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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7447号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔原告らの請求原因〕

(一) (事故の発生)

昭和四〇年一一月一四日午前三時三五分頃、静岡県掛川市領家九五〇番地先国道一号線路上において、被告高森弘(以下、高森という。)が運転し、東京方面より名古屋方面へ向けて進行中の普通貨物自動車(神四―む九三二〇。以下、甲車という。)と、安間征雄(以下征雄という。)が運転し、名古屋方面より東京方面へ向けて進行中の普通乗用車(愛三―せ一三九四。以下、乙車という。)が衝突し、甲車に同乗していた藤崎隆一(以下隆一という。)は全身を強打して即死した。

(二) (被告らの責任原因)

(1) 被告高森は、自動車運転者として常に前方を注意し、安全に運転すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失により、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の責任がある。

(2) 被告村上は甲自動車を、被告医療法人松涛会(以下、松涛会という。)は乙車を、それぞれ所有し、自己のために自動車を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

〔判決理由〕一、(事故の発生)

原告ら主張の日時、場所において、その主張の事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

二 (被告村上、同松濤会の責任)

被告村上が甲車を、被告松濤会が乙車をそれぞれ所有し、自己のために運行の用に供していたものであることは当事者に争いがないから、同被告らは、免責が認められない限り、原告らの損害を賠償する責任があるということができる。

三 (被告高森の責任ならびに同村上および同松濤会の免責)

(一) <証拠>を総合すると、本件事故現場の道路状況、事故直後の現場の状況は、次のとおりであることを認めることができる。

すなわち、本件事故現場は、東京方面から名古屋方面に通ずる国道一号線で、幅員九メートル、その中央には中心線が画され、歩車道の区別がなく、その両外側には0.5メートルの路肩があり、東西に通ずるコンクリート舗装の道路である。本件事故現場付近は、半径約一〇〇〇メートル位(名古屋方面に向かつて)の右カーブとなつているが平坦で見とおしは約二〇〇メートル位まで可能である。道路には街路灯はなく、両側は田畑となつているため、夜間はかなり暗く、交通量は、夜間でも長距離トラック等がかなり通行している。本件事故発生の当日は、雨天で路面は湿つていた。本件事故直後の現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。そして、甲車は、いすず三九年式自家用普通貨物自動車であるが、本件事故により、運転台と荷台との中間で全体的に曲損しており、運転台は大破し、特に右前部の破損はひどく、右ドアは押しつぶされ原形をとどめない状態である。乙車は、フォード五九年式自家用普通乗用自動車で、衝突により全体的にねじれており、右前部が押しつぶされ原形をとどめない状態であるが、後部は擦過痕程度である。乙車の後方を追従進行していた河野嶽男の運転する車両(以下河野車という。)は、トヨペット自家用普通貨物自動車で、本件事故により、運転台の前面ガラス、右前部フンェダー、バンパー等が破損し、これらの破損個所には、甲車の緑色の塗膜が付着していた。

(二) 以上認定した事実に、前掲各証拠を総合すると、甲、乙車の衝突地点および衝突時の状況は、次のように推認される。

征雄は、乙車を運転して、名古屋方面から東京方面に向けて、時速約六〇キロメートル位の速度でセンターライン寄りを先頭で進行していたところ、本件事故現場に差しかかる直前東京方面から対向進行してきた七、八台の車両とすれちがつた。河野は、河野車を運転して、時速約六〇キロメートル位の速度で、センターライン寄りを、乙車の後方を追従して、進行していた。一方、被告高森は、甲車を運転して、東京方面から名古屋方面に向けて、時速約六〇キロメートルの速度で、センターライン寄りを進行していたところ、本件事故現場に差しかかる直前、運転席の左側に置いてあつた「いか」の燻製をとろうとして、右片手でハンドルを操作しながら、左手を「いか」の燻製の方にさしのべ、その方に視線を向け、前方の注視を欠いたまま運転したため、センターラインをこえて甲車を右側に進行させ、対向進行してきた乙車を、約四メートルに接近して始めて認め、急いでハンドルを左に切つて避けようとしたが間に合わず甲車の右前部を乙車の右前部に衝突させ、更に、乙車の後方を追従進行してきた河野車の前部に甲車の右前部を衝突させたものである。他方、征雄は、反対方向から進行してきた甲車が右前方約二〇メートルの地点から中心線をこえて乙車の進路上に進入してくるのを認めたが、さける間もなく甲車と衝突したものである。

そこで、まず、被告高森、同村上の責任について、考えると、自動車運転者としては、ハンドルを確実に操作し、たえず前方を注視して進行し、危険の発生を防止すべき義務があるにかかわらず、被告高森は、前示認定のとおり、これを怠り、中心線を右にこえた過失により本件事故を発生させたものである。従つて、被告高森は、民法七〇九条の責任がある。被告村上については、免責の抗弁につき、被告高森の過失が認められる以上、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、自賠法三条により責任がある。

次に、被告松濤会の責任について考えると、本件事故当日は、前示のとおり夜間で、しかも雨天のため路面は湿つていたものであるから、甲車が急に中心線をこえて乙車の進路に進入してきた本件の場合にあつては、征雄がいかに前方注視義務を尽くしていたとしても、本件事故の発生を回避することは困難であつたというほかはない。そして、本件事故が前示のような態様で発生したものである以上、保有者である被告松濤会が乙車の運行について注意を怠らなかつたものということができる。しかも、乙車に構造上の欠陥も、機能の障害もなかつたことは、<証拠>により認められる。従つて、被告松濤会は本件事故による損害の賠償責任がないというほかはない。(福永政彦)

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