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東京地方裁判所 昭和42年(モ)24683号 判決 1968年7月17日

債権者 大和興業株式会社

右代理人弁護士 若林信夫

債務者 方倉国臣

右代理人弁護士 藤田馨

主文

当裁判所が、昭和四二年九月二九日当庁昭和四二年(ヨ)第一〇二四六号債権仮差押申請事件についてした仮差押決定、および同年一〇月二八日当庁昭和四二年(ヨ)第一一一二一号債権仮差押申請事件についてした仮差押決定はいずれもこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

(申立)

一、債権者代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求めた。

二、債務者代理人は

1、債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第一〇二四六号債権仮差押事件について同裁判所が昭和四二年九月二九日した仮差押決定を取消す。

2、債権者と債務者間の東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第一一一二一号債権仮差押事件について同裁判所が同年一〇月二八日した仮差押決定を取消す。

3、債権者の前記各仮差押申請を却下する。

との判決を求めた。

(債権者の主張する申請の理由)

一、債権者は別紙請求債権目録記載の約束手形三通の所持人である。

二、債権者は前記各約束手形を各支払期日に支払場所に呈示して支払を求めたところ支払を拒絶された。

三、債権者は債務者に対し右約束手形金請求訴訟を準備しているが、債務者は他にも多額の債務を負担し、不動産には抵当権を設定しており他の債権者からも強制執行を受けたり、自ら資産を他に譲渡するなどのおそれが多分にあり、現在別紙差押債権目録記載(一)(二)の各債権を仮差押しておかなければ債権者が本案において勝訴判決をえても強制執行をすることが困難になる。

四、よって、東京地方裁判所が昭和四二年九月二九日同庁昭和四二年(ヨ)第一〇二四六号事件として別紙請求債権目録記載(一)(二)の債権にもとづき、別紙差押債権目録記載(一)の債権に対してした仮差押決定および同年一〇月二八日同庁昭和四二年(ヨ)第一一、一二一号事件として別紙請求権目録記載(三)の債権にもとづき別紙差押債権目録記載(二)の債権に対してした仮差押決定をいずれも認可するとの判決を求める。

(債務者の主張に対する答弁および反対主張)

一、債務者主張の四の1の事実は認める

二、しかしながら、右債務者主張の仮処分によって債権者は仮差押申請が許されなくなるものではない。すなわち

1、右仮処分は仮差押処分債務者に対し仮差押の申請を禁ずるものではない。本件のような仮処分が行なわれるようになったのは、約束手形の振出人が銀行協会加盟の金融機関を支払場所とする約束手形の支払を拒絶すると、銀行協会加盟の全会員から取引停止の裁判を受けるのが原則なので、支払拒絶につき正当な事由がある場合でも振出人は手形金額に相当する金額を提供しなければ右制裁を免れることができない。そこで、手形金額相当の提供金なしに制裁を回避するため前記のような仮処分申請が行なわれるようになり認容される例をみるにいたったのである、従って右と同一の趣旨でなされた本件仮処分は、右銀行協会の制裁を回避させることに限定されるべきである(ちなみに保証金額も手形金額の一割五分ないし二割程度にすぎない)また主文の文言においても、「手形権利の行使」と表示され、例として、裏書、取立のみがあげられ、手形金の処分行為のみに限定されている。もし、仮差押申立や訴提起をも禁止するものであれば、裏書、取立に先んじて例示すべきものである。したがって、本件仮差押の申請は右仮処分の趣旨となんら抵触するものでなく、当然許されるべきである。

2、仮りに、右仮処分によって債務者主張のように仮差押の申請が禁止されるものとするならば、右仮処分はその効力を生じないというべきである。すなわち

(一) 一つの裁判は当然には他の裁判に効力を及ぼすものではないのに、右仮処分決定はその存在自体によって仮差押または訴提起の理由を否定することができることになり、その裁判を拘束するような効力をもつことになって許されない。仮差押の理由の有無は仮処分とは無関係にその意議訴訟手続においてのみ判断されるべきものである。

(二) 保全手続は権利者が将来における強制執行の不能または困難を予防するための仮の措置にすぎない。

仮の地位を定める仮処分においてはやや特殊な面があるとはいえ、なお本案訴訟の確定まで、権利者として義務者との関係を形成し現在の危険と強暴を防ぐためのものであって、その性質上仮処分債務者の仮処分債権者に対する権利を無とし仮差押申請を当然否定するような仮処分は許されないものである。

もし、仮処分がなされた以上その仮処分が取消されない限り仮差押も本案訴訟も理由を欠くにいたるとすれば、債権者はあらゆる申立に先立って仮処分異議を申立てて勝訴しなければならないことになり、仮処分決定に対し本案判決以上の効力を認めたに等しく、民事訴訟における仮の措置としての性質を著しく超えることになり、許されないというべきである。

(三) 前記仮処分に債務者主張のような効力を生ぜしめるためには有価証券の差押に準じ執行官に占有の取得を命ずべきであってこれを命じていない本件仮処分においてはそのような効力を生じないというべきである。

(債務者の主張する異議の理由)

一、債権者主張の一の事実は認める。

二、同二の事実は認める。

三、同三の事実は争う。

本件社会保険診療報酬支払基金債権は医師としての信用および医療保持上必要欠くべからざるもので、医師としては右のような債権を濫に他に譲渡しないことが常則であるから本件仮差押はその保全の必要性を欠くものといわねばならない。

四、1、債務者は、債権者を相手方として別紙請求債権目録(一)記載の約束手形につき昭和四二年九月二六日東京地方裁判所八王子支部昭和四二年(ヨ)第五三三号仮処分事件により、同目録記載(二)の約束手形につき昭和四一年一〇月二五日同庁同年(ヨ)第五一一号仮処分事件により、同目録記載(三)の約束手形につき同年一一月二四日同庁同年(ヨ)第五六四号仮処分事件により、それぞれ裏書、取立、その他一切の手形上の権利を行使してはならない旨の仮処分決定をえている。なお債務者は債権者に対し右仮処分の本案訴訟として東京地方裁判所八王子支部に対し給付契約金返還、給付残手形金債務不存在確認、手形返還引渡請求事件を提起し、同庁昭和四一年(ワ)第六九八号事件として目下係属中である。

2、本件仮処分は、債務者の本件手形上の権利行使によって債務者の蒙るべき著しい損害を避け、急迫な強暴を防ぐ必要上手形上の権利行使一切の一時停止を命じたもので、訴の提起までも禁止するものではないが、手形上の権利にもとづく仮差押のような直ちに執行力を生ずる権利行使を一時禁止する効力を生ずべきことは右仮処分の内容からいって明らかであって、債権者主張のような銀行協会の制裁回避のみに限定さるべきものではない。

五、前記のとおり、前記仮処分決定によって本件手形上の権利がその行使を禁止されたものである以上、本件仮差押の申請は右仮処分に抵触し、被保全権利を欠くものであって、とうてい許されない。

よって、前記各仮差押決定はこれを取消し本件各仮差押の申請を却下すべきである。

(疏明関係)<省略>。

理由

一、債務者が債権者に対し別紙請求債権目録記載の約束手形三通を振り出し、債権者が各支払期日に支払場所に右各手形を呈示して支払を求めたがいずれも支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。

二、債務者は債権者に対し別紙請求債権目録記載(一)の約束手形につき昭和四二年九月二六日東京地方裁判所八王子支部昭和四二年(ヨ)第五三三号仮処分事件により同目録記載(二)の約束手形につき昭和四一年一〇月二五日同庁同年(ヨ)第五一一号仮処分事件により、同目録記載(三)の約束手形につき同年一一月二四日同庁同年(ヨ)第五六四号仮処分事件によりそれぞれ「裏書、取立、その他一切の手形権利の行使をしてはならない」旨の仮処分決定をえたことは当事者間に争いがない。

三、債務者は、右本件各仮差押の申立は右仮処分によって禁止された権利の行使にあたり、右仮処分に抵触して許されないと主張する。

右仮処分は右各手形の取立、裏書その他一切の手形権利の行使を禁止したものであるが、これによって仮処分債務者は右手形に対する一切の管理処分権を奪われるわけではなく、右仮処分による仮処分債権者の利益を害しない範囲でなおその権利を行使することは妨げられないというべきである。

しかして、右仮処分は右仮処分債権者の手形返還請求を保全するため右手形を現状のまま維持し、右手形が転々流通し、その所持人が変動し、手形の回収、当初の手形所持人に対する本案訴訟維持を困難にしたり、所持人によって右手形が呈示されて支払われたり、支払が拒絶されたとしても手形金額を支払銀行に預託しないと銀行協会加盟の全会員との取引停止の制裁を受けることになるのを阻止しようとするものであることが<証拠>から推認される。したがって、仮処分債権者としては右手形を仮処分債務者のもとに現状のまま維持せしめ本案訴訟における相手方を恒定し、仮処分の本案判決確定前に手形金が強制執行によらないで取立てられたり、強制執行によって手形金が支払われるなど手形債権者に現実の満足を受けさせることが阻止できればその目的を達するものといわねばならない。そうであるならば、債権者が現在の給付の訴を提起し、これにもとづく将来の強制執行を保全するため満足段階にいたらない仮差押手続をすることは右仮処分債権者の利益を害しないものと考えられる。

仮処分債権者が手形債務者自身でなく手形権利者に対し別個の権利を有する第三者である場合については手形債権者は仮処分債権者との関係で取立権能を奪われ、強制執行はもとより現在の給付の訴すら許されず、ただ仮処分が解除され次第支払を求める請求が許されるにすぎないとされている(もっとも、これについても取立権能が失われるわけではなく、現在の給付はもとより、保全処分や満足段階にいたらない強制執行も可能であるとする見解もみられる)が、本件においては、仮処分債権者が同時に手形債務者であり、仮処分債務者が手形権利者であってそれ以外に別個の権利を主張する仮処分債権者が存在するわけではなく、右仮処分の本案においては仮処分の被保全権利である手形返還請求権の存否手形債務の存否が審理されるのであるから、これに対し手形債権者がすすんで手形金の即時支払を求める給付訴訟の提起、遂行を許したとしてもなんら仮処分債権者を害するものとは考えられないのであって前記の場合と同一に解する必要はないというべく、その給付判決にもとづく将来の執行を保全するため満足段階にはいたらない仮差押を許すことができるというべきである。

四、債務者は本件仮差押の必要性を争うが、<証拠>によると、債務者は病院用建物を代金五七八一万八四〇〇円で債権者に建築を依頼し、その代金支払のためとして本件手形を含む多額の約束手形を振り出したのであるが、その建築が完成しながらその引渡代金支払をめぐって紛議を生じ、右手形のうち昭和四一年五月から同年八月までに支払期日の到来したものについてその支払が拒絶され、銀行との取引停止処分を免れるためその手形金額を預託している状態であるが、他にも相当額の債務を負担し、このため債務者の所有不動産は抵当権が設定され、その資産状態、信用状態が悪化していることがうかがわれ、診療報酬債権といえどもこれを処分するおそれがないとはいいきれず、保全の必要性はこれを否定しえないものというべきである。

五、以上のとおりであるから、当裁判所が先に本件についてした各仮差押決定はこれを認可すべく、<以下省略>。

(裁判官 渡辺卓哉)

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