東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6299号 判決 1967年5月30日
原告 関正
右訴訟代理人弁護士 下山四郎
被告 渋谷信用金庫
右代表者代表理事 松田義郎
右訴訟代理人弁護士 馬場正夫
主文
被告は原告に対し別紙目録記載の土地及建物に付原告が東京法務局渋谷出張所昭和参拾七年五月九日受付第壱壱九〇壱号を以てした所有権移転請求権保全の仮登記に基き昭和四拾壱年弐月弐拾参日附売買を原因とする所有権移転の本登記手続を為すに付承諾を為すべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、
一、原告は昭和三十七年五月八日訴外平賀久司に対し金百五十万円を弁済期昭和四十年十一月十日、利息日歩四銭毎月末日払と定めて貸付け、その際右訴外人との間に、右貸付金債権を担保する為、同訴外人が期限に右債務の弁済をしないときは原告が予約完結の意思表示をすることによって右訴外人所有に係る別紙目録記載の本件土地及建物に付右貸付金債権の総額を代金額とする売買が成立し、原告が右土地及建物の所有権を取得すると共に原告の有する貸付金債権と訴外人の取得する売買代金債権とが互に相殺される旨の本件土地及建物を目的とする売買の予約を為し、右売買予約を原因として右土地及建物に付夫々東京法務局渋谷出張所昭和三十七年五月九日受付第一一、九〇一号以て所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。
二、然るに右訴外人は弁済期を経過するも債務の履行をしないので原告は右訴外人を相手方とする渋谷簡易裁判所昭和四一年(イ)第一二号即決和解事件の昭和四十一年二月二十三日の期日において右訴外人に対し前記売買予約に基く予約完結の意思表示をした結果右売買予約の趣旨に従って本件土地及建物に付所有権を取得し、なほ右期日に右訴外人との間に次の趣旨の裁判上の和解が成立した。
(一) 訴外人は原告に対し本件土地及建物を含む右訴外人所有の土地及建物の所有権を移転したことを確認する。
(二) 訴外人は原告に対し昭和四十一年六月末日限り前項の建物を明渡し、且その敷地である前項の土地を同時に引渡す。
(三) 和解費用は各自弁とする。
三、然るところ本件土地及建物に付ては被告の為夫々前記法務局出張所昭和四十年十一月十三日受付第三五、三二四号を以て停止条件附所有権移転仮登記、同出張所同日受付第三五、三二三号以て根抵当権設定登記及同出張所同日受付第三五、三二五号を以て賃借権仮登記が為されてゐるので、被告に対し原告が本件土地及建物に付前記所有権移転の仮登記に基き前記の通り昭和四十一年二月二十三日に成立した売買を原因とする所有権移転の本登記手続をするに付て承諾を為すべきことを求める。
と陳述し、仮に原告が前記昭和四十一年二月二十三日の和解期日において訴外平賀に対し売買予約完結の意思表示をしたとの事実が認められないとしても、原告は昭和四十一年九月七日原告訴訟代理人作成の同日附釈明並に請求原因の補充と題する書面を右訴外人に交付することによって売買予約完結の意思表示をしたので同日本件土地及建物に付売買が成立しその所有権を取得したものであると附陳し、被告の抗弁に対し原告が本件土地及建物に付被告主張の通りの売買による所有権移転登記及錯誤を原因とする右登記の抹消登記をしたことはこれを認めるがその余の被告の主張はこれを争ふ。右の所有権移転登記は原告が予て訴外平賀から預ってゐた登記申請書類を利用してしたものであって右登記の日に売買が為されたものではないと陳述し(た)。証拠≪省略≫
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として
原告主張の請求原因一記載の事実のうち本件土地及建物に付原告主張の通りの所有権移転請求権保全の仮登記が為されてゐることはこれを認めるがその余は不知、同二記載の事実のうち原告主張の通りの裁判上の和解が成立したことはこれを認めるが原告がその主張の通り売買予約完結の意思表示をしたとの事実は否認する、本件土地及建物に付被告の為同三記載の通りの登記が為されてゐることはこれを認める、
と陳述し、抗弁として
原告は昭和四十年十一月二十二日訴外平賀との間に売買によって本件土地及建物の所有権を取得し同日その登記を経由し、然も原告主張の昭和四十一年二月二十三日に成立した裁判上の和解において原告による右所有権取得の効果が確認されてゐる。原告は本件土地及建物に付右訴外人に対し原告主張の売買予約完結権を行使するか、又は右訴外人との間に新に売買契約を締結するかについて選択の自由を有するのであるが、一旦その何れかを選択することによって右土地及建物の所有権を取得した以上、後日に至って所有権取得の原因を変更又は訂正することは許されない。これは恰も債権者がその債権の担保として抵当権及抵当不動産に付代物弁済の予約完結権を有する場合に前者の権利を選択行使して競売の申立を為し自ら目的不動産を競落してその所有権を取得した以上、改めて代物弁済の予約完結権を行使して後者の権利に基く所有権取得の効果を主張することができないのと同断である。原告は上記の通りすでに訴外人との間の売買契約によって本件土地及建物の所有権を取得してその登記を了し、然も右所有権取得の効果は裁判上の和解によって確定してゐる以上その後に至って売買予約完結権を行使することはできないのであるから、仮に原告がその主張の通り昭和四十一年二月二十三日の和解期日において売買予約完結の意思表示をしたとしても右意思表示は無効である。而して被告は原告が前記売買によって所有権を取得しその登記をした日の前である昭和三十九年一月三十日前記訴外人との間に当座貸越手形割引証書貸付手形貸付等継続的取引契約を締結し、本件土地及建物に付昭和四十年十一月十三日同日附根抵当権設定契約及停止条件附賃借権設定契約を原因として夫々根抵当権の設定登記及賃借権の仮登記を経由してゐるので、被告は本件土地及建物に対する右根抵当権及停止条件附賃借権の取得を以て原告に対抗することができる。なほ原告は前記売買による所有権移転登記に付昭和四十一年六月二十七日錯誤を原因として抹消登記をしてゐるが、本来登記に付錯誤がある場合には更正登記をすべきものであって抹消登記をすべきものではないのであるから原告のした右抹消登記は違法であって許されないものである。
≪立証省略≫
理由
≪証拠省略≫を綜合すれば、原告がその主張の日にその主張の金員をその主張の約旨のもとに訴外平賀久司に貸付け、この貸付金債権を担保する為に本件土地及建物に付同訴外人との間に原告主張の趣旨の売買の予約を為し、この売買予約を原因として右土地及建物に付昭和三十七年五月九日原告主張の通りの所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと(右仮登記の事実は当事者間に争がない)並に原告がその主張の即決和解事件の昭和四十一年二月二十三日の期日において右訴外人に対し上記売買予約に基く予約完結の意思表示をした事実を認めることができるのであって、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。してみれば原告が右売買予約完結の意思表示をすることによって右に認定した予約の趣旨により昭和四十一年二月二十三日本件土地及建物に付売買が成立し同日原告は右土地及建物の所有権を取得したものと謂はざるを得ない。
被告は、原告は既に昭和四十年十一月二十二日訴外平賀との間の売買契約によって本件土地及建物の所有権を取得して同日その登記を経由し、然も原告による右所有権取得の効果は裁判上の和解によって確認されてゐるのであるからその後に至って売買予約完結権を行使することはできない旨主張し、且本件土地及建物に付原告の為に右主張の通りの売買による所有権取得の登記が為され、また渋谷簡易裁判所昭和四一年(イ)第一二号即決和解事件の昭和四十一年二月二十三日の期日において原告及訴外平賀との間に同訴外人が原告に対し本件土地及建物を含む同訴外人所有の土地及建物の所有権を移転したことを確認する旨の条項を含む裁判上の和解が成立したことは当事者間に争のないところである。然しながら仮に原告が訴外平賀との間の昭和四十年十一月二十二日附売買契約によって本件土地及建物の所有権を取得したことが事実であるとしても、先に認定した通り原告は本件土地及建物に付これより先既に右訴外人との間に売買の予約を為し右売買予約を原因として所有権移転請求権保全の仮登記をしてゐるのであって、原告が右仮登記に基く所有権取得の本登記をしたときはその本登記の順位は右仮登記の順位によることとなるのであるから原告はなほ右売買予約を完結する利益を有するものと謂ふべく、また原告が予約完結権の行使による所有権取得を原因として本登記をしたときは右仮登記後に為された前記被告主張の売買による原告の所有権取得はその効力を失ふものと解すべきものである。而してこのことは被告主張のやうに右売買による所有権取得に付てその登記が為され、更に右所有権取得の効果が裁判上の和解によって確定されてゐるとしても何等変るところはなく、また以上の理は売買予約等を原因とする所有権移転の仮登記が為された不動産について仮登記義務者が仮登記後当該不動産を第三者に譲渡してその登記が為された後においても(右譲渡の効果が仮登記義務者と第三者との間において判決又は裁判上の和解によって確定してゐても同じである)仮登記権利者がなほ売買予約等による権利を行使して右仮登記の本登記を為し得ることと異るところはないのである。してみれば前記原告の売買予約完結の意思表示を無効とする被告の抗弁は採用の余地がなく、原告は売買予約完結権の行使による本件土地及建物の所有権取得を原因として訴外平賀に対し前記仮登記に基く本登記手続を為すべきことを請求する権利を有するものと謂はなければならない。
次に被告が原告の為の前記仮登記が為された後である昭和四十年十一月十三日本件土地及建物に付原告主張の通りの停止条件附所有権移転仮登記、根抵当権設定登記及賃借権仮登記をしてゐることは当事者間に争がなく、従って被告は原告が右仮登記に基く本登記をするに付て登記上利害の関係を有する第三者に該当するものと謂ふべく、また原告が予約完結権の行使により本件土地及建物の所有権を取得したことは先に認定した通りであるから被告は原告が右仮登記に基く本登記をするに付て承諾を為すべき義務がある(なほ被告は原告が昭和四十一年十一月二十二日同日附売買を原因としてした前記所有権取得登記に付後日錯誤を原因としてこれが抹消登記をしたのは違法である旨主張するが、原告が右抹消登記をしたことは被告の上記承諾義務の有無に影響を及ぼすものではないばかりでなく、原告がした右抹消登記は≪証拠省略≫によれば登記原因に錯誤があったことを理由として為されたものであって登記に錯誤があったことを理由とするものではないことが明かであるから登記の手続としては何等の違法はない。)
よって原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 平賀健太)