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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)8060号 判決 1967年6月17日

原告 共積信用金庫

右訴訟代理人弁護士 和田敏夫

同 深田鎮雄

被告 三宮誠次

右訴訟代理人弁護士 青柳孝夫

主文

被告は原告に対し、金三、八七六、六〇九円およびこれに対する昭和四〇年二月一一日から完済まで日歩五銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一<省略>

第二主張

一、原告

(請求の原因)

(一) 被告は昭和三八年一月一九日原告との間で訴外多田野祐嗣が原告に対して負担すべき次の債務について連帯して保証する旨の契約を締結した。

すなわち主債務は、同日原告と多田野祐嗣との間で、締結された手形貸付、証書貸付等の方法による継続的取引契約に基づいて同訴外人が原告に対して負担する債務である。

(二) 右取引契約に基づき、原告は昭和三九年四月四日多田野祐嗣に対し金五〇〇万円を弁済方法、遅延損害金等は後日取り決めることを保留して貸渡し、同月一五日同訴外人との間で右貸金の弁済方法等を次のとおり約定した。

1、元金は昭和三九年五月から昭和四二年四月まで毎月八日限り金五万円ずつ分割支払う。ただし最終回は金三二五万円を支払う。

2、利息は百円につき日歩三銭とし、昭和三九年五月八日から毎月八日限り翌月分を持参払う。

3、遅延損害金は同じく日歩五銭とする

4、債務者が右1の割賦金または2の利息を各支払期日に一回でも支払を怠ったときは期限の利益を失い、その時における残債務全部を一時に支払う。

(三) 多田野祐嗣および被告は昭和四〇年二月八日に期限が到来する前記割賦金および利息の支払を怠り、前記過怠約款によって、同月九日以降遅滞に陥ったものである。

(四) よって原告は被告に対し、多田野の連帯保証人として、昭和三九年四月四日貸渡した元本の残額三、八七六、六〇九円およびこれに対する弁済期後の昭和四〇年二月一一日から完済まで日歩五銭の割合による約定遅延損害金の支払を求める。

(抗弁の認否)

本件連帯保証契約の目的となる債務について被告に錯誤があったとの主張は否認する。原告の職員が被告主張のような文書を携行して被告を訪問したことはない。仮に被告主張のような錯誤があっても、それは動機の錯誤にとどまり契約の要素に関する錯誤とはならない。

(再抗弁)

仮に被告主張のような錯誤が本件連帯保証契約の要素に関するものであるとしても、被告は文盲ではないし、自ら契約書の条項を読み、保証の目的である債務について十分に知る機会があったにもかかわらずこれを怠り漫然と契約書に署名捺印して本件連帯保証契約を締結したことは表意者として重大な過失があったものというべきである。

二、被告

(請求原因の認否)

原告主張の連帯保証契約が成立したとの点は否認、その余の事実は知らない。

原告は多田野に対する本件五〇〇万円の貸金につき、訴外長堀源三郎との間で別途に連帯保証契約を締結しており、この事実は原告が被告に本件連帯保証債務がないことを自認していた証左である。

(抗弁)

仮に原告主張の連帯保証契約の成立が認められるとすれば、被告に同契約の要素について錯誤があったから無効である

すなわち、昭和三八年一月頃多田野祐嗣から、同人が原告から借り受ける金一〇〇万円の確定債務についての保証を依頼され、これを了承したところ、この保証契約の締結に必要な書類を後日原告の係員が持参するから、所定の箇所に署名押印し、かつ被告の印鑑証明書を交付されたいとのことであった。

そこで被告は同月二九日頃来訪した原告職員が提示した書面等を右金一〇〇万円の確定債務のみの保証に関する契約書と信じて署名捺印し、本件連帯保証契約を締結したものであり、同契約が原告主張のような多田野との間の継続的取引契約に基づくすべての債務を連帯保証する根保証契約であるとは知らなかった。

したがって被告には保証契約の目的となるべき主債務について錯誤があり、この錯誤は本件保証契約の要素に関するものである。

(再抗弁の認否)

被告の錯誤には重大な過失があるとの主張は否認する。

第三証拠関係<省略>。

理由

一、請求原因について

<証拠省略>を総合すると、

(一)  原告は昭和三八年一月一九日ごろ訴外多田野祐嗣(以下、単に訴外人と呼ぶ)との間で、手形割引、当座勘定貸越、証書貸付等の方法によって原告から訴外人に将来相当額(限度額の定めのない)の融資を与える旨のいわゆる与信契約を取引約定書の作成によって締結し、被告は同日原告との間で、訴外人が右与信契約によって将来原告に対し負担することとなる債務について訴外人と連帯して弁済の責に任ずるいわゆる根保証たる連帯保証契約を右取引約定書に連帯保証人として自署捺印することによって締結したこと、

(二)  原告は右与信契約に基づき昭和三九年四月四日訴外人に金五〇〇万円を返済方法、融資条件などはおって取り決める約束の下に貸し渡し、同月一五日訴外人との間の合意で、右貸付について、返済期限(返済方法)、利率、遅延損害金、期限の利益喪失約款などを原告主張の請求原因(二)のとおり定めたこと、

(三)  訴外人は昭和四〇年二月倒産し、右債務については同年一月九日までに、毎月八日限り支払うべき割賦弁済金五万円を三回分計一五万円弁済しただけであることをそれぞれ認定できる。

被告の主張する訴外長堀源二郎の右金五〇〇万円に対する連帯保証の事実は、前掲甲第三号証および証人池明の証言で明らかなところではあるが、与信の金額が増大した場合に与信者が受信者に人的、物的担保の追加を要求することはなんら異とするに足りず、また前示与信契約たる取引約定書中でも、既存担保で不十分と認められるに至ったときは原告の請求により訴外人が担保を追加すべき旨を約束している(第五条)ことは甲第一号証の記載自体から明らかであり、被告の右主張事実はなんら前示(一)の認定を左右するものではなく、<証拠省略>

二、抗弁および再抗弁について

(一)  <証拠省略>を総合すると、前示与信契約、連帯保証契約の締結に先立つ交渉の過程で、訴外人はさし当って金一〇〇万円の融資を原告から受けたいと考え、原告もこれを了承し、保証人を附けて与信契約が締結されたならば同金員を直ちに貸渡す方針であったこと、そこで訴外人は被告に対し、自分が原告から借入ようとする金額は一〇〇万円であり、原告に対しては物的担保として五〇万円程度の預金もしてあり、毎月の返済額も二六、〇〇〇円前後であるから迷惑はかけないことを強調して保証人となってもらうよう懇請したが、前示与信契約の締結については言及していなかったこと、そのため被告は訴外人と原告との間に金一〇〇万円の確定金額の消費貸借契約が締結され、自分はこの確定金額の債務についてのみ保証を依頼されたものと理解し、訴外人の資力もこの程度の弁済なら不安はないものと判断して訴外人の依頼に応じ、昭和三八年一月一八日自分の印鑑証明書の下付を受け、翌一九日ごろ原告職員から原告と訴外人との間に成立した本件与信契約たる取引約定書を提示され、連帯保証人としての署名捺印を求められたときにも、訴外人からかねて説明のあった金一〇〇万円の確定金額の消費貸借契約に関する書面と信じてその内容を吟味しないで、これに応じ、もって本件根保証たる連帯保証契約を締結したことが認定でき、これに反する証拠はない

(二)  そうすると、被告のなした右連帯保証契約締結の意思表示には、保証の目的である主債務が訴外人と原告との間の与信契約に基づく継続的取引によって将来発生する不確定金額の債務であるのに、これを金一〇〇万円の消費貸借契約に基づく確定的な債務と誤信した点で錯誤があり、この錯誤は本件保証契約の目的に関するものであるから、いわゆる要素の錯誤に該当するものと解するのが相当である。

(三) しかしながら、甲第一号証および被告本人尋問の結果によると、右の取引約定書には金一〇〇万円の数字はもとより被告が誤信したような確定金額の債務の発生を目的とする契約と理解されるおそれのある文言は記載されておらず、しかも同約定書の活字は大きく印刷も鮮明であり、全文でも半紙一枚にすぎないから、これを通読するになにほどの労力も要しないこと、しかも被告は自分が署名捺印を求められている書面を読むだけの機会(時間)を有しながら、またこれを充分に読み理解できるだけの能力を持ちながら、これを尽さず漫然と署名捺印したことが認められ、被告本人尋問の結果も右認定を左右するものでなく、他にこれに反する証拠はない。

そうすると、被告は必ずしも取引約定書の全文を通読しなくとも、また精読せずとも、その概略でも目を通せば、おおよそ自分が保証しようとする主債務がそれまでの訴外人の説明で理解していたものと相違するものであることは容易に知り得たところであるのに、これをすらしなかったことは取引上当然になすべき注意義務を甚しく欠いた所為であって、被告の前示錯誤にはいわゆる重大な過失があったものというべく、被告は右錯誤による無効を主張できないものである。

三、結論

以上に判断したとおり、被告の抗弁はけっきょく理由がないことに帰し、原告の訴外人に対する金五〇〇万円の貸金債権のうち残金三、八七六、六〇九円およびこれに対する訴外人が期限の利益を喪失し遅滞に陥った後である昭和四〇年二月一一日から完済まで日歩五銭の割合による約定遅延損害金の支払を連帯保証人である被告に求める本訴請求は理由がある。<以下省略>。

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