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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)116号 判決 1967年5月31日

原告 岩田晃

被告 法務大臣

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の提出した昭和四一年一〇月七日付訴状および同年一二月一一日付訴状によれば、本件請求の趣旨は、「原告が昭和四〇年一〇月三〇日にした情願に対し、被告が同年一二月二一日付でした棄却の裁決を取り消す。被告は巡閲官吏に千葉刑務所を巡閲させなければならない。被告は原告に対し、金一〇万円を支払え。」というにあるものと解され、その請求原因の要旨は、次のとおりである。

一  原告は千葉刑務所に在監中の者であるが、昭和四〇年一〇月三〇日監獄法七条にもとづき、被告に対し、同法四条一項に定める官吏の巡閲を求める旨の情願をしたところ、被告は同年一二月二一日右情願を棄却した。しかし右四条一項によれば、主務大臣である被告は少くとも二年毎に一回官吏をして監獄を巡閲させるべきことが定められているにもかかわらず、千葉刑務所については昭和三七年以来右の巡閲が行われていないため、原告ら在監者は、巡閲官吏に面接して情願する機会を不当に奪われている。したがって、原告の前記情願を棄却した被告の裁決は違法であり、被告は巡閲官吏に同刑務所を巡閲させるべき義務がある。

二  原告は、千葉刑務所において、次のような違法な処遇をうけた。

1  昭和四〇年一月末頃原告が私物の使用済ノート一冊を知人の大塚一男宛に宅下げすることを願い出たところ、同刑務所係官は、刑務所内の出来事が記載されているというだけの理由でこれを不許可とした。刑務所内で作成することを許されているノートであるのに、右のような理由で宅下げを許可しないのは違法である。

2  昭和三九年暮頃原告はそれまで世話になってきた千葉刑務所篤志面接委員楠田匡介との面接願いを同刑務所教育部長に提出したが、同部長は、もっぱら右楠田に対する個人的な感情から、いわれなく右願いを許可しなかった。このため原告は、引取人である弟のことについて相談する機会を失った。

3  原告の千葉刑務所における処遇の階級は第四級であるが、昭和三六年以来弟宛の信書にかぎり封書とすることを特に許されていた(これは医師をしている弟の希望によりその名誉、信用を考慮しての措置である)。ところが、昭和四〇年七月にいたり、同刑務所係官は、右のような特別の理由があるのを無視して、弟宛の信書についても葉書によることのみを認め、封書とすることを禁止した。刑務所からの葉書による通信は、弟の感情を害し、ひいて原告の出所後の保護関係にも悪影響を及ぼすものであるから、右の禁止措置は裁量を誤った違法な行為である。

4  現在刑務所の在監者が病舎に収容された場合、一般の副食費のほかに、特別菜費として一日二五円が加えられるが、この額は十数年間も据えおかれたもので、不当に低くすぎる。また、刑務所における経理の内容には不審な点が多く、在監者は給与の面で種々の正当でない不利益をうけている。

以上のような刑務所係官の違法な処遇(不法行為)により、原告は少なからざる損害をこおむったので、国家賠償法にもとづき、被告に対し、金一〇万円の損害賠償を請求する。

理由

一  情願を棄却した裁決の取消しを求める訴えについて。

監獄法七条は、在監者が監獄の処置に対して不服があるときは、主務大臣に情願することができると定めているが、情願の対象が監獄の処置全般に及び、不服の理由にもなんらの制限がないことからすると、右の情願は、在監者が監獄の処置について監督官庁である主務大臣に自己の希望を開陳して、監獄に対する主務大臣の指揮監督権の発動を促すものであって、いわゆる請願の一種と解すべきである。したがって、主務大臣はこれを受理して誠実に処理すべきであるけれども、それ以上に、当該情願者が主務大臣に対して、その情願に対する裁決を求める権利を有するものではない(同法施行規則七条および八条は、情願者に対する関係において右の裁決を主務大臣に義務づけたものとは解しえない。してみると、原告の本件情願に対して主務大臣である被告がした本件裁決は、原告の法律上の地位に直接影響を及ぼすものとはいえないから、抗告訴訟の対象となる行政庁の処分にあたらず、その取消を求める訴えは不適法である。

二  官吏の巡閲を求める訴えについて。

監獄法四条一項は、主務大臣は少なくとも二年毎に一回官吏をして監獄を巡閲させなければならないと定めている。この規定が、監獄に対する監督、ことに密行を原則とする在監者処遇の適正を期するために、巡閲官吏による実地監査の実施を命じたものであることは疑いがない。もっとも、右巡閲官吏に対しては、在監者が監獄の処遇に対する不服について書面またに口頭により情願することができ(同法七条、同法施行規則五条一項)、その情願書を監獄官吏が披閲することは禁じられ(同規則五条三項、四条二項)、巡閲官吏が口頭の情願を聴くには、必要ある場合を除き、監獄官吏を立会わせてはならず(同規則六条)、また巡閲官吏が情願を審査したときは自ら裁決をなし、または大臣の裁決を乞うことができる(同規則七条一項)とされているが、巡閲によって機会を与えられる在監者の巡閲官吏に対する情願そのものが、さきに述べた主務大臣に対する情願と同じく、たんに情願の性質をもつにすぎないものであり、しかも巡閲官吏はその情願を書面によらせることもできることを考えるならば、上記の巡閲および情願に関する一連の規定は、監獄に対する監督に資するという目的から、少なくとも二年に一回官吏を巡閲させるとともに、その巡閲に際しては、監獄の処置に対する在監者の希望を巡閲官吏が十分に聴取することにより監査を実効あらしめようとしたものであって、直接個々の在監者に対し、情願等のために官吏の巡閲を求める権利を与え、または巡閲の不履行に対して不服を申し立てうる地位を保障したものではないといわなければならない。そして、ほかに在監者が主務大臣に対して官吏を巡閲させるべく請求しうる権利を認めた規定はない。したがって、かかる地位にある原告が主務大臣である被告に官吏を巡閲させる義務のあることを主張して、抗告訴訟の形式により、その義務の確認ないし履行を求めることは許されないというべきである。

三  損害賠償を求める訴えについて。

一般に行政庁は、法令に特別の定めがないかぎり、権利義務の主体たりえないから、国家賠償法にもとづく本件損害賠償の請求について、国の行政機関である法務大臣を被告とした訴えは、不適法である。

四  以上のとおり本件訴えはいずれも不適法であり、その欠缺を補正することができないので、民事訴訟法二〇二条により右訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 緒方節郎 裁判官 佐藤繁 藤井勲)

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