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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)5560号 判決 1970年2月23日

理由

一、原告会社が有価証券の売買、その媒介等を目的とする証券会社であることは《証拠》からこれを認め得る。

二、原告は、被告が杉山輔徳を代理人として原告会社に株式買付の依頼をしたので、これにもとづき本件株式を買付したと主張するところ、証人杉山輔徳は、「被告との話し合いでは被告は資金を出し、杉山輔徳がこれを運営して株式を売買しもうけは二人で分けるということであつたこと、そしてその売買の依頼者は被告名義でよいとの被告の承諾を得た結果、杉山が原告会社の外務員である長谷川一郎を通じて原告会社に株の売買の依頼をしていた」とか、「原告会社から主として被告もしくは杉山に送られてくる買付報告書を見てその代金支払のため当該代金相当の現金もしくは被告名義の小切手を杉山に預け、杉山から長谷川に交付して支払われていたものであり、本件株式の買付もそのうちの一取引である」とか述べて、本件株式の買付の原告会社に対する依頼者は被告であり、杉山がその使者もしくは代理人であつたごとく供述する。然し乍ら、《証拠》にてらし、直ちに措信し難いのである。証人長谷川一郎、同菊池四万治は、杉山輔徳が本件株式買付につき被告の代理人である旨強調するが、その各証言によれば、長谷川は杉山が、「被告の注文である」とか被告を代理する権限を有する旨の言動や売買をした株の受渡しを一切杉山を通じてやつていたということ換言すれば杉山輔徳の言を一途に信じ、又菊池は、杉山が長谷川に「杉山は被告の代理人である」と言つたという長谷川からの言い伝えを一途に信じた結果、杉山が被告の代理人であるとそれぞれ判断したことによる供述であることを窺い知り得るのであつて、原告会社として被告に直接面談するなどの方法により被告が株式売買の依頼者であるのか従つて又杉山はその代理人ないしは使者として扱つてよいのかなどについて被告に確かめたことの事跡を認め得る証拠のない本件では、右両証人の供述は直ちに措信し難いことである。《証拠省略》なお、原告会社から被告に対し、株式の売付報告書が送付されていたことは被告も認めて争わず原告もこの点を強調しているところ、なるほど真実被告が原告会社に対し株式売買の依頼をしているのでないなら被告としてはこれを原告会社へ返すとかして被告が依頼していないことを原告会社に対し明確にすべきはた易く首肯し得、漫然これを受領していて右の挙に出なかつたことは被告がその株式売買の依頼者であり杉山が代理人として衝に当つていたのではないかとの疑もなくはないが、この点に関する被告本人尋問の結果を斟酌するときは後記のように杉山から被告に対する説明を信じ、その結果それら報告書が原告会社から送られてくることを、ただ単に容認していたにすぎず、他に、たとえば原告会社と被告との直接の交渉ないし面談等のうえ被告を株式売買の依頼者としてこれが依頼者に対する通知として被告に右報告書が送付されていたと断ずべき証拠がない本件では、前記のような、各報告書の被告に宛てた送付をもつて直ちに原告の右主張を容れるに躊躇せざるを得ない次第であるから、右報告書の送付が被告になされていたことの事実の争いないことをもつて原告の右主張を認容し難い。

三、次に原告は表見代理の主張をする。その主張は民法第一〇九条によるいわゆる代理権授与の表示による表見代理関係の成立をいうにある。然し、被告が、杉山輔徳に代理権を授与した旨原告会社ないし長谷川一郎に表示したと認むべき証拠はない。なお、証人杉山輔徳の供述中には原告主張のような事情が存在したかの如きこれに沿う供述部分があるが、被告本人尋問の結果にてらし直ちに措信し難い。後記のように、被告が杉山輔徳に対し、同人が被告の名義を利用し、原告会社に株の売買を依頼することを承諾したことは、いまだ民法第一〇九条にいう、「代理権を授与した旨を表示」したとはなし難い。なお又、原告の表見代理の主張には民法第一一〇条にいういわゆる権限踰越による表見代理関係の成立を含むとしても、そもそも被告と杉山輔徳との間にその前提となるべきいわゆる基本的代理権なるものが授与されていたこと、そのいかなる代理権をもつて基本的代理権と主張するかの点につき原告は明確な主張をしていない。結局、原告の右表見代理の主張も認容できない。

四、次に原告は、杉山の無権代理行為を追認したと主張し、証人菊池四方治は、「被告から、追認する旨の書面をとつた」旨述べているが、その供述するような書面が証拠としての提出もないことと被告本人尋問の結果にてらし右供述は直ちに措信し難く、他に右主張を肯認するに足る証拠はない。

五、更に原告は、商法第二三条による被告の責任を主張する。

ところで、商法第二三条に「営業」とは、商人が人的および物的施設を通じて営利目的を追及するいわゆる営業上の活動を意味するというべきところ、次段認定のように、杉山輔徳は証券会社たる原告会社に対してはみずからの名を表面に出すことを避けるべく、被告の名が原告会社の帳簿元帳に顧客として存在することを単に利用し、杉山において原告会社をしていかにも原告会社が被告から依頼をうけて株の売付、買付をするもののように信じさせ、被告に対しては杉山自身らのもうけのために被告が杉山に現金の融通をするものと信じさせ、原被告間を上手に立ちまわつて一見被告が原告会社に株の売買を依頼している如く装い株の売買による利を得ていた本件にあつては杉山輔徳の右利得行為は右法条にいう「営業」とはいい難いというべく、従つて次段認定のように、被告が杉山に対し被告名義をもつて杉山が原告会社に株の売買を依頼することを承諾したのであつても、被告は商法第二三条による責を負ういわれはないから、原告の同法条を根拠とする請求も認容しがたい。

六、却つて、証人杉山輔徳、同長谷川一郎の証言を仔細に検討し、かつ被告本人の尋問における供述に虚心坦懐に耳を傾け、これらに弁論の全趣旨を斟酌するときは、次のような事実を推知せしめる。即ち、かねて長年月を証券会社に勤務してすごした杉山輔徳は、株の売買によつて利益を得ることを考え、然しこれが資金を必要とすること、杉山みずからの氏名が売買依頼者として証券会社に明示されることは避けたいことなどの関係から、たまたま知り合いの仲となつた被告との会話のうちに、株の売買によるもうけ話を交わし、被告に対しては杉山輔徳らその仲間がもうけたいから一カ月五分の利息で援助してくれと話して現金の融通を求めかつ、ただ同人ら仲間が証券会社のセールスマンであつて株を買うと違法になるのでこれを避けるべく仮装し便宜上被告名義で売買することとしたいと言つて被告の承諾を求め、かつそのようなことは一般に行なわれているし被告には迷惑がかからないことを付け加え、そのような杉山の話を信じて当時すでに原告会社に株の買付を依頼したことがあつて被告の氏名が知られていた原告会社における被告の口座を便宜使用して杉山がみずからのために売買を原告会社に依頼することを被告をして承認させ、被告から現金の融通を得たり、又被告の口座を使う関係上買付報告書なども被告に送付されてくるであろうことを被告をして何のためらいもなく黙過させ、さらにそのような買付報告書に記載されている代金即ち杉山が買つた株の代金相当額を金額とする被告名義の小切手の振出を被告から得、他方原告会社外務員であつて同じ証券マン仲間として知合いの仲であつた長谷川一郎に対しては恰も被告が顧客であり自己はその代理人又は使者として被告が株式売買を原告会社に依頼するよう装い、そのように長谷川ないし原告会社をして誤信させ、現に買付報告書、売付報告書が被告宛に送付されることを利用するが如くこれが買付報告書の買受金額に相当する金員相当額を金額として被告名義で振出された前記小切手を被告からうけとつていかにも被告が買付依頼者としてその代金、手数料支払のため交付するが如く長谷川に手渡し、原被告間を上手に立ちまわつていたこと、そして本件株式の売買に関して杉山から長谷川に手渡されたところの、被告が全く知らない野村菊枝名義の小切手が不渡りになつて本件紛争が生じて後も、杉山は被告に対しては杉山個人の責任でしたことであつて同人が善処する旨確約して被告の手前をつくろう一方、原告会社に対しては原告会社との取引は被告の承諾を得たものであるとして恰も被告が杉山を代理人として株式売買の依頼を原告にした如く強調して原告会社に対し要領よく振るまつていることを推認できるのであり、即ち原告会社に対する本件株式の買付依頼は被告からなされたものではないことを推認できるのである。

以上いずれにしてもその余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は認容し難いので棄却

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