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東京地方裁判所 昭和41年(刑わ)2572号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年三月肩書本籍地の中学を卒業後、集団就職で上京し製本工となり、同三七年一月ころ転職して水道工事の配管工となり、同年末東京珪素株式会社で夜間アルバイトをしながら電着工法を習得し、同三八年三月ころ以降東和珪素株式会社の社員となり建築内装工事の現場責任者として稼働しているものであるが、同四一年五月八日午後一〇時五五分ころ、東京都新宿区新宿三丁目七番地地下鉄丸ノ内線新宿三丁目駅事務所付近の地下道広場内に、友人の伊予田三郎、山岡達功、武田昭雄とともに四名でたむろしていた際、四谷警察署追分派出所勤務の警視庁巡査山沢新太郎(当二三年)から、その直前ころ被告人が右地下道内の便所で氏名不詳の二人連れの男を手拳で殴るなどの暴行を加えたことについて、四名全員が職務質問をうけ、右派出所警察官待機所へ同行を求められこれを拒絶したところ、同巡査において伊予田をなおも同行しようとして同人の着用していた背広(昭和四二年押第五〇号)の肘や左脇腹を握り「来い」といつて引つ張るや、伊予田においてこれを排除するべく、同巡査に対しその手を振り切ろうとして揉み合い、その際伊予田の右背広背部ミシン縫合部分が約二九センチにわたつてほころびたのに憤激し、引き続き手拳で同巡査の顔面、胸部付近を数回殴打するのをみるや、被告人において伊予田と共同して同巡査の前方から組みつき、同巡査を囲むようにして、伊予田において同巡査が右手に握つていた警棒をもぎとり、かがみ込んだ同巡査の首を押えつけ、被告人においておおいかぶさるようにして、それぞれ手拳で同巡査の顔面頭部等を数回殴打する暴行を加え、よつて同巡査に対し全治約二週間を要する右眼窩部挫傷の傷害を負わせたものである。しかし、右巡査の右同行行為は違法なものであり、伊予田は右巡査の急迫不正の侵害に対し自己の権利を防衛するため判示暴行を加え傷害を負わせるにいたつたもので、被告人は右伊予田の行為に共同して加功したものであるが、その手段方法において著しく防衛の程度を超えたものである。<中略>

(公務執行妨害を無罪とする理由)

(一) 本件公訴事実は、被告人は、昭和四一年五月八日午後一〇時五五分ころ、東京都新宿区新宿三丁目七番地地下鉄丸ノ内線新宿三丁目駅地下道内に、伊予田三郎ほか二名とともに四名でたむろしていた際、四谷警察署追分派出所勤務の警視庁巡査山沢新太郎から、その直前ころ被告人らが前記地下道内の便所で氏名不詳の男に暴行等をした事件につき、職務質問のため前記派出所警察官詰所まで同行を求められるや、これを拒否して右質問を免れるべく、前記伊予田三郎と共同して、前記山沢巡査を取りかこみ、その警棒をもぎ取り、手拳で同巡査の顔面等をつづけざまに殴打するなどの暴行を加えて右山沢巡査の職務の執行を妨害し、右暴行により同巡査に全治まで約二週間を要する右眼窩部挫傷を負わせたものである(罰条刑法第九五条第一項第二〇四条第六〇条)、というのである。

(二) 前掲証拠の標目1ないし9の各証拠によれば、判示罪となるべき事実前後の事情は次のとおりであると認められる。

(1) (判示地下道内便所におけるできごと)被告人は、被告人同様男色を好むと思われる氏名不詳の男二名に対し、その直前ころ地下道内通路を歩行中の被告人に注目して薄笑いを浮べ、再び便所内でも被告人が小用をたしていると窺きこむなど不快な挙動をしたことに立腹し、右二名の男を順次手拳で一、二回顔面等を殴打し、あるいは足蹴りを加え、その男らが「すみません」と言つて謝つたので、暴行をやめたが、その際、被告人と共にその場に居た伊予田は、殴られた男らに対し「おかまならおかまらしく女装しろ、お前らかけ出しのくせに」と申し向けたが、別に手拳で殴打するようなことはしなかつた。被告人の仲間の一人山岡達功も、丁度便所へ来て、一部右状況を見聞している。被害者らは、洗面をすますと、足早に便所を出て立ち去つた。

(2) (山沢巡査が職務質問を始めたいきさつ)山沢巡査は、判示追分派出所にひとり立番勤務中であり、右派出所がきわめて狭いので、地下道内に設けられた警察官待機所には山越班長ほか一名の警察官が休憩していた。ところで、山沢巡査は氏名不詳の通行人から「地下の便所で三人連れからだれかが殴られている」と通報をうけ、制服姿で、警棒を右手に持ち、直ちに地下道内便所へ急行した。そこで、川村泰造という男を職務質問して、判示地下鉄新宿三丁目駅事務所付近売店の前にたむろしている被告人らが加害者であり、とりわけ白つぽい背広を着ている男という特徴で伊予田が加害者側の一人に間違いない旨確認したうえ、そのまま、被告人らの傍に歩み寄つた。ところが、伊予田は、右警察官の姿をみて、被告人が便所内で暴行をしたことを調べていると察知して、被告人に逃げるようすすめたほか、その場を離れ目撃者と覚しき者に近付いて「よけいなことを言うな」と口封じをし、再び山沢巡査と被告人らのいる場所へ戻つた。被告人は、相手が謝罪したことでもあるし、逃げるには及ばないと考え、その場に居つづけた。そこで、山沢巡査は、被告人ら四名に対し、便所の方を指して、「ごたごたがあつたらしいがちよつとききたい」と言つて質問を始めた。

(3) (判示罪となるべき事実及びそれに至るいきさつ)山沢巡査の右職務質問に対し、山岡達功と武田昭雄は、素知らぬ顔で「なにかあつたのですか」と言い、伊予田と被告人は「しらないよ」と口々に答えた。そこで、山沢巡査は、目撃者がいる旨を述べ、伊予田は、「証人がいるならここへ連れて来い」と反抗的態度をもつて答えるなど押し問答になつた。山沢巡査は、伊予田が加害者である疑を強め、さらに質問を続ける必要を感じたが、その場で質問を続けるのは、交通の妨害となるし、現場から約三〇メートルの位置にある地下道内の前示待機所に行けば、前記山越班長ら同僚もいるし、書類や電話の便もあるので、とにかく待機所へ同行しようと考え、被告人、伊予田及び山岡達功に対し「交番へ来てくれ」と同行を求めた。被告人らは、口々に「行く必要はない」と答えた。山沢巡査は、やむなく、伊予田の着用していた背広の肘付近を警棒を持つたままの手で押え「来てくれ」と語調を強めたが、伊予田はこれを振り切つた。次いで、山沢巡査は、順次被告人や山岡達功に対しても、同様、腕に手を触れて「来てくれ」と言い、同行を求めたが、被告人らはこれを振り切り、同巡査の肩を小突くなど、同行の求めには応じない言動を示した。伊予田は、同巡査に対し「お前じや話が分らない、田中班長をつれて来い」と言つた。山沢巡査は「そのような班長はいない」と答えたが、被告人らの口のきき方や前示同行を拒絶する挙動から、被告人らが暴力団員ではないかと疑い、「お前らどこのやくざか」と言いながら、被告人が背広の襟に裏返してつけていたバツヂを見ようとして、襟に手を触れたところ、被告人は、両手を下から上へ振り上げ、同巡査の手を振り離した。山沢巡査は、さらに、伊予田や被告人の腕をつかみ、強く「来いつたら来い」と申し向け、被告人らは、その都度腕を振り切り、同巡査の肩を小突くなど同行を強く拒絶し、同巡査は、小突かれるとそれを警棒で振り払うなど小競り合いの状態が続いた。ここにおいて、山沢巡査は、被告人ら全員を同行することができないとしても、せめて被告人らのうち一名だけでも同行しようと考え、とりわけ川村泰造から指示された「白つぽい背広を着た男」の伊予田が加害者の一人であることは前示同人の言動からも間違いないものと信ずるに及び、伊予田の背広肘付近や左脇腹付近を強く握り、「来い」と言つて同行しようとし、伊予田は拒否して振り切ろうとしたために、両者は揉み合うようになり、伊予田の背広(昭和四二年押第五〇号)の背部ミシン縫合部分が約二九センチにわたつてほころびた(弁護人は約一・五センチ生地が裂けたと主張するが、裂けたことは認められない)。山岡と武田がこれに気づき「背中がやぶれた」と叫ぶと、山沢巡査は手を離し、伊予田は背広を脱いでほころびた部分を見たが、憤激のあまり、「この野郎、やぶつたな、なまいきだ、俺だつて空手やつてるんだから」と言いながら、同巡査に対し両手の手拳で顔面、胸部付近を数回殴打し、同巡査は後退しながら警棒でそれに応戦していたが、右眼部付近を殴打されて、顔をおおいかがみ込むや、被告人も「やつちやえ」と言いながら伊予田と共同して同巡査の前方から組みつき、山岡と武田も同巡査のまわりを囲むようにし、伊予田において同巡査が右手に握つていた警棒をもぎとり、かがみ込んだ同巡査の首を押えつけ、被告人においておおいかぶさるようにして、それぞれ手拳で同巡査の顔面頭部等を数回殴打し、右暴行により同巡査は、前示右眼窩部挫傷を負つた。

(4) (判示事実以後のいきさつ)山沢巡査は、伊予田と被告人の右暴行により、遂に全く抵抗の余地を失い、そのうえ、拳銃のつり紐を引つ張られるように感じて、拳銃を奪われる危惧を感じ、かがみ込んだ姿勢のまま、右手に拳銃を取り持ち、「やめないと射つぞ」と警告したが、伊予田と被告人が攻撃をやめないので、同人らの暴行を免れるため、やむなく伊予田の大腿部めがけて拳銃を続けて二発発射した。そのうち一発は、伊予田の左胸部に命中し、伊予田はその場で死亡するに至り、山沢巡査も、そのうちの一発で自ら過つて左手首を貫通する銃創を負つた。まもなく、地下鉄職員らの一一〇番の急報によりかけつけた四谷警察署の警察官らは、被告人、山岡達功及び武田昭雄を公務執行妨害傷害の現行犯人として逮捕した。

(三) そこで、山沢巡査の公務の執行について、その適法性を判断する。右認定事実によると、山沢巡査が、通行人の通報と川村泰造を職務質問した結果、伊予田、被告人、山岡、武田の四名のうちに、便所内で氏名不詳の男を殴打したすくなくとも暴行罪を犯したと疑うに足る相当の理由ある者若しくは右犯罪について知つていると認められる者がいると判断したことは、十分首肯しうるところであり、警察官職務執行法第二条第一項の場合に該当し、被告人ら四名に対する職務質問は適法に開始されたものということができる。

次ぎに、山沢巡査は、被告人ら四名を前示待機所へ同行しようとしているが、同法第二条第二項に規定する「その場で」「質問することが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合」であつたかどうか。単に「地下鉄駅構内であつたこと」「公衆の目に触れる場所であること」をもつて、ただちに、本人に対して不利であつたとはいえないと考えられるし、地下鉄駅改札口付近から地上へ通ずる地下道通路の中間の広場の片隅で、時刻はすでに通勤客の殺到する混雑時を過ぎているのであるから、一概に交通の妨害になるともいえないと考えられる。しかし、警察官一人が男四名と、声高に質問し応答する状況は、衆人の関心を集めることは容易に想像しうるところであり、人だかりが、ひいては改札口から通路へ通ずる歩行者や、付近の地下鉄事務所や便所、交通警察官詰所への出入をさまたげることになると認められるのであつて、本件の場合、山沢巡査が交通の妨害になると認めたとしても、これを違法とまではいいえないと考える。

そこで、さらに山沢巡査が、被告人や伊予田らに対し、同行を求めるのに、言語によるほか、直接手を相手の着衣肘付近等に触れた点を検討するに、それが、同行を承諾させる手段として「来てくれ」という発言と同時に行われていた限り、挙動による意思表示と解されるのであり、被告人らが同巡査の手を振り切つたことも、同様、挙動により同行を拒否する意思表示にすぎないのであつて、これを目して山沢巡査と被告人ら相互に相手の身体にむけられた有形力の行使であると一応観念されるとしても、何ら違法性を帯びるものとは考えられない。

しかしながら、山沢巡査が伊予田の背広の肘付近や左脇腹付近を強く握り、「来い」と言つて同行しようとし、伊予田は拒否して振り切ろうとしたために、両者は揉み合うようになり、前示の如く伊予田の背広の背部ミシン縫合部分が約二九センチにわたつてほころびるに至つた段階では、も早、単に同行を承諾させる手段として行われた挙動による意思表示の域を超え、その意に反してでも連行しようとする意思に基づく身体に向けられた有形力の行使と解するほかなく、違法性を帯びるものといわなければならない。けだし、右背広のほころびを検討してみると、ミシンにより通常の縫合状態にあつたことは明らかであり、伊予田は、ほころびる以前にもすくなくとも二回は山沢巡査の手を振り切つたのであつて、そのときにはなんらほころびが生じたと認める証拠はなく、伊予田が同巡査の加えた力に応じた力を揮つてこれを振り切ろうとし、両者の力が合さつて、ほころびが生じたとみとめられるので、山沢巡査が伊予田の着衣をつかむ強さは、以前のように触れた程度と異なり飛躍的に大きいものであつたと認めるに十分である。同法第二条第三項は「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所又は駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない」と職務質問をうける者の自由を保障する規定をおいているのであるから、右山沢巡査の伊予田に対する行為は、右法条に違反する違法なものといわなければならない。同法の規定から法の予想する質問のための任意同行の形態は、同法第二条第一項が「停止させて」との文言を用い同第二項が「同行することを求める」との文言を使用している相違から考えても、警察官と質問される者との間で、いやしくも停止させるばあいに許容される程度の実力の行使すら許容されないのであつて、あくまでも言語と動作による説得により、警察官と共に派出所等へ赴くことの承諾を要件としているものである。山沢巡査が同行をしようとした待機所への距離は、約三〇メートルであるから、伊予田の着衣に触れて同行を求める限度まで手段を尽してみても所詮伊予田が同行を承諾しなかつた以上、さらに着衣を強く握り挫み合う行動は、も早違法な有形力の行使による連行に着手したものといわざるをえないのである。ことのはじめにおいて、警察官が他の警察官に連絡をとることもせず、ただひとり制服と警棒、拳銃の実力的背景をもつて数名の暴力事犯の現場へ急行して職務質問に当り、被告人らも四名の数をたのみお互いにかばい合いの心情から事実をことさらいんぺいしようとするあやまつた態度に終始した結果、押問答から、感情の激するまま両者が実力に訴える不幸な経過をたどつたものと考えられる。

なお、本件の場合、警察官において、職務質問による任意捜査の域を超え直ちに刑事訴訟法上の現行犯人逮捕もしくは緊急逮捕に着手しうるだけの要件を充足していたかどうかを考えるに、山沢巡査において、そもそも被害者が全く行方不明であり、被害の日時、場所は判明したとしても、その動機、原因及び内容は明らかでなかつたこと、被疑者は、被告人ら四名のうち少くとも一名以上であるという程度の認識があつたに過ぎず、実際実行者は伊予田でなく被告人であると一応認められるのであるから、当時山沢巡査はむしろ伊予田を被疑者に間違いないと誤認していたこと、結局、被疑事実は暴行罪か傷害罪か、或は暴力行為等処罰ニ関スル法律違反かが明らかとはいえなかつたこと、刑事訴訟法第二一二条第二項各号の要件にあたる事実は認められなかつたこと等の各事実に照らすと、とうてい、右刑事訴訟法上の逮捕を許容する要件は不存在であつたといわねばならない。山沢巡査は、現に、逮捕に踏み切るだけの資料を、直接被告人らから質問により引き出そうとし、そのため待機所への同行を考えたのであるが、いやしくも任意捜査の範囲を逸脱しないよう細心の注意を払い、被告人らが同行に応じない以上その場で氏名、住所、職業の確認などから始めて被疑事実に関する具体的な質問を加え、さらには同僚警察官の応援を求めて質問を続けるなどの措置をとるべきで、伊予田が「田中班長を呼んで来い」といつたことからも、被告人らが直ちに逃走する気配を示していたものとは認められず、かりに、万一四名が一せいに逃走を図りそのうちの一名すら停止させえなかつたとしても、その場で、現行犯人逮捕もしくは緊急逮捕に着手することのできない以上、警察官がなんら非難を蒙むる余地はなかつたはずである。

右の説明で明らかなとおり、山沢巡査の伊予田に対する行為は、も早警察官職務執行法第二条第二項にいう「同行することを求める」範囲を超え、「意に反して連行」に着手したものといわざるをえないので、違法であり、これに対し、伊予田と被告人が共同で、連行を免れようとして、山沢巡査に判示のような暴行を加えたからといつて、これを公務執行妨害罪により処罰すべきものということはできない。しかし、伊予田と被告人が山沢巡査に加えた共同暴行により傷害を負わせた行為は、山沢巡査の違法な職務の執行を排除するため已むをえない程度をその手段方法において著しく超えたものと認められるので、いわゆる過剰防衛行為と認定したものである。(早瀬正剛)

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