大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(刑わ)3238号 判決 1967年6月30日

主文

被告人両名はいずれも無罪

理由

本件公訴事実は「被告人綱島信吉、同板垣輝司は共謀の上、昭和三九年一二月三一日午前八時二〇分頃、東京都港区芝新橋二丁目一二番地株式会社黄色合同において、同会社代表取締役王長徳管理にかかる冷暖房機十一台外二点(冷蔵庫二台)(時価合計三一九万二千円相当)を窃取したものである。」というのである。

そこで右犯罪の成否について考える。

(一)  所有権の帰属

検察官は、本件物件の所有権は株式会社黄色合同に帰属していたと主張するのでまずこの点について判断する。

<証拠>によると、日本冷暖房株式会社(以下日本冷暖房という)と株式会社黄色合同(以下黄色合同という)との間に、本件物件を含む冷暖房機一五台、冷蔵庫四台の売買契約(以下本件契約という)が成立しそれが納入された事情は次のとおりである。

昭和三九年一一月初めころ、黄色合同は、その事務所等の増改築工事を行つていたが、これに伴つて冷暖房施設をすることになり、同社社長王長徳から、同社開発部長であつた安藤真人に冷暖房機等の購入について、予定数量を一五台ないし二〇台と指示され調査が命ぜられ、同人は、かねて被告人鋼島信吉の弟文三と交友があり、同被告人とも面識があつたことから同被告人の会社からこれを購入しようと考え、電話をして、同被告人の弟である日本冷暖房の営業部長綱島正男と連絡をとつた結果同月四日ごろ、被告人板垣がカタログと見積書、日本冷暖房で使用していた売買契約書用紙などを持つて黄色合同に赴き、安藤に会い、安藤は、被告人板垣に対し「黄色合同を改造して各部屋に冷暖房機と冷蔵庫を入れるので、一五台か二〇台間に合うか」と問い、右概数を前提として交渉に入つたが、同被告人は「間に合わせられる」と答え安藤は、黄色合同の工事の進捗状況から一時に全数量を備え付けられなかつたため、逐次工事に見合わせて注文する、取敢えず八台間に合わせてくれという趣旨の発言をして、本件契約の交渉をしている。そして、その後順次注文が発せられるのであるが、右契約に際して、支払条件所有権の帰属については、当初被告人板垣は、前記売買契約書二枚に収入印紙を貼つて、これを安藤に示したところ、同人はこれを見たのであるが、その契約書には所有権の帰属について8項に「所有権は代金完済までは移転しない」と太字で記載されその下段に、細字で「尚万一代金支払不履行の場合は、売方は買方に対して本契約の解除をなし、無条件にて機器及工事資材の撤去について、買方は何等異議の申立を行わないと共に、使用料及工事費の弁償を履行すること。」と記されている。

しかし、安藤は右契約書を見たうえで、「現金で支払うのにそんなものは必要ない。」あるいは「月賦屋みたいなものを持つてくるな。」などといつて右契約書の作成を拒否したのである。同人が右のような態度をとつた理由は、同人としては、すべて現金払いできるものと考えていたこと、同人が王長徳の従前の取引の仕方や、王の気持を察して、契約書等を作成すれば、面倒臭いなどと叱責されるおそれがあつたことなどのためであり被告人板垣としては、安藤が被告人綱島らと知り合いの間柄であることを知つていてそのために強く契約書の作成を主張できなかつた。このようにして、結局右用紙による契約書は作成されなかつたけれども、安藤および当時黄色合同に勤務しており、右交渉に立ち合つた、小野寺正好は、共に、本件物件等の所有権は代金完済まで売主たる日本冷暖房に留保されるものと考えていたのである。

一方日本冷暖房としては、取引に際しては通常前記契約書を使用して契約を締結し、代金完済に至るまでの販売物件についての所有権は常に同社に留保されていた。

このようにして本件契約が成立し、その結果、昭和三九年一一月五日ゼネラルエレクトリツク社製クーラー四台が納入され、同日二〇万円の支払いが小切手でなされたが、黄色合同から右クーラー四台が不適当な機種であるとして、他の機種への取替の要求がなされ翌六日これを引取ると共に新らたにゼネラル・エレクトリツク社製冷暖房機RF六八一D型四台(価格九〇万円)が搬入され、これは、黄色合同の和室二室、台所、タイピスト室にそれぞれ取付けられ、同月一〇日七〇万円が支払われた。次いで翌一一日同社製冷蔵庫三台(価格八一万円)が黄色合同に一台と田園調布および上目黒の王長徳の私宅に各一台搬入され、同年一二月一日には同社製冷暖房機RF六八一D型三台、同八八二型二台(価格一、二四七、〇〇〇円ほかに据付工事費三二、五〇〇円)が黄色合同に搬入取付けされ一応右冷蔵庫三台分と当日納入した冷暖房機代金の一部という趣旨で同日一〇〇万円が支払われたがその後弁済はされなかつた。しかしなおも順次注文がなされ、結局同月二四日ゾンネル型冷暖房機一台を搬入取付をするまでに、前記田園調布、上目黒の王私宅の分を含め、一一月六日から同年一二月二四日までの間に冷暖房機一五台、冷蔵庫四台が納入され、その代金は工事費を含めて合計四、九六七、二一二円に達し、これに対して支払われた金額は一九〇万円であり、最後に一〇〇万円支払われた以降に納入したものは冷暖房機六台、冷蔵庫一台(価格計一、七五一、〇〇〇円他に工事費二二六、七一二円、合計一、九七七、七一二円)であるが、そのうち前記王の各私宅に納入されたものは、一二月一四日に納品された冷暖房機四台(RF六八一D型三台、RD八八二型一台、価格計九五二、〇〇〇円他に工事費一三五、二〇〇円、合計一、〇八七、二〇〇円)であり、さきに納入された冷蔵庫二台(価格計七四万円)を合算すると本件物件以外に王の私宅に納入された冷暖房機、冷蔵庫、工事費の合計は金一、六二七、二〇〇円であり、工事費を含めた本件物件の価格は、金三、三四〇、〇一二円、工事費を除外すると金三、二一六、〇〇〇円(この点における被告人板垣の司法警察員に対する供述調書添付の「黄色合同株式会社商品引上分明細」は、同年一一月六日納入のRF六八一D型四台分の単価は二二五、〇〇〇円で納入しているのに、この分についても単価をその後の納入単価二一九、〇〇〇円として計算されているため、金二四、〇〇〇円の誤差を生じ合計額が、三、一九二、〇〇〇円となつている。)ということになる。したがつて、黄色合同について生じた工事費合計一二四、〇一二円について日本冷暖房に請求権があるとしても、総額四、九六七、二一二円から右の三、二一六、〇〇〇円を控除すれば、その額は一、七五一、二一二円であつて、右金額相当の利益が黄色合同(王の私宅の冷暖房機四台、冷蔵庫二台、工事費合計〔二五九、二一二円〕)に残され、右金額は、支払済一九〇万円を一四八、七八八円下廻わる額であることが計数上明らかである。

右のような事実関係からみると、本件契約は、黄色合同の増改築工事の進行状況と見合わせて本件物件を順次納入するというものではあるが、本来的な契約の内容としては、冷暖房機、冷蔵庫を一五台ないし二〇台を概数として一括売買するという点を中核とするものであり、個々の注文が発せられ、それに見合う金額が支払われたことがあつたとしても、当事者間の真意としては、その弁済は個々の品目に対して、個々に充当されるものではなく、<証人ら>の各証言にみられるとおり、最終のゾンネル型冷暖房機一台を納入取付けを完了した時における総額に対する内入金と解するのが相当である。また、前掲各証拠のほかに、証人岡田義男の当公判廷における供述を併せて検討すると、王長徳は、本件物件の代金を完済することについて、必ずしも充分な見透しはなく、その能力もなかつたことが窺われるのに、即金あるいは契約時三分の一、納入時残額を現金払いという契約をしていることが認められるのであつて、右のような確定的とはいえないにしても、詐欺的意思表示が含まれる契約の締結行為は、不法な要素を持つ契約として前後を通じて、その意思によつて包括される一個の契約とみなければならないのであるから、この点から考えても、前記冷暖房機四台および冷蔵庫三台分として支払われたという外形的事実があつたとしても、その故をもつて、その物件についての所有権が黄色合同に移転するという考え方は採り得ないのである。

また契約による所有権留保の約款は、すでに認定したとおり、たとえ、それが文書によらないのであつても、当事者間にこの点についての合意が成立していたものと認められる以上、本件物件の所有権がなお、黄色合同に留保していたとする検察官の主張は採用できない。

(不法領得の意思および被害者の承諾の有無)

検察官は、被告人等に不法預得の意思があり、他面被害者の承諾はない旨主張するのでこの点について検討する。

<証拠>を総合すると次の各事実が認定できる。

被告人らは、昭和三九年一二月二四日、ゾンネル型冷暖房機一台を納入取付をし、全契約の履行を完了したので、契約に従い、これと引換に現金による弁済を求め連日その代金の請求をなしつづけたが、黄色合同に弁済の誠意がなく、一日延ばしになつてついに、一二月三〇日を迎えたけれども、王は当日銀行から入金があるからといいながら当日も支払わず、大阪に向い、弁済について誠意を示すところがなかつた。一方被告人らは、王が過去において取込詐欺をしたことがあると聞き、また、当時他にも債権者が毎日のように黄色合同に支払いを求めて集つていたことなどの事情から、漫然放置すれば、日本冷暖房が取込詐欺の被害をこうむることになると判断し、折柄歳末でもあつたため、資金繰り上の必要もあつて、翌一二月三一日黄色合同に右代金の請求をし、もし弁済されないときは、納入した全物件中、ほぼ未払額に見合う黄色合同に貸付けられた冷暖房機、冷蔵庫を引き揚げるよりほかに方法がないものと判断し、弁済された場合には、直ちに復旧する用意のもとに、弁済の催告をすると共に弁済がされない場合には、弁済の履行を確保する目的で、右引揚げを行うべく三一日午前八時ごろ約二〇名の従業員と共に黄色合同に赴いたものである。

また、被告人らが黄色合同に赴いた時は、まだ早朝のことであつて、同社従業員は出勤していなかつたし、また王長徳は、大阪からまだ帰つていなかつたため、同社にはそこに居住していた王の内妻森谷富美子と女中二人がいただけであつたが、被告人両名は女中の一人に、案内を乞い、森谷に会い、本件冷暖房機、冷蔵庫について、約定どおりの弁済がなされないので、弁済があるまで、預つておきたい旨申入たところ、同女も弁済のおくれていることを認めて、止むを得ない旨撤去を諒承し、安藤真人に電話して、その処置について相談し、安藤は同女と電話をかわつた被告人綱島に引き揚げを待つてもらいたい旨申し入れたが、同被告人が、これを許さなかつたため、ここに至る事情を知る同人としてはこれを拒否することはできず、ただ待つてもらいたい旨返答し、被告人らは従業員と共に代金が支払われた場合に復旧し易いよう冷暖房機のケースを残してこれを撒去した。

<反証−省略>右のような経過を辿つて、本件物件の撒去を終り、これを日本冷暖房に持ち帰つたのであるが、森谷および安藤の電話で右事実を知つた王は、大阪から被告人綱島に電話して、代金は、全額は無理だが、一五〇万円を午後三時(後に四時)までに日本冷暖房の取引銀行である三菱銀行上野支店に振込むから、元通り取付けるよう要請し、被告人綱島もこれを諒承し、従業員を待機させ、入金があつた場合には直ちに元通り本件物件を取付けられるよう準備していたが、午後四時になつてもついに入金がなかつたため、午後四時半ごろ従業員を帰えした事実が認められる。

そうであれば、被告人らの本件所為が外形的に窃盗罪の構成要件に該当することは明らかである。しかし、本件物件の所有権はすでにみたとおり、日本冷暖房に留保されていたのであるから、被告人らの行為は刑法二四二条にいう他人ノ占有スル自己ノ物を窃取した場合に該る。そして、「他人ノ占有」は従来権原による占有であるとされてきた(たとえば大審院判決大正七年九月二五日刑録二四輯一二一九頁)が、最高裁判所は昭和三四年八月二八日の判決(刑集一三巻一〇号二九〇六頁)において、刑法における財物取得罪の規定は、人の財物に対する事実上の所持を保護しようとするものであつて、その所持者が法律上正当にこれを所持する権限を有するかどうかを問わず物の所持という事実上の状態それ自体が独立の法益として保護され、みだりに不正の手段によつて侵害するを許さないとする法意である旨判示したそれ以前に示した最高裁判所の判例(昭和二四年二月一五日集三巻二号一七五頁、昭和二五年四月一一日集四巻四号五二八頁)の見解を支持し、前記大審院判例を変更した。

したがつて、右判例によれば、黄色合同は、本件物件について物の所持という事実上の状態を保持していることは否定できないのである。

したがつて、被告人らに不法領得の意思があつたとする検察官の主張は一概に否定できないところである。

また、森谷富美子が本件物件の撒去を認めたからといつて、森谷は、王の内妻たるに止まり、黄色合同についてはなんらの権限もないことが明らかであるから右森谷が止むを得ないとして撒去を認めたことが真意に出た承諾であつたとしても、本件行為の違法性を阻却するに足りる被害者の承諾ということはできない。さらに、右承諾は自発的になされたものというより、弁済の遅延ということがあつたため、被告人らの要求を拒否することができなかつたためになされたもので、止むを得ず拒否しなかつたというものであるから、この点からみても、違法阻却事由となる被害者の承諾ということはできない。

そうであれば、被告人らの行為に被害者の承諾がなかつたとする検察官の主張は理由がある。

(本件犯罪の成否)

しかし、すでに認定した本件物件撒去の経過から考えると、被告人らの行為は、外形的には刑法二三五条、二四二条に該当し、被害者の承諾も欠いているのではあるけれども、また、自救行為として認められる範囲を逸脱していることも否定できないのではあるが、東京地方裁判所の王長徳に対する判決書謄本にみられるように被害者黄色合同代表者王長徳は過去に、詐欺等の犯罪を犯してその一審で有罪の判決を受け、本件弁済についても誠意を示さず、むしろ、当初から確実な代金弁済の能力を欠き、その意思をもたなかつたものとも認められる本件では、その故に直ちに窃盗罪の成立が認められるということにはならない。

たとえば、友人に書物を貸与し、相当期限を経過した後、必要に迫られ、その返還を求めて借主たる友人の家を尋ねたところ、その友人が不在であり、留守をしていた家人に事情を告げて貸与してあつた自己の書物を持ち帰つた場合、形式的には刑法二三五条、二四二条に該当することになるのであるが、正当な被害者の承諾がないからといつて、このような場合に窃盗罪の成立を認めるというが如きことは考えられないのである。この場合においては、一般に、被害者の承諾が推定されるという理由づけがなされるのであるが、むしろ右のような行為は、その手段方法において、特段に非難すべき点はなく一般に許容される範囲に属し、社会的に相当な行為として構成要件該当性あるいは違法性が阻却され、犯罪の成立がないものと考えることが、国民一般の法感情に合致するところであるといわなければならない。

これを本件についてみると、王長徳は、自ら約定した債務の履行を怠つて、本件物件の代金を期日に完済しておらず、所有権も取得しない状態であつて、被告人らから契約を解除されたとしても、これを排斤すべき特段の抗弁を持たず、もし、被告人らが本件物件を撒去に赴いた際、その場に居合わせたとしても、これを拒否するに足りる正当な理由はないのであつて客観的には被害者の承諾が予想される場合でもあり、一方被告人らは、王長徳が留守であつたとはいえ、同会社に居住していた被害者王の内妻森谷に来意を告げて諒解を求め、現実の担当者である安藤には電話で、代金の支払いがあるまで預る旨話しているほか、被告人らの本件物件撒去の真意は、弁済があれば直ちに再び本件物件の取付を行うというのであつて、現に、当日午後四時半ごろまで従業員を残して、その準備をし、待機していたものである。そして、右のような事情のもとになされた被告人らの行為は、前設例の場合とはやや趣きが異るとはいえ、客観的には被害者の承諾が予想される場合であり、また被害者自身の承諾を欠いたとしても無断で持ち去つたわけでもなく、手段方法において特に不法な点はないし、その行為目的も特に非難の対象となり得る程のものでもない。また、本件物件とすでに支払われた代金との対比その他の事情を考えても右の結論を左右するに足りる事実は見出し得ないのである。

そうであつてみれば、被告人らの本件行為は社会的に相当な行為として構性要件該当性もしくは、違法性を欠き、犯罪が成立しないのであるから、罪とならないものとして刑事訴訟法三三六条により主文のとおり無罪の言渡しをする。(大関隆夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例