東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)156号 判決 1968年12月20日
原告 ザ・チヱース・マンハッタン・バンク
被告 東京都地方労働委員会
補助参加人 チヱース・マンハッタン銀行府中支店従業員組合 外七名
主文
(一)、原告の本件訴を、いずれも却下する。
(二)、訴訟費用は、参加によつて生じた分を含めて、全部原告の負担とする。
申 立
原告の求めた裁判
一、第一次の請求
(一)、補助参加人八名を申立人・原告銀行を被申立人とする都労委昭和三九年(不)第一四号不当労働行為申立事件について、被告委員会が、昭和四一年一一月二二日付をもつてした命令の無効であることを確認する。
(二)、訴訟費用は、被告の負担とする。
二、第二次の請求
(一)、右昭和三九年(不)第一四号事件について、被告委員会が、昭和四一年一一月二二日付をもつてした救済命令中、主文第一・二項を取り消す。
(二)、訴訟費用は、被告の負担とする。
被告の求めた裁判
一、訴訟要件に関し
(一)、原告の本件訴を、いずれも却下する。
(二)、訴訟費用は、原告の負担とする。
二、本案について
(一)、原告の請求を、いずれも棄却する。
(二)、訴訟費用は、原告の負担とする。
主 張
被告委員会の本案前の抗弁
原告銀行の代表者として本件訴を提起したヂヱイムス・ヱイ・ジヱイコブソン(以下「ジヱイコブソン」という。)は、我が民事訴訟法上、原告銀行を代表して訴訟を遂行する資格を持たないものであるから、本件訴は、訴訟遂行権のない者が提起した不適法なものであつて、却下を免れない。
原告銀行の答弁
ジヱイコブソンは、アメリカ法上、取締役会の決議により原告銀行を代表して本件訴を提起できる権限を有するものであるから、日本法においても、裁判上原告銀行を代表して本件訴訟を遂行する機能を有するものであつて、本件訴の提起は適法なものである。
原告銀行が主張する請求原因
一、被告の補助参加人八名を申立人・原告銀行を被申立人とする都労委昭和三九年(不)第一四号不当労働行為救済申立事件について、被告委員会は、昭和四一年一一月二二日別紙命令書主文第一・二項記載のとおり、申立人等の救済申立の一部を認容する旨の命令を発し、その命令書は、同年一二月六日原告銀行に交付された。
二、しかしながら、被告委員会の右命令は、我が国の行政権の及ばない米軍基地内における外国法人に対して向けられている点において、違法無効のものである。
三、仮りに、前項の主張が認められないとしても、
(1)、レオ・ヱス・マーテイヌツジ・ジユニア(以下「マーテイヌツジ」という。)は、原告銀行の日本における営業所の代表者として登記を受けているものであるが、被告委員会の命令書には、このマーテイヌツジの名が原告銀行を代表する者として掲げられている。
(2)、マーテイヌツジは、原告銀行の日本における商業部門の代表者ではあるけれども、我が国に設置されている米軍基地内に原告銀行が設けている軍用銀行施設(Military Banking Facility以下「M・B・F」という。)に関しては、何等業務執行の権限も代表の権限も有するものではない。
(3)、被告の補助参加人の一人である川崎丈司は、米軍立川基地内にあるM・B・Fに雇傭されていた従業員であつたが、昭和三八年八月二七日M・B・Fの代表者であるキユールによつて解雇されたものであり、本件救済命令は、右川崎の解雇が不当労働行為に該当するとするものであつた。
(4)、従つて、被告委員会の救済手続は、M・B・Fの代表者をもつて原告銀行を代表するものとすべきであつたにも拘らず、M・B・Fに関して何等の権限も持たない商業部門の代表者であるマーテイヌツジを、原告銀行の代表者であるとした点において、重大明白な違法があり、本件救済命令は当然無効のものといわなければならない。
四、万一、本件救済命令が当然無効のものではないとしても、次の違法があつて取り消さるべきである。
(1)、被告委員会は、その審問手続において、M・B・Fが米軍基地内の施設として準戦時態勢下にある米軍との直接の関係から生ずる労働関係の特殊性に関する立証を、原告銀行に十分尽させないで、しかも、原告銀行側の証拠を不当に排斥した上、申立人側の証言のみを不当に採用した違法がある。
(2)、労働組合法において保護しようとするものは、正当な組合活動のみに限られるものであるところ、本件で問題となつている被告の補助参加人川崎の行為は、在日米軍の規則に違反するものであつて正当な組合活動ではないにも拘らず、これに救済を与えた被告委員会の行政処分は違法なものであるから、取り消すべきである。
五、よつて、原告銀行は、本件救済命令が当然無効であることの確認を求めるものであるが、仮りに無効なものでないとしても、予備的にその取消を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。
被告委員会の答弁
一、原告銀行の主張する請求原因第一項の事実は、認める。
二、同第二項は争う。
三、(1)、同第三項(1)の事実は、認める。
(2)、同(2)の内、マーテイヌツジが原告会社の日本における商業部門の代表者であることは、認めるが、その余の事実は、否認する。
マーテイヌツジとしては、M・B・Fに関する事項についても、原告銀行を代表して被告委員会における審問手続を遂行する権能を有していたものであり、この点被告委員会の命令中で判断したとおりである。
(3)、同(3)の事実は、認める。
(4)、同(4)の主張は争う。
四、同第四項の事実は、全部否認する。
五、同第五項は、争う。
証拠<省略>
訴の取下
原告銀行は、本件訴を取り下げ、被告委員会は、その取下に同意したけれども、被告の補助参加人等八名は、その取下に同意しない。
判 断
先ず、本件訴が、原告の取下によつて終了したかどうかについて検討する。
被告委員会のした本件救済命令は、いわゆる行政庁のした行政処分であるから、その無効確認ないし取消の訴訟については、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)の適用があり、同法第二二条によれば、第三者を訴訟に参加させた場合には、民事訴訟法(以下「民訴法」という。)第六二条が準用される結果、被告と補助参加人とは必要的共同訴訟の関係に立つこととなる。従つて、同法第二三六条の規定により、本案について、準備書面が提出され、準備手続で申述がなされ、或いは口頭弁論が行われた場合には、被告の同意のみならず、補助参加人の同意を必要とし、そのいずれか一方の同意がない限り、原告は有効に訴の取下をなし得ないものといわなければならない。しかしながら、学説上、被告が本案前の抗弁を提出して訴却下を求めている場合には、たとえ本案について、準備書面等を提出し、弁論を行つたりしているときでも、訴の取下について相手方の同意を必要としないとするものがあり、原告銀行も、本案前の抗弁の提出されている本件では、訴の取下について相手方の同意を必要としない。と主張する。
本件において、被告委員会は、昭和四二年一月三一日付の答弁書を同月二五日当裁判所に提出したものであるが、その中には、原告銀行の訴状記載の請求原因事実に対する具体的な認否がなされているのであるから、この答弁書が民訴法第二三六条にいう本案に関する準備書面に該当することは明らかである。補助参加人等八名は、同年二月一五日参加の申出をすると同時に答弁書を提出し、その中では、本件訴が訴訟要件を欠くものであると主張して訴却下を求めるに止まつた。ところが、被告委員会は、同年三月三〇日再び答弁書を提出し、本案前の抗弁を提出して訴却下の判決を求めるに至つた。従つて、右の学説に従う限り、本件訴は、原告の取下によつて終了したものといわざるを得ないことになる。
しかしながら、訴の取下に被告の同意を要求するのは、本案について、原告の主張を争う準備書面を提出したり等すれば、本案の権利ないし法律関係の存否につき積極的に争う姿勢を示したことになり、被告には、その訴訟を機会に紛争を最終的に解決してもらう利益が発生したと見得るからである。この場合、訴訟要件の欠缺を主張して訴の却下を求めているときは、未だ確定的に本案の陳述をしていないとか、訴取下に対する同意権の放棄があつたとかするのは、一種の擬制であつて、にわかに賛同することができない。若し、本案前の抗弁が出ておらないが、訴訟要件の欠缺がある場合に訴を取り下げるには、被告の同意を必要とするけれども、たまたま本案前の抗弁が出ているときは被告の同意を必要としないとするのは、いかにもおかしな結論であり、殊に本案前の抗弁は出されてはいるものの、訴訟要件は全部具備されている場合のことを考慮すると、それでもなお、訴の取下に被告の同意を必要としないとするのは極めて疑問であるといわなければならない。我が民訴法第二三六条は、本案前の抗弁が提出された場合を除外せず、いやしくも本案に関する準備書面の提出さえあれば、取下に対する同意権を付与するものであつて、必ずしも、これを陳述することを要しないのである。特に、原告の本案に関する主張事実を争う準備書面を提出してこれを口頭弁論期日において陳述した後になつてから、訴の不適法却下の申立をして来た場合のことを考えれば、一旦発生した同意権が如何なる理由で消滅し、一度なされた本案の陳述が何故に陳述がなされなかつたことになるのか判然としない。又、さんざん本案についての証拠調をした後になつて訴を取り下げた場合、たまたま訴の不適法却下を求める本案前の抗弁が出されていたからという理由によつて、相手方の同意を必要としないとすることの不当性は明らかであろう。訴訟の実際において、本案前の抗弁が提出されても、それが認容される事例は案外少く、本案前の抗弁を提出する側でも、これに固執するものはそれ程多くないのである。本案前の抗弁と本案についての陳述をしている場合、被告は、とにかく訴訟に勝つことを求めているのであつて、勝利の理由が本案前の抗弁によるものであるか、或いは又、本案に関する主張に基くものであるかに余り拘泥しないのが普通である。特に本案前の抗弁が、訴の利益の有無等のように、本案の判断と極めて密接に結びついている場合などはなおさらである。
とすると、本案前の抗弁を、本案の準備書面等の前に提出したか、又は後で提出したか、或いは同時に提出したかは必ずしも重要ではなく、本案前の抗弁が出ていても、本案について準備書面の提出等があれば、被告はなお、権利ないし法律関係の存否について裁判所から最終的な判断をしてもらう利益を失つていないものと解するのが相当である。
しかも、本件においては、ジエイコブソンの訴訟遂行権の存否については、いずれとも速断できない困難な問題があつたのであるが、当裁判所は、昭和四二年八月一七日の第二回口頭弁論期日において、原告銀行の社長であるデイビツト・ロツク・フエラー(以下「ロツクフエラー」という。ロツクフエラーが原告銀行の社長であることは、登記簿上は明らかでないが、弁論の全趣旨によつて認める。)ないし日本における営業所の代表者である前記マーテイヌツジいずれかの訴訟委任状を追完することを前提として、ジエイコブソンの訴訟遂行権を一応棚上げし、本案の実質的審理に入ることについて関係訴訟代理人の了解を得た上で審理を進め、原告において同月一二日付の準備書面の陳述があり、同年九月五日の第三回口頭弁論期日では、本件を合議体に移し、ロツクフエラーの訴訟委任状が提出される予定の下に、裁判所から本案についての主張立証を促したので、同月二三日の第四回口頭弁論期日には、原告より、同日付の準備書面の陳述がなされると共に、三名の証人申請並びに甲各号証全部の提出もなされるに至つた。その後裁判所の和解勧告によつて、何回か和解の期日が持たれたが、結局昭和四三年七月二九日和解を打ち切り、原告は、同年九月六日本件訴の取下書を提出し、ロツクフエラー又はマーテイヌツジの訴訟委任状を出す意思のないことを明らかにした。被告委員会は、同月一〇日訴の取下に同意したが、補助参加人等八名は、同月九日同意を拒絶している。そうすると、参加によつて必要的共同訴訟人の地位を獲得している補助参加人等も、本案について積極的に争う姿勢を示しているのであるから、本案について確定的な陳述をしていないとか、訴取下に対する同意権を放棄しているとか云うことはできず、なお、本案の紛争について最終的に解決してもらうべき利益を有しているものと解しなければならない。唯補助参加人等自身訴の不適法なものであることを認めている訴訟を飽くまで維持して、原告の訴の取下を妨害するのは許されないのではないかとの疑問が生ずるけれども、もともと原告の取下が、訴訟要件の欠缺を理由とするものか、請求が理由のないことを自認した結果に基くものか、或いはその他の理由によるものか判然しないし、又その理由を調査すべきものでもないと共に、相手方の本案前の抗弁が、訴訟要件の欠缺を確信した上で提出されたものであるか、それとも一応念のために提出されたものであるかを詮索すべき性質のものでもないのである。裁判所は、いやしくも相手方に本案の紛争について最終的に解決すべき利益があると解する以上、訴が取下によつて終了したものとして取り扱うべきではなく、訴訟が有効に繋属しているものとして、一般の場合と同様本案についての請求が理由があるかどうかは勿論、本案前の訴訟要件の欠缺に関しても審理をなすべき義務を負担しているものであり、若し、追完できないと認められる訴訟要件の欠缺がある場合には、当然に訴却下の訴訟判決をなすべきものであるが、相手方が訴訟要件の欠缺を理由とする本案前の抗弁を提出しながら、原告の訴の取下に同意しないことと、裁判所が訴訟要件の欠缺を認めて訴却下の訴訟判決をすることとは、直接の関係は何もない。
とすると、必要的共同訴訟人の一人である補助参加人等にとつて、本案の紛争について最終的に解決してもらうべき利益を有していると認められる本件においては、同意を与えた被告委員会に対する関係でも、訴取下の効果は発生せず、本件訴訟はなお有効に繋属しているといわなければならない。原告銀行は、訴が取下によつて終了した旨を宣言する判決を求めているけれども、右のように訴取下の効果が発生していない以上、訴終了宣言の判決をすることはできないが、その点理由中にその旨を明らかにすれば足り、あらためて主文中に訴が終了していない旨の宣言をしないこととする。
そこで、進んで訴訟要件の欠缺の有無について判断する。
一件記録によれば、「原告銀行は、肩書地に本店を有し、我が国においても東京及び大阪に営業所を有するアメリカ合衆国法に基いて設立された株式会社で、その目的は銀行業及び信託業等を営むにあつて、ロツクフエラーがいわゆる社長の地位にあり、日本における営業所の代表者は昭和四〇年六月一六日以降マーテイヌツジとなつていてその登記がなされている。本件で問題となつたジエイコブソンは、原告銀行の国際関係の業務を担当する部門の中で、アジア・オセアニア・中央アジア等に関する仕事を全般的に監督している第二副社長といわれるものに該当するが、弁護士ないしは原告銀行の取締役ではなく、いわば我が国における商業使用人に類するものである。原告銀行においては、取締役会の決議により、第二副社長もその担当の業務に関する紛争について、一般的に原告銀行を代理して訴訟を担当し、訴訟代理人を選任できる権限が付与されている。」と認めることができ、この認定に反する資料はない。とすると、本件補助参加人川崎の解雇に伴う被告委員会の救済命令に対し、その命令取消の行政訴訟手続を提起し、これを遂行し、訴訟代理人としての弁護士を選任する権限は、アメリカ法上は、一応ジエイコブソンの権限に属しているのではないかと窺うことができるのである。
ところで、本件は、日本に営業所ないし施設を有する外国会社に対し、我が国の労働委員会が我が国の労働組合法に基いて不当労働行為の救済命令を発したことに対し、我が国の裁判所に右救済命令の取消訴訟を提起した案件であるから、当然に日本の裁判所にその裁判権があつて、当裁判所にその裁判管轄権のあることは明らかであり、その訴訟手続については、我が行訴法や民訴法及びその準用する我が民法商法等の適用のあることも又多言を要しない。従つて、我が法上、ジエイコブソンが原告銀行を代理して訴訟を遂行したり、弁護士の訴訟代理人を選任したりする権能を有するとするには、簡単に割り切れない問題がある。
我が民法は、外国法人である外国の商事会社は、我が国の領土内においても権利能力を有するものであることを一般的に認許し、日本国とアメリカ合衆国との間の友好通商航海条約も、一方の締約国の会社が他方の締約国の領土内で裁判上も裁判外においても内国民待遇を与えられるものである旨を明定している。原告銀行がアメリカ合衆国法に準拠して設立されている株式会社で、銀行業信託業等を営んでいるものであることは、前判示のとおりであるから、我が民法にいわゆる商事会社に該当するものであり、我が国においてもこれを認許し、これに対して我が国における商事会社と同等の内国民待遇を与えるべきものであることは、多言を要しない。
「我が民訴法上、外国人の当事者能力ないし訴訟能力についても民訴法第四五条の適用があり、同条にいうその他の法令中には、我が国の法律である法例も包含されるので、法例第三条第一項によつて、外国人の権利能力ないし行為能力はその本国の実体法によつて定まるけれども、外国人を日本人よりも特別に厚く遇する必要はないので、外国人がその本国法上訴訟能力を有しない場合でも、日本の法律によると訴訟能力を有する場合には、我が民訴法第五一条によつて訴訟能力を有するものと看做されるのであり、この理は、外国の自然人のみならず外国の法人に対してもあてはまる。」とする考え方が存在する。
しかしながら、当事者能力ないし訴訟能力は、訴訟法上誰に当事者能力を与え、誰に訴訟能力を与えないかという訴訟手続に関する問題であつて、必ずしも権利能力ないし行為能力と一致するものではない。或る国の裁判所が誰に当事者能力ないし訴訟能力を付与するかは実体法上の問題ではなくて純然たる訴訟法上の問題に属する。従つて、或る国の法律が、訴訟手続上法人を含めて如何なる外国人に当事者能力ないし訴訟能力を付与するかということは、直接には国際私法に関する問題ではなく、いわば国際民事訴訟法上の問題であるということができるのである。我が民訴法が、その第四五条において民法その他の法令に従う旨を定め、当事者能力ないし訴訟能力について実体法による補完を許している場合(例えば、商法三八条一項、七八条一項、二六一条三項、四七九条四項等)には、その実体法は、実質的な意味における手続法としての民訴法を構成しているものに外ならず、民訴法第四六条第四七条等と共に実体法が当事者能力ないし訴訟能力の範囲を画定補完することに寄与することになるのである。
ところで、我が民訴法第四五条は、日本人の当事者能力ないし訴訟能力について、日本の民法商法その他の実体法が民訴法の規定を補充することを定めたに過ぎないものであつて、外国人についてこれを定めたものではないと解する。けだし、法例第三条第一項は、未成年者の財産的法律行為における行為能力についてのみ適用があるに過ぎないと解する余地がある以上、又、或る国において、或る種の法律行為をするについては行為能力を有するが、その行為に関する訴訟については訴訟能力を有しないとされる場合があり、逆に、行為無能力者でも或る種の訴訟事件については訴訟能力を有するとされる場合もあると共に、我が国においては、実体法上の権利能力ないし行為能力をもつて訴訟法上の当事者能力ないし訴訟能力とすることを原則としているけれども、他に多くの例外が存在するものである以上、外国人の当事者能力ないし訴訟能力については、すべて我が民訴法第四五条法例第三条第一項によつてまかなわれるとする考え方に立つと、右法例によつてその適用が決定される外国法は実体法ということにならざるを得ないこととなるから、右法例のみによつては賄いきれない多くの場合があることを容易に発見し得るのであると共に、結果的には法例第三条第二項と民訴法第五一条とは全く重複することとなるのである。のみならず、右の考え方を固執すると、右のように各国の法制に従えば、権利能力と当事者能力、行為能力と訴訟能力の各分離を否定することができないので、我が国の裁判所に外国人を当事者とする訴訟が提起された場合に、当事者の当事者能力ないし訴訟能力を本国法上の権利能力ないし行為能力のみによつて決定しようとすると、勢い奇妙な結果の発生を承認せざるを得ない事態も生じてくる。従つてこの点別の観点から考察する必要がある。
元来、訴訟手続に関しては、外国人に対する関係においても、その国の公益的な要請・法律制度・その他いろいろな理由に基いて当該国の公法上の法律として、その国が自己の権限に基いて自由に制定することのできる性質のものである。ただ、国際間の交通・文化・政治・経済の交流発展に伴い、訴訟上は、原則として外国人も内国人と同様に取り扱うのが国際礼儀上或いは人道上必然的な要請となつてくるものというべきである。我が民訴法第五一条は、外国人の当事者能力ないし訴訟能力については、国々によつて法律制度の違いがあるため、一応その外国人の属する本国の訴訟法の適用があることを当然の前提としたものであり、その前提に立つた上で、外国人も内国人も平等に取り扱うべきであるという理由から、本国訴訟法適用の結果、外国人を厚遇することによつて日本人を冷遇することにならないよう、外国人がその本国訴訟法上訴訟無能力者である場合でも、日本の法律によれば訴訟能力者であると認められるときは、その本国訴訟法の適用を排除して日本法によつて訴訟能力者として取り扱うことにしたものであるということができる(勿論、右の場合に本国の訴訟法がその国の実体法によつて補完されるのを拒否するものではないであろう。)。さらに、内外人平等の原則を押し進めると、外国人を冷遇することによつて日本人を著しく厚遇すべきではないとする原則も生じ、日本法上訴訟能力を認め難いときに、本国法上訴訟能力があるという理由から外国人を訴訟能力者であると見ると、場合によつては、外国人に不当な不利益を与えることも生ずると共に、日本法上訴訟無能力者であるが、本国法上訴訟能力を有するとされる場合、これを日本法上も訴訟能力があるとして取り扱うと、右とは逆に、外国人を不当に保護し、日本人を不利益に遇するという結果の発生を承認せざるを得ない場合がある。例えば、日本人が外国法人を被告として日本の裁判所に訴を提起する場合、本国法上その法人の訴訟を担当する者を調査する必要があるということになれば、実際上外国法人を相手として訴を提起することは殆んど不可能に近くなるであろうからである。
以上の結論として、外国人の当事者能力ないし訴訟能力などの訴訟手続に関する事項に対しては、我が民訴法第四五条法例第三条第一項を適用経由する必要はなく、民訴法第五一条によつて直接当該外国人の属する本国の訴訟法が適用されるべきものであるが、外国訴訟法を適用した結果生じた不都合な点に関しては、我が民訴法第五一条その他の我が国の法律によつて是正するのが相当であるといわなければならない。
そうすると、原告銀行がアメリカ合衆国法に準拠して設立された外国商事会社であることは前判示のとおりであるから、第一審の裁判所に訴を提起する場合には、その本国の訴訟法であるアメリカ合衆国連邦地方裁判所民事訴訟規則の適用があるというべきであり、同規則上原告会社に対して当事者能力及び訴訟能力が付与されているかどうかが先ず問題となるところ、同規則第一七条によれば、「法人が訴え又は訴えられることができる能力は、その法人の設立の準拠法による。」旨規定されており、必ずしも、同規則上当事者能力の概念と訴訟能力の概念との区別が判然としている訳ではないけれども、右の規定によつて、訴訟能力を含めた当事者能力が、その設立の準拠法及びアメリカの一般法であるいわゆるコモンローによつて補完されているものと見るのが妥当である。しかして、原告銀行の設立準拠法がアメリカ合衆国の法律である全国銀行法であることは、全国銀行法の規定自体並びにその提出した準備書面並びに記録添付の登記簿謄本等によつてこれを認めるに充分である。そして、全国銀行法第二四条四項の規定により、全国銀行法によつて設立されている銀行も又自然人と全く同様に全ての裁判所に訴え又は訴えられることができることになつているのであるから、原告銀行が本国法上当事者能力を有していることは明らかである。
アメリカ合衆国においては、一般的に、会社の通常の経営管理並びに業務の執行に関する権限は、あげて取締役会に属するとするのが、コモンロー上確立された法原則となつており、取締役会は、右権限を主たる執行役員その他の役員に授権することができることになつているところ、全国銀行法第二四条五項によると、銀行は、取締役を選任又は任命するものとし、取締役会は社長・副社長・会計役その他の役員を任命することができることとなつているから原告銀行の取締役会から授権を受けた社長・副社長・会計役・秘書役・その他の役員に会社の業務を執行する権限があり、業務執行権を与えられた役員は、内部的にも外部的にも会社を代表代理して会社のために行動することができるのであつて、その業務執行の必要上、取締役会の授権があれば、裁判上会社を代表代理して自ら訴訟行為を行い、或いは訴訟代理人として弁護士を依頼することもできるものとされているのである。従つて、原告銀行は、アメリカ法上裁判上の権能を含めて業務執行の権限を与えられた役員によつて、その権限に属するとされた事項に関して訴訟行為をなす能力即ち訴訟能力を有しているものというべきである。
しかして、役員とは、前述の社長・副社長・会計役の外、総支配人・秘書役・その他の者を汎称し、これらは、定款や業務規定ないし取締役会の決議によつて任命されるものであるが、役員は必ずしも取締役であることを要せず、誰を役員に選任し、如何なる役員が如何なる業務執行権を有するかは、取締役会の決議ないし定款・業務規定等によつて自由に定めることのできるのが通例であつて、いわゆる下級の商業使用人が役員に選任されることがあると共に、常に役員全部が会社を代表代理して訴訟行為をなし得るとは限らず、どの役員に対して訴訟行為を行う権限を与え、又はこれを与えないかも、取締役会において自由に定め得るものであることが、コモンロー上確立された原則であるとされている。このようであるから、社長の権限も一定しているものではなく、取締役会の決議ないし定款・業務規定等の内容如何によつて様々であり、或る場合には、社長は、単なる飾物に過ぎず、業務を執行する権限を持たないこともあるけれども、一般的には、主たる業務執行の役員として、当該会社の事業全般に対する統括的監督支配の権能を有するのが通例であり、そのため、社長は、原則として、会社に関する全ての訴訟を担当する権限を持ち、当然に弁護士を選任するなどして訴訟を指揮遂行することもできるとされているのである。又、総支配人は、その会社の業務に関して、恒常的な普通の取引をする権限を有するのが一般であり、或るときは、社長よりも重要な業務執行の役員である場合がしばしばあつて、特に制約を受けない限り、その権能はその営業全般に及び、当該業務を執行し・監督し・指揮する権限はまことに大きなものであり、従つて、会社と第三者間の業務に関する紛争を解決するため、会社を代表して訴訟を担当し、弁護士を依頼する権限を有するものであるとされている。右の社長や総支配人と対比して、副社長なる役員は、取締役会の決議ないし定款・業務規定等によつてその権限の範囲が定まるけれども、一般に、副社長の地位自体から、直ちに会社を代表又は代理して業務の執行をなし得る権限があるというものではなく、業務の執行権が与えられる事例はそれ程多くないのであつて、殊に、会社を代表又は代理して訴訟を担当し、弁護士を選任してその訴訟についての指揮監督を行うには、取締役会において特別の授権が必要であるとされているのである。
本件において、ジエイコブソンは、第二副社長の地位にあるが、取締役でないことは前記のとおりであるところ、ニユヨーク州公証人ダンテ・ヘリネリの認証のある原告会社副社長兼秘書役ビー・エイチ・ウオーカーの証明書(昭和四二年六月二十一日受付)によれば、原告銀行は、取締役会の決議によつて、第二副社長が、アメリカ合衆国内においては勿論外国においても、民事訴訟・争訟的行政・行政訴訟等のあらゆる手続において原告銀行のために行為し・出頭し・代理すると共に、法律家や弁護士その他の代理人を選任する権能を有することとなつていることが認められるので、ジエイコブソンとしても、原告会社を代表ないし、代理して、我が国の裁判所に本件救済命令の取消を求める等の行政訴訟を提起したり、それについて弁護士を訴訟代理人として選任したりする権限が付与されているものというべきであるから、アメリカ法上は、ジエイコブソンを、本件訴訟における原告銀行のための訴訟遂行権者であると認めることができよう。
とすると、我が法上、ジエイコブソンが原告銀行を代表又は代理して我が国の裁判所における訴訟の遂行権を有するかということになる。
我が民訴法上、法人の法定代理に関する事項を含めて訴訟能力に関しては、民法その他の法令に従う旨規定されており(民訴法四五・五八)、株式会社に関する限りでは、取締役会において会社を代表すべき取締役を選任することを要し、その選任された代表取締役は住所氏名を会社登記簿に登記して一般に公示すると共に、代表取締役は、取締役会の授権を要せず、法律上当然に会社を代表して一切の裁判上裁判外の行為をすることのできる権限を有している(商法七八・一八八・二六一)けれども、その他の取締役や代理人等は、会社を代表又は代理して裁判上の行為をなし得ないのが原則である。ただ、例外として、支配人だけが、営業主(営業主が会社の場合は会社)に代つてその権限に属する営業に関して裁判上裁判外の行為をすることができるが、支配人についても登記簿上その登記をすることを要し、その登記がなければ、善意の第三者に対して支配人であることを対抗することができないのである(商法一二・三八・四〇)。そして、登記をした代表取締役ないし支配人は、自分の会社のために自ら訴訟を遂行し、又は遂行するために弁護士を訴訟代理人として選任することができるけれども、それ以外の取締役ないし商業使用人は、その担当する業務に関してすら、訴訟を追行し、又は弁護士を選任する等の権限を全く有しない。このことは、取締役会において特別の授権がなされた場合でさえ全く同様であつて、その授権すること自体が法律上許されていないのである。又、我が法上、法人の代表者と裁判上の行為をなし得る代理人とは判然と区別されており、法人の代表者は、常に法人を代表して訴訟を追行する権限を有しているけれども、裁判上の行為をなし得る代理人とは、法律上一定の範囲の業務に限つてこれを監督執行する機関であつて、必ず、法令によつて裁判上の行為を為し得る旨が明定されているものに限定される。即ち、前掲支配人の外、船舶管理人(商法七〇〇、これも登記を必要とする。)船長(商法七一三条)・各種協同組合の参事(中小企業等協同組合法四四、農業協同組合法四二、水産業協同組合法四六等、参事についても登記を要する。)がそれであり、特殊の法人(育英会・国有鉄道・電々公社・専売公社・住宅公団・道路公団・日本銀行・各種の金融公庫等)についての法律上の代理人がそれである。右の船舶管理人・船長・参事・代理人となつた者は、その業務に関して法律上当然に裁判上及び裁判外の行為をする権能を有するものであつて、別段特別の授権によつて訴訟追行権等が発生するものではないと同時に、その代理権に制限を加えることは原則として考えられず、制限を加えた場合でも、制限のあることをもつて善意の第三者に対抗できないのを本則とする。ただ、国及び地方公共団体の場合にだけ、裁判上の行為をする者は予め特定されておらず、その都度授権によつて訴訟遂行権が発生するに過ぎないのである。
のみならず、我が民訴法上、弁護士強制主義は採用していないけれども、地方裁判所以上の裁判所においては、裁判上の行為をなすことのできる任意代理人は弁護士に限定され、たとえ法人の総会や理事会、又は株主総会や取締役会の決議があつても、弁護士以外の者は、その法人の職員であつても訴訟遂行権が否定されるのである。我が法が弁護士以外に委任に基く訴訟追行権ないし訴訟代理権の発生を認めないのは、法律事務にうとい者が訴訟代理人となつた場合、訴訟手続の能率的な運営を望み得ないことが多いので、法律に精通した弁護士によつて無駄のない手続と充実した審理をしようと期待すると共に、三百代言のばつこを防止して、訴訟関係人の利益を保護しようと考えたからであるが、ジエイコブソンについて我が国の裁判所における訴訟遂行権を認めるとなると、右のような我が法の原理を否認し、結局は、弁護士以外の者を訴訟代理人として認め、ひいては三百代言のばつこを許すことにもなりかねないのである。
商法四七九条は、外国会社が、日本で継続して取引をしようとするときは、営業所を設けてその登記をすることを要求し、その営業所の登記は、我が国における同種の会社又は類似する会社の支店の登記と同様の登記をすることとなる外、日本における代表者を定めてその住所氏名をも登記することが必要とされる。その代表者は、本国におけるその会社自身の代表権を有するものであることも、当該会社の取締役であることも必要としないけれども、日本における代表者については、商法第七八条が準用されて、我が国において裁判上裁判外の行為をする権限を有するものとされる結果、我が民訴法上、当然に外国会社のため訴訟遂行権を有することになるのであつて、別に外国会社の定款・業務規定ないし取締役会の決議によつて、日本における代表者に日本の裁判所で外国会社のために訴訟を遂行することができる旨の特別授権を要しないものであり、その特別授権のないときでも、我が国においては訴訟遂行権があるとみなすべきであるから、我が国の国民が、外国会社の日本における代表者を訴訟担当者として外国会社を被告とする訴訟を提起した場合には、一応、適法な訴訟遂行権を有する者を相手方とした有効な訴提起であると見るべきである。ただ、外国会社が、取締役会ないし定款・業務規定等によつて、特別に日本における代表者の訴訟遂行権を制限し、しかも、訴提起者がその制限の事実を知つているような場合だけ、その訴の提起が不適法なものとなるに過ぎないといわなければならない。又、商法第七八条が外国会社の日本における代表者に準用されているが、若し、本国法を全面的に承認するとなると、あえて商法第四七九条や第七八条の規定を置く必要はないと解すべきところ、このような規定を定めたのは、我が国民の利益を保護すると共に、それが外国会社にとつても便利であるとの考慮に基くものと考えられる。そうすると、日本における代表者以外の者が、無制限に外国会社を代表又は代理して、裁判上裁判外の行為をすることを承認するのではなく、日本法と同じ範囲内でこれを承認する外は、例外的に、外国会社の日本における代表者に対して訴訟遂行権を承認したに過ぎない趣旨であると解するのが相当である(日本における代表者の地位は、日本法上の支配人のそれと近似している。)。
若し、我が国民が外国会社に対する訴を提起する際に、その外国会社の本国法上誰が正当に会社を代表又は代理して訴訟を遂行する権能を有するものであるかを調査確定することが要求されるとするならば、もはや原告に対して訴権を否定するに近く、原告が一私人であるような場合には、訴の提起自体が殆んど不可能となるであろう。やはり、我が民訴法上は、日本における代表者ないし日本法にいわゆる代表取締役に相当すると解される本国における社長を訴訟担当者であるとして訴が提起されているものであれば十分であり、後日、その者に本国法上訴訟遂行権がないと判明した場合でも、その訴は訴訟要件を欠く不適法なものであるとして却下すべきものではないというべきである。右とは反対に、本国法上は訴訟遂行権があるとされている第二副社長を訴訟担当者として、外国会社が日本の裁判所に訴を提起して来た場合であつても、我が法上は、正当な訴訟遂行権のある者のした訴であると見るのは相当でない。殊に、その第二副社長に与えられた訴訟遂行権が第一審限りのものであつて、第二審については他の者が訴訟を担当するようなときは、相手方は、控訴を提起するについて外国会社の訴訟担当者が誰であるかを調査する必要も生ずると共に、我が国の裁判所も又、訴訟遂行権者が誰であるかを探すことに疲れ果ててしまうであろう。やはり、法人に関する代表者ないし訴訟担当者を法律上画一的に定めることを前提とする我が法上は、如何なる者に対して訴訟遂行権を与えるかはその会社が自由に定めることのできるものとするアメリカ法の立場は、到底承認することができないと解すべきである。特に、原告銀行のように、副社長といわれる地位にある者が、数百人に昇るとされる場合はなおさらであろう。
以上の結論として、法人を含めた外国人の或る国の裁判所における当事者能力ないし訴訟能力(会社等の訴訟遂行権者を含めて)については、司法の制度・目的・政策・行政・その他法廷地である国の公序に関係することが極めて大きいから、原則として法廷地である国が、外国とは無関係に自由に定めることのできる分野に属するものであつて、必ずしも、国際私法の支配する領域に属するものでないことは多言を要しないけれども、我が国法は、内外人平等の原則を当然の前提としており、その立場から、民訴法第五一条は外国人の当事者能力ないし訴訟能力について、その外国人の本国訴訟法によることを原則とすると共に、本国法によるスクリーンを経由した者についても、再び我が民訴法等による投影を要求し、本国法適用の結果訴訟無能力者であつても我が法上訴訟能力を有する者は、これを訴訟能力者とみなしたのであり、反対に、本国法上訴訟能力者ないし訴訟遂行権者であつても、我が法上、訴訟能力者ないし訴訟遂行権者として見ることが、我が国の法原則を乱し、公の秩序に反するような場合には、訴訟無能力者ないし訴訟遂行権のない者として取り扱うのが相当である。
本件において、ジエイコブソンは、原告銀行の取締役会において訴訟遂行権を付与された弁護士でない任意の訴訟遂行権者であるから、これに原告銀行を代表又は代理して本件救済命令の取消請求の訴訟を適法に当裁判所に提起する権限を有すると認めることは、法定の訴訟担当者以外には、弁護士でなければ任意の訴訟担当を認めない我が民訴法の原則を乱し、引いては我が国法の定めた公の秩序に反する結果ともなるので、到底ジエイコブソンの本件訴訟遂行権を承認することはできず、我が法上、本件訴訟を担当し得る者は、日本における代表者であるマーテイヌツジか、或いは本国における社長であるロツクフエラーかのいずれかであるといわなければならない。
とすると、その余の争点について審理判断を加えるまでもなく、ジエイコブソンに訴訟遂行権のあることを前提として、同人が弁護士石川泰三に委任して提起した本件訴は、訴訟の要件を欠く不適法なものであつて却下を免れない。なお、当裁判所は、原告銀行の代理人に対して、再三に亘つて訴訟遂行権者を日本における代表者であるマーテイヌツジないしは社長であるロツクフエラーに変更するよう勧告したけれども、原告銀行の代理人は、この勧告に応ずる意思のないことを明らかにしたのであるから、この点に関して補正命令を発するまでもなく、訴却下の判決をすることとした。
よつて、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条・民事訴訟法第八九条第九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西山要 吉永順作 瀬戸正義)
(別紙)
命令書
(東京地労委昭和三九年(不)第一四号 昭和四一年一一月二二日 命令)
申立人 チェースマンハッタン銀行府中支店従業員組合外七名
被申立人 ザ・チェース・マンハッタン・バンク
主文
一 被申立人は、申立人川崎丈司を解雇以前の原職に復帰させ、かつ、解雇の日の翌日から原職に復帰するまでの間に同人が受けるはずであつた給与相当額を支払わなければならない。
二 被申立人の日本における代表者レオ・エス・マーテイヌツジ・ジユニアは、(ア)被申立人の本店及び被申立人が日本国内における米軍基地に設けている軍用銀行施設の代表者に対し、速やかに本命令書全文の英訳を送付し、(イ)かつ当委員会に上記英訳文の写を添えて各到達日を報告しなければならない。
三 その余の申立を棄却する。
理由
第一認定した事実
一 当事者等
(1) 申立人組合は、被申立人ザ・チエース・マンハツタン・バンクに雇用され被申立人が日本国内における米軍基地内に設けている軍用銀行施設(以下「MBF」という。)で勤務している日本人従業員が組織した労働組合であつて、何れも結成と同時に外国銀行従業員組合連合(以下「外銀連」という。)に加盟している。申立人組合の結成時期及び現在の組合員数並びに略称は次のとおりである。
組合員
略称
結成年月日
組合員数
府中支店従業員組合
府中従組
昭和三六年一一月二八日
三九
立川支店〃
立川〃
〃三六年一二月四日
二八
ワシントンハイツ支店〃
ワシントンハイツ〃
〃三七年二月二日
一三
横田支店〃
横田〃
〃三七年三月一四日
一三
グランドハイツ支店〃
グランドハイツ〃
〃三七年四月一一日
九
横須賀支店〃
横須賀〃
〃三七年一一月七日
二七
板付支店〃
板付〃
〃三七年一月一六日
一二
(2) 申立人川崎丈司は、昭和二九年三月九日、被申立人ザ・チエース・マンハツタン・バンクの日本における商業支店の一つである東京支店に入社し、三二年三月一七日、立川基地内にあるMBFに転勤し、後記のように三八年八月二七日解雇された。
なお、同人は、三六年一二月四日立川従組結成に当つてその中心となつて活動し、以来(昭和三九年五月から一年間を除き)組合執行委員を歴任し、解雇当時は当番執行委員であつた。またその間、団体交渉の主要な構成員でもあり、さらに組合の教宣活動の面でも顕著な役割を果すなど、活発な組合活動を行なつていた。
(3) 被申立人ザ・チエース・マンハツタン・バンクは、肩書地に本店を、日本国内においては、一般銀行業務を行うための商業銀行として東京支店及び大阪支店を設け、さらに「日米安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下「日米行政協定」という。)第二〇条第二項によつて、日本国内における米軍基地である府中、立川、関東村、横田、グランドハイツ、横須賀及び板付において軍票管理を行なうためアメリカ合衆国の指定を受けてMBFを設けており、これらのMBFは「立川支店」とか「府中支店」とか呼ばれている。
(4) 被申立人の商業登記簿には、日本における営業所として東京支店及び大阪支店が、日本における代表者としてレオ・エス・マーテイヌツジ・ジユニアの名が登記されているが、前記のMBFたる「支店」の登記は存しない。また、MBFのマネジヤーとして軍属たるジヨン・W・キユーエルがいる。
二 MBF内における外銀連の文書の掲示禁止について
(1) 米軍施設内における労働組合の文書の掲示については、在日米軍規則四〇―一(在日米軍施設及び区域内における現地国籍従業員労働組合或は他の現地国籍従業員団体と在日米軍との関係)の中に「組合の通知物の配布は米軍施設内では禁止され、かつそれらを掲示板に掲示するには許可を要する」旨の規定があり、申立人組合はそれぞれの結成の直後における交渉に際して、キユールからこの規則のあることを知らされていた。しかし、右規則四〇―一は必ずしも厳格に適用されず、例えば申立人立川従組は、昭和三六年一二月四日結成と同時に、二階休憩室にある掲示板を使用し、それに貼りきれない場合には同室の壁面にも多くの要求書、支援団体からの祝電、激励文あるいは外銀連のビラ等を組合の自主的判断に基づき、軍からはもちろん、銀行からの許可をも受けないで貼つていた。そして翌三七年三月頃、スーパーバイザーのハツチヤーから「壁が汚れるから壁には貼らないで、休憩室の隣室へ通ずる現在使用していないドアに掲示するように」と注意され、これに従うこととし、さらに同年九月頃キユールから組合掲示板を壁面からドアの方へ移転し、さらに掲示板の上方に長さ約二米の桟を打ちつけ、掲示板に掲示しきれない時には、この桟を使用するよう指示を受けたので、それ以来同組合はこの指示に従つて掲示を行なつてきた。
(2) もつとも、銀行側から申立人組合の掲示板の使用について注意したこともあつた。(ア)昭和三七年九月頃、申立人立川従組がMBFのオーソライズド・シグネチヤー・ナンバー1の土方浩二の言動について抗議文書を掲示したことに対しキユールから土方に対する個人攻撃の文書を掲示してはならないとの通告書を受け、ついでこの抗議文書は銀行側の手により剥されたことがあり、(イ)また昭和三八年三月頃申立人立川従組が当時ジヨンソンMBFの長であつたクリガンの労務管理について抗議文書を掲示したのに対し銀行側から同様、個人攻撃にわたる文書だから掲示してはならないと注意されたことがあつた。(ウ)また申立人府中MBFでは銀行側と組合側とが同じ掲示板を使用していたため、たまたま銀行側の掲示した文書の上に組合の文書を貼つたり、または銀行側の貼つた文書の位置を移動したことがあり、同年六月一二日、キユールから銀行側の掲示は銀行側が除去するよう指示するまでは、元のまま掲示されていなければならず、また掲示板には銀行側又は米軍によつて許可された文書だけが掲示できる旨の注意書を渡された。(エ)次いでキユールは同月一九日申立人組合に対し、米軍又はキユールの許可のない掲示を禁止する旨を重ねて通告した。(オ)さらに同年八月二一日、キユールは申立人組合との間に人員整理の件その他について団体交渉を行なつていた席上、「経営者としては、MBFの従組は認めるが上部団体という外銀連は認めない。したがつて外銀連のビラは明二二日中に撤去されたい。」と発言し、翌二二日から二三日にかけて各MBFでは、銀行側の職制が外銀連のビラや、MBFの従組以外のビラなどを剥がし、これを組合に返してきた。
(3) 立川MBFでは、二二日午後四時三〇分頃、申立人川崎(当時当番執行委員)ほか一〇名位の従業員が二階休憩室に休んでいたところ同MBFマネジヤーのローズと前記土方が申立人川崎に向つて「キユールから外銀連の文書を撤去するようにといわれているから自分らがこれを撤去する、どれがそれかを教えてほしい。」といつたが、申立人川崎はこれを拒否した。しかし結局ローズの命により土方が外銀連のビラを掲示板から剥がし、その室の机の上において帰つた。そこで申立人川崎は休憩室にいた組合員と相談し、剥がされたビラを再び掲示した。翌二三日、ローズが申立人川崎のところにきて、「また貼つてあつたから剥がしたよ。」といつて外銀連のビラを置いていつた。
(4) そこで申立人組合では同日夜、被申立人銀行の関東地区に在る商業支店、MBFの組合で構成されている関東地区共闘会議を開き、このような銀行側の態度について協議し、外銀連はじめ地区労等の文書は、今後とも従来どおり必ず掲示することを確認した。
(5) MBFは二四日(土曜日)二五日(日曜日)が休日であり、申立人川崎は二六日(月曜日)出勤するとすぐ、銀行からチエースマンハツタン銀行東京支店従業員組合に宛てた質問状(同組合の大滝委員長が外銀連の執行委員長に就任したことは、就業規則に定める兼業禁止の規定に違反するのではないかという内容)と、これに対する反論を記載した外銀連の抗議文書とを従来から使用していた組合掲示板に掲示した。この掲示は二三日夜の共闘会議で確認された結論に従つてなされたのであつた。
(6) 申立人立川従組以外の申立人組合でも同じく二六日から二七日にかけて申立人川崎が掲示したと同じ外銀連の抗議文書を従前の取扱いに従つて掲示した。これに対して銀行側では、申立人組合の掲示した外銀連の文書を同日頃それぞれ職制をして撤去せしめた。
三 川崎の解雇
(1) 立川MBFでは、ローズが三八年八月二六日午後一時頃申立人川崎を呼んで「君がこのビラを貼つたことを見ている。キユールからビラの掲示については必ず許可を受けよといわれているにも拘らず許可なしに貼つたのであるから、すぐ撤去せよ。」といつた。申立人川崎はこれに抗議し、ローズとの間にやりとりがあつたが、結局申立人川崎は「この掲示は共闘会議の決定に従つて貼つたものであるから、私自身の判断で剥がすことは出来ない。今日中に執行委員会を開いて討議するから待つてほしい。」といい、ローズも一応これを了承して話し合いは終つた。
(2) そこで申立人川崎は、直ちに府中従組の執行委員に経過を伝え、同夜組合の機関にはかることを決め、土方を通じてローズにその旨を伝えて午後一時半頃自分の職場である窓口で業務についた。
(3) ところが午後二時頃、突然ローズが川崎の窓口に立つて「あなたが撤去しないなら私が撤去する。」といつて二階に上り、申立人川崎が朝貼つたビラを剥がしてしまつた。そしてローズは、再び申立人川崎の窓口に戻つてこのビラを同人に渡し、直ちに府中の人事課に出頭せよといつた。そこで申立人川崎は隣の窓口や立川基地内の他の営業所にいた執行委員などと、今後どうしたらよいか打合せをしていたところ、ローズは申立人川崎の窓口に「閉鎖」という木札をかけ、直ちに府中の人事課に出頭せよといつた。
(4) 申立人川崎は電話で府中にいる大森誠一人事課長に、ローズから人事課に行けといわれたが、一体何のためかを尋ねたが、大森から答える必要はない、直ちに出頭せよという返事しか得られなかつた。
(5) 申立人川崎は、午後六時頃府中の大森の下に出頭したところ、大森はローズから<ア>申立人川崎がキユールの指示を無視して組合のビラを掲示したこと、<イ>そのビラの撤去を求めたところこれを拒否したこと、<ウ>人事課に出頭せよと告げたのに速やかに従わなかつたとの報告を受けておりその事実について意見を求められた。
これに対し申立人川崎は「特に意見をいう必要はない。」と答えたところ、大森は「今の君の言葉からローズの報告が正しいというヒントを得た、君のこれらの行為は業務命令違反である、明二七日午後三時に人事課に出頭せよ。」といつた。
(6) 二七日大森は申立人川崎に対して<ア>同人の行為は就業規則第四条に違反している(マネジメントの指示に対する不服従)、<イ>過去三年間に勤務中、雑誌を読んでいたことがある、<ウ>出納業務に際して現金の過不足を生じた回数が他の出納員に比較して多い(勤務成績不良)、<エ>欠勤が多い(出勤成績不良)等の諸点をあげたうえ、即日解雇すると告げた。
第二判断
一 本委員会の管轄権について
被申立人は、日本の労働委員会はニユーヨークにある外国会社に対して行政命令を発する権限を有しないと主張する。
しかし、被申立人は日本国内に営業所を有しそこで就労する労働者を雇用し、その労働者が労働組合を結成している以上、被申立人とそれらの労働組合(すなわち申立人組合)との関係が、日本の労働法によつて規律されること、ひいて本委員会が申立人組合からの不当労働行為救済申立を審査し必要かつ適当と思料する命令を発する権限を有することは当然であり被申立人の主張は当らない。
二 本審査手続において被申立人を代表する者について
(1) 申立人は、本審査手続において被申立人を代表する者は、登記簿の記載という形式によつてきめられるべきものであり被申立人の商業登記簿にはレオ・エス・マーテイヌツジ・ジユニアが「日本における代表者」として表示されているから同人を被申立人代表者とすることは当然であると主張し、被申立人は本審問の対象たる事実はすべていわゆるMBFにおいて起きた事実のみであるが、マーテイヌツジは被申立人の商業銀行たる東京支店、大阪支店の業務につき代表権を有するにすぎず、MBFにおいて被申立人を代表する者は、そのマネジヤーであるキユールであるから、マーテイヌツジを代表者として申立られた本件申立は却下されるべきであると主張する。
(2) 被申立人の商業登記簿には申立人の指摘するとおり「日本における代表者」としてレオ・エス・マーテイヌツジ・ジユニアが表示されているけれども、同登記簿には日本における営業所として東京支店および大阪支店が掲げられているのみで、いわゆるMBFは全く掲げられていない。したがつて同人は被申立人が日本において開設している東京支店及び大阪支店の業務に関して被申立人を代表する資格を有するに止まり、この登記簿に表示されていない立川基地内等のMBFの業務に関して代表資格を当然に有すると解することはできない。
しかし翻つて、被申立人のいうようにMBFに関してはキユールのみが代表資格を有し、マーテイヌツジは本件審問において被申立人を代表する資格を全く有しないとも断定しきれない。けだし、
(ア)立川MBFなどを開設するに際しては東京支店に勤務していた従業員を配置転換したのであり、その後も引続き配転があり、その数は五一名に及んでいること(MBFから商業銀行への配転も二〇名を越えている)(甲二一号証)そして申立人川崎もまた前記認定のとおり東京支店に採用され、その後立川MBFに転任したものであること、(イ)MBFに勤務する者の採用も東京支店で決定していたこと、(ウ)昭和三四年一一月一六日、当時の東京支店長ダデイがMBFに勤務する者に対しても年末ボーナスの通知をしていること(甲六号証)、(エ)昭和三六年八月二八日、同じくダデイが昇給通知をしていること(甲七号証)、(オ)同年九月二六日、本店のヴアイスプレジデント、ジヤコブソンは、右ダデイの退職に伴つて日本における支店及び軍用銀行施設の管理を担当する者としてケリーが任命された旨を発表したこと(甲一〇号証)、(カ)同年一二月同じく東京支店長ケリーから同様昇給通知をしていること(甲四、一一号証)等に徴すれば、東京支店の代表者であるマーテイヌツジもまた本件審問に自ら出頭しまたは代理人をして出頭せしめ、答弁し主張し防御する権限を有すると同時に被申立人銀行のため本命令を受ける資格を有するものと解する。
(3) 申立人はMBFが被申立人の東京支店の運営に属するとも主張し、その根拠としてアメリカ空軍規則一七七―一〇一第四章「預託金取扱機関と銀行施設」と題する規則にMBFは商業銀行によつて運用されると規定されていることを挙げる。しかしその規定はMBFが被申立人のような商業銀行によつて運営されることを定めただけで、東京支店がMBFに対して権限をもつ論拠となるものではない。
(4) そして被申立人はMBFはもともと軍票管理のために設けられた軍の施設の一部であり、ここに勤務する米人は軍属であり、日本人職員もまた軍の規制に服さなければならず、その諸経費は財務省が負担していると主張し、さらに行政協定二〇条二項が「軍票の管理を行なうため、合衆国はその監督の下に合衆国が軍票の使用を認可した者の用に供する施設を維持し、及び運営する一定のアメリカの金融機関を指定することができる。軍用銀行施設を維持することを認められた金融機関は、その施設を当該機関の日本国における商業金融業務から場所的に分離して設置し、及び維持するものとし、これにこの施設を維持し、かつ運営することを唯一の任務とする職員を置く。云々。」と規定していることを挙げ、マーテイヌツジには本件について被申立人を代表する資格がないともいう。そしてMBFが軍の施設の一部であり、キユールが軍属であること、その運営の諸経費は財務省が支出していること、右のような規定があることは認められるが、マーテイヌツジを相手方代表者として表示している本件申立を却下せよとの被申立人の主張はさきに挙示した諸点に鑑みて採用することはできない。
三 本件は命令を発する程度に熟していることについて
(1) 被申立人は、本件の審問はいまだ重要な事実及び証拠の調査をしておらず、殊に申立人らの違法な行動については殆んど調査されていないから、救済命令を発するに足る審問を完了していないとも主張する。
(2) しかし被申立人は、乙一号証から乙七六号証に及ぶ書証(キユールの供述書をも含む)を提出し自己に有利な証人の尋問をも求めており、さらに本委員会がキユール自身の尋問を求めることを促し、その審問期日を昭和四〇年一一月一八日と予定したのに対し、同月四日に至り「キユールやハツチヤーの本人尋問をお願いすることになると思いますが、更に立証方法の検討の期間を願いたく……。」と申出で、結局予定された一八日当日にもその後にも自ら両名の尋問を求めなかつたものであり、審問の程度は優に命令を発する程度に熟しているものと思料する。
そこで、以下事件の内容に立入つて判断する。
四 キユールの外銀連の文書の掲示禁止について
労働組合は自己の掲示板に掲げる掲示について、原則として使用者から制約を受けるものではなく、申立人組合も前段認定のとおり、特別の場合を除いては組合の自主的な判断に基いて自由にビラを掲示してきた。したがつて、キユールが昭和三八年八月二一日行なわれた団体交渉の席上突然「経営者としては外銀連は認めない。外銀連等申立人組合以外のビラの掲示は許可しない。明日中に撤去せよ。」と発言し、次いで外銀連からキユール宛てに送られた抗議書を「外銀連とは関係がない。」といつて開封もせず、そのまま返送したことなどは、やや唐突の感を免れない。しかし(ア)申立人組合の掲示板は軍の基地内の建物のうちにおかれていること、(イ)前記規則四〇―一に「従業員団体から掲示板に掲げるため提出されたものは正規に指定された場所にかつ施設の司令官又は司令官から権限を与えられた代理の者が許可した場合に限り掲示することができる」と定められていること、(ウ)昭和三七年(一九六二年)九月二四日付キユールの申立人組合宛書簡は右規則四〇―一の上記規定を引用しつつ組合に掲示板の使用を許す旨を表明していること、(エ)したがつて以上のような一見無制約と見られる取扱いも現実には銀行側の包括的許可を前提としていたものと見るのが相当であることに徴すれば、申立人組合は結成以来一年半乃至二年間自由に掲示板を利用してきたからといつて、最早軍や銀行側の許可を要しない程の自由をもつに至つたということはできない。もちろん、軍や銀行側の許否の決定は恣意的であつてはならず、組合活動の自由を尊重しつつ、今後とも一層慎重に決せらるべきは当然であるとしても、キユールが申立人組合に対して外銀連のビラの撤去を命じたことが、申立人組合の運営に対する支配介入であると解することはできない。
五 川崎の解雇
(1) 申立人川崎は組合結成の時から現在に至るまで活発な組合活動をしており、大森人事課長らは同人に「委員長」と呼びかけ、ローズや土方は申立人立川従組に対する申し入れをすべて川崎を通じて行なつていたこと等からみると、川崎はMBFの経営側に属する者から、日頃申立人立川従組の中心的存在として注目されていたことがうかがわれる。
(2) 川崎の解雇理由の第一点は、マネジメントに対する不服従であり、その内容は(ア)川崎がキユールの指示を無視して外銀連のビラを掲示したこと、(イ)ビラの撤去を拒否したこと、(ウ)速やかに人事課に出頭しなかつたことの三点である。このうち(ア)の点は前段認定のとおり川崎が共闘会議の決定に従つて行なつたところであり、(イ)の点はローズから撤去を命ぜられた際、自分ひとりの判断では撤去できないから、今晩の執行委員会で検討すると答え、ローズもこれを了解していた位で、川崎の行為は、まさに組合活動であり、しかもこのような外銀連のビラを貼ることは長い間差し支えない行為とされていたのであるから、キユールの命に反していたからといつて直ちに不当労働行為制度の保護の対象たる正当な組合活動に当らないと解することはできない。(ウ)の点については川崎は若干おくれたとはいえ、その日のうちに人事課へ出頭しており、ふつうならば解雇理由とされる程重大な事由とは認め難い。
(3) さらに川崎の解雇理由の第二点は勤務成績不良であつて小切手の裏書人の氏名を見誤つたり、現金の残高に過不足を生じた事実が指摘されている。また解雇理由の第三点は出勤成績不良である。もちろん業務の遂行は慎重にすべきであつて被申立人の指摘するような職務上のミスは望ましからず、さらに出勤成績の向上に努むべきことも当然であるが、被申立人は申立人川崎に対して、これらの点について解雇前には一度も注意さえ与えたことがなかつた。
(4) しかも立川以外のMBFでは昭和三八年八月二六日から二七日にかけて川崎の場合に問題とされたと同じ外銀連のビラを無許可のまま組合掲示板に掲げ、各店とも若干のトラブルがあり、且つ最終的にはMBF側の手によつて撤去されたが、このビラを掲げたことについて何らの処分もされていない。
(5) これらの事情を総合すれば川崎の解雇は結局同人の「正当な組合活動」を理由とするものであり、解雇理由に挙げられた事由はむしろ同人の真の解雇理由が同人の組合活動に存することをかくすためにことさら附加したものではないかとさえ疑われる。
第三法律上の根拠
以上の次第であるから川崎の解雇は労働組合法第七条一号に該当するが、その余の申立人主張事実は同条に該当しない。
よつて労働組合法第二七条および労働委員会規則第四三条を適用して主文のとおり命令する。