突させ、因って久子を死亡させるに至った。

二、(被告の責任)

被告は、当時本件自動車を所有することによって、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、右事故により生じた損害を賠償する義務がある。

三、(損害)

(一)  久子の失った得べかりし利益

久子は、当時バー「くが」にホステスとして勤務し、本給として月額平均三万円以上(日額は一〇〇〇円であり日曜、祭日も無休であった。)、他にドリンク(客の負担により同女が飲食した場合のリベート)、チップ等により月額平均三万円以上を得ていたので、同女の一か月の平均収入額は少なくとも六万円を下らなかった。同女は昭和二年九月一三日生まれの女子で当時三八才二か月であり、その後少くなくとも五〇才に達する頃までは、同種のバーホステスもしくはバーマダムとして勤務することが可能であって、その間右収入額程度の収入を得続けたであろう。その間の同女の生活費は収入額の六割を超えることはないから、一か月の同女の純収益は二万四〇〇〇円を下らなかったであろうと考えられる。

久子は本件事故に遭遇して死亡したことにより右の純収益の一一年一〇か月(一四二か月)分に相当する金額と同程度を失ったと考えるべきところ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を月毎に控除して、久子の死亡時における現価を求めると二六八万五〇〇〇円余となる。

(二)  久子の慰藉料

久子は、昭和三五年八月四日前夫である訴外藤井本明に原告暁美、同靖夫の二児を残したまま死亡されてしまい、女手一つで生活を支えた後、原告光雄と再婚し、漸く安定した円満な家庭生活に入りわずか四年半を経過したとき本件事故によって一命を奪われたのであって、同女の蒙った多大の精神的苦痛に対する慰藉料としては二〇〇万円が相当である。

(三)  原告暁美、同靖夫の相続と保険金の受領および充当。

原告暁美、同靖夫は久子の長女と長男であり、両名は母である久子の死亡により前記(一)、(二)の久子の損害賠償金の合計額四六八万五〇〇〇円の各二分の一に相当する二三四万二五〇〇円を相続により承継した。

右両名は自動車損害賠償責任保険金を各三五万円ずつ受領したので、右各金員を両名が相続により取得した久子の逸失利益の損害金に充当する。そうすると残額は両名につき各一九九万二五〇〇円となる。

(四)  原告暁美、同靖夫の慰藉料

原告暁美は当時一七才、同靖夫は一四才で未だ親の愛護を要したのに、既に実父に死別したうえ、更に本件事故により最愛の母を失ってしまったのであって、両名の蒙った多大の精神的苦痛に対する慰藉料として各一〇〇万円が相当である。

(五)  原告光雄の慰藉料

原告光雄は、久子と結婚後船橋市において実兄の訴外島田良雄の経営する日本茶卸商店に勤務し、久子は前記ホステスとして勤務を継続し、共々新生活を希望に燃えて送ろうとしていた矢先、本件事故により最愛の妻を失ってしまったのであって、同人の蒙った多大の精神的苦痛に対する慰藉料として二〇〇万円が相当である。

原告光雄は自賠責保険金三〇万円を受領したので、これを右慰藉料の支払いに充当すると、残額は一七〇万円となる。

四、(結論)

よって被告に対し、原告光雄は一七〇万円、同暁美、同靖夫は各二九九万二五〇〇円および右各金員に対する本件事故発生の翌日である昭和四〇年一一月一九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の事実中

(一)  同項(一)について 久子がバー「くが」に勤務して日額一〇〇〇円の収入を得ていたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同項(二)について 争う。

(三)  同項(三)について 原告暁美、同靖夫と久子との身分関係は認め、その余は争う。

(四)  同項(四)について 争う。

(五)  同項(五)について 争う。すなわち原告光雄は久子の単なる情夫であって、同人は久子のところに一週間に一度来泊する程度であり、久子自身事故前に同人と別れたいと言っていた。

第四被告の抗弁

被告は、当時本件自動車に対して運行支配権を喪失していた。すなわち本件自動車を運転していた渡辺は、被告の常傭運転手が二、三日の休暇を申し出たため臨時に本件自動車の運転にあたらせていた者であるが、右渡辺は被告に無断で勤務時間外に被告の業務と全く関係のない自己の遊興の目的で被告の事務所から鍵を持ち出し本件事故を惹起させたものである。従って、被告には運行供用者としての賠償責任はない。

第五過失相殺の主張

渡辺が本件自動車に、久子、秀夫他二名を同乗させて、バー「くが」を出発したのは一一月一八日午前零時頃であり、右渡辺を除き右同乗者らはすべて酒に酔っており、久子は運転台の直後の座席に坐っていたが、酩酊の度合が甚しく、事故前に渡辺の身体にしなだれかかったり、渡辺をして無理に後方を向かせたりして同人の運転の妨害をしていた。久子の右のような行動が本件事故発生の一因をなしたということができるので、同女の死亡による損害額の算定にあたっては同女の右の過失が斟酌されるべきである。

第六抗弁および過失相の主張に対する原告らの認否

一、抗弁に対して 渡辺が臨時傭いの運転手であったことは不知。その余は否認する。

二、過失相殺の主張に対して 否認する。

第七証拠≪省略≫

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、(被告の責任)

被告が本件自動車を所有していたことは当事者間に争いがないので、被告主張の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によれば、昭和四〇年一一月一七日午後一一時四五分頃、バー「くが」が閉店したところ、秀夫が本件自動車に乗って同店を訪れ食事に行こうと提案したのでそば屋に行くことになり本件自動車の助手席に秀夫が、運転席のまうしろの後部座席に久子が、その左側に訴外中村志保子が、一番左側に訴外門井昭子が、それぞれ同乗し、渡辺が運転して、翌一八日午前零時過ぎ頃バー「くが」を出発して五分ばかり走行した後本件事故に遇ったこと、被告は本件自動車一台を所有し運転手として訴外泉田哲郎を雇っていたが、同人から二、三日間の休暇の申出があったため、同人の紹介により渡辺を臨時に雇い、午前九時から午後五時まで勤務してもらい一日一二〇〇円を支給していたこと、一一月一七日は被告の仕事の都合によって午後七時頃まで渡辺は運転に従事していたこと、秀夫は被告の一番下の弟であり、本件事故以前被告は同人に車を貸してやったこともあり、又秀夫は被告に無断で本件自動車を使用したこともあったが、被告は苦言を呈しはしたものの、いつも同人の行為を許してきたこと等が認められ、これら認定事実からすると、事故当夜七時以後の本件自動車の運行自体は被告の関知せざるところであったが、それは、秀夫が被告の事後承諾を予期して渡辺に命じ、渡辺も秀夫が被告の実弟であることに信頼を置いて、当夜は臨時に秀夫の命に応じて運転したものであって、翌日の被告の用に間に合うよう戻る筈であったに違いないと推認することができる。

以上認定の事実によって考えるに、なるほど本件事故の前後における本件自動車の運転は、被告に無断で勤務時間外に乗り出されたもので被告の業務と関係があるとはいえないものであったが、渡辺は臨時とはいえ被告の運転手として雇われていた者であり、また秀夫は被告の実弟であって日頃本件自動車を利用しており、被告に無断で借用しても被告がそれを許容してきた間柄なのであって、このように被告と密接な関係にある者達が返還の意思をもって臨時に無断で運行したに過ぎぬ本件においては、被告主張のように事故当時被告が本件自動車に対する運行支配を喪失していたと見ることはできない。従って、被告の抗弁は理由なく、被告は後記損害を賠償する責任がある。

三、(過失相殺)

≪証拠省略≫によれば、久子は前認定のとおり運転席のまうしろに坐っていたが酩酊のうえ運転手の渡辺に対してある程度運転の邪魔になるような「ちょっかい」行為をしていたことを認めることができるが、本件事故発生時ないしその直前に何らか運転妨害の挙動に出ていたか否かは本件全証拠によるも確定することができない。まして本件事故は池上線の踏切内におけるものであり、踏切に差しかかった際の運転手の注意義務の加重を考えただけでも、事故発生については渡辺運転手の不注意が最大の原因となったと考うべきものであって、通常の路面における単なるハンドン操作不十分による事故とはその性質を異にするものがあるから、仮りに右のような久子の「ちょっかい」行為があったとしても、本件事故発生につき十分な相当因果関係を認めることはできない。いずれにしても被告の過失相殺の主張は失当というべきである。

四、(損害)

(一)  久子の失った得べかりし利益

久子がバー「くが」にホステスとして勤務し、日給一〇〇〇円の給与を受けていたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、久子はチップとして日給の他に一か月平均三〇〇〇円程度の収入があったこと、いわゆるドリンクの制度はバー「くが」において以前は行われていたが、事故当時は既に廃止されていたこと、久子は一か月に平均七日ばかり(日曜日および他のウィークデーを含めて)欠勤し、大体一か月に二三日程度出勤していたこと、久子は当時三八才二か月であったが、同女の同程度の器量の持主の女性は大体四四、五才頃までバーのホステスとして勤続しうること等が認められる。従って同女は本件事故に遇わなければ四六才に達する頃まではバー「くが」においてホステスとして勤務し、一か月平均二万六〇〇〇円を下らない収入を得たであろうと推測される。

ところで同女が右収入を得るために要する生活費は月額一万二〇〇〇円程度と推測されるので、同女の一か月の純収益は一万四〇〇〇円を下らなかったと推測される。そうすると久子は四六才に達するまでの九四か月間毎月一万四〇〇〇円の割合の得べかりし利益を死亡によって失ったこととなるのであるが、年五分の割合により中間利息を月別ホフマン式計算法により控除して同女の死亡時の現価を求めると一一〇万円(以下切捨)となる。原告ら主張中右を超える額はこれを認めるに足る証拠がない。

(二)  久子の慰藉料

原告暁美、同靖夫は死亡した久子がその生命を害されたことによって蒙った精神上の損害に対する慰藉料請求権を原告両名が相続した旨主張する。しかしながら、当裁判所は、被害者が自身の死亡により取得する慰藉料請求権なるものは、これを認めるべきではないと考える。けだし「死亡により発生すべき権利を生存中に取得する」という観念自体矛盾を含むばかりでなく、民法第七〇九条ないし七一一条を総合的合理的に解釈する場合、七一一条に独自の存在理由を認めるためには、生命侵害については同条のみが適用を見るもの、すなわち、遺族(同条所定の者およびこれに準ずる者)がその精神的損害につき慰藉料請求権を取得するに止まり、被害者自身が自己の生命侵害により賠償請求権を取得することはないものと解するほかはない。被害者の遺族の保護という観点からも、七一一条による固有の慰藉料を十分に斟酌すれば、その他に更に死者自身の取得した慰藉料請求権の相続を重複して認める必要はないというべきである。従って、原告両名が久子の慰藉料請求権を相続したとの主張は理由がない。

(三)  原告暁美、同靖夫の相続と保険金の受領および充当

原告暁美、同靖夫が久子の子であることは当事者間に争いがなく前出戸籍謄本によれば、久子には他に相続人がないことが認められるので、右両名は母である久子の死亡により前記(一)の久子の蒙った逸失利益損害賠償請求権の各二分の一に相当する五五万円をそれぞれ相続により承継したことになる。

なお原告両名は自賠責任保険金三五万円をそれぞれ受領し右各金員をその相続分に充当したことを自認するので、右相続した金員からこれを差し引くと残額は各二〇万円となる。

(四)  原告暁美の慰藉料

前出戸籍謄本によれば、原告暁美は当時一七才の未成年者であり、既に実父に死別していたことが認められる。しかるに本件事故によって突然最愛の母を失ってしまったのであるから、母の死により精神的苦痛を蒙ったことは明らかであるところ、証人渡部宣之の証言、原告光雄本人尋問の結果によれば、原告暁美は母といっしょに生活はしていなかったことが認められるので同女の蒙った苦痛に対する慰藉料としては六〇万円が相当である。

(五)  原告靖夫の慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告靖夫は当時一四才の未成年者であり、既に実父に死別し、母久子、原告光雄の下で養育されていたことが認められる。しかるに本件事故によって最愛の母を失ってしまい同人の蒙った精神的苦痛は多大であることが認められるので、右苦痛に対する慰藉料としては一〇〇万円が相当である。

(六)  原告光雄の慰藉料

≪証拠省略≫によれば、原告光雄は久子の内縁の夫であり、昭和三五、六年頃から久子と同棲生活に入ったこと、昭和三七年から訴外渡部宣之の経営するアパートの一室(六畳)に原告靖夫を加えた三人で生活を伴にし、三人の生活は原告光雄と久子との収入によって営まれていたこと、原告光雄は一週間のうち約六日は前記アパートに泊り、他の一日は船橋にある茶の卸小売店(同人の実兄宅)に泊まるのが常であったこと、本件事故から約一〇か月後の昭和四一年九月に同人は再婚していること等が認められる。

右認定のように原告光雄と久子との関係は形式的婚姻の届出をしていなかったため法律上の結婚ということができないだけであってその実質において他の夫婦と何ら異ならなかったことが認められるのであって、原告光雄は久子の本件事故による死亡により多大の精神的苦痛を蒙ったことが認められる。従って原告光雄にも民法七二条を類推して慰藉料請求権を認めるべきであり、同人の蒙った右苦痛に対する慰藉料としては諸般の事情を考慮すると五〇万円が相当である。なお原告光雄は自賠責任保険金三〇万円を受領したことを自認するので、残額は二〇万円となる。

五、(結論)

以上により、原告らの被告に対する請求は、原告光雄については慰藉料二〇万円、原告暁美については逸失利益の損害金二〇万円および慰藉料六〇万円の合計八〇万円、原告靖夫については逸失利益の損害金二〇万円および慰藉料一〇〇万円の合計一二〇万円および右各金員に対する本件事故発生の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年一一月一九日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余の原告らの各請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 山口和男 原田和徳)

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