東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6563号 判決 1968年9月10日
原告(反訴被告) 加部盛一
右訴訟代理人弁護士 深田鎮雄
右訴訟復代理人弁護士 和田敏夫
被告(反訴原告) 高橋一臣
右訴訟代理人弁護士 広瀬進
同 若林秀雄
主文
原告の本訴請求を棄却す。
訴外市川宗太郎を債務者とし、反訴被告を債権者として別紙物件目録記載の不動産につき、昭和三四年五月二〇日に締結せられた抵当権設定契約および代物弁済契約(二〇〇万円の債務を昭和四〇年五月二〇日限り弁済しないときは右債務の弁済に代え前記不動産を反訴被告に譲渡する旨の契約)はいづれもこれを取消す。
反訴被告は右不動産につき東京法務局文京出張所昭和三四年五月二一日受付第七四参七号をもってなされた抵当権設定登記および同出張所同日受付第七四参八号をもってなされた停止条件付所有権移転仮登記の各抹消登記手続をなすべし。
訴訟費用は本訴反訴とも本訴原告(反訴被告)の負担とす。
事実
≪省略≫
理由
原告が昭和三四年二月市川宗太郎に金二〇〇万円を弁済期昭和四〇年五月二〇日と定めて貸付けたことは当事者間に争がなく、又市川宗太郎が右の貸金債権を担保するため本件物件に抵当権を設定するとともに原告との間に右貸金債務を弁済期に弁済しないときはその弁済にかえて本件物件を原告に譲渡する旨の契約を締結したこと及び右二つの契約を登記原因として本件物件について主文第三項掲記の各登記がなされたことは当事者間に争がない。而して右抵当権設定契約と代物弁済に関する契約締結の日時につき原告はこれを昭和三四年二月二八日と主張するのに対し被告はこれを同年五月二〇日と主張しており、又右の代物弁済に関する契約の性質について原告はこれを停止条件付代物弁済契約であると主張し被告はこれを代物弁済契約の予約であると主張する。よってこれらの争点について考察する。甲第三号証は本件各登記の申請に際し登記原因を証する書面として東京法務局文京出張所に提出された後登記済証として同法務局出張所から原告に還付されたものと認められるところその作成日附は昭和参拾四年弐月弐拾八日と記載されているけれども弐月の弐の数字は五の数字を訂正したものであり、又弐拾八日の八の数字は後に捜入されたことがそのインキの色や数字の間の間隔などから明らかであり、最初に記載された日附は昭和参拾四年五月弐拾日であると認められる。従って右の書面の作成された日時も昭和三四年五月二〇日であると認めるのが相当でありこれから推して本件抵当権設定契約と代物弁済に関する契約の締結された日時は昭和三四年五月二〇日と認めるのが相当である。そして又抵当権設定と同時に弁済期に弁済のないときは債権者において弁済にかえて抵当物件の所有権を取得する旨の契約をなしたときは特段の事由のない限りその契約は代物弁済の予約であると解すべきであり本件においてもそのように解するのが相当である(この解釈の妥当なことは、後に認定するように原告が昭和四〇年一一月下旬予約完結の意思表示と認められる内容証明郵便を市川宗太郎宛に差出している事実からも窺い知ることができる)。ところで≪証拠省略≫によれば市川宗太郎は原告に対する本件貸金債務につき元金と昭和三五年一〇月以降の利息を支払わないため原告は昭和四〇年一一月二〇日付の内容証明郵便をもって市川宗太郎に対し本件貸金の弁済にかえて本件物件の所有権を取得する旨代物弁済予約完結の意思表示をなし右郵便は同月二六日市川宗太郎に送達された事実を認めることができる。しからば本件物件の所有権は右予約完結の意思表示により昭和四〇年一一月二六日をもって原告がこれを取得したものである。ところで被告が市川宗太郎に対する債権保全のため東京地方裁判所の仮差押決定により本件物件について昭和三九年五月三〇日原告主張のような仮差押の登記をなしていることは当事者間に争がない。従って市川宗太郎は原告に対し本件物件につき東京法務局文京出張所受付第七四参八号をもってなされた停止条件付所有権移転仮登記に基き昭和四〇年一一月二六日代物弁済による所有権移転本登記手続をなすべくこれによって原告が本件物件の所有権移転登記を得るときは被告の前記仮差押の登記は右仮登記より後順位にあるをもって職権により抹消せらるべきものであり被告は原告が前記仮登記に基づく本登記手続をなすにつき登記簿上の利害関係人としてこれに承諾を与える義務を負うものといわなければならない。
ところで被告は本件代物弁済の予約及び抵当権設定契約が市川宗太郎の詐害行為である旨主張し反訴をもってその取消を求めている。そこでつぎに被告の反訴請求について考察する。≪証拠省略≫によれば、被告は市川に対し被告が反訴において主張している九、五六九、〇〇〇円の損害賠償を求める訴を東京地方裁判所に提起し昭和四二年一月三一日請求全部認容の判決を受けている事実を認めることができるので本件反訴においても被告は市川に対し右損害賠償債権を有するものと認めるのが相当である。而して≪証拠省略≫によれば市川宗太郎は昭和三四年五月二〇日ごろ約二〇〇万円と評価される本件物件のほかには評価額として二、三百万円に満たない建物を所有するほか格別の資産を有しておらず他方負債として原告からの本件の借金二〇〇万円を含めて約四〇〇万円あった事実を認めることができる。しからば市川宗太郎が本件物件に原告のため本件抵当権を設定し且つ本件代物弁済の予約をなしたことは前記九、五六九、〇〇〇円に及ぶ損害賠償債権を有する被告を害することになるものといわなければならない。そこでつぎにこれらの法律行為は市川宗太郎と原告が相通じて被告を害することを知りながらこれをなしたものである旨の被告の主張事実について考察する。≪証拠省略≫によれば原告と市川宗太郎とは友人以上の間柄であることが認められ、又≪証拠省略≫によれば原告が本件物件の所有権を取得するのはこれによって自己の市川宗太郎に対する債権の回収をはかるためよりも寧ろ市川宗太郎を援助し本件物件が他人の手に渡って市川宗太郎が営業の基礎を失うのを防止してやるためであると認められる。又≪証拠省略≫によれば市川宗太郎が原告から受領した九百余万円を南雲らに騙取されたことを市川宗太郎が知ったのは昭和三四年五月一三日ごろであることを認めることができる。これらの事実と甲第三号証の契約証書の作成日附が昭和三四年五月二〇日から昭和三四年二月二八日に書きかえられていて実際には昭和三四年五月二〇日に作成されたものと認められることとを総合して考察すれば、市川宗太郎は昭和三四年五月一三日ごろ被告から受領していた九百余万円の金員を南雲らに騙取されたことを知り被告からその損害賠償を求められるかも知れず、そうなれば本件物件を差押えられて営業の基礎を失うに至るかも知れないことを慮りかねて原告に対し資金面で種々の援助を与えているだけでなく友人以上の間柄にある原告に右の苦境を打ち明け原告亦これに同情し本件物件が被告によって差押えられることを防止するために同月二〇日急拠本件物件に抵当権を設定するとともに代物弁済の予約を締結したものと認めるのが相当である。≪証拠判断省略≫。原告は本件物件に抵当権の設定を受け且つ代物弁済の予約をしたときそれが原告を害するに至るべきことは知らなかった旨抗弁するけれどもこの抗弁は右に認定した事実に反し採用し難い。
そこでつぎに原告の時効の抗弁について考察する。詐害行為取消権は債権者が取消の原因を覚知した時から二年間これを行わないときは時効によって消滅すべく、取消の原因を覚知した時というのは詐害行為取消権発生の要件たる事実即ち債務者が債権者を害することを知って当該法律行為をなした事実を知った時を意味し、なお詳言すれば債務者のなした当該法律行為が客観的に債権者を害する行為であることと債務者が当該法律行為をなすに当ってそのこと(詐害の客観的事実)を知っていたことの二つを債権者が覚知したときを意味するものと解する。蓋し債権者が詐害行為取消権を行使するに当っては詐害の客観的事実のほか債務者がそれを知っていたという事実をも主張立証しなければならないのであるから債権者が債務者の害意を知らないときは詐害行為取消権の行使を期待することができないといわなければならず、従って又時効の進行も右の害意を知った時から始まるとするのが妥当だからである。ところで本件において原告は、被告が本件の取消の原因を覚知したのは昭和三四年五月末ごろ又は同年八月ごろ、若しくはおそくも昭和三九年五月三〇日ごろである旨主張するところ、原告は取消の原因の覚知を詐害の客観的事実の覚知をもって足ると主張しているので原告の主張事実がすべて肯認されたとしても原告主張の日時をもって本件詐害行為取消権の消滅時効が進行を開始したものとは認められないわけであり、且つ又本件口頭弁論に現われた全証拠によっても被告が本件反訴を提起した日であることの記録上明らかな昭和四一年七月一三日から二年以上前即ち昭和三九年七月一三日以前において本件抵当権設定契約と代物弁済の予約が債権者たる被告を害することとそのことを市川宗太郎が知ってこれをなしたものであることを被告において覚知したことを認めしめるに足る証拠はない。原告の時効の抗弁は採用しない。しからば市川宗太郎のなした本件抵当権設定契約と代物弁済の予約を取消し且つ原告に対しこれらを原因とする本件各登記の抹消登記手続を求める被告の本件反訴請求はすべてその理由がありこれを認容すべきである。
ところでさきに本訴について説明した如く、原告が本件代物弁済予約を完結し、これを原因として本件仮登記に基づく本登記手続をなすに当り被告はこれに承諾を与える義務を負うものであるから原告の本訴請求はこれを認容すべきであると考えられるのであるが原告の被告に対する本件承諾を求める権利の根拠となるべき本件代物弁済の予約が本件反訴において詐害行為として取消され且つ右の予約を原因とする所有権移転登記が抹消せらるべきであることさきに説明したとおりであるから、本訴のみについて判決をなすべき場合は原告の本訴請求はこれを認容すべきこと当然であるが、本訴と反訴について一個の判決がなされる本件の場合には原告は被告に対し右の承諾を求めることができないものとして本訴を棄却するのが相当である。
以上の次第であるから原告の本訴請求はこれを棄却し、被告の反訴請求はこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中田早苗)
<以下省略>