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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5399号 判決 1967年12月09日

原告 株式会社山本精工所

被告 国

代理人 荒井真治 外一名

主文

被告は原告に対し、金二、一〇八、五六〇円およびこれに対する昭和四一年六月二二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事  実<省略>

理由

一、請求原因第一項の事実中本件掘削機を訴外竹市一が競落して引渡を受けるに至つたまでの事実は当事者間に争いがなく右機械を訴外池田藤三郎が竹市から買い受けた事実および原告がその主張のころ、池田から同機械をその主張の代金で買受け、その主張の運賃と補修費用とをこれに投じたことは、(証拠省略)を総合してすべて認定することができ、他にこれに反する証拠はない。

二、次に、請求原因第三項の事実関係は、当事者間に争いのないところであるから、右事実によると、住田執行吏代理のした本件強制執行は原告の主張する理由から無効というべく(被告もこの点は争わない)、したがつて右執行手続における競落人竹市一から波田藤三郎を経て順次本件掘削機を買受けた原告は、その所有権を取得するに由ないものであつたことは、明らかであるとすべきである。

三、そこで、進んで右違法執行が、住田執行吏代理の過失に基づくものであるかどうかについて検討する。

既登記の建設機械に対する強制執行が執行吏の職分管轄に属せず(自動車及び建設機械強制執行規則第三条)、右登記が当該機械に打刻を施したうえ経由され(建設機械抵当法第四条)、右打刻の位置(本件掘削機にあつては、右機械の主要な部分の見易い位置であるキヤツトフレームの前画)、大きさ等も詳細に法定されている(建設機械抵当法施行令第八条、同法施行規則第三条)以上、執行吏が職務上かかる関係法規の定めに通じていなければならぬことはいうをまたないところであり、したがつて執行吏は、建設機械に対する執行に着手するにあたつては、先ず右機械につき法令で定めた場所に打刻があるかどうかを債務者等関係者の申出の有無にかかわらず慎重に調査しこれを確認すべき義務がある(これが確認は以上からして容易である。)ことは、打刻の有無が直ちに執行吏の職分管轄の有無に関するものである以上、明らかなところである。

本件の場合、成立に争いのない(証拠省略)を総合すると住田執行吏代理は、執行の目的物が建設機械であることを認識し、また建設機械に打刻、登記の制度あることは知つていたが、打刻の場所、大きさ等についての法令上の知識はなく昭和四〇年二月二三日本件掘削機につき差押をなす際、打刻の調査にあたつて、単に本件掘削機のまわりを二、三度見廻り、機械の上に登つたり、運転台の入口附近を調査したにすぎず、このため、本件掘削機のキヤツトフレームの前面に縦一・八種、横八種の大きさの刻印がされていたにかかわらずこれを発見することができなかつた事実を認定することができ(証拠省略)中右認定に反する部分は採用できない。右事実からすると住田執行吏代理の右調査は、前記義務に違反し、過失ありというべきである。

(証拠省略)によると、本件掘削機は当時倉庫に格納され、打刻のある前部は奥の方に位置し、同所附近は薄暗かつたこと、本件掘削機には可成り泥が附着しキヤタビラ附近は茶褐色に錆びており、また打刻の刻印は相当薄く、いちべつしてたやすく認めうる状態にはなかつたことがそれぞれ認められるけれども、右刻印は当時所定の位置に現存していたことは前記のとおりであるから、もし住田執行吏代理が打刻の場所、打刻の有無の重要性につき職務上必要とする知識と注意義務とに欠けるところがなく、慎重な調査の労をとりさえすれば、必ずしもその確認が困難ではなかつたと認めるのが相当であり、したがつて打刻が鮮明ではなかつたという上記認定の事実は、前記の結論をくつがえすに足りるものとはしがたい。ほかに右結論を左右するに十分な資料はない。

四、(証拠省略)によると、原告は池田藤三郎から本件掘削機を買受けるにあたり、池田とともに竹市一に面接のうえ、竹市から同人が有体動産に対する執行手続において競落によりその所有権を取得したことを証明する旨を記載した松山地方裁判所執行吏岡本若狭作成の証明書の提示を受ける等して、竹市が強制執行手続において右物件を競落した事実を確かめ、同人が適法に負担のない完全な右所有権を取得したものと信じ、池田を経てこれを買受けるに至つたことが認められる。そして、一般に、競落物件を買受ける者がその競売が執行機関により適法に実施されたものと信じて買受けるのは自然のことであるから、原告がその主張の代金、運賃を投じて本件機械を買受けながらその所有権を取得できなかつたのが前記執行吏代理の違法執行に基因する以上、原告は、その主張の代金、運賃および補修費用と同額の損害を被つたものとすべきあり(本件では、この点につき別段の事情の認めるべきものではない。)、その損害は、前記執行吏代理が国の公権力の行使にあたり、職務上遵守すべき注意義務を怠つた過失により違法に生ぜしめたものというべきである。原告がその主張の損害金二、二二八、五六〇円中金一二〇、〇〇〇円をその主張の配当金として受けたことは、原告の自認するところであるから、原告の被つた実損害は、結局金二、一〇八、五六〇円であり、被告は、国家賠償法第一条により、その賠償の責めに任すべきものとしなければならない。

五、ところで、被告は、原告は建設用機械等の販売修理業者であるから、本件掘削機を買い受ける際、打刻の有無および登記簿を調査すべき取引上の注意義務があるのに拘らず、これを怠つた過失があるから、賠償額を定めるにつきこれを斟酌すべきであると主張する。

原告が被告主張の業者であることは当事者間に争いがないが、原告が本件掘削機を買受けるにあたつては、竹市が右機械を国の執行機関によつて実施された競売手続で競落したものであることを確認したうえ、竹市が負担のない完全な右所有権を得取したものと信じ、池田を経てこれを買受けるに至つたことは、上記認定のとおりである。そうだとすると、原告がそのように信じてこれを買受けたことは、原告が前記のような業者であることを考慮しても、なお無理からぬところであり、かような場合、右競落物件につき打刻または登記簿をさらに調査すべきであつたとすることは、相当ではない。したがつて、原告が取引に際し、打刻、登記簿を調査しなかつたことをもつて、損害額の算定につき斟酌すべき過失があつたとすることはできない。

六、以上説示のとおりであつて、被告に対し、右損害金合計二、一〇八、五六〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが、記録上明らかな昭和四一年六月二二日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は、正当として認容すべきである。

よつて、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用し、なお、担保を条件とする仮執行免脱宣言は本件では相当でないからこれをつけないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 中田秀慧 宮崎啓一 村上光鵄)

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